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第8話 強盗との邂逅

 晴哉がマーキュリーに移籍してから一ヶ月半が過ぎた。週に一度のペースで試合をこなし、これまでの戦績は七戦七勝。すべてKOだ。日向は約束どおり、その日のギャラの全額を試合終了後すぐに現金で支払った。晴哉の取り分は週ごとに多くなり、晴哉とナオの貯金は増え、すべては順調かと思われていた。 




 梅雨も半ばを過ぎ、夏の気配が近付いている。試合のあとの金曜深夜、晴哉はいつもの通りオールナイトの古い映画館にいた。

 入り口のガラス扉を押し開ける。右手にある切符売り場にいる尋人が嬉しそうに微笑む。チケットを買い、コーラとポップコーンを受け取って晴哉はロビーに立つ。尋人が切符売り場を出て売店の前を横切り、晴哉の隣に立った。


「どうする? 今夜はなにが見たい?」

「尋人のオススメは?」

「うーん……。晴哉が知らないようなのがいいよね?」 


 少しうつむいて尋人が考えている。晴哉は、このときの尋人の様子を見るのが好きだった。眉間に微かにシワを寄せ、長い前髪が額にかかっている。尋人が少し首をかしげると、その前髪が瞼をそっと撫でるように揺れた。晴哉の目線の高さから見える尋人のその表情は、幼い子どもが悩みながら玩具を選んでいるようで愛らしかった。晴哉がフッと笑ったのに気づいて尋人が顔をあげる。


「なに笑ってんの?」

「べつに。可愛いと思っただけ」

「えっ、俺が? なに言ってんだよ、年上ぶっちゃって」


 照れくさそうに尋人が口をとがらせる。その仕草が可愛くて、晴哉はくっくと小さく声をあげて笑った。

 その時、晴哉のパンツのポケットに入った携帯が鳴り出した。ナオに無理やり持たされたものだ。晴哉は尋人に目で断ってから携帯をひらいた。


「おぅ」 


 かけてきたのはもちろんナオだ。


「え、いま? ダチの映画館。そうそう、いつもんとこ。あ? ちょっと待って」 


 送話口を手のひらで押さえて尋人に向き直る。


「ダチが今から行ってもいいかって言ってんだけど、どう? 悪いヤツじゃないよ。俺とずっと一緒に仕事してるヤツだから」 


 尋人は声をださずに指でOKマークを示して微笑んだ。


「おぅ、いいよ。どのくらいで来る? ……わかった」 


 電話を切り、ポケットに戻しながら晴哉は尋人に「ごめんね」と言った。


「この辺詳しいヤツだから、ここのことも知っててさ、近くにいるからすぐに着くらしい。隠れちゃおっか」 


 晴哉は尋人の手を引いて、二人で売店の中に入ると急いでしゃがんだ。


「あいつのことだから、近くって言ったら外から見てたりするかもな、大丈夫かな」 


 カウンターの上に並べられたクッキーの缶やガムボールマシンの間から、首を伸ばして晴哉が入り口のほうを窺っている。今度は尋人がその真剣な横顔を見て吹き出した。


「……なに?」 


 晴哉は一瞬チラッと尋人を振り返ったが、またすぐにガラス扉のほうに視線を戻した。


「サバゲーやってるみたい」 


 尋人は床に座り込み、膝を立てて背中を商品の棚に預け、可笑しくてたまらないというふうに笑い続けた。

 晴哉は一度「しっ」と右手の人差し指を口の前に当てて見せたが、尋人から出たサバゲーという言葉に反応し、カウンターにあった太い油性ペンを手に取ると、キャップを閉じたままそれで自分の頬に線を描くように動かし、ジャングルに潜む兵士を真似て厳しい表情を作った。

 丸められたポスターをライフルに見立てて肩にかつぎ、かがんだまま売店内を移動する。二人はピリピリする緊張感を楽しむように息を潜める。


「こんちわーっ」

 

 大声で言いながらナオが扉を開けて入ってきた。二人は現実に引き戻されるように飛び上がり、顔を見合わせて声を出さずに笑った。


「せいやー、どこー?」 


 ナオが晴哉に呼び掛ける。キョロキョロしながら歩き出し、劇場入り口のほうへと晴哉を探して向かっていった。 


 晴哉はカウンターに隠れながら、ナオめがけて丸いカラフルなガムを一粒投げつけた。それはナオの後頭部に命中した。当たった場所を手で押さえながら振り返り、床を転がってゆくオレンジ色のガムに気づくと、ナオは身を低くして移動しながら切符売り場の中を覗きに戻ってきた。売店の前を通り過ぎるナオ。

 本当にサバイバルゲームをしているようにドキドキしながら、晴哉はもう一粒ガムを投げた。今度はナオの肩に当たった。グリーンの玉はころころと転がり、ソファの前で止まった。


「そこか!」 


 それを拾い上げ、ナオは売店めがけて投げつける。クッキーの缶に当たり、ロビーには高い音が響き渡った。


「晴哉、そこにいんだろ? 降伏すんなら許してやるぜ」 


 シャツのポケットに右手を入れ、その中で人差し指を突き出してピストルのように見せている。晴哉は両手を上げてゆっくりと立ち上がった。


「参った、降参。でもナオ、お前ガラスに映った自分のカッコ見てみ。こんなガラ悪いヤツがそんなポーズしてたら強盗以外ありえねえぞ、通報されちまうよ」 


 言いながら笑う晴哉。ナオもガラスのほうを向き、そこに映る自分の姿を見て笑っている。尋人もゆっくり立ち上がって、ナオに挨拶をした。


「どうも」 


 ナオが尋人を見る。


「ども。……あれっ? ヒロト?」

「えっ? もしかしてナオ?」

「あーっ、なんだよー、なんでー?」 


 互いに相手を指さしながら嬉しそうに大笑いするナオと尋人。晴哉はその様子を眺めてぽかんとしている。


「こいつ、尋人、中坊んとき同じクラスだったんだ」

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