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第6話 ギャラのゆくえ

 いま何時だ? 

 うーわー、もう夕方じゃん。朝日かと思ったら西日かよ。あー、そっか。昨日は新しい仕事の話が来て、前祝いに焼肉行こうって言ったのにせぇちゃんが消えちゃって、そんで俺は一人でメシ食って、シャワー浴びたばっかなのにヒマだったからサウナ行って、そこで知らないおっさんたちとビール飲んで盛り上がって、一緒にカラオケ行ったんだっけ……。

 朝日はそん時に見た記憶がある。あー、頭いてえ。二日酔いかよ、ちくしょう。 


 まあ今日はせぇちゃんの試合もねえし、店にちょこっと顔だして馴染みの客にお世辞つかって、次の試合にも晴哉に賭けてもらうように根回しするだけだな。次の試合は……来週の金曜か。 


 ベッドの横に貼ったカレンダーを見て、せぇちゃんの試合スケジュールを確認した。次の金曜ってことは、もう五月も終わりじゃねえか。また梅雨が来んのかよ……。早く夏にならねえかな。 


 もう一回ベッドに仰向けに転がって、天井のポスターを見た。

 胡散臭えほどギラギラしたド派手なマリア像が入り口に立ってる教会。あー、いいな。早く行きてえ。って、あれ? もしかしたら早く行けるかもって思ったの、昨日だっけ? 昨日ってなんだ? そうだよ、店で晴哉の試合があって、当然のことながら勝って、そんで思ったよりギャラが多くて七十万以上……、ギャラ? 俺どこやったっけ? ジャンパーのポケットか。


 ………。 

 ウソだろ……。ねえじゃん。

 

 むき出しのまんま内ポケットに突っ込んであった札は、キレイさっぱり無くなってた。焦って外側のポケットを探るとサイフやカードと日向さんにもらった青い封筒なんかは入ってて、サイフの中の金も無事。ってことは、落とした? いや、それはねえだろ。内ポケットは外側のより深い。それにジャンパーを脱いだ憶えはねえから落ちるわけはねえ。サウナに入ってる最中はもちろんロッカーの中だし、いつだ? いつ無くした? 


 俺は二日酔いのガンガンする頭で必死に思い出そうとした。 

 店を出たあと、メシ食った時もサウナ行った時も、カラオケでも金は全部サイフに入ってんのを出したから、内ポケットに入ってた金にはさわってない。

 つーことは逆に、そこに入ってることを確認したのは、店で三井さんから受け取った時だけってことだ。

 シャワー浴びた時、俺のジャンパーは控え室の椅子に引っ掛けたまんまだった。せぇちゃんは先に出てったから無人になって、ドアのない部屋には誰でも出入りできる。色んな選手やそのトレーナー、マネージャー、ウエイター、ダンサー……。犯人はゼッタイわからねえ。警察に届けていいような金でもねえ。それは店自体を潰すことになりかねないからだ。

 あー、あきらめるしかねえか……。せぇちゃんにはなんて謝ればいいんだ? 試合に出てんのはあいつだ。俺はその他一切を任されてんのに、とんだ失敗だよ。って痛え頭を抱えたときに思い出した。


「あっ!」

 

 俺はベッドから飛び起きた。

 そうだ! 三井さんが連れてきた日向っておっさんのクラブに誘われたんだ。そこのギャラは今の倍だって言ってた。そうじゃん、そこに行けば金が早く貯まってせぇちゃんも早くやめられる。昨日のギャラを無くしたのは俺の大失敗だ。それは正直に謝って、そんで店を移ればいいんだ。せぇちゃんはなんて言ってたっけ、そうだ、俺に任せるって言ってた。よし! 今から三井さんに電話して日向さんの話を決めてもらおう。


「あ、もしもし三井さん? おはようございます、ナオです」

「ああ、吉岡さん、いま電話しようと思っていたところです」 


 何故か焦ってる様子で三井さんは言った。三井さんが俺に用ってなんだろ。


「突然ですが吉岡さん、昨日の試合のギャラを無くしませんでしたか?」 


 うえっ、なんでバレてんだ?


「あ、はい。スイマセン! 無くしました」 


 三井さんにも正直に言った。一生けんめいイベントをコーディネイトしたり、試合以外のショーや料理のメニューなんかの客が喜ぶことを考えてんのはこの人だ。それに、自分の儲けよりもみんなの取り分を優先してくれる通常ありえないような経営者で、みんなこの人を慕ってる。


「昨日から入った女の子が晴哉さんが部屋を出て行くのを見ていて、つい出来心を起こしてしまったそうなんです。身寄りもないようですので、このままうちに置いてあげたいんですが、どうでしょうか。もちろんお金は手付かずです」 


 心配そうに言う三井さんにイヤだなんて言えねえし、俺の不注意なんだからもちろん文句はねえ。


「わかりました。俺も出しっぱなしで悪かったんで、三井さんに任せます」

「そうですか、ありがとうございます。ではお返ししますので後で取りに来てください」

「はい。あっ、三井さん」

「なんでしょう」

「昨日の、日向さんのクラブのことなんですけど、話を進めてもらいたいんで、お願いします」

「……わかりました。では早速連絡してみましょう」

「よろしくっす」 


 電話を切ったあと俺は心の底からホッとして、ベッドの上で手足をじたばたさせながらデカイ枕を抱えて悶絶した。よかった! よかったよーっ。 


 だけど、なんで三井さんて俺のことも晴哉のことも「さん」づけで呼ぶんだろ。俺たちだけじゃなくて他のヤツらにもみんなそうだけど、なんか不思議。あー、でもホントよかったよ。日向っておっさんとこの仕事も、うまく話が進めば来週からはできそうだし、あとで店に行くときはせぇちゃんも一緒の方がいいかな……。

 ところで、あいつはなにやってんだ? 起きてるよな? もう五時半だし。 


 パンツだけで廊下に出るワケにもいかねえから、ジャージの下だけはいて隣のせぇちゃんのドアをノックした。それからチャイムも鳴らして待った。十秒たっても返事ナシ! なんだよ、まだ寝てんのか? 右手に持ってた携帯でせぇちゃんの家にかけた。あいつは携帯を持たない。理由は「めんどくさいから」。廊下まで聞こえる音で五回コールが鳴って、留守電になった。


『ただいま留守にしております……』 


 俺の耳に届いたのは機械の声だった。あれー? どこ行っちゃったんだあいつ。しょうがねえな。俺はそのまま自分の部屋に戻って、冷蔵庫に入れてある栄養ドリンクを飲んでからシャワーを浴びた。

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