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第13話 ロシアンルーレット

「せぇちゃん!」

「おぅ、ナオ。どした、そんなに慌てて」


 ジムに駆け込んだら、せぇちゃんはいつものようにタオルを頭にかけて椅子に座ってた。


「倒れたって、山口さんから聞いて……」 


 せぇちゃんは少し顔色が悪いみたいだったけど、その笑顔はいつも通りで、俺はなんだか気が抜けてその場に座り込んだ。


「ナオの電話のあと、すぐに意識が戻って起き上がったんだよ。病院に行こうって言ったんだけど本人がもう大丈夫だって言うから、とりあえず様子を見ようってことになってね」 


 山口さんが心配そうにせぇちゃんを覗き込んでる。


「大丈夫って、ほんとに?」

「おぅ。ちょっと疲れてるだけだ」 


 せぇちゃんは椅子の背もたれに寄りかかって、はぁって息を吐いた。ちょっと苦しそうだ。病院ったって、俺ら保険証も持ってないし、ちょっと普通の病院にこの満身創痍の身体を診せんのはヤバい気がする。どうしてこんなになったのかって聞かれたらなんて答えればいいのかわかんねえ。

 だから山口さんには大丈夫って言ったんだろうな……。 


 いや、そうだ! あいつがいたじゃん。

 一年くらい前にせぇちゃんがガキのケンカを仲裁したときに腿を刺されたことがあって、そんときの医者を思い出した。ワケありの患者ばっか診てる胡散臭えヤツだ。

 刺されたキズの縫合も、ピストルで撃たれた怪我も弾を取り出すのも、神業的に早くて上手いって評判だけど、そんなヤツだけあって法外な値段を取る。

 だけど俺らが行くって言ったらあいつんとこしかねえよな。


「じゃ、今日はこれで帰ります。明日よろしくお願いします。おつかれっす」 

 

 俺はせぇちゃんを着替えさせて、その身体をかばいながら外にでた。




 通称『ロシアン・ルーレット』。 

 一昔前には白系ロシア人ホステスを置いてる店が多かったんで付いた名前らしいが、今じゃ恐怖のぼったくりロードだ。

 ロシアン・ルーレット以上の高い確率でそんな店にぶちあたる。しつこい客引きに捉まって入ったら最後、カードもキャッシュも免許証も全部抜かれて、薬を飲まされて、途方もねえとこまで連れてかれて放り出される。

 翌朝目が覚めたときには、どの街のどの店に入ったかなんて憶えちゃいねえ。

 

 ヤツの「病院」は、その通りのどん詰まりにあった。

 ちょっと見は古い洋館で、アンティークっつーか適度に寂れてていい感じ。

 だけど中に入るとマッドサイエンティストの実験室っていう言葉がピッタリな、気持ち悪りい空気がビンビン伝わってくるとこだ。

 機械マニアで、使いもしねえのに三億もする電子顕微鏡なんか持ってたり、金持ちの開業医んとこに自分の女を患者のフリして送り込んでの美人局。がっぽりユスった金で揃えたCTやらMRIやら、しめて十億? それ以上だっけ? 

 とにかくそういうとんでもねえ医者だ。まあ、腕が確かだから文句はねえけどな。


「今日はどした? ボウズか?」 


 俺の顔見て「ボウズ」ってなんだよ、失礼だろ。


「いや、俺じゃなくてこっち」

「ああ、またお前か」 


 俺はせぇちゃんをヤツの前の椅子に座らせてちょっと後ろに下がった。ヤツはせぇちゃんの顔をじぃっと見て、人差し指を目の前に立てて左右に動かしてそれを追って見ろとか、小児科みてえなことをやってる。そんなんじゃなくて、ちゃんと診ろよ。


「ふんふん、物がダブって見える……。ダブルヴィジョンてやつか。じゃこっち入れ。お前、身体に落書きしてないな」 


 タトゥーのことかよ! なんだそりゃ、真面目にやってんのか。


「この機械はな、身体に落書きがしてあるとちゃんと診断できねえんだ」 


 せぇちゃんは首から上にカゴみてえなもんを付けられてから台の上に仰向けになって、宇宙船みてえな機械の中に入っていった。


「なにやった? ケンカか」 


 せぇちゃんが着替えて休んでる間、ヤツの前に座った俺はいきなり聞かれた。


「違う。キックボクシングの試合だ。……晴哉はどうなんだよ」

「……右フックかハイキックだな。ここにひびが入ってる」 


 左のこめかみを中指で突くようにしながらヤツは言った。


「ヒビ?」

「そう、ひび。亀裂だ」 


 頭にひびが入ってるって、それって……。


「頭蓋骨の亀裂は自然にくっつくか、そうでなけりゃ……割れる」 


 クソ医者は、「割れる」って言いながら俺の目の前でつぼみのように両手を合わせて、それを弾けるように開いてみせた。


「てめえ!」 


 俺は椅子を蹴り倒して立ち上がって、ヤツの白衣の胸ぐらを掴んだ。このやろう、殴り殺してやりてえ。


「仕事を辞めさせるんだな。田舎に帰って農業でもやれ」

「田舎なんて俺たちにあるかよ! 帰るとこなんて、そんなもんねえんだよ!」 


 分かってる。これは八つ当たりだ。せぇちゃんのことはこいつのせいじゃねえ。だけど……。


「くっつけてやれなくもねえぞ」 


 クソ医者の白衣をきつく握ったまま下を向いて拳を握り締めてた。

 顔を上げると、俺の目を覗き込んでニヤニヤしながらヤツは言った。

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