第四話 街と国と
第四話目です。出来るとこまで頑張って連投します。
「えっ。ホントに街まで送ってもらえるんですか?」
記憶を失ったと言う設定は騎士団にすんなりと信用され、彼方の不審者疑惑はこの場で晴れる事となった。
安心した彼方に対し、〝黄昏れびと〟になる事は、この世界ではよくある話だと彼方の肩を叩きながら指揮官騎士はその理由を語りだす。
魔物や危険な動物が蔓延るこの世界であるが故に、年に数人ほど襲われた時のケガや恐怖からの後遺症により、記憶を失った状態、通称〝黄昏れびと〟として保護されるのだという。当然彼方も保護の対象になる為、街までは騎士団や街の警備兵が送り届けるのが義務付けられていると聞き、偽〝黄昏れびと〟の彼方は何とも後ろめたい気持ちにさせられる。
「遠慮すルな。貴殿はその上ミスリル帝発見ノ功労者ダ。騎士団としテはそちらに対スる感謝の意味合いが強いガな。」
そう言って手甲をはめた手で、バンと彼方の肩を叩くのがやけに痛そうだが、指揮官騎士が機嫌良く頷くので、彼方は何も言えず黙って痛みに耐えながら愛想笑いをする。
「ん。そうダ……おイ衛生班!」
彼方の身柄の件について話がまとまると、指揮官騎士が何かを思いついたように周囲を取り巻く騎士達に向かって誰かを呼んだ。
誰の事を呼んでいるのかが分かっている騎士達は、呆れた顔で円陣を組んだ状態の自分たちの後方に控えている人物に向かって振り返る。
その内の何人かがゴソゴソとその人物に囁きかけるとしばらくして動きがあった。
「んあ……あ、え? 呼んでる?チッ……へ~い」
後方に控えていた為か、明らかに気を抜いていた様な話し声が聞こえ、ステップを踏む様な歩幅で鼻歌交じりに駆けて来る男が一人、団員達の隙間からひょいと現れた。
その男は無精髭面ではあるが西洋人ぽい金髪のイケメンな中年で、身長は彼方よりもはるかに高く、およそ190センチはあろうかと思われる。そしてその筋肉質で引き締まった身体には他の騎士達の様に甲冑などは身に着けておらず、くたびれたシャツにズボンといったラフな格好をし、ふと見ると先程まで寝ていたのであろうか、口元にはヨダレの跡が残っている。
「へいへい。タイチョーなんか御呼びで?」
そう気安く指揮官騎士に応じる態度は、他の騎士達とは違い部下というよりも下卑た下っぱ風な印象を感じさせた。
「うム。この少年に洗浄魔法ヲ頼みたいのダが」
男の態度に普段から慣れているのか、部下らしからぬ振る舞いについて言及することもなく、タイチョーと呼ばれた指揮官騎士は用件だけを語った。
「そりゃあご命令とあらばかまいませんが。……何ですかい? このガキは」
面倒くさそうに受け答えする男は、頭を搔きながらチラと彼方を一瞥する。
「……お前、さてハ寝てたな?」
「え!いや、そ、そんなワケないでしょ~が。タイチョーも人が悪いなあ~あっははは」
居眠りを指摘された男は口元をぐいっと腕で拭うとワザとらしく否定したが、すでに証拠は指揮官騎士に見られている。
ハア。とため息を吐きながら、またかといった様子で両腕を組みながら中年男を不気味な鉄兜越しに見据える指揮官騎士。
「……まあイい。それヨり早く頼ム」
「はいは~い。んじゃガキ。こっちに来な」
言われるがままに彼方が中年男に近付くと、男は何も言わずにスっと片手を彼方の頭上にかざした。
そのかざした手から緑の光が広がるのと同時に、彼方の全身から今まで感じていたはずの不快な感覚が消え去った。
「あ、あれ? こ、これは……」
「あん? なんだお前、洗浄魔法に決まってんだろ」
名前の通り彼方が粗相したズボンだけではなく、汗と埃でよごれた体全体が先程の光を浴びた途端、まるで風呂場で全身を洗浄した後のように綺麗で快適になった。
「これが……魔法……す、すごい」
「ん? なーに言ってやがんだコイツ」
感動する彼方を露骨に不振がる中年男は、まるで頭の痛い人間でも見るような目で彼方を見る。
「寝てイたお前は知らンだろうが、彼は〝黄昏れびと〟ダ」
「あーなるほど!さっきからおっかしな事ばかり言うもんで気味悪かったんですよ~。なんだよ〝黄昏れびと〟ならしょーがねえな」
寝ていたことを暗に認める納得の仕方をする中年男は、腑に落ちた様子で彼方に近付いた。
「お前もツいてねーなあ。まあ生きてれば儲けもんだから頑張んな!」
指揮官騎士に続きバンバンと彼方の背中を叩く中年男が適当な言葉で彼方を励ますが、この男の力も強いのか、叩くたびに彼方が咳き込む。
「けほっ。おかげですっごく楽になりました。えっと……」
相手の名前を知らない彼方が、呼び名を言おうとしたところでまごつく。
「はーっはっはー。気にすんなって! ちなみに俺の名はガンツだ。んでもってこっちのタイチョーさんは――」
「申し遅レた。私ノ名前はアーヴェインだ」
「ガンツさんにアーヴェインさんですね。よろしくお願いします」
少しチャラついた陽気な中年男はガンツと言う名で、彼方を庇ってくれた指揮官騎士の方はアーヴェインと名乗った。
「あ、あの……記憶は無いんですが、なんとか名前だけは憶えてまして……彼……カナタと言います」
記憶喪失と言う設定だが、名前を名乗るぐらいは問題ないと思い、少し照れもあったが、彼方は二人に自己紹介をする。
「おーよろしくな。ガキ」
「カナタ殿……か。名前ダけでも覚えテいてくれて助かっタよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※
この世界にも地球の馬に似た生物は生息している。
騎士団が乗っていたのがソレだ。
馬モドキと、カナタが最初に称した亜種がこの異世界では存在し、威圧を感じる巨躯は通常の馬よりも遥かに大きく強靭だ。
その名はガルシュ。
元は馬から派生したため、種目的には奇蹄目と呼ばれる馬と同じであり、見た目もあまり変わりがない。ただ、一つだけ外見的に異なる点がある。
それは頭部から生える顔の前面を覆うように下向きに伸びた二対の角だ。
ユニコーンと呼ばれるファンタジー世界にて有名な一角獣がいるがそれとは少し異なり、どちらかと言えば牛に近い角が生えている。その上乙女の純潔を好むなどという面倒くさい設定などはない。
通常の馬は早馬など主に移動に使われるが、ガルシュは騎馬による先頭に特化した種となる。その巨大な頭部の角は騎馬による突撃に最も効果を発揮する。
一撃必殺を目的とする突撃では、最初にガルシュの角による敵兵掃討がメインとなるらしい。
鋼以上の硬さを持つガルシュの角は、一部の国では武器の素材として価値がある為、乱獲により著しく数を減らした過去もあったが、この国の騎士団がガルシュを戦力として起用したのを機に、全面的に捕獲が禁止され、尚且つ手厚い保護のもと繁殖に力を注いだ結果、今では普通の馬よりもその数を増やしている。
尚、騎士団の騎乗するガルシュは全て雌ばかりである。ガルシュ自体が雌主体の文化で形成されており、数が少ない気性の穏やかな雄よりも、能力が高く戦闘向きな気性の荒い雌のガルシュを戦闘馬として採用している。
そんな気の弱い雄との繁殖をめぐり、雌同士が自慢の角で決闘をするのだが、お互いの角が強固な為なかなか決着がつかず、その間に怯えた雄が逃げ出してしまうという逸話もあるらしい。
騎士団の駆るガルシュの背中で、先程知り合った指揮官騎士のアーヴェインの後ろに跨り、彼の腰に掴まりながら先に記述したガルシュの生態に加え、共生の歴史について小一時間程説明を聞かされた、若干お疲れ気味のカナタは、初めての乗馬ということもあってか現在臀部の痛みと悪戦苦闘中だ。
「――とマあ、ガルシュを愛しテやまない我々騎士団とガルシュの関係ヲ分かってもらえタかと思うが……カナタ殿、具合でも悪イのか」
「し、正直……お尻が限界突破しそうです……」
「スまないが、もう少シだけ我慢してもらえナいか。そろそろ日も落ちル頃だ、途中休憩ヲ取ると、帰還予定時刻ニ間に合わなくなってシまう」
「は、はい。善処します……」
アーヴェインはなるべくゆっくりとガルシュを走らせてくれてはいたが、基本一人乗りであるガルシュには、馬具も一人乗り用しか載せていない。痛みを軽減する鎧も、二人乗り用の鞍も無い状態で長時間、直にガルシュの背中に乗せられているカナタは、ガルシュが一歩踏み出す毎に受ける振動に、思わず叫びだしたい衝動に駆られる。
しかしそんなカナタには、それとは別の問題が浮上していた。
それは目の前でガルシュを駆るアーヴェインについてだ。
ガルシュ好きなアーヴェインが延々とその良さをカナタに伝えようとアピールしている間にも、そのアーヴェインから微かだが何とも言えない甘い香りが漂ってくるのだ。
その香りはとても甲冑を着込む騎士から匂う香りとは思えず、最初は騎士の嗜みで身にまとう香水か何かだと思った程度だった。
同性のアーヴェインから香る心地よい体臭に、出会った時には気付かなかったカナタでも、こうして背中越しに密着していると、否応にでも意識し困惑してしまう。
その上、甲冑越しに掴まっているアーヴェインの腰も妙にくびれていて、カナタはどうにも落ち着かなくなる。
「……おかしい。そっちのシュミは無いはずなのに」
「なんダ?そっちのシュミとは」
思わず認めたくない気持ちが声に出てしまったカナタの呟きが、アーヴェインの耳にも入ってしまったらしく、鉄兜越しに渋いくぐもった声でカナタに問いかけてきた。
「いっ!? いや、じ、じ、乗馬のシュミも良いかなって……あ、あははぁ」
「おオそうか! じゃあ街に戻っタら、この私が乗馬ヲ教えてさしアげようじゃないカ」
「えっ! あ、いや、アーヴェインさんもお忙しいでしょうから。ま、またの機会があればそれで……」
「貴殿は遠慮深い性格ダな。こう見えて私ハ乗馬を教えるのが得意デね。部下の数名は私ガ特訓したくらイだよ」
カナタの葛藤など知る由もなく、強引にも乗馬の練習に誘おうとするアーヴェイン。彼はこう見えて世話好きな性格だったようだ。
「タイチョーの尻に見惚れてたんじゃねーのかあ? ガキぃ」
突如斜め後ろから下卑た声色でガンツがカナタを揶揄う。
「なっ! ななな、何を言ってるんですか、ガンツさんっ!」
図星を付かれて焦るカナタが思わず大きな声をあげてガンツを非難する。
「カナタ殿ヲ揶揄うなガンツ。困っていルではないか」
カナタの困惑の原因であるアーヴェインがズレた擁護をする。
「へーい。ガキもそんな焦んなって冗談なんだからよ~」
ニヤニヤしながらも上司の注意に反省する素振りをしているのか、素直に謝るガンツ。
「隊長。そろそろ街に近付いて来ましたけど、どーします?」
少し赤面したカナタとイマイチ状況が掴めていないアーヴェイン。意味深な含み笑いのガンツの三名の間を割って入るかのように、細身の女性騎士が話しかけてきた。
「あア、そうだな。じゃア解除しといてくレないか、アーシェ」
「りょーかいしました~」
アーシェと呼ばれたその女性騎士は軽快な返答をすると、腰に下げていた武器らしきものに手をかける。
「――!」
思わず警戒するカナタだったが、アーシェが手にした武器と思われた物は刃物の類ではなく、杖状のロッドに近い物だった。
「あーごめんね。驚かせちゃった? これ武器じゃないから安心して」
カナタが少し怯えた事に気が付いたアーシェは、ニコリと笑みを浮かべてカナタを気遣う。
「では」
そう言うと、アーシェはロッドを掲げて精神を集中させる。
「かの者は忌まわしき見えぬ衣を剥がす知己を得たり」
呪文と思われるその言葉をアーシェが唱えると、騎士団が居る場所全体の地面から一度だけ白い光が放たれて消えた。
「え? なんですか今の」
馬上から地面が光って消えたのを見たカナタが誰ともなく疑問を投げかけた。
「ミラージュ・エフェクトと言ウ視覚阻害魔法を解除しタのだよ」
カナタの呟きを捉えたアーヴェインがその質問に答えた。
「私たちのまわりにかけてた周囲から見えなくする魔法を街に近くなったから解除したの」
「平原デの探索や警戒には欠かせない魔法デね。無駄な魔物トの戦いを避ける為ヤ、不審者を捕縛しヤすくする為に、周りの景色に我々ヲ溶け込ませる魔法なンだ」
「へえ……!」
思わず関心するカナタだったが、ふいに自分が襲われた時に騎士団の姿が見えていた事に気付く。
「そう言えばあなたを見つけた時、走って逃げようとしてたけど、もしかして私たち見えてた?」
カナタの考えを見抜いたかの様に、アーシェが先の騒動の際、カナタが逃走を図ったのを思い出した。
「えっ、僕には何も……」
「あれ?そうだっけ。私の気のせいだったかなあ」
慌てて誤魔化すカナタをあまり疑いもせずにアーシェが訂正した。
「アーシェのミラージュエフェクトがそう簡単ニ見破らレるはずが無いだろウ」
「そーですよね隊長。あーカナタさんだっけ。ごめんね、変なこと言って」
「い、いえ」
アーヴェインの助言もあってか、わずかな懸念は完全になかった事となり内心ホッとするカナタ。
(見えて……たんだけどなアレ。もしかしてこれも〝世渡りびと〟の能力なのかな……いやそういう事にしとこう)
カナタはミスリル帝に聞いた〝世渡りびと〟について、異世界からの転移者や転生者に特殊な力が宿る事を思い出し、その能力に付随する力のひとつだと考えることにした。現状その力については、異世界の種族との会話が可能と言う事以外何も分かっていない為、これから突飛もなく発動する能力にいちいち考え込んでも仕方がないと判断した。
「で、カナタ殿、乗馬の訓練ノ件についてだガ……」
「えっ?」
よほどカナタに乗馬訓練を施したいのか、再びアーヴェインが話を戻す。
「あーあ。ガキ~お前タイチョーに乗馬の話題しちまったのかよ……」
「あ~らら。カナタさんもう隊長から逃げられないよ~」
アーヴェインの性格を知っている二人がカナタの窮地を茶化し始める。
「え、えっと、ま、まずは記憶を取り戻す事に専念したいかな……なんて」
「あア……そうカすまない。そうだナ、そちらを優先した方ガ良いな」
カナタの苦し紛れの答えを聞いたアーヴェインは、残念そうにそう言った。
好意で誘ってくれたアーヴェインの気持ちを思うといたたまれない気分のカナタは、彼の背中越しに心の中で謝ると、ばつの悪い空気を変えるべく別の話題を出す。
「そ、そうだ! い、今向かっている街の名前ってなんて言うんですか?」
「あア、今眼前に見えル街はリンドベリーと言って、王国かラ最も西側に位置すル都市だ。記憶がナいのだから王国の名前モ教えよう。こノ大陸に5つある国の一つデ、リーンベルジュ王国。それが我々騎士団ガ守る祖国の名だ」
「街と……国……」
王国最西端の街リンドベリーと大陸5大勢力の一つリーンベルジュ王国。
ここがカナタにとって異世界で最初に足を踏み入れた街と国。
元の世界に帰る方法はまだ知る事さえ出来ない今。
この先の展望など無いに等しい今。
この街と国が唯一の希望となるのかなどとは、カナタには分かるはずもなかった。
けれども、いつか戻りたい場所、もう一度会いたい少女が居る以上、ここに到着で終了と言う訳には行かないのだ。
リンドベリー
リーンベルジュ
二つの名前をしっかりと記憶したカナタは、西陽を背にし、ゆっくりと赤みを帯びる外壁に囲まれた異世界最初の街リンドベリーを見つめながら心の中で呟いた。
― とにかく今は生きるしかないんだ ―
――と。
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作者のモチベが爆上がりします。