42.新たな出会い
イルハン様に会い行く事になり
「やはり行きたくない!」
「小さい子みたいに駄々こねないの。しっかり母様をエスコートしなさい」
今日は皆んな昼から外出です。私と父様はロダンダでお世話になったイルハン様にお礼に伺い、母様とザイラはお茶会という名目のお見合いに行きます。
行きたく無いザイラは朝から不機嫌で、小さい子のように後追いをしている。
母様は朝からご機嫌でザイラの身なりの準備に忙しく、父様は出かける時間まで執務室でお仕事をされています。
普段私に関わらない母様がやたら話しかけてくる。どうやら歳の近い令嬢がいる高位貴族からのお茶会のお誘いが沢山来ていてご機嫌だ。
「ザイラは”漆黒の乙女”の弟であり、歪みの森を管理する由緒正しい侯爵家の嫡男で縁を望まれ選び放題だわ。いい家の娘は早く婚約が決まるから、今から顔合わせしていかないとね!」
ザイラの成人の儀まで1年以上あるのに、もう相手探しが始まっている。しかし貴族ではこれは当たり前で、父様は何も教えてくれないけど、私にも1年以上前から多くの殿方から顔合わせを申し込まれていたようだ。
張り切る母様を冷ややかに見ながら部屋に戻った。部屋ではメルが出掛ける準備をしている。私がふとザイラのお相手が気になり、相手の事をメルに聞くとマーデラス公爵家令嬢は美人で有名らしく、その上素晴らしい容姿をされているそうだ。
相手の令嬢の話をしていたら急に頬を染めたメルがザイラの話をし出した。
どうやら弟はモテ男らしい。通っていたアカデミーで女生徒に人気があり、ダンスパーティーでは女生徒の方からダンスを申し込まれていたそうだ。
「ザイラ様は容姿端麗なだけではなく、身分・性別関係なく皆にお優しい。お仕えする者にも優しくお声をかけて下さるのです」
「そうなの?弟がモテるなんて知らなかったわ」
「そんなザイラ様に想われる女性はボルディン王国一幸せ者ですわ」
「へっへぇ…」
なんだろうなんか気不味いよ…思わず黙り込むと、余計な事を言い過ぎたとメルが謝り用意を急いだ。
「ミーナ。出発するよ」
「はい」
ルドルフが呼びに来てエントランスまで来た。仕事を終えた父様が外套を羽織りルドルフと話をしている。メルが外套をかけてくれ準備OK。そして馬車に向かうとこっそりザイラがついてくる。
どうしてもお茶会に行きたくないようだ。体は大きくなったのに子供っぽさが残り可愛らしい。でもこのままだと父様に見つかって叱られ、その後父様の機嫌が悪くなってしまう。振り返り後ろにいるザイラの両頬を手で包みぐっと引き寄せて頬に口付けた。そして
「紳士なら成すべき事をなさい。帰りに美味しいケーキを買って来るから。夕刻ゆっくりお茶をしながらザイラの愚痴を聞くわ」
「姉上…分かりました。“さっと行って”・“さっと帰ってきます”」
そう言い嬉しそうに微笑んだ。そして馬車の前に来ると手を貸してくれる。
「行ってらっしゃいませ」
ザイラはそう言って手を振り見送りをしてくれた。出発前にごたごたしたが無事出発。向かいに座る父様はお疲れの様で目を瞑っている。邪魔しないように私も本を読んで時間をつぶす。
本を半分読み終わっだ所で馬が嘶き馬車は静かに止まった。外から護衛騎士が声をかけ扉が開いた。先に降りた父様の手を借り馬車を降りると、イルハン様と奥様が出迎えて下さる。
「?」
イルハン様の後ろに若い男性が立っている。身なりからして使用人ではなさそうだ。父様はイルハン様と握手をしご挨拶されている。
「ようこそお待ちしておりました。ミーナ嬢今日も愛らしい」
「今日はミーナがお世話になったお礼に参りました。大したものではありませんが…」
父様がそう言うと従者がお礼の品を差し出した。そしてイルハン様は奥様と後ろに控える男性を紹介してくれた。その男性は何とイルハン様の甥で、娘さんしかいないイルハン様の後を継がれるそうだ。
紹介されると男性は胸に手を当てて頭を下げて父様にご挨拶し、次に私にも挨拶して下さった。甥っ子さんはエドガー様といい1歳年上の伯爵家の令息でイルハン様の妹君の次男。留学していてつい最近帰国したそうだ。
ご挨拶が終わり応接室へご案内いただく。父様がエスコートするのだと思っていたら何故か父様はイルハン様と話しながら先に行ってしまい、目の前にはエドガー様の手が…
「えっと…ありがとうございます?」
「いえ。可愛い女性のエスコートができ光栄にございます」
応接室までだから我慢しエドガー様の手を取った。エドガー様は背が高く細身。一見水色に見える銀髪の短髪に薄桃色の瞳の美丈夫です。
エドガー様はイルハン様に似て穏やかな雰囲気で会話がなくても気まずくない。でも流石に沈黙が続き何か話した方がいいかと思い口を開いたら
「ミーナ嬢は初めてロダンダに訪問されたそうですね。いかがでしたか?」
「はい、自然豊かで初めて見るものばかりで楽しかったです」
「それは良かった。ロダンダはここより気温が高く暑い。次に旅をなさるならベーパス皇国をお勧めします」
何故エドガー様が隣国のベーパス皇国を勧めた。色んな国に行った事があるらしく話してくれた。エドガー様は他の貴族令息の様に社交辞令や思ってもいない誉め言葉を並べす、自然な会話で話しやすいお方だ。会話が楽しくなってきたら応接室に着いた。入室するとエドガー様はソファーに誘導してくれ、手の甲に口付けて退室して行った。
『あれ?ご挨拶したから同席するのだと思っていた』
退室したエドガー様が意外でポカンとしていたら、目の前に良い香りのお茶が出された。そしてお茶を頂きながらロダンダでの話を父様とイルハン様としていた。そして一頻話をしたらイルハン様がベルを鳴らし執事を呼び何か指示をした。私には関係ないと美味しくお菓子を頂いていたら
「失礼いたします。伯父上お呼びでございますか?」
「あぁ…この後スティーブと仕事の話をする。ミーナ嬢は退屈だろうから庭を案内して差し上げなさい」
「へ?」
お仕事の話があるなら別室を用意いただければ一人で待つのに…。ちょっと嫌な予感がしてきて慌てていると、また目の前にエドガー様の手が見えた。仕方なく手を取ると微笑むエドガー様。恐らくイルハン様もエドガー様も他意はないはず。私が自意識過剰なのかもと気にしないようにしていたら
「エドガー。ミーナ嬢は奥ゆかしい。好ましく思っても今日は口説いてはいけないよ」
「はぁ?」
「はい。心得ておりますし侯爵様の反感を買うような事はいたしませんよ」
こうして意味が分からないままエドガー様に手を引かれ園へ案内された。
もしかしてザイラだけじゃなくて私もお見合いだったの?
正直今はそんな事考える余裕もないぞ。必死にどう対応するか考えているうちに庭に出た。お庭は白とピンク色の花が咲き誇りいい香りがしている。そして少し歩くと淡いモスグリーンの屋根が可愛いガゼボが見えて来た。そこには侍女がいてお茶の準備がされている。
『散歩しながらの方が気が楽なのに、着席してお茶になったら逃げにくいよ…』
ここに来るまでザイラのお見合いを他人事のように思っていたのに、見事に自分に跳ね返って来た。焦る私を見て楽しそうに笑うエドガー様。揶揄われたと感じ思わず不貞腐れてしまう。そうして着席し向き合うと真面目な顔をしたエドガー様が
「顔合わせ(お見合い)をさせられたと思われていませんか?」
「はい」
ちゃんとした令嬢なら上手く誤魔化せるのだろうが、私にそんな話術が有る訳も無く素直に返事してしまう。すると口元を緩ませて
「伯父上からお聞きした通り愛らしいお人だ。そうであれば嬉しいのですが、本当に伯父上と侯爵様のお仕事の間の話し相手なのですよ」
「本当に?」
テーブルの上で手を組んで微笑み頷くエドガー様。エドガー様は嘘を言っている様に思えない。少し安心したら肩の力が抜けた。
やっとリラックスしてお茶をいただこうとして変わった形の茶器に気付く。普段よく使う茶器は小ぶりで口が広く浅いカップで陶器は薄く割れやすい。そして淡い色で小花柄の物が多い。しかしこの茶器は真逆で口は狭く深い。そして大きく厚みがありどっしりしている。それに見た事も無い色…黒に近い紫色をし変わったデザインをしている。
「この茶器かわっていますね…どっしりして無骨そうだけど温かみのある手触り…私これ好きです」
「ありがとうございます。ミーナ嬢はお目が高い。これはベーパス皇国の茶器で重厚感のあるフォルムが特徴なのですよ。色も土本来の色を生かしこのような濃色のものが多い。私は土本来の美しさを生かした茶器が好きで訪れる度に買い付けています」
「心なしかお茶が濃厚に感じ美味しいです」
初めは警戒していたエドガー様。でも話してみたら気さくで貴族令息と思えない程フランクな男性だった。彼は祖父の仕事を引継ぐ為に、色んな国に短期留学しているそうだ。イルハン様のお父様は王宮の金庫番として長く務められ、イルハン様に家督を譲り趣味で食器の買い付けを始めたそうだ。
そして商いに才があった先代は茶器を扱う商会を立上げ商会の会頭として現役でお仕事をされている。
「祖父は見る目があり商売人として尊敬しており、祖父の様になりたいと幼い頃から学んできました。そして当主の伯父上に後継ぎが無く次男である私が家と商会を継ぐ事になったのです」
「この茶器もエドガー様が買い付けられたのですか?」
「はい。この色と手に馴染むフォルムに惚れまして。気に入っていただき嬉しい」
このカップ1つから話が盛り上り、数日前まで滞在していたベーパス皇国の話を聞き楽しい時間を過ごした。
「おや?話が盛り上っているようだね。我々はお邪魔だったか?」
「イルハン。寝言は寝てから言いなさい。ミーナ帰るよ」
「スティーブ。親バカも度が過ぎると私の様に娘に疎まれるぞ」
「大事な娘を守って何が悪い」
父様とイルハン様が言い合いを始めてしまった。その様子が幼い子の口げんかの様で思わずエドガー様と顔を合わせ笑ってしまう。
父様が機嫌悪くならないうちに帰る事にし、楽しい話を聞かせてくれたエドガー様にお礼を伝えると
「この茶器がお気に召したのなら1セットお贈りしましょう。この紫か外に赤がありますがどちらがお好きですか?」
「よろしいのですか?嬉しい!ではこの紫がいいです。ですがちゃんとお代金は請求下さいませ」
「いえ、お近づきの印に贈らせて下さい」
「ほほ…ん」
イルハン様が意味ありげな微笑みを向けたら、父様が急いで挨拶をして私の手を引き馬車に歩いて行く。後ろ手でイルハン様とエドガー様に手を振り、父様に急かされ馬車に乗り家路に着いた。いい出会いに気分よく帰って来たら玄関に超不機嫌な弟の姿が…
『忘れてた。こっちのフォローが残ってた』
楽しい気分が萎えていくのを感じながら、恐る恐る馬車を降りたのでした。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマーク登録&評価をよろしくお願いします。
『いいねで応援』もポチしてもらえると嬉しいです。
Twitter始めました。#神月いろは です。主にアップ情報だけですがよければ覗いて下さい。




