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【未完停止中】彼女が騎士として生きるなら僕は賢者になってキミを守る  作者: 流成 玩斎
第一章 僕がまさかあの現象の対象になるなんて
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第六話 それが世界の常識だ




「いや~最悪だわ……」



 さわやかな朝の食堂で仏頂面のガンツがボヤく。


 隣に座るカナタも頭を抱えてテーブルに突っ伏しながら、中年男が吐いた言葉に対しあえて無視を決め込む。


「……はああ」


 深夜に起きたガンツとの()()()()()()を思い出したカナタは深いため息をつく。幸い操は守れたが精神的ダメージは未だ引きずったままだ。


 深夜の出来事といい、ガルシュの馬上での出来事といい、カナタに認めたくない嗜好の解放を意図する予兆ばかりの連続に、もしこの世界に自分を呼んだ者が居たとすれば、一体何に目覚めさせるつもりなのかと問いただしたくなる程、同性とのハプニングの多さに頭を悩ませるカナタ。


 朝の挨拶に来たリチャードから宿舎の食堂で朝食が出ると聞き気分転換にと来てみたが、すでに他の騎士団達でテーブルは埋まりつつあり、ちょうど空いた二つの席の片方に座ると、後ろから遅れて現れたガンツが苦虫を嚙み潰したかのような表情でカナタの隣に座った。


「つか、なんでお前がここに泊まってんだよっ」


 給仕が運んで来た焼きたてのブレッドが2枚と常温の水、それに湯気立つ木の実入りスープが乗った木製のプレートをそれぞれが受け取り、おもむろにブレッドを掴んだガンツがそれをスープに浸しながら執拗に彼方に絡んでいく。


「聞いてなかったんですか? 昨日アーヴェインさんが――」


「バ~カ、知ってるっつーの! 昨日の報告と、どこぞのバカが無くしちまったカードの再発行だろ?俺が聞いてんのは宿舎に! それも俺のベッドに潜り込んでた件だよ!」


「ちょっ!!」


 さわやかな朝の食堂は一瞬にして時が止まったかのように静寂が訪れ、周囲の騎士達が驚いた表情で一斉にカナタ達に振り返った。


「変な誤解を受けるような言い方はよしてくださいよっ」


「知るかっ! 事実だろうがよ……ああっ気色悪いっ!」


 酒臭い息を吐きながら昨日の話を覚えていたガンツが、周囲の白い目に耐えきれないカナタの申し出を却下するが、その最中に深夜の件を思い出し体中を掻きむしりだす。


「お金持ってないからここの宿舎に泊まれって、アーヴェインさんのご厚意です。あいにく相部屋しか無いって言われたんで、あの部屋をリチャードさんに案内されました。ベッドはすみません。知らなかったんでそのまま寝てしまいましたっ」


「チッ。スラスラと言い訳だけは達者だな。おかげで寝覚めが最悪だわ。頭も痛てーしよ」


 昨日の件もありガンツに対して遠慮が無くなったのか、それとも子供染みた中年男の態度に珍しくイラついたのか、やけに早口で淡々と状況を説明するカナタ。もちろん誤解を解く為に周囲に聞こえるように。その勢いに押されつつも、ガンツはさらに悪態をつく。


「いや頭は僕のせいじゃないですしっ」


「うっせ! ぜーんぶお前のせいにし・と・く・ん・だ・よっ!」


「痛って!」


 そう言ってガンツがカナタの額を指で弾く。

 

 やられたカナタは痛がる素振りで抗議するが、ガンツはそれで気が済んだのか、ゲラゲラと笑いながら朝食を貪り始めた。


 大人げない中年親父に呆れながらも、カナタはボッチの時には無かった会話のやり取りが何故か心地良く、突然現れた正体不明な自分を不審がる事無く接してくれるアーヴェインや、面倒くさい絡みで人を困惑させるが、そこに悪意を感じさせない態度のガンツたちの存在がありがたくも申し訳ない気分になる。


(僕は、この人たちにずっと正体を隠し続けるんだろうか……)


 自分が〝黄昏れびと〟と偽りながら、実は〝世渡りびと〟であることを隠し続ける不条理と罪悪感を感じながら、つい癖になってしまった一点を見つめたままの状態で居ると、


「なーにジッと見てんだよ気色悪りぃな。えっ! えっ? えっ? ちょっ! おま、まさかホントにそっちのシュミが……」


 悪い癖だと分かっているが会話の途中に自分の世界に没頭していまい、つい焦点が合わなくなるカナタを、訝し気な目をしたガンツがオーバーアクションを織り交ぜて揶揄う。


「なっ!バ、バカな事言わないで下さいって! ぼ、僕にはちゃんと好きな女の子が居ますからっ!」


 昨日のアーヴェインに感じた認めたくない感情が蘇り、ガンツの戯言に過剰に反応してしまったカナタは、つい余計な事を口走ってしまう。


「……あ。いや、その……」


 それに気付いたカナタは慌てて前言撤回をしようとするが、恥ずかしさのあまり言葉がうまく出ない。


「ほお~好きな子ねぇ。トロそうに見えてちゃっかりやるこたあ~やってんじゃねーかよガキぃ♪」


 ニヤけ面のガンツが冷やかし気味にカナタを肘で突く。思わず結来はるかの存在を口走ってしまい、しまったと後悔したが時すでに遅く、


「ヒューやるねえ坊主!」


「ガンツに取られんなよ~」


「早く彼女さんの元に帰ってあげてー」


「チクショー俺も彼女欲しいぃぃぃぃ!」


 二人のやり取りに聞き耳を立てていたのか、周囲の騎士達からカナタに対しての嫉妬も交えた野次が飛び交う。


「や、その、ち、違うんです……!」


 元世界で浴びせられた罵詈雑言とは違い、ほのかに温かみのある野次を受け戸惑いながらも否定しようとするカナタの顔はすでに真っ赤になっていた。


「おっはよーカナタくん。朝からすっごく賑やかだね」


「わあっ!」


 突然背後から誰かの気安い声が聞こえ、驚いたカナタは思わず前に一歩飛び出す。そしてその声がした方へおそるおそる振り返った。


 そこには若草色のチュニックに茶色く染められたひざ丈のズボンを履き、上に大きく跳ねた二本の前髪が特徴のある目も覚めるような鮮やかさのある真っ赤な美しい髪を惜しげもなくショートにし、意思の強そうな太眉が髪と同じ色の瞳を一層際立たせている美少女が満面の笑みを浮かべて立っていた。


 可憐さを結来はるかに求めるなら、彼女には情熱を進めたいと思わせる様なハツラツとしたその端正な顔つきは、違う意味でカナタの心を動揺させていく。


 身長はカナタよりも低く、まだ発育途中のジェンダーレス女子とでも言うべきか、少年ぽさを醸し出す上に、出るべきところがまだまだと言う、元社会で言えば炎上を起こしそうな感想をいだいてしまう所はカナタも一応男だと言う証拠だろう。


「え……っと。ど、どちら様でしょう」


 この世界に知人など居ない、全ての人間が初対面であるカナタにとって、目の前の美少女は当然会った事も話した事さえもない正真正銘の初対面だった。


「ええっ!?」


 そんなカナタの他人行儀な受け答えに笑顔で反応を待っていた赤毛の美少女は、想定外の言葉を聞いたかの様な悲痛な叫び声をあげ、少しムッとした表情でカナタに押し迫る。


「ちょっと酷いよカナタくん。昨日あれだけ仲良くなったのにもう忘れちゃうなんて!」


「えっ、えっ、えっ!?」


 と、さながらハニートラップを思わせるセリフを語る赤毛の美少女に全力で狼狽えるカナタ。彼女の事は全く記憶にない為、この状況は違和感でしかなかった。


 ハッと我に返り、カナタは周囲に助けを求めようと見渡すが、なぜか含み笑いの騎士達が自分から目を反らして俯いているのを見て、ますます困惑してしまう。


 予測はしていたが、当然のごとく周りからの助けは得られず、目の前でむくれたままの美少女の扱いに困るカナタを隣のイケメン中年親父が見かねたのか、すっと立ち上がると共に二人の間を割って入った。


「いや、誰も初見で分かるわけないっつーの!」


「あうっ!」


「へ?」


 軽く美少女の頭にチョップを入れて突っ込むガンツ。


 中年男は誰に対しても態度を崩さないらしい。


 それでも先のカナタに対して容赦ないデコピンを浴びせた時よりも緩やかなのだろう、中年男の体育会系なスキンシップを受け、謎の美少女は大げさに後ろへとのけ反った。


 ガンツの言葉を信じるのなら、この美少女はただカナタを揶揄っているだけらしいのだが、それを知っても尚この赤毛の美少女の行動に困惑したままで立ちつくすカナタ。ただ、ガンツのおかげで事態は収まったかに見えた。


「うーっ。それもそっかあ……てへへ」


 しかし頭をさする少女に反省の色は見られず、素直にガンツの忠告を受けたかと思えば、再びカナタに近付き顔を間近に寄せたままジッと見つめだした。その顔は間違いなくカナタからの正解を欲しがる小悪魔の顔だ。


「近い、近い、近いですって。いや、あのホントに分かりませんからっ」


「ねえ。ホントに思い出せないのかなあ、カナタくん」


 少女との顔の近さに目をつむって耐えるカナタは即座に降参したが、謎の少女は全く動じずにまだカナタに答えを求めて来た。


「しつけえぞ〝タイチョー〟もう諦めて鈍感なこいつに種明かししてやんなって」


 呆れた顔のガンツが美少女の悪ノリに辟易したのか、この戯言の終了を進言し、カナタに残念な視線を向ける。


「へ? た、たいちょ……隊長って……まさか!!」


 ガンツが少女を隊長と呼んだことにより、ようやくカナタの頭が回り始めた。それはこの世界に来て自分が知る限りたった一人しか居ない人物の呼び名だからだ。


 しかし、それと目の前に居る赤毛の美少女とは、どう考えても共通点がない。しいて言えば小柄な所くらいだ。実際男だと思い込んでいたアーヴェインの中身がこのような美少女だとは、さまざまな意味で経験値の低いカナタには難題過ぎた。


 突然の事に次の台詞が浮かんで来ないカナタに、手の込んだ悪戯が成功し、大喜びな子供の様にガッツポーズを取るアーヴェインらしき赤毛の美少女。


()()()()()()カナタくん。アタシが昨日の隊長アーヴェイン……アーヴェイン・ボニータ・ングウェ」


 赤毛の美少女は、改めてカナタに向かって挨拶をした後、片目でウインクをして見せる。


「ボニータって呼んでね」


「……」


「あ、あれ? カナタくん?」


「ぇ」


「え? なに?」


「え」


「え?」


「ぇぇぇぇええええええええ!」




 さわやかな朝の食堂にカナタの絶叫が鳴り響いた。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※




「この鉄兜……がですか?」


 朝食後、アーヴェイン改め、ボニータの自室に呼ばれたカナタは、暇つぶしについて来たガンツを交え、ボニータがアーヴェインと偽っていた理由を聞くことになった。


 初めて女性の部屋に入ることに緊張していたカナタだったが、その部屋は自分が寝泊まりした部屋とあまり大差なく、少しベッドが大きいのと個室だった事以外、女子の部屋とは思えない程簡素なものだった。


「そ。この鉄兜は別名〝偽りの兜〟って言ってね。いわゆる()()()()兜なの」


 そう言ってボニータがテーブルに置いてあった鉄兜を片手で持ち上げた。


 自分と同じ目線まで鉄兜を持ち上げられたカナタは、呪いと聞いて無意識に後ろに下がり警戒する。


「の、呪いってヤバくないんですか……?」


 不気味な造形に加え、呪いまであると聞くと、世間一般の感覚を持った者であれば普通は眉根を寄せるであろう代物に、カナタが同様の反応を示すのはごく自然だった。


「まあ呪いの程度に寄るわな。タイチョーの鉄兜にかかった呪いってのはガキも知ってる通り、昨日のオッサンみたいな声の清廉潔白な面白くねえ性格の人物になるだけだ」


「と言うと?」


「コイツの呪いは身に着けた者が考える理想の人物に鉄兜がなりすますってやつで、声や性格、性別に仕草まで、自分とは全く違う者になりきれるんだよ。んで被った本人はその間、自分の体を貸すだけだ」


「……えっと、それって呪いって言うんですか?」


「正確には()()()()()()()()って部類に入るんだが、、製作者が面白半分でかけた呪いみたいなもんだから一緒くたになってるだけだな」


「なるほど……って、え? じゃあ昨日のアーヴェインさんはこの鉄兜が作った偽の人格?」


「せーかい!」


「そ、そんなあ……」


 ようやく昨日のアーヴェインが架空の人物だと知ったカナタは、自分がその架空の人格に散々世話になり、その上励みになる言葉までかけてもらった事が全て呪いの鉄兜の仕業だと分かり愕然とした。


「ついでに言えばこれは不良品だ。自分の意思で脱げるし、外せば効果も切れちまう。」


「ホントは外れなくなって誰かの人格を乗っ取ろうと企んで作った物らしいけど、失敗しちゃったみたいなのよねーこれ」


「……」


 ガンツの説明に付け加え、あっけらかんと話すボニータと比べ、あの実直なアーヴェインが偽りの人格だった事に未だ喪失感が残るカナタは少し感傷的になりながらも質問を続ける。


「で、なんでそんな物がここに……」


「ちょっと前に騎士団で遠征に行った事があって、その時ダンジョンで拾ったんだ~。あ、ちなみに鑑定もかけてもらったから特にそれ以外の呪いみたいな類は付与されてないよ」


「はあ~」


 聞けば聞くほど、昨日のアーヴェインがすでに亡き者の様に思え、カナタは深いため息をつく。


「えーカナタくん、アタシよりアーヴェインの方が良かったの?」


 カナタがあからさまに落ち込んだ態度を見せると、それを不服としたボニータが不満を漏らす。


「いやそうじゃなくて、人見知りな僕が昨日せっかく築いた人間関係が全部無駄だったんだと思うと、つい……」


 普段のカナタならそんな事を他人に話すなど、ありえないのだが、あまりにも落胆してしまった反動なのか、つい本音を漏らしてしまう。


「あ~そういう事? それは大丈夫だよ。ちゃーんとアタシだって昨日の事覚えてるし」


「え?それってどういう……」


「アタシの意思でこれを外すって時以外はこいつの自由、てかアーヴェインの人格に任せてるけど、ちゃんとその間の記憶はあるし、昨日の事もぜーんぶ覚えてるよ?」


「な、なんかそれって覗き見されてるのと同じような……」


「ひっどーい! アタシがお邪魔だったって事?」


「そ、そんな事は……て言うか、僕はアーヴェインさんの事ずっと男性だと思ってたんで」


「ゲッ! やっぱこのガキ、そっちのシュミが……!」


「ち、違いますってば!!」


 またもガンツの揶揄に反論するカナタだが、自分の認めたくない気持ちに困惑していた今朝までとは違い、中身が美少女だったアーヴェインに感じた気の迷いは男として正常だったのだと内心ホッとしていた。


「まあアーヴェインとは普段の業務でアタシずっとコレ被ってるから、いつでも会えるけどね」


「うーん。それは喜んでいいのかどうか……これからどういう対応をしていけば良いのか微妙なところなんですけど」


「だよなあ。中身がこの嬢ちゃんって知ってたらあの鉄兜とはやりにくいよな」


「はい。そうで……ん? あれ、なんか大事な事を忘れて……」


 ガンツの言葉に同意しようとした時、カナタの心に何か引っかかる物があったが、それはすぐに思い出され疑問としてボニータ達に投げかけられた。


「あの、アーヴェインさんはそもそも何でその鉄兜なんか被ってるんですか?」


「えっ」


「ちっ……このガキ余計な事を」


 カナタの疑問がボニータの動揺を誘い、それを口走った事によりガンツが苛立ちを募らせる。


「そう言えば昨日もそれ脱ぐの嫌がってましたよね」


「……」


 カナタが純粋な気持ちで疑問を次々に投げかけると、黙って俯いたままのボニータが自分のベッドに腰を下ろし膝上に鉄兜を乗せたまま、どこか一点を見つめて動かなくなった。その様子を見たガンツはため息を一つ吐くと、備え付けの椅子を自分の近くまで引き寄せそれに座った。


 そしてジロリと彼方を睨んだガンツがゆっくりと語り始める。


「こうなった嬢ちゃんは簡単には戻せない。その責任を取ってお前は今からする話をちゃんと聞け。それと〝黄昏れびと〟のお前が……いや……記憶を無くす前のお前を、()()()()の考えの人間と言う仮定で話しをするけど良いな?」


「えっ……は、はい」


 黙ったままのボニータの代わりに、ガンツが先程までとは打って変わった様子でカナタに念を押す。

 その態度の変化にこれから明かされる疑問の答えが、単なる悪戯の枠だけに収まる理由でないこと感じたカナタは少し戸惑った後、その確認に対して同意の意味を込め頷くことにした。


 それを確認したガンツはチラと向かいのボニータを一瞥すると、椅子の向きを少しカナタの方へ傾けて座りなおす。


「まず最初にだが、お前はこの世界の事をどれだけ覚えてるんだ?」


「え?あ、えっと……」


 いきなり核心を突くようなガンツの問いかけに戸惑うカナタ。


 この世界に飛ばされてまだ1日しか経っていないとは言えず、その答えに詰まった。


「……その様子だとほっ……とんど覚えてないな」


「あ、そのはい……そうです」


 カナタの狼狽がこちらに都合の良い解釈をガンツにさせ、それに乗っかるようにカナタは同意する。


「じゃあ最初から説明だな。いいか? この世界には多種多様な種族が存在する事くらいは知ってるよな? ミスリル帝にも会ったんだし」


「は、はい」


「そのドラゴン様を頂点に、この世界には亜人、獣人、それと人獣、エルフにドワーフや俺たち人族、それに魔物。まあそれ以外にも色々居るけどな」


「えっと、じ、人獣って獣人とは違うんですか?」


「んー簡単に言えば、人に近い見た目の方が人獣で、顔がモロ獣だったら獣人だ」


「あー。あ、すみません続けて下さい」


 ガンツの的を得た説明に感心したカナタは、話を止めた事を謝りその続きを促した。


「いやいいさ。まあその人獣も含めた話を今からするんだけどな」


「……」


「んで、どこまで言ったっけ、あ、そうそう、その各種族はそれぞれ対立してる部分があってだな、人族はその傾向が特に顕著に出てるのさ」


「対立……」


「そう対立だ。昔から仲が悪いって事も含めて相手を差別してやがるんだよ」


「あー」


 元世界にも差別はあった。男女差別、人種差別、身体的差別など、数え上げてもキリがない程に。しかしカナタ自身は誰かを差別するような状況にめぐり会わなかった為、その辺りについての知識は浅い。


「特に俺たち人族の間に多いのは他種族への差別と偏見だな。さっきの人族に近い人獣や亜人はこの街にも結構いるが、それほど虐げられてはいねぇ……それは人族の言葉が話せるからだ」


「――!」


 言葉と聞いて思わず反応するカナタ。自身の〝世渡りびと〟としての能力、この世界全ての種族に通ずることが出来る唯一の方法、それが会話だからだ。


「獣人もたまに見かけるが、こっちは全く言葉が通じねぇし、すぐに奴隷商の奴らに掴まって家畜同然に扱き使われてるのが現状だな」


「そんな……奴隷って」


「ああ。非合法だが奴隷はある。それは獣人だけじゃなく他の種族でもだ」


「……」


「まあ奴隷になって逆に生活が安定したって種族もいるから、一概に悪とは決めつけにくいとこでもあるけどな」


「で、でも……奴隷ですよ?」


「ふっ。そっか、お前もやっぱこっちみたいだな」


「え?」


 カナタの奴隷に対する考えがガンツの信念に合致したのか、少し顔を綻ばせた。


「俺も奴隷には反対意見だ。それに女への差別もな」


「女性差別もあるんですか」


「この嬢ちゃんの鉄兜の理由がそれだよ」


 そう言ってガンツがボニータの膝上に乗った〝偽りの兜〟を指差した。


「そのクソみたいな理由で、嬢ちゃんはこの街で騎士としての自由を奪われてるのさ」


「……」


 ガンツが怒気を含んだ声を荒げると、向かいのボニータがギュッと膝に抱えた鉄兜を抱きしめる。


「見ての通り、人族は王族や皇族を頂点とした貴族社会だ。で、当然の様に派閥争いもある。その中で一番迷惑を被ってるのが女だ」


「……」


「これは貴族に限らず、一部の平民にも通ずる悪い風習だ。男の都合で女は顔も知らねぇ男と無理やり結婚させられ、道具の様に扱われているって聞いたら、どんな最後が待ってるかはガキのお前でも分かるだろう」


「あ……」


「この嬢ちゃんも、見た目はちんちくり――ってえ。まあこんなだけど立派な貴族のご令嬢だ」


「……」


 ドスっと言う音が聞こえ、ガンツの語りが一瞬止まったが、真面目な会話の途中で何気にボニータを揶揄した中年親父の悪い癖のせいであり、カナタはそれをなんとなくスルーする。


「当然王国騎士団の上の連中も貴族ばっかで頭の固い奴も多い。そいつらは嬢ちゃんみたいな貴族の淑女としての役目も全うしない女が騎士として台頭してくるのが気に入らねえのさ」


「そんな……」


「だが、そんな事で嬢ちゃんがこんな気味悪い鉄兜被り続ける訳がねえ。理由はもっと別にある」


「そ、それは……」


「この街の連中だよ」


「えっ、なんで……」


「二年前だったよな。嬢ちゃんがここに新人騎士として赴任したのは」


「……」


 そこでようやくカナタに向かって会話をしていたガンツがボニータへと話を振った。しかしボニータは下を俯いたまま黙って膝上の鉄兜を見つめている。


「あ、アーヴェインさ――」


「最初にね。入団式があってアタシが女性騎士代表で……壇上に呼ばれたの」


 カナタの問いかけを遮るようにポツリポツリとボニータが語りだす。


「嬉しかったなあ。ようやく騎士になれたんだって」


 その当時を思い出すようにボニータは遠くを見つめる。


「それでね。壇上に上がった時、たくさんの街の人たちも騎士団の列を囲んでたのが見えて……」


「この街の人たちを私が……騎士団が守っていくんだって思ったら嬉しくなって」


「壇上で顔がニヤけてたんだアタシ。これから挨拶しようかって時なのに」


「でもその時……」


 そこまで語るボニータの目は輝きに満ちていた。しかし次の言葉が出る前にその瞳は仄かに闇を映す。


「石がね……私に向かって投げられたの」


「そ、そんなっ!!」


「幸い大事にはならなかったけど……それが……街の人たちの中からだと分かって……」


 そう言ったボニータの手は少し震え、カナタは何とも言えない気持ちで彼女を見つめる。


「街の男の子だったの……」


「私はその時、なんで?って思ったよ……私は貴方達を守りに来たのにって」


「……その時ね、男の子が叫んだの。騎士は男しかなっちゃいけないだ。お前は女だから強い男の言う事だけ聞いてろ……って」


「なんで……い、石を投げた子供の親はどうしてたんですか! それに周りの騎士団の人達も……」


 いつになく熱くなるカナタ。思わず元世界の常識的な周りの対応を過去に存在した者達へ期待してしまう。


「……笑ってた……みーんな笑ってた」


「ひ……酷すぎる」


 少し諦めにも似た声に変ったボニータの過去を聞き、矛先を向ける場所が無い苛立ちを、カナタはいつの間にか感じていた。


「嬢ちゃんの言う通り、その時、騎士の上役も市民もグルだったんだよ。女に騎士は向いてないってな」


「……でもね」


「たった一人だけ私を助けてくれた人はいたんだ。騎士団の中にね」


「その人が居たから……今の私はどうにか頑張れてる……かな」


「アーヴェインさん……」


 少しだけボニータの表情が晴れた様に見え、安心したカナタも自分の興奮をどうにか鎮めようとする。


「こわ……いの……」


「……怖くてたまらないの! だってそうでしょ? 街が!みんなが! アタシを! ――アタシを拒むん……だ……よ」


 そう安心したのはカナタだけだったのかもしれない、ボニータの心は急変し、瞳は恐怖を孕む涙を浮かべさせる。


「だからその後すぐにこの鉄兜を見つけた時、アタシは思ったの」


「やっと……やっと隠れることが出来るって」


「これさえ被っていれば誰もアタシを女騎士として見ずに……騎士団の小隊長騎士アーヴェインとして見てくれるって」


 膝上の鉄兜を大事そうになでるボニータ。その呪われた道具に一縷の望みを託した言葉とは裏腹に彼女の肩は震えていた。


 抱きしめれば良かったのかもしれない、これ以上彼女に何も語らせず、何も思い出させずに、安心させる為、自分は一人じゃないんだと優しく声をかけるために。


 しかし、今のカナタにはそんな勢いに任せられるほどの術も、情も、経験も無かった。


 愛しい少女にでさえ、ようやく最後に魂をぶつける勇気を見せる事が出来ただけだった。


 そこに呆然と立ち尽くし、赤い髪の少女が心を閉ざした理由を黙って聞くしかなかった。






 





 ――かに思えた。




「ダメだ! そんな世界なんかに……そんな道具になんか負けちゃダメだ!」


 そう叫んだカナタが突然そのボニータの鉄兜(きぼう)を奪い取った。


 何が彼をそうさせたのか、学園のクラスメイトが居れば、一番彼に似合わない行動だと誰もが思うだろう。そしてカナタ自身が最も、今の自分に驚いていた。


「か、返して!」


 今の自分を唯一守ることが出来るその鉄兜を奪われ、フラフラとカナタへと追いすがるボニータ。


「イヤです!」


 これを返せば彼女は一生呪いに縛られたままだと、カナタは小柄な少女の力ない手から逃れようと必死に鉄兜を死守する。


「な、なんなの、キミは!」


 カナタの頭上高く上げられた鉄兜に手を伸ばしながら、ボニータが焦れる。


「ぼ、僕だって分かりませんよ! なんでこんな事してるのか……でも!」


「だったら返して!」


 自分を奮起させた何かを見つけることも出来ず、ボニータとの鉄兜の取り合いに悪戯に時間と体力を浪費させるカナタ。


「これをあなたに返したら絶対ダメだって僕の心が訴えたんだ!」


「な……なによそれ……」


 訳の分からないカナタの答えに、脱力するボニータ。


 そんな彼女が鉄兜を諦めたのかと思ったカナタが一瞬だけ気を緩めた時、


「そろそろこれは返してもらうぜ〝黄昏れびと〟のガキ」


「あ!」


 カナタが頭上に掲げていた鉄兜をこの中で一番背の高いガンツが乱暴に取り上げた。


「ガンツさん! どうして……」


「んー。さっきから聞いてたけど、お前はやっぱ只の〝黄昏れびと〟だったわ」


「えっ?」


「しかも、この世界を何も知っちゃいない正義の味方気取りのお子ちゃまだ」


「……っ!」


「はあ。もっと聡いかと思ってたけどガッカリだぜ」


 ガンツの辛辣な言葉が熱くなったカナタの心を冷やしていく。


「お前がさっきから並べ立ててるそんな薄っぺらい言葉なんざ、嬢ちゃん目当てに纏わりつく奴らがとっくにほざいてんだよ」


「そ、そんな言い方」


「嬢ちゃんにコレを被らせたくないならな」


「えっ」


「お前が奪うんじゃなくて嬢ちゃん自らコレを捨てさせろ!ガキ」


「――っ!」


「それが出来ない口だけのガキなんざ、ただの世間知らずな奴としか誰も見ないぜ」


「……ど、どうやっ――」


「あーあ。これだから最近のガキは……自分で考えもしねーんだよな」


「……」


 何を言ってもやり返される為、カナタにはもう言い返す気力さえ出てこなかった。


「そんなお前に一言忠告しとくわ。今のお前は何も知らない〝黄昏れびと〟だ」


「そ、それが……」


「知らなければ貪欲に知ろうとしろ。いいか。お前が今突っ立っているココは差別と悪意に満ち溢れてるクソみたいな世界だ。それを理解しようとしないで呑気に生きてても、すぐに死んじまうぜ?」


「――っ!」


「生き残りたければすべて理解しろ! ――それが世界の常識だ」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。

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