92.ずっと前から
事後初めてアイーナと王太子が対面する。王太子は何を語るのだろう。
「王太子と話をしようよと思うなんて、アイーナの気持が分からない」
私ならあんなひどい仕打ちをした相手なんて見たくも無いし話したくも無い。寧ろ記憶から抹消したくらいだ。私はアイーナ気持ちに共感できず、困惑しながら続きを読み進めた。
王太子との面会は翌日の夕刻に設けられた。しかし王太子から人払いをする事が条件とされ困惑する。しかしアイーナは承諾し翌日の夕刻に応接室にて王太子と対面した。
『庭師では無い王太子は王族だけあり品があり秀外恵中で非の打ち所がない。この世の女性が皆彼に恋するだろう。そんな事を考えながら殿下を見ていたら、殿下の顔が赤くなり下を向いてしまった』
例の庭師が王太子だと知ってからのアイーナには、王太子に向ける憎悪は感じられない。どちらかというと興味を示している様だ。
『少しの沈黙の後に王太子は立上り私の前に膝を着いた。そして床に額を付け謝罪を始めた』
国内で2番目の地位の王太子が土下座し、アイーナはその様子を何も言わずに眺めていた。暫くすると王太子は額を付けたまま語りだした。
『どんな言い訳をしても貴女を穢した事は変わる事は無い。だが知って欲しい。私は心の底から貴女を想い、生まれてからずっと貴女だけを想って来ました。私のその想いは神であっても否定はできない』
未だ許していないアイーナは王太子の発言に嫌な顔をした。王太子は続けて今回の経緯を説明する。
『王太子は陛下が私に睡眠薬を王太子には媚薬を盛たと説明した。そして部屋は外から施錠され媚薬に苦しむ王太子は、媚薬に抗えず意識が無く抵抗できない私を抱いてしまったと話した』
アイーナは王太子の表情を見たくて王太子の両頬を両手で包み上を向かせた。王太子の瞳は真っ赤になり頬は涙で塗れ、唇は血の気が無く卒倒しそうな顔色をしていた。穢されたアイーナより憔悴する王太子を見て反対に冷静になっていくアイーナ。そんなアイーナは王太子に
『今日しか話はしません。ですから想う事はどんな事でもいいので話して下さい。私も不敬承知で言いたい事を言いますから』
そう言い王太子の想いを吐きださせた。
「思っていたのと違う。王太子は慣例通り乙女を娶る事しか考えていない陛下の操り人形だと思っていた。でも違う?」
そう。王太子は物心ついた頃からアイーナを愛していたのだ。はじめは同じ病で教会に通う少女への同情心と仲間意識だった。それが少年から青年に成長した王太子は、その少女に興味を持ち知りたいと思う様になる。王太子はまず初めに父である王に相談。すると王は病の真実そしてアイーナが漆黒の乙女で王太子を癒している事を語った。
『王太子は ”病の事と漆黒の乙女の話を聞き衝撃を受けた。縁もゆかりも無い私の為に痛い思いをしている貴女は女神に見えたよ。そこからは貴女の全てを知ろうとした” と話したわ。真っ赤な瞳で語る王太子の言葉に嘘は無かった』
全てを知った王太子は直ぐにバンディス侯爵家にメイドを送り込みアイーナの日常を報告させた。そしてアイーナの友人に側近を紹介し伝手を作りアカデミーでの様子を報告させていた。
「もうストーカーじゃん」
そしてボルディン王から成人すれば漆黒の乙女を娶る様に言われ、アイーナとの未来を夢見る様になる。しかしアイーナには想い人がいるのを知り、王太子はアイーナを娶る事を諦める。王太子は
『”愛する人が幸せなのが私の幸せ。己の欲で愛する人を苦しめたくない”、そう言い更にご自分を責めた。私が被害者なのに居た堪れない気持ちになったわ』
どうやらアイーナと王太子の婚姻を切望していたのはボルディン王。残された記録では漆黒の乙女と血の病を受けた王子が婚姻した代はボルディンは他の代と比べ栄えている。アイーナの時代近隣国の脅威があり外交問題を抱えていた。だからボルディン王は2人の婚姻を強引にでも進めたかったのだろう。
読めば読む程、王太子が温厚で優しい人柄なのが分かる。この日記を読むまで王太子の印象は正直最悪だった。
「何でも勝手な思い込みはダメね。きちんと知ろうとしなければ間違えてしまうわ」
そう思い少し反省しながら続きを読む。
『”最後に貴女に会い、自分の心にけじめを付けようと人の目を避けこの別荘に来てもらったが、それが裏目に出て何としても婚姻させたい父上の策にはまってしまった” 王太子はそう言い顔を歪ませた。この話が本当かは分からない。だが近隣国と緊張状態なのは本当で輸出入が制限されていると聞き及んでいる。だからと言って陛下のした事は許される訳ない。私と王太子の心を踏みにじったのだ』
日記からアイーナの心の葛藤が分かる。頭で理解しているが心が付いて行かない状況なのだろう。そして王太子はアイーナをフィーリアへ移住させるために準備をしている事。そしてまたユーリに子が出来次第フィーリアへ移住できるように手を回していると話した。
「王太子は本当にアイーナを大切に想っているんだ。自分が王位継承権を放棄する事を覚悟する程に…」
そして王太子はアイーナの心の傷が癒えるように、彼女が好きな花を自分の手で育てたのだ。王太子の献身的な想いに胸が熱くなる。アイーナも王太子の真っ直ぐな気持ちに心が揺らいだようだ。
『王太子は優しい眼差しを向け ” 憔悴する貴女に何ができるか考えた。起きてしまった事は元には戻らない。だからせめて貴女の心が少しでも和らぐ様に、貴女の好きな花を植えたのだ。庭師ほど上手くは無いが、花を咲かす事が出来て貴女が花を愛でてくれているのが嬉しかった。貴女の笑顔はとても美しい” そう言い王太子は微笑んだ。見返りを求めない愛情に触れ王太子への負の感情が消えていくのを感じた』
あれだけ憎んでいた王太子。しかし王太子の心に触れアイーナの気持も揺らいでいる。
「もしかしてユーリに別れを告げたのは、王太子のお心をいただいたから?」
しかしそんな簡単に心変わりするのだろうか⁈ 恋を知らない私はこの時彼女の気持ちを理解する事ができなかった。
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