55.心算
エドガーの訪問の後に日常に戻ったが、中々病の解明は進まず
「手に馴染む~」
エドガー様から頂いた茶器は小さな私の手に馴染み心なしかお茶がとても美味しい。今日はキーファ様が外出されていて、朝の散歩の後は部屋で本を読んでいた。殿下の書斎の文献の殆どを読んでしまい、まだ読んでない本は残り少ない。でも大方同じ内容で目新しいのものが無く、行き詰っている感は否めない。大半の本は”血の病”の症状と治療法ばかり。何故この病が起こったのかは全く書かれていない。この点をキーファ様に質問すると
『推測の域を出ませんか、ボルディン王家の血筋にしか発症例が無い。想像するに過去に王家が禁忌を犯したか神の逆鱗に触れたのではないかと殿下も私も考えています。しかしこの点はついて知っているのは恐れくボルディン王とジン様くらいでしょう。ロダンダの王子であるリアンド殿下でもそこを調べる事は出来なかったのです』
キーファ様もそこが腑に落ちないと仰っていた。ボルディン王家の男系男子にしか発症例がないならそう考えるのが普通だ。
「王家は何を犯したんだろう。そして何故呼ばれるのが”漆黒の乙女”なんだろう…」
どの文献にも過去の儀式で呼ばれた乙女は全員漆黒の髪に黒い瞳の少女で有ると書かれている。呼ばれた男児はおらず、また他の色の者が来た記録は全くない。
「この2点が分かれば全てが見えて来るのに… やっぱりあの人達と会わないとこれ以上は調べるのは無理なのかなぁ」
そう呟きまた本に視線を落とす。こうしてこの日は1日本を読んで過ごし、夜遅く戻られたキーファ様に呼ばれ応接室へ向かうと
「お休みされるところ申し訳ございません」
「いえ、まだ起きていたので大丈夫です。キーファ様も戻られた所でお疲れなのでは?」
そう言うと少し疲れたお顔をされながら微笑んた。そして…
「明日お昼前にリアンド殿下がボルディンに入られ、こちらにいらっしゃいます」
「あっ明日ですか?」
そう言えは治療の日が近いし、確か治療の5日間前にこちらに来ると言っていた。心の準備ができておらず焦ってってしまう。すると私を見たキーファ様は笑いながら
「貴女は本当に正直で愛らしい。心算が必要でしょうからこうしてお伝えさせていただきました」
「ありがとございます。想っている事が顔に出てました?」
「はい」
思っている事を見透かされた様で恥ずかしい。するとキーファ様が今日何故外出していたのかを教えてくれる。
明日来るリアンド殿下がこの屋敷に滞在するとなると、ルイス殿下がまた乗り込んで来るのは目に見えている。だから先手を打ちリアンド殿下の影武者が王都にあるロダンダ貴族が所有する屋敷に滞在するよう見せる為の準備をされていたそうだ。
「今でも貴女に会う為に頻繁にこちらに来るのです。貴女と殿下が共にするとなると…ご想像できるかと思います」
「あ…なんと無く厄介な事になりそうなのは想像できます」
「ですからリアンド殿下は表向きは王都滞在とする予定です」
キーファ様の心遣いに感謝していたらまた顔に出ていた様で笑われた。そして真面目な顔をされたキーファ様は
「もし貴女が殿下にお会いになるのを躊躇われるのなら無理強いはいたしません。殿下は貴女の心が整われるのを最優先になさっておいです。お嫌でしたら殿下には王都の貴族屋敷に滞在していただきます。それに殿下から治療に関しても貴女の意思を優先するように命ぜられております。もし貴女が治療を拒まれボルディン側が騎士団を派遣しようともロダンダは貴女をお護り致しますので、貴女はご自分の心のままになされればいいのです」
「キーファ様… ありがとうございます。明日の殿下訪問までに心を決めます」
そう言うとキーファ様は腕を伸ばし私の頭を撫でてくれ、考えるのはいいが夜更かししない様にいい部屋まで送ってくれた。直ぐに眠れそうに無くて椅子を窓際に移動させ真っ黒な海を眺めながら暫くぼーとしていた。
『殿下が来る…どうしよう…』
半日後には殿下が来る。会いたく無いような…でも会って病の事を聞きたい気持ちもある。最近やっと凪いだ心がまた波打ちだした。ふと屋敷に来た時にもらったリアンド殿下の手紙を思い出し手紙を取り出し読み返す。
あの時は自分に必死で内容をしっかり読み取れなかったが、改めて読むと殿下の私へのお気持ちが詰まっている。ご自分は治療を受けないとまた病気になるのに、私を想い治療は辞めていいと言ってくれた。あれから文献を読み漁ったが治療を成人まで受けなかった者は治療を受けた者に比べて短命だ。だからここで治療を辞めると殿下は間違いなく寿命が短くなるだろう。
「それなのに殿下は(治療を)もうしなくていいと言ってくれている」
彼等が何をした訳でもなく病を患う運命を背負い生まれてきた。そして私も自分の意思も無く生まれた時から彼等のために痛い思いをしてきた。彼等のせいでは無いのは頭ではよく分かっているけと簡単に割り切れない。
「私があと3回痛いのを我慢したら彼等は救われるし、私も乙女の役割から解放されるんだよね」
そんな事を考えていたら誰か来て扉をノックした。返事をしたらバーバラさんがランプを手に入室して来て、ガウンも羽織らず窓際に座っている私を見て、慌ててショールで私をぐるぐるに巻きにしベッドまで引っ張って行きベッドに押し込んだ。
そして早く寝る様に言い部屋の灯りを落とし出て行った。こうしてバーバラさんに強制的に寝かされ、考えが纏まらずに翌朝を迎えた。
日課の朝の散歩。今日は珍しく庭は霧がかかっていて散歩してもスッキリしない。まるで今の私の心の中みたいだ。そしてまだ殿下とお会いするかを決めれずお昼になってしまった。一人で考えたくてお昼は部屋で食事をする。そして食後はベッドでぼんやりしていたら馬車が停まる音がした。
『うわぁぁ!まだ決めてないのに殿下が到着してしまった』
どうしていいか分からず、気が付くと部屋を飛び出し庭に向っていた。そして最近見つけた木陰のベンチに向かう。そこなら人の目に付きにくく時間稼ぎできそうだ。
このベンチは使用人の皆さんが休憩するための物だ。誰も居ない時にこっそり使わせてもらっていた。
『あちゃ…先客が?』
ベンチには先客がいって引き返そうとしたら…
「ミーナ嬢?」
「へ?」
名を呼ばれ間の抜けた声が出た。そしてベンチの人が立ち上がりこっちを向いた。ベンチとは少し距離があるし薄暗くて顔は分からない。その人がこっちに歩いてきたら…
「!」
「えっと…ご無沙汰しております」
そう、さっき着いたはずのリアンド殿下がそこにいた。突然のご本人登場に固まってしまった。
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