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煌びやかでドロドロとして

 それから、しばしの時間を置いて。


「わあ、似合ってるわ、紫苑ちゃん、夏美ちゃん!」


 如何にも楽しそうな声色で褒めてきたのは、勿論白雪だった。

 夕暮れも近い寺の門の前に集まった紫苑と夏美を見た彼女は、ポン、と両掌を重ねる。

 そして、嬉しそうに二人を見つめた。


「そうですかね……これ、似合ってます?」


 一方、不安げな声を漏らすのは紫苑である。

 約束通りに寺に着いた途端、素早く渡されたパーティー用の衣装を着込んだ彼女は、その場でやや窮屈そうに身をよじらせた。

 衣装と言っても、パーティードレスとしては比較的シンプルなワンピースなのだが、どうにもこういった服装を着たことが無いために、不安の方が強くなる。


「……私が言うのも変な感じだが、良いと思うぞ。紫苑は元々、体を鍛えている分すらっとしているからな。そういう服も綺麗に見える」


 隣からフォローらしき言葉を付け足してきたのは、同じ経緯で着替えた夏美だった。

 彼女はオレンジ色を巧みに使用した総レースのドレスに包み、全体的に紫苑よりもお嬢様っぽい格好になっている。

 アップにした髪を束ねる髪飾りが、ミツバチを象った逸品になっていることから推察するに、花弁をイメージしたドレスなのだろうか。


「そうそう、二人ともすっごく可愛いわ。私の手持ち衣装で、二人のサイズに合うものがあって良かった」

「はあ……でも白雪部長、部長とは格好を揃えなくて良いんですか?和服と洋服の取り合わせになってしまいますけど」


 そう言いながら、紫苑は白雪を見つめる。

 視線の先にあるのは、普段のそれよりもさらに豪華な和装に身を包んだ白雪の姿だった。


 桜の花びらを散らせた帯も、淡い桃色を光らせる袖も、実に白雪の雰囲気と似合っているのだが────とりあえず、洋装に身を包んだ紫苑たちと並べると、全く統一感が無いのは確かである。

 三人で並ぶと、微妙にアンバランスな感じになっていた。

 それを懸念しての紫苑の一言だったが、白雪は特に気にすることなく、手をヒラヒラと振って心配ないことを告げる。


「良いの良いの、そういうのは。今日のパーティーは基本が誕生日会で、そこまでかしこまった場所でも無いし……そもそも、和服の人の付き添いも和服を着なくてはいけないなんてルール、無いんだから」

「そういうものですか?」

「そうそう。私だって、親の付き添いで参観する時には好きな服を着るし……今回は紫苑ちゃんと夏美ちゃんのお陰で、腐らせる服が無くて良かったって思うくらいだから」

「はあ……」


 ──……もしかしてこの人、新入生歓迎とかはただの言い訳で、最近着てなかった服に陽の目を当てたかっただけなんじゃないですかね?


 人形の着せ替えでもしているかのように無邪気な笑みを浮かべる白雪とは対照的に、紫苑は微妙な笑みを浮かべた。

 この推測が当たっているのだとしたら、変なことに加担されたような気がしますね、と思ったのだ。

 一方、元々の目的の都合上、その辺りの全てがどうでもいいらしい夏美は、特に気にすることなく話を急かした。


「白雪部長、そろそろ車を出してもらった方が良いんじゃないですか?もうそれなりの時間ですし」

「そうね……なら、行きましょうか」


 そう言うと、白雪はふらりと門の前で右手を挙げる。

 挙動としては、丁度道端でタクシーを止めるそれと同一の物だった。

 だがここに限ってはタクシーではなく、寺男が運転しているらしいドイツの国民車が、杓子で計ったようにすっと停車してくる。


「私が助手席に乗るから、紫苑ちゃんと夏美ちゃんは後ろでお願いね。荷物はトランクに詰め込むから」


 慣れた様子で、白雪はしずしずと助手席に扉を開けた。

 それを見ながら、紫苑は「白雪部長、やっぱりお嬢様だったんですね……」とある種の再確認をした。

 ここまで来ると、意外でもなんでもないですね、などと思いつつ。




「……因みに白雪部長、さっき言った捜査の件、パーティー会場でやって良いですか?」


 車が雲雀家のお屋敷へと向かい始めて、しばらく経った頃。

 ふと思い出したようにして、夏美はそんなことを聞いた。


 隣でそれを聞いた紫苑は、すぐにそれが先程聞いた話であることを察する。

 どうやら着替えの最中に、夏美は白雪に事件の捜査したいという旨を伝えていたらしい。

 雲雀家の知り合いである白雪の許可を得た上で、聞き込みを実行しようと算段を立てていたのだろう。


「ああ、事件捜査ね。勿論、大丈夫……ただ、流石に最初の一言はそれにしないでね。まずは挨拶のターンだから」

「なるほど。つまり全員が挨拶をし終わって、一通り終わったら、OKですか?」

「うん。ぶっちゃけた話、そこまで行けば葵さんも挨拶以外の話をしたくなる頃だと思うしね。ちょっとしたお話をする時間くらいはあると思う」

「へえ……まあ、聞くことと言えば、『川で不審人物を見たことは有りませんか?』と、『川で大量に魚が死んでいる様子を見たことはありませんか?』だけですから。すぐに終わります」

「そうね。だったら大丈夫」


 パーティーの進行を予測しながら、白雪は軽く請け負う。

 話し方からして、この手のパーティーがどのように進行するのかを知悉している言い方だった。

 やはり慣れているんですね、と紫苑は隣で納得していく。


「あ、でも……」

「どうかしましたか?」

「ごめんなさい、忘れてた……今回に限っては、年齢が年齢だから別の意味で葵さんは忙しいかも。その場合は、やっぱりちょっと待ってから話を聞いた方が良いかもしれない」


 だがそこでふと、思い出したように白雪が逆説を告げる。

 自然と疑問を抱いた紫苑は、つい口を挟んだ。


「どうしてですか、それは?」

「ほら、さっき招待状にも書いてあったでしょう?葵さんは今年の誕生日で、丁度二十歳になるから……」


 ──二十歳になるから……どうなんでしょう?


 シンプルに、紫苑は疑問に思う。

 二十歳と聞いても、紫苑としては大人になる年齢としか認識出来ない。

 いや或いは、最近言われているように十八歳を区切りとすれば、メモリアルな年齢でも無いのか。


 だがその顔を見て、白雪はフルフルと左右に首を振る。

 そして、ややうんざりしたような顔を浮かべつつ説明をしてくれた。


「葵さんの家は、どうしてもお金持ちだから……そのくらいのお年になるとね、縁談が問題になって来るの」

「縁談?」

「そうそう、まあ葵さんの立ち位置を考えれば、常について回る話かもしれないけど」


 軽くそう言ってから、白雪は珍しくこちらに細かな想像を委ねるような話し方をした。

 はっきりと口にすることに、嫌悪感が強かったのか。


「さっきも言ったけれど、現当主の雲雀幸三さんはそれなりの高齢。だけど彼は啓君重工の大株主で、株券以外にも土地とか貴金属とか、かなりの資産がある状況なの」

「そう言っていましたね」

「そして息子夫婦はもう亡くなっていて、直系の親族は彼らの忘れ形見である、葵さんしかいない……だったら、他の人が考えそうなこと、分かるでしょう?」


 ははあ、と夏美がまず察した顔になる。

 自慢の推理力で、概ねの事情を察したのか。


 一方、紫苑はちょっと理解に苦労した。

 紫苑は父親が警視庁の刑事という点がやや変わっているかもしれないが、それでも基本は一般的な公務員の家庭出身である。

 資産だのなんだと言われても、正直縁遠い。


 だがそれでも、何とか理解に努めていくと、辛うじて輪郭が見えてきた。

 自分の体験というよりも、ドラマや映画での知識によるものだが、何となく想像が付く。


「……要するに、その葵さんって人には、財産目当ての男の人が滅茶苦茶言い寄ってくる可能性が高いんですね?葵さんと結婚して何年か待てば、その幸三さんは亡くなる。そうすれば、遺産がそのまま引き継げると踏んで」

「まあ、そんな感じ。勿論、私の想像に過ぎないけれど……概ね、当たっていると思う」


 その葵という女性と友人であるためか、苦いものを含んだような顔をしながら、白雪は頷いた。

 今までの経験上十分に起こりうることだと頭では理解していても、友人の身にそれは起こることは受け入れがたい、と考えているような表情に見える。


「葵さんがまだ未成年である内は、流石にそんな話は来なかったらしいけど……ここからはそう言うの、物凄く積極的になってくると思う。それこそ、もうお見合いの話が殺到しているかも」

「凄いですね……本当に現代の話ですか、それ?」


 ある種感心したようにして、夏美が後部座席で腕を組みながら感想を漏らす。

 すると、白雪の苦笑がミラーに映った。


「そのくらい、雲雀家の跡取り、というのは大きな影響力を持つから……特に今回のパーティーは、珍しく幸三さんと葵さんが社交界に出向いた機会でもあるから、そういう男の人たちからすれば絶好の好機だと思う」

「ああ……そう言えば、元々は傷心を癒すために映玖市の屋敷に引っ越したんでしたね」


 当然、そうやって立ち直ろうとしていた時期は、社交界との付き合いも無に等しかっただろう。

 まさか、息子夫婦を失って悲しみに暮れている時に、ホームパーティーなど開けるはずも無い。

 雲雀葵との結婚を狙う人たちからみれば、彼女は狙い目の女性でありながら、接触する機会が中々無かったのだ。


 それが今回、誕生日パーティーという形で余所との交流場所が提供された。

 啓君重工の大株主、なおかつ元会長の呼びかけとなれば、放っておいても多数の人間が参加してくるだろう。

 いや、それどころか────。


「それ、今の啓君重工で働いている若手エリート社員とかからすれば、最大の成り上がりチャンスになりません?元会長の孫娘を口説き落とせば、一気に資産家かつ、大株主の親戚になれるんですし。そうすれば自分の将来なんて、約束されたようなものなのでは?」


 紫苑がそう言ったことを考えた瞬間、夏美がまさにそれを指摘した。

 邪推染みた考えだったが当たっていたらしく、白雪がさらに苦笑を深くする。


「そうね。そういうことを考えている人は多いと思う。実際今日のパーティーには、啓君重工の人も結構来ているらしいから」

「そういう人も、わざわざ呼んだんですか?」

「本音を言えば、幸三さんだって可愛い孫娘を口説くような人たちを呼びたくはないと思うけど……そこは色々、事情があって」


 訳を知った風な顔で、白雪がぼそりと呟く。

 流石に知己ということもあってか、雲雀家の事情に詳しいらしい。


 段々好奇心が湧いてきた紫苑は、率直に尋ねてみる。

 どうもこの辺り、深い事情がありそうだと思ったのだ。


「どういう事情なんですか、それ?」

「簡単に言えば、幸三さんの子どもたちの問題ね。実は幸三さん、亡くなった長男以外にもお子さんが居て……そのせいで、葵さんの結婚を急がなければならないの」

「ええとつまり、葵さんから見れば叔父さんですね……居たんですか?」


 ちょっと驚いて、紫苑は問い返す。

 後継者となるはずだった息子夫婦とか、忘れ形見とかいう言葉を使っていたから、紫苑はてっきり、幸三氏には一人息子しか居ないのだと思っていた。

 だからこそ、孫娘である雲雀葵しか遺産の相続人が居ない、と理解していたのだが。


 亡くなった長男から見た弟、つまり葵の叔父が居るのだとすれば、話はまた変わってくる。

 当然ながら、幸三氏の息子として、叔父たちも遺産を相続する権利を持つからだ。

 少なくとも、孫娘だけに遺産が行く、というようなことにはならない。


 だというのに、今回のパーティーでは葵さんに男性陣が殺到する恐れがあるという。

 ならば、その理由とは何か。

 紫苑がそう考え始めた瞬間、一足先に夏美が解を述べた。


「……もしかしてその叔父さんたち、物凄く問題がある人たちなんですか?もう絶縁されているとか、遺産を相続されない立場にあるとか」

「夏美ちゃん、それアタリ。幸三さんにはね、葵さんのお父さんを含めて三人の息子さんが居たんだけど……次男と三男は、グレちゃったらしくて」

「あー……よく聞くパターンですね。後継者としてしっかり育てられた長男はちゃんと育つけど、それ以外はアレに、みたいな」


 どことなく納得したようにしながら、夏美が相槌を打つ。

 聞きようによってはかなり失礼な発言だったが、否定しきれなかったらしく、白雪は頷いた。


「えっとね、確か……次男の方は、親のコネで啓君重工の関連企業に入社したけど、横領がバレたことがあったはず。それで幸三さんが激怒して、遺産なんて一円もやらない、と明言したとか」

「横領……」

「三男の方は、もっと問題外。高校生の時に非行で補導されて、それから家を飛び出ちゃった。それで絶縁を宣言されて……最近は東京に戻ってきているらしいけど」


 そこまで言って、くるり、と白雪は後部座席を振り返る。


「幸三さんが孫娘の結婚を急ぐ理由、分かる気がしない?もし結婚もさせずに葵さんを一人で放っておいたら、この叔父さんたちが葵さんを言いくるめて、変なことをしちゃいそうだし……」

「確かに……それならしっかりした家に嫁がせて、そちらで遺産を運用しておいた方が良いかもしれない、ということですか」


 納得したように、夏美がまた大きく頷いた。

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