94.妊娠
アイーナの心が少しずつ王太子に向いていくのを感じながら日記を読み進める。
“ご懐妊でございます。真におめでとうございます”
『医師はそう言い部屋にいた文官が慌ただしく部屋を出て行った。恐らく陛下に報告に行くのだろう。たった今私の思い描いていた未来が崩れ去ったわ』
アイーナは妊娠が分かり複雑な心情を日記に書き残している。
『本来子を授かり喜ぶべき人が俯き悲壮は顔をしている。理解できない私は不敬承知で嫌みを言った。
それに対して何も言わない殿下に腹が立ち、このまま居たらもっと酷いこと言いそうな私は、部屋に居る人に退室をお願いする』
そして殿下は一言も発せず退室し侍女だけが残った。アイーナは苛ついた声で侍女に強く退室を命じると、侍女は辺りを確認してから駆け寄りポケットから封筒を取り出した。そして小声で
”執事の隙を見て他の封筒と中をすり替え持ってまいりました。この手紙はお嬢様の想い人からです。執事長からお嬢様の目に付かない様に言われていたのですが…”
そう言い侍女はユーリからの手紙を渡した。驚いていると侍女は一礼し部屋を出て行った。このタイミングでユーリの手紙。本当なら嬉しいはずなのに絶望するアイーナ。
『信頼しずっと私を待っていてくれる彼を裏切ってしまったと思い絶望したわ。彼からの手紙を握りしめ暫く動けなかった』
そして妊娠が分かった日の深夜。やっと手紙を開封しユーリの手紙を読む。そしてまた情調不安になり眩暈を起こし倒れてしまう。
そして意識を取り戻したのは翌朝。目を開けると侍女が心配そうに見つめていた。彼女の手をかり起き上がると、侍女は陛下がいらっしゃり私の目覚めを待っていると告げる。面会に応じるか聞く侍女に首を振るが、許可も無く陛下と王太子が入室する。そして陛下は嬉しそうに
「よく王太子の子を授かってくれた。子が生れるタイミングを考慮し婚姻式を挙げる。準備はこちらで全て用意するから心配ない。其方が国母となれば我が王国は安泰だ」
嬉しそうに言いたい事を言う陛下に冷たい視線を送る。王太子は何も言わずにただ俯いたいるだけ。あれだけ私を守ると言ったのに何も言ってくれない王太子を幻滅し、不敬承知で陛下に父の許可をちゃんと得たのか確認すると
”勿論伝えたし了承をもらっている。侯爵家は祝い続きだ。其方が王太子の妃になり嫡男のユーリにも子だ出来たのだ”
”陛下!それは言わない約束です”
王太子が陛下の言葉を遮ろうとしたが、しっかり聞こえてしまった。私がショックを受けると思ったのだろう。しかし私は昨晩ユーリからの手紙でそれは知っていた。そんな私を後目に楽しそうに話す陛下を見て、生きる気力が無くなって行くのを感じていた。手足も冷え何も感じられなくなっていたら、侍女が震えながら一歩前に出て叱責を恐れず陛下に
”申し訳ございません。お嬢様のお体の具合が良くない様です。殿方にはご退室いただきたく…”
一介の侍女に意見され怒ると思った陛下は、怒るどころかご機嫌で退室。顔を上げて何か言いかけた王太子も罰が悪そうに退室していった。そして気遣ってくれた侍女にお礼を言うと
”お嬢様は心身ともにお疲れなのです。今はご自分のお体を大切になさって下さい”
そう言い侍女も退室した。そうユーリの手紙には妻ステイシアが妊娠した事が書かれていた。そして子が生れれば侯爵家を捨て一緒に新天地に行けると。手紙の内容からユーリはまだアイーナの妊娠を知らない。アイーナは複雑な思いで手紙を読んでいるとある一文が心を切り裂く。
”妻のステイシアには悪いが自分の子に愛情は全く感じられない。私はアイーナが隣にいてくれればいい。アイーナ以外のこの世の全てのものは無意味なんだ”
手紙には妻のつわりが酷く寝込んで頻繁に呼ばれる事を疎ましいと書き、また授かった我が子に対しても他人事で全く愛情を感じない。それどころか我が子を孕った妻対し酷い言葉が並ぶ。
『私の中に芽生えた命は望まぬ子だが、神から授かった大切な命だと思っている。だからユーリの酷い言葉は信じられず、またステイシアが可哀想に思ったわ』
妊娠したアイーナは母性が芽生え自分のお腹に宿った子に愛情を持ち始めていたのだ。そんなアイーナはユーリの言葉が信じられず、ユーリの心と距離を感じ始めていた。
大きなため息をつき手紙をしまいベッドに横になり自分の中に芽生えた命を想う。そして王太子の言葉を思い出し涙が出た。
『心から愛した人は芽生えた命を疎ましく思い、穢した男は命を敬い大切に想ってくれている』
アイーナの心は雪崩に巻き込まれた様に、上下左右も分からず冷たい雪の中にいる様だ。その夜は寝付く事ができずベッドの中で丸まって夜を過ごした。
そして翌朝。王太子がアイーナを見舞う。見舞いを拒んだアイーナはぼんやり窓から庭を見ていた。すると作業服に着替えた王太子が何かを植えだした。気になり侍女を呼ぶと
”恐らくあの種は子供の健やかな成長を願う花にございます。妊娠を分かった夫婦が種を植え、丁度子供が誕生する頃に花が咲くのです”
そう王太子が植えた種は親が子供の誕生を願う花だった。種が気になったアイーナは庭に出た。そして種を植える王太子の背後に立ち
『そんなに王家の血筋が大切ですか?』
ワザと嫌な言い方をすると王太子は視線を花壇に落としたまま
”この国では妊娠が分かると父親がこの花を植える風習があります。私はどんな状況であれ子供は望まれ祝福を受け生まれて来るべきだと思っています。私は貴女の子の父親になれなくても、その子の誕生を心から望んでいる”
そう言い手で土を掘り種を植えていく。王太子のその姿に父性を感じ、冷え切った心が少し温かくになるのを感じたアイーナ。
まだ王太子を許してはいないが、手伝いをしたくなり花壇の水やりを手伝った。
この日から王太子は公務を終えると別荘を訪れ花の世話をした。
初めは遠巻きに見ていたアイーナは少しずつ王太子と話すようになる。無口な王太子は何も求めずアイーナの話を聞いてくれた。そんな穏やかな王太子にアイーナは少しずつ心を開く様になる。
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