25.予定外
ロダンダ出発前日は王城に泊まることに。手厚い歓迎を受け…
陛下と王妃様に迎えられ緊張し疲れきっていたら殿下が
「お疲れでしょう。部屋に案内しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
殿下のエスコートで今日泊まる部屋に向かう。途中すれ違う貴族やお仕えの人の好奇な視線に場違いな気がして、絶賛ホームシック中。私と反対に隣を歩く殿下は甘い雰囲気を醸し出し上機嫌だ。
「ミーナ嬢!」
「?」
向かいから男性が手を振り近づいてくる。
誰だろう?王都に知り合いは殆どいないはず…
「ディック様?」
「ちぃ!」
『あ…殿下が舌打ちした』
そうザガリー公爵家のディック様だ。教会で一度お会いして後は熱烈な手紙を何通ももらっていた。ディック様は優雅に殿下にご挨拶し、私に挨拶する許可を殿下に願い出る。
殿下が許可を出すと私の手を取り、手の甲に口付けて丁寧なご挨拶をいただく。
ディック様も王族の血筋だけあり美丈夫で、行き交う女性の視線を集めている。
「明日はロダンダですね。私もロダンダから建国祭式典に招待されており同じ船でロダンダに渡るんですよ」
「そうなんですか⁉︎」
「はい。貴女と一緒だと聞き心躍り仕事が手につきませんでしたよ」
「はぁ…」
「陛下から許可をいただきましたので、ロダンダ観光のお供をさせていただきたい」
そう言われて心の中で『聞いてない!』と叫んでいると、隣にいる殿下の表情も険しい。
この感じは殿下も知らない様だ。
それより現地では最終日に殿下と1日散策と聞いていたから、それならと受けたのに知らない間に別の人とも一緒になっている。
『そのうちロダンダの王子や貴族令息とも会わされるんじゃないでしょうね!』
嫌な予感がして今からでもやめようか悩む。
私がやめようか悩んでいるのに、ディック様は夢見心地でロダンダの観光地を教えてくれ、どこに行きたいか聞いている。
答えに困っていたら殿下が
「そんな矢継ぎ早に意見を求めても困るだろ。ゆっくり考える時間を与えるべきだと思うが」
思わぬ援護射撃に驚き殿下を見上げる。何だろうここ最近感じがいい殿下。私の気持ちを察してくれている。嬉しくて頬が緩み…
「殿下ありがとうございます。ディック様。私は今ディック様と同行する事を聞き驚いているのです。ですから少しお時間をいただきたいです」
「あ…申し訳ない。気持ちがはやって」
「いえ…」
色々あり丸っと忘れていたけど、ディック様とハワード様もまだ飽きずに求婚していたなぁ…打っても響かない人にアプローチし続けるタフガイだ。
そして手を握ったまま熱を持った眼差しを向けて
「この後お時間いただきたい。ウチの領で採れた早摘バロンのケーキをお待ちしたのです。確かミーナ嬢がお好きだと聞いております」
「えっ!早摘バロンなんて中々手に入らないんですよ」
そう!バロンは硬い殻に包まれた木の実で、芋の様にほっこりしてとても甘い。足が早く収穫した翌日には傷みだし、中々生ではいただけない。だから収穫後に皮を剥きシロップ漬けにしそれを調理するのだ。
早摘バロンは生のバロンのことを指しとても希少。バロン好きの私は思わず前のめりになる。私の様子に笑いながらディック様はお茶に誘う。
「へ?」
強く手を握られ驚いて顔を上げると殿下が表情が厳しく焦ってしまう。その様子に気付いたディック様が
「殿下。あまり悋気が過ぎると小鳥が怯えますぞ。私はただミーナ嬢に好物のバロンを召し上がっていただき、ロダンダの観光地の話をするだけでございます。口説かないとお約束いたします」
「本当に?」
思わず”口説かない”に反応してしまった。口説かれるのは嫌だけど、早摘バロンは食べたいのだ。私はバロンにまんまと釣られました。溜息を吐いた殿下は私の手を離しディック様に渡し、約束を守る様に念を押した。
そして私の頬を撫で微笑んで去っていった。
残された私はディック様にエスコートされ、応接室へ向かい念願の早摘バロンのケーキをいただく。
「美味しい!」
「良かった。気に入っていただけて」
「シロップ漬けはまったりしているけど、生のバロンはもっちりして美味しいです。こんなのが食べれるなんてディック様が羨ましいです」
完全にバロンに釣られている私。すると笑いながらディック様が
「でしたら私の元に来ればいい。バロンだけではなく、我が領地は農産物が豊かですよ」
「あの…確かに早摘バロンは魅力的ですが、嫁ぐのはまた別話で…あっ!口説かない約束ですよ」
「おっと!いけない。失礼した。愛らしく召し上がる貴女を見ていたら思わず」
そう言い頭をかくディック様。初めて会った時より自然で話し方も畏まってなく話しやすい。恐らくこっちが彼の素なんだろう。
この後ケーキを食べながらディック様の領地の話を聞いたり、ロダンダのおすすめ観光地を教えてもらう。
「ロダンダに詳しいのですね」
「ミーナ嬢は病があり王都のアカデミーに通われてないのでご存じないでしょうが、アカデミー在学中に1ヶ月程ロダンダにホームステイします。ロダンダは友好国で昔から縁組がされており、親族がいる者が多いんですよ。だから貴族はロダンダは詳しくです」
「羨ましいわ。私は今回が初めてなんですよ」
そうモリスに聞いて知ってはいたが、やはりボルディン王国の貴族は皆一度はロダンダに短期留学するんだ。
学校かぁ…結局一度も通えなかったなぁ。勉強は家庭教師が別宅に来て教えてもらっていた。
「今回殿下が宿泊されるのはロダンダの王城で、私とミーナ嬢は我が公爵家が経営するホテルに宿泊となります」
「はぁ?初耳です」
「はい。今お伝えしました。今頃ルイス殿下も陛下からお聞きだと思います」
なんか初めに殿下と父様から聞いていた予定と変わっている。ディック様が同行も然り、同じ宿に泊まるなんて聞いてない。当初は港町のペンションに泊まる予定だった。
不安になりフォークを置いて思わず立ち上がると、ディック様に手を取られた。
手を解こうとするが更に力強く握られ振り解けない!
「離して下さい。やっぱり(ロダンダへは)行きません」
「落ち着いて下さい。これは貴女を守る為です。私が邪な想いで動いている訳ではありません」
「でも初めと話が違う!」
“コンコン”ノック音がし文官さんが私宛の手紙が届いたので渡したいと入室許可を求めてきた。許可を出し手紙を受け取ると父様からだった。驚いているとディック様が
「私が説明するよりお父上の説明の方がご安心されるでしょう。読んでいただければ納得いただけるはずです」
そう言いディック様は握った手を離し、ペーパーナイフを出し渡してくれた。
開封し手紙を出すとウチの侯爵家の家紋が入った便箋で字も父様の字で安心する。
『ミーナは初めて家族と離れるから心配でならない。何かあれば陛下に頼りなさい。それから今ごろディック殿から予定変更を言われて戸惑っていると思う。大丈夫だ。ディック殿はミーナ味方だ。勿論陛下も』
父様は今回のことを知っているんだ。なら何故出発前に言ってくれなかったの?
不安と戸惑いが顔に出ていたらしく、ディック様が優しく微笑み続きを読むように促す。
『今回のディック殿のロダンダ訪問は前から決まっていて、急遽お前と同行することになった。これに関しては私が許可をしている。詳しくはディック殿から聞きなさい』
顔を上げたらいつの間にか隣に座っているディック様。思わず横に移動し距離を取る。
するとまた近づいて来てソファーの端に追いやられた。離れたくて立ち上がろうとしたら手を取られた耳元で
『殿下の密偵が聞き耳を立てています。今から事情を説明するので、近いですが我慢下さい』
『はい』
「分かりました…陛下のご配慮なら致し方無いですね」
「了承いただき感謝いたします。貴女の旅が素晴らしいものになるように尽力いたします」
「よろしくお願いします」
この後残りのケーキをしっかり食べ、ディック様に部屋に送ってもらった。道すがら色々話したけど第一印象より良く、色々話せて楽しかった。そして部屋の前に来たら
「では明日は朝早いので早く寝んでくださいね。お迎えにあがりますので」
「はい。ありがとうございます」
こうしてディック様を見送りし部屋に入ると侍女さんがいて着替えを手伝ってくれる。
楽な部屋着に着替えて父様の手紙を読み返す。
ディック様の説明では陛下は父様と同じ考えで、単純に私にロダンダを観光させる目的。
しかしルイス殿下には思惑があるようだ。今回の同行も陛下には事後報告であり、私のスケジュールに不可解な点があり、危惧した陛下が監視役にディック様を付けた。
そしてディック様が私と帯同する事でルイス殿下の暴走しないようにするのが目的らしい。
『ちょっといい感じに思っていたのに、なんか裏切られた感じ…』
父様が陛下とディック様を信用しているから私も信じてみる。
それにしても殿下は何を企んでいるんだろう?私に気に入られたいのなら、時間をかけて信頼関係を築くべきだと思うんだけど…
『ここ数日誠実に距離を取って接してくれ好感度が上がっていたのになぁ』
部屋のソファーに寝転がりそんな事を考えていた。暫くすると宰相補佐のイルハン様が部屋を訪れた。立ち上がりソファーの横に立ちお迎えする。初めてお会いするイルハン様は父様と同じ位のお歳だ。紳士で胸に手を当ててご丁寧にご挨拶をいただく。
侍女さんにお茶をお願いしソファーに座り用向きを窺う。
「お父上から窺っておいでかと思いますが、ロダンダでは私が同行致します。執事と思っていただければいいかと」
「そんな恐れ多い。貴族の小娘が宰相補佐様を執事だなんて!」
そう言うとイルハン様は目を細め嬉しそうに
「謙虚で真面目な所はお父上に似ておいでだ。お父上とはアカデミーの同窓生で、卒業後も連絡を取り合っております」
イルハン様はクールな一重の瞳に細身で神経質そうに見える。しかし話してみると温和で父様と気が合うのがよく分かる。私と同じ年頃の娘さんがいるらしく、父様と同じで父性の強いお方のようだ。
「周りで色々ありご不安でしょうが、ミーナ嬢に無理強いは絶対させませんので信用して下さい」
「ありがとうございます。心強いですわ」
この後、イルハン様から学生時代の父様の話を聞き、楽しい時間を過ごさせてもらった。イルハン様は帰り際に
「陛下が疲れてなければ夕食を共にと仰っておいでですが、いかがなさいますか?」
「あ…」
イルハン様は口元を緩めて
「貴女はスティーブと同じくとても素直だ。お顔に”いやだなぁ…”と書いてありますよ」
「嘘!」
思わず両手で顔を触るとイルハン様は声を出して笑い
「陛下は恐らく貴女が緊張し嫌がるだろうから、無理強いしないように仰っておられました。ですからお断りいただいても不敬になりませんよ」
「なら食欲が無いのでお断りを」
そう言うとイルハン様は私の前に来てハグをして
「侍女に負担のない軽食を用意させましょう。それから侍女と護衛の騎士に面会を断る様に申し付けておきます。たとえ殿下でも…」
「あ…心づかいに感謝いたします」
こうしてイルハン様は退室していった。
父様の言う通り陛下とイルハン様は私の味方の様だ。とりあえず味方がいてくれるなら、ロダンダ行きはこのままでいいかなぁ。
それに父様が手紙の最後の一文が気になるし。
こうして豪華で広い部屋で一人で寝む事になった。やはり殿下の訪問があったが、護衛騎士さんが断ってくれ会うことは無かった。
後で聞いたがこの日護衛ついてくれたのは、騎士団の副団長らしく特別扱いに恐縮した。
『下っ端の騎士では殿下の申入は断れないよね…』
翌朝、目が覚め慣れないベットで微睡んでいると侍女さんが声をかけてくれる。
返事をするとベッドまでお茶を運んでくれた。朝から贅沢である。
お茶をいただいていると侍女さんが申し訳なさそうに
「昨晩陛下の許可を得てルイス殿下が朝食を共にと仰っておいでです。いかがなさいますか⁈」
「無知ですみません。普通ならお断りは有りですか?」
「無しです」
食い気味に”無し”と言われ、これを断るとロダンダで気まずくなりそうなので、お受けする事にした。返事をすると安堵の表情を浮かべる侍女さんに苦笑いして身支度をお願いする。
朝食は別の部屋らしく身支度が終わり殿下のお迎え待ち。ぼんやりソファーに座っていたら部屋の外の騎士さんが殿下の先触れが来たと教えてくれる。立ち上がり待っていると…
「おはようございます。今日も愛らしい。朝一貴女に会えて嬉しい」
「おはようございます。お誘いありがとうございます」
朝からキラキラ輝く殿下が破顔し手を差し伸べくる。そっと手を出すと握られぐっと引き寄せされる。
数日前まで距離を取ってくれいい感じだったのに逆戻りだ。
ぐっと腰を引き寄せられたので思わず
「殿下!近いです!」
「あっ!すまん!」
ホールドする腕の力が弱まり離れる事ができた。このやりとりを見ていた騎士も侍女さんも唖然としている。
小娘が一国の王太子殿下かに文句を言っているのだから当然だ。
部屋までの道すがら終始私の様子を窺う殿下。その視線が居た堪れない。
やっと部屋に着いて早速朝食をいただく。食事は私の好きな物ばかりで残さず美味しくいただいて、食後のお茶を飲んでいたら
「昨日ディック殿が何か貴女に要らぬことを話した様だね」
「へ?特に何も普通でしたよ。あっ約束を破りかけて慌ててましたけど」
「…」
殿下のテンションが急降下中。殿下は王道の王子様で優雅で美しく凛々しい。だけど偶に感情をむき出しにする時があるようだ。前は確かリアム様の話をした時だ。
すると急に立ち上がり私の横に来て跪き手を取り
「ディック殿や陛下がどんな話を貴女にしたか分かりません。しかし神に誓って貴女を害する事はしない。私は貴女にロダンダで真実を見ていただきたいだけなのです」
「真実?」
「はい。ロダンダに行けば全てが明らかになり、私を見てくださるでしょう」
「すみません?意味が…」
殿下の話が見えなくて戸惑っていると誰か来た。不機嫌に殿下が返事するとディック様が入ってきて開口一番に
「そろそろ出立のご準備を。出港の時間が参ります」
「あぁ…分かった」
「はい」
殿下が手を引き立ち上がると横から手が出て来て見上げるとディック様で
「ミーナ嬢は私が部屋までの案内致します。陛下が殿下をお呼びでございます」
「…ミーナ嬢。後程…」
「あっはい」
殿下はまた頬を撫でて部屋を出ていった。唖然としているとディック様が
「大丈夫ですよ。部屋に戻り出立の準備を」
絶対何か起こりそうで不安しか無い。そんな私の気持ちを察したディック様が
「さぁ!港にご友人がお待ちです。楽しい事もきっとありますよ」
「ですよね!折角の旅なので楽しみます」
ディックさんの気遣いに感謝し準備をする。
『そうだ!嫌な事ばかりではないぞ。ナーシャとディーンが…!』
あ…こっちも訳ありだったんだ。本当に大丈夫か心配しながら港へ向かう事になった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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