96.失敗
恐れていた王子の発病に部屋の空気が凍り…
やっと穏やかになった部屋の空気が重くなり息苦しい。ショックを受けたルイス殿下の声は震えている。それでも気丈に読み進める。
『数日前から王子の体調が良くなく、王城から来た筆頭宮廷医が付きっきりで治療している。まだ乳児の王子は薬湯や薬は服用は難しく治療が困難。それだけでも辛いのに今日は陛下が別荘にお見えになり、王子の事でリンデルと言い争い対立してしまった』
血の病が2代続けて発症した前例が無く、教会を巻き込み城内は大騒動になっている。陛下は漆黒の乙女が産んだ子が血の病を発病したのは、アイーナが王太子と情を交わす前に他の男と情を交わしていたからだと私に責任を押し付けた。勿論そんな訳がないし、破瓜の痕跡は宮廷医が確認をしている。
『陛下は私をこの国に止める為に媚薬と睡眠薬を使い既成事実をつくった。それなのに私に責任を押し付けようとしている。腹立たしくそして悲しく涙すら出なかったわ』
そして愛するアイーナを守るべく王太子は責任転換する王を見限り、王を責め退位する事を求めた。元々横暴で家臣からも信頼されていなかった当時の王はあっという間に窮地に追いやられる。
危機を察知した王は王子の治療の為に漆黒の乙女の召喚を決め、バンディス侯爵とユーリの登城を命じた。そしてユーリの子を贄に差し出す様に伝える。
ふと陛下を見ると顔を歪め俯いたしまった。自分の先祖が犯した過ちに心を痛めているのだろう。日記を読むルイス殿下やリアンド殿下も同じように顔を歪め辛そうだ。本当にこの病は辛い事しかない。早く真相を解明しないと今後も辛い思いをする人が出るだろう。
バンディス侯爵は一瞬考えたが了承し漆黒の乙女の召喚が決まった。そして儀式は次の新月の深夜に行われる事となった。その事が王太子とアイーナに伝えられたが2人共心中は複雑だ。しかし乙女が召喚されなければ我が子の命は長くない。
複雑な気持ちを抱えたままアイーナは王太子とバンディス侯爵家に向かった。
バンディス侯爵の嫡男ユーリと妻のステイシアの間には双子の娘と息子がいる。アイーナの子とは10日違いで同月に生まれている。そして約2年ぶりにバンディス家の別宅に帰ったアイーナ。実家に帰って来た感覚で懐かしさを感じていたが…
出迎えたバンディス家の皆は冷たく侍女や執事は挨拶のみで目も合わせてくれなかった。
『幼いころから世話になったメイドや従僕は態度を変え視線は冷たい。そして父様の隣に立つステイシアは不気味な微笑みを向けてきた。この時ここはもう私の帰る場所では無い事を思い知ったわ』
そして応接室に通され話し合いが始まる。王太子が召喚の儀について説明。そして王族である王太子が膝を着き侯爵とステイシアに頭を下げ改めてお願いをした。アイーナも王太子に続き膝を着き深々と頭を下げた。父である侯爵はアイーナとリンデルの手を取り立ち上がらせ、バンディス家の役割を理解しており、ボルディン王家家臣としてこの話を受ける旨を伝えた。ずっと座ってその様子を見ていたステイシアは微笑みを向け
”私はバンディス家に嫁ぎ、妊娠した時から覚悟をしております。義父様と同じくバンディス家として王家の為になりましょう”
そう言い愛娘を贄にする事、また渡って来た漆黒の乙女を愛し育てる事を約束した。その彼女の姿は女神の様に慈悲に溢れ美しく見えた。
『父様はバンディス家の家長として拒まなのは分かっていたけど、ステイシアは拒み悪意を向けて来るだろうと思っていたので拍子抜けしたわ。最悪の場合は一発はもらうだろうと思っていたの』
ステイシアの反応に戸惑うアイーナの気持が書かれている。安堵し喜ぶリンデルに対し、やはりステイシアの反応に一抹の不安を持つアイーナ。しかし王子には漆黒の乙女が必要で、直ぐに王城に戻り儀式の準備が急がれた。
そして新月の夜。バンディス領の歪みの森に集まり儀式を始める。別荘襲撃からアイーナに接近禁止を出されたいたユーリだが、娘との最後の別れの為に歪みの森に姿を現した。これは陛下からの恩情だった。2年ぶりに会ったユーリはまるで別人の様で無精ひげにこけた頬をし、甘いマスクで令嬢の憧れの的だったユーリは消えてしまった。だが視線は愛し合っていた時と同じ甘く熱を持っている。
その視線に警戒をしたリンデルがアイーナの前に立ち視線からアイーナを守った。警戒するリンデルだが子を贄に差し出してくれたことに感謝を述べると
『ユーリは貴族の令息らしくリンデルの言葉を受けていた。その様子は昔のユーリの様で安心したわ』
こうして無事召喚の儀を行う事になり、ステイシアとユーリが贄になる娘を抱き歪みの森に入って行った。その2人の後姿は仲睦まじく見えアイーナの心をざわつかせた。そして…
「何度も試みたが漆黒の乙女は召喚されなかった」
ルイス殿下がそう言うと更に部屋の空気は重く冷たくなり、咳一つできないくらいに静まり返った。分かっていた事だが涙が溢れ、父様が抱きしめ涙を拭ってくれる。辛そうなルイス殿下は声を震わせ続きを読む。
「「「「「!」」」」」
読んだルイス殿下も驚き目を見開き言葉を失う。内容を知っていた陛下以外は驚きで声も出ず固まる。
日が昇るまで何度も試みたが漆黒の乙女が召喚されず、空が白み始めた頃にユーリが娘とステイシアを抱き森から出た来た。それを見てアイーナは膝から崩れ号泣しリンデルがアイーナを抱きしめた。
ユーリは力添えできなかった事を陳謝し、疲れ切った娘と妻ステイシアを馬車に運んだ。戻って来たユーリはリンデルに最後にアイーナと2人きりで話がしたいと願った。召喚は叶わなかったが協力してくれたユーリを拒めず許可をし、リンデルは消沈し座り込んだ陛下を支え馬車に向かった。そしてリンデルの指示で騎士がアイーナの護衛に付き、少し離れた所で待機する。それを確認したユーリはまだ涙し動けないアイーナを抱き上げ、木の切り株に座らせ跪いてアイーナの涙をハンカチで拭った。そして落ち着きだしたアイーナにユーリはとんでもない事を言い出した。
『あの人は終始微笑んで私を見ていたわ。その表情が不気味で怖かったの。そして彼は…』
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