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第12話 検査結果と楽園の夢

 十月も半ばを過ぎ、爽やかな風を感じられる季節になった。 


 九月の末からシステムが変更されたマーキュリーでの試合は、三週連続で晴哉がチャンピオンの座に輝いていた。

 現在までの獲得賞金は、三週間の合計で八千万円ほどになっている。と言っても、毎週一晩で三試合をこなさなければならず、すでに疲労はピークを超えていた。

 試合は金曜の夜だけだが、複数の試合によるダメージはとても一週間で回復できるものではない。早いラウンドでKOできればよいが、フルラウンド、そして延長戦まで持ち込まれると著しく体力を消耗する。

 骨折や捻挫、皮膚破損などの怪我を負っていないだけ幸いだったが、試合をこなす毎に晴哉の顔と身体には痣が増え、筋肉は腫れ上がり、骨の軋む音が聞こえてくるようだった。 


 そして明日は新システムになってから四度目の金曜日だ。

 これから始まろうとしているトレーニングのため、晴哉がジムのベンチに座りバンデージをきつく巻きはじめた時、突然めまいに襲われた。慌てて視線を天井に移すと、蛍光灯がいくつにもダブって見え、周りから聞こえる物音や人の話し声がエコーのように響き、何かで塞がれた耳に無理やり大音量を流し込まれているような、苦痛といえるほどの違和感。

 冷たい汗が全身から噴き出し、寒さと暑さを同時に感じて吐き気がこみあげた。

 周りでは、まだ晴哉の異変に気づいた者はいない。

 意識が遠ざかる。ナオの顔と尋人の顔が目の前にチラつく。晴哉はその幻影の方に向かって、白いバンデージに包まれた手のひらを差し出しながら昏倒した。




「尋人、ひろとー」 


 外出から戻り、劇場の入り口から入ったナオは、切符売り場にもロビーにも尋人の姿が見えなかったので、住居への通路を渡り、尋人の部屋の前に立った。


「尋人、これ部屋代」 


 尋人は二人の部屋代などいらないと言っていたが、ナオと晴哉はきちんとしたいと言って水道光熱費、食費込みで一人八万円を毎月尋人に渡すことに決めていた。

 その金額でも格安だが、劇場の手伝いをしてくれる二人からそれ以上は絶対に受け取れないと、尋人は聞かなかった。


 晴哉がトレーニングのために一足先にジムへ向かい、ナオは尋人に渡す部屋代を引き出しに銀行へ行っていた。そのままジムに向かい、尋人へは今夜現金を渡すつもりだったが、銀行の隣のスーパーの店先で売っていたたい焼きを尋人と一緒に食べようと、一度戻ってきたのだ。


「ひろとー」 


 声をかけ、ドアをノックしたが返事がない。昼寝でもしているのだろうか。早くしないとたい焼きが冷めてしまう。ナオは尋人の名を呼びながらその部屋のドアをそっと開けた。 


 中に尋人はいなかった。きちんと整理された清潔な部屋。窓ガラスもまるでそこに何もないかのようにピカピカに磨き上げられている。ベッドの横の机の上に、封筒と広げられた便箋のような紙があった。


『倉沢尋人殿』


 と書かれたその紙には、大学病院の名前がプリントされている。封筒にも同じ病院の名前があった。


『未破裂脳動脈瘤』


 漢字が七文字並んでいた。見慣れない文字。最後の漢字はなんと読むのかさえわからない。だがナオはそれが不吉なことを表していると直感的に理解した。本能で感じ取った。

 机の上にあったメモ用紙にその漢字を書き写すと、まだあたたかいたい焼きをダイニングのテーブルに置き、ナオは急いで図書館に向かった。




『未破裂脳動脈瘤』 

「動脈瘤が破裂するまで多くの患者には自覚症状が表れないが、約四十パーセントの患者が以下の症状を経験している。


 ● 視野狭窄

 ● 考えることが困難

 ● 言葉がでにくい

 ● 集中力の低下

 ● 最近のことを記憶するのが難しくなる

 ● 強い疲労感・倦怠感        等」


「破裂動脈瘤は、くも膜下出血がほとんど……」 


 って、コレって十中八九死ぬってことじゃん。尋人がこんな病気なのかよ! 

 検査ってそんな大変なことやってたのかよ! 

 尋人は自分が死ぬかもしれない病気だって知ってんのか? 

 さっきの結果はいつ受け取ったんだ? 

 どうしよう、俺どうしよう。そうだ、せぇちゃんに連絡……。 


 急いで図書館を出て、歩きながらせぇちゃんに電話をかけた。一回目は留守電になって、すぐにもう一回かけたら山口さんが焦った声で出て言った。


「ナオ、晴哉が倒れた。すぐジムにきてくれ」 


 俺はそこからすぐタクシーに乗って、ジムへ直行した。尋人が病気だってわかった日にせぇちゃんまで倒れるなんて、どうなってんだよ。電話じゃせぇちゃんの具合がどんななのかまったくわかんなかったけど、やっぱ試合が多すぎたんだよ。

 ワンナイトトーナメントなんて、そんなのムリに決まってんだろ、しかも毎週だぜ。あのおっさん何考えてんだよ、闘うヤツの身にもなってみろよ。

 だけど、それは俺も同じだ。俺がいくら応援したって、せぇちゃんの汗を拭いたって身体をマッサージしたって、リングに上がんのはあいつひとりだ。闘うのはせぇちゃんだけだ。


 もうやめよう、金もかなり貯まったし、これっきりにしよう。

 その金でオーロラ座を改装して、客を増やせばやっていける。なんとかなる。南の国に移住できなくたって、せぇちゃんと尋人と三人で仲良く暮らせれば、そこが俺の楽園だ……。

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