2.イレギュラー
成人の儀まで後1年。家出の準備を始めるが…
「あの…父様?」
「ミーナ早く乗りなさい。治療に遅れる」
「はい…」
今日は教会に行く日。
身支度をして馬車に向かうがいつもの質素な馬車じゃない!それに騎士が多い!
唖然としていると父様が手を差し伸べてくれ手を取り馬車に乗った。続いて乗って来た父様は直ぐに窓のカーテンを閉め扉の鍵を閉めた。
「あの…何かあったの?いつもより騎士が多いし馬車も侯爵家の家紋入りの馬車だし…」
「気にする事は無い。昨晩“歪みの森”で賊が出たそうだ。“歪みの森”は通らないが念の為に騎士を増やした」
「賊は捕まったのですか?」
「いや…恐らく歪みに落ちだのだろう…気にするな」
「はい…」
『いや、気になりますから…』
父様が言っていた“歪みの森”とは我が領地の一画にある不思議な森の事だ。所説あるがその森ではこの世界に無い植物が生えたり、見たことも無い動物が出現し異界と繋がっていると言われている。しかしその現象はその一画のみに起こり森に入らなければ特段問題はない。稀に異国からの旅人や土地勘の無い者が迷い込み行方不明になる事もある。
『歪みの森の境界の至る所に看板を設置して注意喚起して居るんだけど…毎年1人か2人ほど行方不明になるんだよね…』
私も境界ギリギリまで何度か行った事がある。誰も入らないから木の間引きをしていなく暗く不気味な雰囲気を醸し出している。
賊が出たのならこの騎士の人数は仕方ないか…。いつもは父様と御者と騎士4名で教会に向かうが、今日は騎士が6名に御者が2名もいる。物々しくて仕方ない!
『こんなに騎士が居たら歩き回れないじゃない』
教会で治療(採血)後は部屋で1時間ほど安静にしてから帰る。いつもその1時間の間に部屋を抜け出て教会に来ている人の噂話を聞き情報収集している。馬鹿げた話が殆どだが稀に有益な話が聞ける時もある。先月はこの国の王太子が妃候補の選定に入り、来年の成人の儀で婚約者を発表する話を神官たちがしていた。
この国には私と同じ年の王子がいる。噂では神の如く美しく聡明で非の打ち所がない王子らしい。王子に御兄弟はなく王子は次期王となられる。社交界では王太子妃の座を巡り令嬢達の熾烈な戦いが始まっているそうだ。
以前ナーシャが
「ミーナも身分的に申し分ないから王太子妃あるんじゃなぃ?」
「ないない!全く淑女教育も受けてないし、こんな容姿の私が選ばれる訳ないじゃん。あったとしたら父様が権力・財力・時間を使ったって事だよ」
なんて笑い合って話した事はあった。
王子なんてご遠慮したい。そんな事をぼんやり考えていたら何時になく険しい顔の父様が私を真っ直ぐに見据えてくる。今日の父様は様子が変だ。何度もどうかしたのかと聞いたが何も無いしか言わない。
気持ち悪さを感じつつ教会に着いたが…
馬車が停まったのに扉が開かない。すると扉外から騎士が父様を呼んでいる。
「心配ない。すぐ戻る」
と言い父様は馬車から降りて行った。扉が開いた瞬間異変に気付く。
教会には着いてはいるが正門だ。いつもは目立たない様に裏門から入る。それに正門に大神官のジン様と品の良い中年男性が立っていた。
父様の代わりに騎士のマイクが馬車に乗って来た。マイクに何が起きているのか何度聞いても旦那様に聞いて下さいの一点張りで答えてくれない。カーテンを開けようとしたら笑顔でマイクに阻止される。全く事情が分からず馬車に軟禁されている私。
どのくらい経っただろう…。父様が戻るのと入れ替わりにマイクが下り、何の説明も無くまた馬車が動きだした。
「父様?」
「何も心配ない。手違いがあっただけだ。いつも通り裏門から教会に入る」
「はい…」
父様の眉間の皺が『何も聞くな』と語っているし、聞ける状態では無い事が分かる。成人の儀まで後1年になり本格的に家出に向けて動こうとしたのに見事に出鼻をくじかれた。
『私無事に家を出れるのだろうか…』
不安が過る…だからって親の決めた愛の無い男性に嫁ぐ気はない。
『後1年もあるからチャンスはある』
と自分に言い聞かせて治療に向かった。
裏門に着くといつもの様に神官見習いさんがいて、採血する部屋まで案内してくれる。“採血”と言っても沢山抜くわけではない。刺繍針より少し太い針で指先を刺し5,6滴を採るだけ。でも地味に痛いんだ…これ!
今日も大神官のジン様が笑顔で私の指に針を刺す。こんな簡単な施術なら神官見習いで十分だと思うんだが、珍しい病気らしく昔から大神官のジン様が施術してくれる。採血された血液はどうするのかいつも疑問に思い何度も聞いたが教えてくれない。
他の事に気を取られている今ならジン様はポロリしてくれるかも・・・
期待しつつジン様に聞いてみた。
「ジン様。採取した私の血はどうするんですか?」
「あの方の治療に…否!医師たちが病気解明に尽力しておるよ」
「あの方?」
「ミーナ嬢が急に聞くから他の話と混ざったわぃ。ミーナ嬢の血液は神殿の医師と薬師が治療法を研究しておるよ。後9回で終わりなのだから頑張りましょうね」
「あ…はい」
また、騎士に付添われ神官見習いの青年の後ろをついて歩く。
父様はいつも通りジン様とお話ししている。
それにしても今日はのっけからおかしい。それに父様や騎士たちの雰囲気がいつもと違って警戒しているというか殺気立っている様な感じだ。
控室に来るといつもは一人で休むのに何故が若い女性がいた。
「??」
戸惑った私に騎士のテントが
「旦那様指示で今日から侍女が就きます。マーガレットご挨拶を…」
「はぁ?侍女?今までいた事無いのに?」
「詳しくは旦那様にお聞きください」
マーガレットさんは背が高くベビーピンクのウェーブヘアーがキレイな1つ年下の女性で挨拶をしてもらい自己紹介してくれた。彼女の実家は王都の商家で成人まで行儀見習いで侍女に。マーガレットさんの実家と侯爵家とは昔からの付き合いで、成人の儀まで何かと準備で忙しい私の為に父様が世話役に付けたらしい。
『うわぁ!予定外だ。これじゃ動きにくいじゃん!』
父様に計画はバレてないはずなのに、ここに来て監視役がつくなんて…。
結局マーガレットさんがずっと部屋にいて教会内の徘徊が出来なかった。気落ちしながら教会を後にする。
いつもはそのまま家に帰るがドレスの採寸に行くために、珍しく外食をする事になった。
父様の行きつけのレストランに行くと個室に通される。
個室に着くとマーガレットさんに手伝ってもらいローブを脱ぎ着席した。すると直ぐにレストランのオーナーが挨拶に来た。オーナーは幼い頃から知っているので私の髪をみても驚かない。
「ミーナお嬢様はお美しくなら立派な淑女でございますね。時の経つのは早く私も年をとる訳です」
「ありがとうございます。アドルフさんは十分若いですよ」
こうして形式ばった社交辞令を交わしている内に食事が運ばれてきた。ここの料理はこの国では珍しく薄味で私の口に合う。
食事が終わりゆっくりお茶を飲みたいのに、父様がもうミス.ジュリアンの店に行くと言う。あまりにもいつもと違う行動に違和感を感じ眉間に皺が寄ってしまう。すると父様が
「すまない。今夜は領地の屋敷に戻らねばならない。故に予定を早めている」
「何か問題ごとでも?」
「大した事では無いが母では対応できないのだ」
「分かりました。でしたら急ぎましょう」
こうしてお茶もパスしてドレスの採寸に向かった。
「お待ちしておりました。さぁ!ミーナ様別室へ」
「えっ!はい」
どうやら父様は本当に急いでいるようだ。挨拶もそこそこに採寸が始まる。
『忙しいなら別の日にすれば良かったのに…』
予定していた平民の服を諦めるしかない。やっぱり今日はツイてないと肩を落とす。
「侯爵様からワンピースを仕立てる様に言われておりますが…お色味は?」
ミス・ジュリアンが生地の見本を持ってきてくれたが猛烈に眠い!脚を抓り必死に起きようとしたが…
『あれ?揺れている…』
ゆっくり意識が浮上すると馬車の中だ。
「へ?ミス・ジュリアンのお店は!」
「ミーナ様はお疲れの様で、お休みになられ旦那様が馬車にお運びになり別邸に帰っている所でございます」
目の前には騎士のマークが居て、私は隣に座るマーガレットに凭れていた。
状況が全く掴めず呆然としているうちに家に着いた。父様は王都で別れ本宅に行き数日は帰らないらしい。代わりに本宅から沢山の騎士に執事のヴォルフと侍女が既に別邸に着いていた。
一応侯爵家の別宅だけありそれなりに広くこれだけ家臣が来ても泊まれるが、普段は10人もいないので凄い圧迫感だ…
本宅より緩い別宅は気が楽なのか皆表情は明るい。私自身が令嬢らしくないから、皆気楽に話してくれる。
朝からイレギュラーな事が続いているが、皆の様子から私の“家出計画”はまだバレていない様だ。
部屋に戻るとついてきたマーガレットさんと話をして過ごす。マーガレットさんは明るくおしゃべり好きな様で、成人の儀の話を楽しそうに私に話を振ってくる。
成人の儀はこの国の女性の一世一代の行事で、人生が変わるとまで言われている。
マーガレットさんは私のお相手が興味がある様だ。一応侯爵家令嬢ですからね…多分同等か格上の御子息との縁組になるんだろうなぁ…嫌すぎる…
夜になり別邸も落ち着きました。湯浴みを手伝うと言うマーガレットさんを断り今1人で湯浴みをしている。
『父様の急用が気になるけど、今までもあったし心配無いよね…とりあえず明日はナーシャに会いに行こう』
私の“家出計画”を唯一知っている親友のナーシャに話を聞いてもらい助言をもらう事にした。そしてバスタブに浸かりながら自分に言い聞かす様に呟く
『大丈夫!私の未来は明るいわ!…よね?』
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