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パーティータイム

 お母さんへ。


 ここのところ互いに忙しくて連絡もままならないので、ちょっと置手紙をしておくことにします。

 これを読んでいる時間というのは、お母さんが仕事から帰ってきた時だと思うので、まあゆったりと読んでおいてください。

 ケータイにも何度か電話したのですが、どうも仕事中ということで電源を切っているらしいので。


 多分、これを読んでいる時、家に私の姿は無いでしょう。

 もしかすると、心配させているかもしれません。


 でも、心配する必要はありません。

 私は単に、お出かけをしているだけですから。

 部活の先輩と、お母さんもよく知る夏美と一緒出かける用事が、急に入ったんです。


 なので、晩御飯は要りません。

 向こうで食べてくる気です。


 あと、私の帰りを待つ必要もありません。

 このお出かけは時間がかかるらしいので、早めに終わったとしても、帰宅時刻は日付を超えるでしょう。

 明日からは土日ですので、遅刻の心配は無いですし。


 何なら、向かう先は大きなお屋敷とのことですので、向こうで泊ることになるかもしれません。

 その時は、また連絡します。


 何にせよ、特に危険なことは無いので、心配はしないでください。

 今回ばかりは、夏美も変なことはしないと思うので……多分。

 何せ私たちの向かう場所は────パーティー会場ですから。





「ねえねえ、紫苑ちゃんと夏美ちゃん、ちょっと良い?」


 随分とウキウキとした声で白雪が話しかけてきたのは、教育委員会の視察だか何だかで、授業が午前中までで終わった金曜日。

 後少しでゴールデンウィークに突入するという、五月初めのことだった。

 授業が終わり、紫苑たちがいつものように部室で昼食であるお弁当を食べていると、不意に部室に白雪が現れたのである。


「何です?」

「どうかされました?」


 一応目上の立場にある人の言葉ということで、紫苑と夏美はそれぞれ素早く振り返る。

 すると、まだ制服姿の白雪──直前まで授業があったのだから当たり前だが、この部室では逆に奇妙に見えた──が慌ただしそうに靴を脱ぎ、パタパタと畳を鳴らした。

 その上で、こんな問いかけをしてくる。


「ねえ、二人とも。唐突な質問で悪いのだけど……豪華な食事って好き?」

「はい?」

「だから、豪華な食事は好きかな、と思って……そろそろ一年生の授業も、内容が面倒くさくなってくる頃だし、ストレス発散代わりに一杯ご飯が食べたいなー、とか思わない?」


 脈略の無い問いかけをキラキラとして目でしてくる白雪を前に、紫苑と夏美は互いに目を見合わせた。

 だが、大して悩むような問いかけでも無かったので、とりあえずめいめい解答することにする。


「まあ、嫌いでは無いですね。私は特に好き嫌いありませんし」

「大食いって程では無いですけど、まあ一杯食べられるならそれはそれで……」


 極めて、常識的な答え。

 余程ダイエットに熱心な女子高生でもない限り、これと大同小異な返答をすることだろう。


 しかし、そのようなつまらない言葉を前にして、白雪はぱあっと顔を明るくした。

 そして、「じゃあ丁度良かった」と告げた後、持っていた鞄からさらりと手紙のようなものを出す。


「だったら、急で悪いのだけど……これ、参加してみない?」

「……何ですか、それ?」

「ええっと……『招待状』?」


 珍しく夏美は、何も分からない、と言いたげな顔をして硬直してしまった。

 故に仕方なく、紫苑はその手紙を受け取り、表に書かれた文字を読み取る。

 途端に、その反応を待っていたと言わんばかりに、白雪がポン、と手を打った。


「実はこれ、パーティーの招待状なの。まあ、大きなホールやホテルで開催する物じゃなくて、個人のお屋敷でやる物だけど……それでも、凄く豪華な料理は出ると思う!」

「……パーティー?」

「うん。二人とも、参加してみない?タダでご飯が食べられると思って」


 名案でしょ、と言いたそうに白雪はニコリと笑う。

 だが、余りに理解不能な展開を前にして、再び紫苑と夏美は顔を見合わせるのだった。




「……パーティーに招かれた事情を大雑把に言うとね」

「はい、詳しくお願いします」

「始まりとしては、ウチのお寺に関わりのあるお金持ちの家が発端なの。ウチの家、なまじ大きいお寺なせいか、そういうところとの付き合いが結構あってね」


 白雪の説明があったのは、それから十五分後。

 彼女がいつもの和装に身を包んでからだった。

 動きづらいであろう姿で器用に自分のお弁当をつつきながら、彼女はすらすらと解説する。


「頻繁に呼ばれるって程では無いけど……お中元送ったり、何か大きなイベントがあったら呼ばれたりと、そこそこのお付き合いがある資産家の方が多いの。檀家さんになってくれていたり、そういうのとは別にウチの家が葬儀を取り仕切っているから親しくなっていたり、形としては様々だけど」

「はあ……手広いんですね、白雪部長の実家」

「まあ、人生の最後に密接に関わる仕事だしな。儀式ごとをちゃんとやる家なら、自然と関わりが深くなるのかもしれない」


 意外な繋がりに驚く紫苑の隣で、知ったような口調で夏美が解説を入れる。

 解説の中身は間違っていなかったのか、白雪も「大体そんな感じ」と頷いた。


「それでね、前々からそういう感じで親しくお付き合いをしている家に、雲雀(ひばり)家っていうお家があって……聞いたことない?映玖市にお屋敷を持っている家なんだけど」

「いえ……残念ながら」

「わたしもまあ、詳しくは知りませんね」

「そっか。まあ確かに、お屋敷の位置は映玖市と言ってもかなり西の方だし、普通に生活していると見る機会は無いかもしれない」


 一人で納得したように、白雪は頷く。

 仕方ない、と思ったのか。


 事実、紫苑たちの反応は、映玖市に関する話題ではよくあることだった。

 映玖市は一応東京に存在する都市ではあるのだが、都心からかなり離れた位置にあるので、街並みは大都会とは様相が異なっている。

 変に険しい場所や人が少ない場所も点在していて、映玖市の住人でも中々詳しくなれない。


 特に映玖市のさらに西部ともなると、本当にここは東京なのか、と疑ってしまうくらいに自然が残っている場所だ。

 生まれも育ちも映玖市である紫苑たちすら、生まれてこの方あまり立ち寄ったことが無い。

 交通の便があまり良くないので、余程の用事が無いと行かないのである。


 当然、その映玖市西部に大きなお屋敷があったとしても、紫苑たちが知ることでは無かった。

 雲雀という名字すらも、紫苑は初めて聞いたくらいである。

 それを理解してか、白雪は別方面から話を広げた。


「でも、そうね……こっちは知っているんじゃない?『啓君重工(けいくんじゅうこう)』って、聞いたことある?」

「あっ、それは知ってます。ロケット打ち上げたり、船作ったり、車売ったりしている大きな会社ですよね」

「『貴方の暮らしの必ずどこかに、啓君重工の姿はある』ってやつの?」


 半端な知識であやふやな答えをしたのが紫苑で、CMでよく聞くキャッチフレーズを再生したのが夏美である。

 双方言い分はかなり違っていたが、意図するものは同じだ。


 要するに「啓君重工」というのは、一介の女子高生でも存在を知っているくらいの大企業だった。

 二時間もテレビを点けっぱなしにしていれば、最低一回はCMが流れる、そんな会社である。

 白雪は紫苑たちの反応を見て満足そうに頷き、それからこう続けた。


「そう、その会社。雲雀家はね、啓君重工の創業者一族なの。企業名に名前が入っていないから、あまり有名じゃないけどね」

「え!?そうなんですか?」


 かなり衝撃の事実を告げられ、紫苑は思わず大声を出す。

 夏美の方も、声こそ出さなかったが驚いた顔をしていた。

 今まで存在も聞いたことが無かった家の屋敷が、実はよく知る企業と繋がりのある物だと聞いて、夏美ですら驚愕を感じたらしい。


「じゃあそこの家の人は、啓君重工の社長さんとかをやっているんですか?」

「いえ、雲雀家は経営からはもう手を引いているわ。今の当主の雲雀幸三(ひばりこうぞう)さんは、過去に社長職や会長職もされていたのだけれど、十年近く前に辞めてしまっているから……それでも、未だに大株主ではあるはずだけど」


 雲雀家と啓君重工の関わりに詳しい様子を見せながら、白雪はすらすらと解説する。

 それを聞いて、夏美が純粋に好奇心を抱いたように質問をした。


「その会長職を辞められたというのは、またどうしてです?何か事情でも?」

「ああ、それは簡単。その時期に、雲雀幸三さんの息子夫婦が交通事故で無くなってしまったのよ。啓君重工の子会社で社長を務めていた、後継者候補だったのだけど……それでガックリきてしまったらしくて、一線を退いたの」


 ──息子夫婦の事故死と……それはまた、不幸な話ですね。


 思いがけず飛び出てきた痛ましい話に、紫苑は沈痛な表情を浮かべる。

 企業人としても、人の親としても、何重もの意味でショックな出来事だっただろう。

 彼の心労は、察するに余りある。


「幸三さんが映玖市のお屋敷に引っ越してきたのも、その時だったはず。元々、彼の両親の出身地がこちら──だからこそ菩提寺が私の家になっているのだけど──だったとはいえ、彼本人は都心に住んでいたのだけど……」

「会社経営から手を引いたのを機に、故郷に戻ったんですね。まあ話を聞く限り、あくまで両親の故郷、くらいの場所になるようですが」

「そうそう、そういう感じ。都心で大量の車を見ると、息子さんたちの事故を思い出すとのことで……もっとこう、自然豊かな場所に住みたかったらしいわ。ただ、株主総会とかには出る必要があるから、都心とも距離が近い場所にしなければいけなかったらしくて」

「それで両親の縁も辿って、一応は東京の映玖市の屋敷に……」


 ふんふんと事情を聞いてから、夏美はまた問いかける。


「じゃあそのお屋敷には、幸三氏が一人で?」

「いえ、息子夫婦の忘れ形見、彼の孫娘にあたる人と同居しているわ。だからこそ、この招待状に繋がるのだけど」


 かなりの寄り道を挟みながら、白雪はようやく招待状に言及する。

 そして、その筆頭に書かれた「不肖の娘 葵の誕生日記念」という文字列を指さした。


「そのお孫さん、雲雀葵(ひばりあおい)さんは私のお友達でもあるのだけど……その人が今日、誕生日でね。今年で丁度二十歳になるの」

「ああ、お孫さんと言っても、もう大人の人なんですね」

「ええ。幸三さん自身が七十歳近いもの……それでまあ、手塩を掛けて育てた可愛い孫の二十歳の誕生日に、ホームパーティーをしよう、となったらしくて」


 結果、幸三氏も隠居人の立場から抜け出し、知り合いを呼んでパーティーを開く運びになったらしい。

 こんな招待状まで用意する辺り、ホームパーティーという言葉には似つかわしくない、かなり大規模なお祝いにはなるようだが。


「ええとつまり……白雪部長は、私たちもそのパーティーに同行してみないか、と言っているんですか?」

「そうそう。ついさっき電話して、葵さんの許可は貰ったわ。連れてきたい人が居るなら、何人来ても良いって言ってたもの」

「それは結構ですが……何でまた?」


 紫苑が話をまとめ直し、白雪が肯定すると、今度は夏美が聞き返す。

 夏美としては、親交がある白雪がパーティーに呼ばれるのはともかく、自分たちがその場に呼ばれる理由が分からなかったのだろう。

 仮に呼びたいと思ったとしても、どうしてこうも急に、という点が引っ掛かったのかもしれない。


 紫苑も同じく感じていた疑問だったので、夏美とともに白雪を見る。

 すると彼女は、明快にこう言い切った。


「勿論、理由はあるわ……省エネっていう理由が、ね」

「……省エネ?」

「ええ。だってほら、紫苑ちゃんと夏美ちゃん、五月に入って正式にウチの部員になったでしょ?仮入部期間、終わっちゃったし」


 言われて、そう言えばそうだった、と紫苑は思い出す。

 流されるままに新入生歓迎会で提出した入部届だが、前回の事件の報告もあってそのままミス研にお世話になってしまい、特に取り消すことも無いまま放置されていた。

 つまり、紫苑と夏美はこの五月から、半自動的にミス研の新入部員と化していたのである。


「普通の部活なら、新入部員が入ってきたお祝いとして、先輩が何か奢ってあげたり、予算を使ってご馳走したりするんだけど……ウチはほら、予算なんて雀の涙だし」

「だから……そのパーティーに参加して、タダ飯にありつこうと?」

「まあ、そんな感じ。招待状さえあれば、連れの人は会費を払わなくていいもの」


 現金な面を見せながら、白雪はぽん、と手を叩く。

 その上で、こう提案した。


「だから二人とも、私と一緒にパーティー行かない?服や髪飾り、移動手段も私が全部用意するから!」


 予想外のところからやって来た提案に、紫苑と夏美はまた目を見開く。

 その上で、めいめい黙考することとなった。

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