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【未完停止中】彼女が騎士として生きるなら僕は賢者になってキミを守る  作者: 流成 玩斎
第一章 僕がまさかあの現象の対象になるなんて
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第三十三話 致命的な欠点



「チッ。あの女、終わったのなら、我々にも知らせろと言うのだ!」



 午前の訓練が終わると共に、さっさと訓練広場を出て行ったヴィクトリア。

 そのことを知らず、さらに一周してしまったカルロスが、彼女の勝手さに愚痴をこぼしている。他の訓練生はすでに休憩を取るため、ニシツメの方へと移動し、残っていたのはカナタたちだけ――ではなく、まだベルベッティーナがルシータを駆って専用コースを周っていた。


 ずっとガルシュに乗り続ける体力を身につけることは騎士としては当然のことだが、特別必要性のなさそうな周回を続けている彼女の行動はカナタたちにとっては謎だった。


「ごめんなさい。僕のせいで……」


 カナタが罰として与えられた課題は、この訓練広場の十周だったが、その一周もクリア出来ず、挙句の果てに二十周へと変更。それを終了させるまでは、訓練は中断だというヴィクトリアの決定をカルロスたちに伝えたのだが、最初は難色を示していた彼らも、カナタの落ち込み具合を見れば、それを責めることも出来ず、黙って納得するしかなかった。


「いいえ。カナタさんは立派でした。私の方こそ貴方を……」


「え?」


 カナタを励まそうとしていたエミリーはその言葉を途中で濁す。

 あの一週目の最期に、カナタに再度抱きかかえられた時、彼女は自分が間違っていたことを知った。彼は自分の思ったような人物ではなかった。それどころか周りを気遣い、自信を鼓舞し、残念な結果には終わったが、それでもあきらめない強い人物であると。ただ、これは彼女の想像であって、実際のカナタとはかけ離れたものであったが、その思い違いは、彼女が持つ、カナタへの印象を百八十度変えてしまった。

 

「いえ。それよりも大丈夫ですか? 足の方……」


「あーけっこう乳酸が溜まってますけど、たぶんすぐに収まるかと」


「にゅーさん?」


「あっ、何でもないです! ははは」


「それで? 今からどうするのだ。休憩するにしても、あまり時間がないようだが」


 この後のことが気になるのか、二人の会話に割って入るカルロス。

 すでに身なりを整え、涼しい顔で話す彼には疲れなどなく、すこし腹のあたりを摩っているところをみると、ベイグラッドの肩の上で相当腹筋を駆使したのだろう、明日辺りにも苦しむ可能性がありそうだ。そして実際に彼を乗せ、大声をあげて走らされたベイグラッドの方は、荒い呼吸をしながら、少し咳き込んでいるようで、両者の疲労度には明らかな差があった。


「とりあえずここにいても仕方ありませんから、ニシツメのカフェの方にでも行きますか」


「私の話を聞いてないのか? 時間はないと言ったのだが」


 自分の言葉を無視するかのようなエミリーの発言が気に食わないのか、彼女をジロリとにらむカルロス。やはり彼のくせなのか、腰元の短剣にまた手をかけている。それをチラリと横目で見ながら、小さなため息を吐くエミリーが言った。


「なに言ってるんですか。私たちはすでに大遅刻をしたんですよ? 今更少し遅れたって大丈夫です」


 そう言って舌をちろりと出す彼女の大胆さに全員が驚くが、それもそうだと納得したのか、カナタたちはもちろんカルロスまでもが、少し笑みを浮かべながら広場をあとにするのだった。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



 ニシツメのなかは、次の交代要員の準備のせいか騒然としており、

 呑気にカフェを楽しむものは、広場から休憩に来ている新人騎士だけであろう。

 そんな新人たちでさえ、自分たちがこの空気のなかにいることが場違いであると気後れするのか、休憩もそこそこに、また広場へと戻っていった。


 そんな真面目な新人たちが去ったあとのガランとしたカフェのなかで、ちらちらと騎士達の視線を浴びながらも、平然と休憩の一時を満喫する肝の据わった新人騎士たちが、テーブルに置かれたばかりの飲み物を各々手に取ると、一人例外を残したままグラスを合わせる。


「あの、み、みなさんこちらを見てますけど」


 グラスのかち合う音が静かなカフェに響き、その音に気付いた遠巻きの騎士たちの何とも言えない視線を感じ、空気を読んで早々と退散した他の新人騎士と同じく、居た堪れない心境のカナタ。


「なにを気にしているのだ小間使い。そんな奴らのことなど構う必要はない」


 相変わらずカナタを小間使い呼ばわりするカルロスが、ふんと鼻を鳴らしながら気弱な少年の言葉をはねのける。


「そうですよカナタさん。私たち、別に悪いことしているわけではないのですよ」


 カルロスに続き、カナタの気持ちを察したようにニコリと微笑むエミリー。

 こういった空気のなか平然とする二人を見ると、小心者の自分と比べ、貴族としての堂々した態度をとる彼らとの、()というものを、ひしひしと感じるカナタ。


「それにしても、あの赤毛の女の小間使いが、()()()さえも所持していなかったのには笑えるな」


「そ、それは――」


「もお、カルロス!」


 ニシツメ所内のカフェとはいえ、代金のほうはきっちりと取られるようで、今カナタが手にしている飲み物代はエミリーのカードによって支払われたものだった。そして案の定カードを持ち合わせていないカナタにカルロスが苦言を呈する。


「す、すみません。先日本部で再発行をしたんですが、まだもらえてなくて」


「良いんですよ、カナタさん。気にしないでください」


「そもそも貴様は騎士でもないのに、なぜこんな訓練に参加しているのだ」


「あー。じ、実はですね……」


 カナタはこれまでの経緯をざっと彼らに説明することにした。いろいろ黙っていてもこの先こういった場所で弊害になることを考えての判断だ。もちろん黄昏れびとであることは隠しての話だが。


「た、黄昏れびとで、しかもグラナダ平原で騎士団に保護されただと?」


「カナタさん……」


 カナタの素性を知った三人は言葉に詰まったが、なかでも黄昏れびとだと言った時のエミリーとカルロスの驚きは大きかった。


「というわけで、僕は今ボニータさんの勧めもあってここに来てるんです」


 と締めくくったカナタの顔を呆然と見つめる三人。その口元は彼を慰めようと言葉を探しているのか、何度も開くことをためらうかのように小さく動いている。そんな彼らの空気を察したのか、明るく笑うカナタは、エミリーにおごってもらった飲み物をチビりと飲んだ。


「ま、まあ貴様の素性は知ったが、その、なんだ、気を落とすことはない。よくある話だとも聞くしな」


 カルロスなりのなぐさめ方なのだろう、あまり人を労わることに慣れてない話しぶりに、カナタやエミリーが目を細める。


「私、カナタさんのこと応援します! 頑張ってくださいね」


「ひぇっ!? あ、あの……あ、ありがとうございます……ははは」


 エミリーにぎゅっと握られた自分の両手をあわてて見るカナタが、しどろもどろになりながらも、赤い顔で彼女に礼を述べると、それに安心したのかゆっくりと手を離し、にこりと微笑む彼女。


 そんなエミリーの微かな態度の変化には、愚鈍なカナタはもちろん、当の本人でさえも、まだ気づくことはなかった。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



「あーら。おかーえりなさい、坊やたち」



 相変わらずといった風なベルベッティーナが、その似非(えせ)イタリア人のような独特な口調で、広場に戻って来た四人を出迎える。


 カナタたちが今いる場所は、訓練広場の奥にあるガルシュ専用コースだ。踏み固められた地面は雑草も生えないのか、まるで元世界の競技場のような見事に整地されたものであり、その周囲をガルシュの主食にもなっている牧草をまとめた塊が無造作に置かれている。おそらくその塊の山がクッション材の役目を兼ねているのだろう、まだ幼い新人騎士が慣れていないガルシュの操作を誤ったのか、馬上から投げ出され、その牧草の山へと突っ込んでいた。


 この場にはベルベッティーナとルシータ。それに他のメンバーに用意されたのだろう、三頭のガルシュが新たに集められ、それぞれが毅然とした姿でルシータの後ろに控えているのは、ルシータがクイーンとして認識されているからだろう。それに女王の手前もあるのか、手綱を自由にされているにも関わらず、勝手気ままな行動を慎み、まったく微動だにしない。


「貴様は調教師じゃないのか。我々の訓練を指導するというのは、どういうことなのだ?」


 ベルベッティーナが軽く自分の自己紹介を済ませると、調教師という肩書を不審に思ったカルロスが、さっそく彼女に疑問をぶつける。


「ホントはこの訓練もあたしじゃーなくて、ヴィクトリアがやるんだけど、そこーは無理にお願いして彼女には基礎訓練だけをやってもらうことになったーのよ。って、あたしじゃー不満? ()()()ちゃん」


「いや、だ、誰であろうと構わんが、いちいち交代されるのが余計だと思っただけだ」


 見た目は女性でも、その野太い声で迫られると、さすがのカルロスも怖気づいたのか、それ以上小言を言うことはなくなった。そのようすに満足したのか、ベルベッティーナが話を進めていく。


「じゃあ、さっそーくだけど坊や以外の三人は、ルシータちゃんのうしろーにいるガルシュちゃんたちに乗ってもらうわ。あ、乗り方ーも手取り足取り教えてあげましょーか?」


 カナタだけを残し、他の三人をそれぞれのガルシュの横に立たせるベルベッティーナが、さきほどの生意気なカルロスの発言に対しての意趣返しなのか、彼の耳元まで近づくと、最後の文句をその野太い声でささやき、必要以上に怯えさせたあと、ケラケラと笑っている。


 だが、カルロスの怯えは何もベルベッティーナの奇行によるものだけではなかった。他の二人がすでにガルシュに乗っているにも関わらず、一向にガルシュに乗る――どころか、ガルシュに必要以上に近付くことさえしないカルロス。その顔は苦痛に歪み、目の前のガルシュを見ることさえなく俯いたままだった。


「カルロスさん?」


 そのようすに最初に気付いたのはカナタだった。彼はまだルシータに騎乗しておらず、三人のようすを傍らで見ていたのだ。そしてガルシュの横で、じっと動かないカルロスの異変を知った。カナタの声で三人から離れ、ルシータの下へ戻ろうとしたベルベッティーナが後ろを振り返る。


「なーにやってんの、生意気ちゃん。さっさと乗りなさーいな」


 じっとしたままのカルロスを訝し気に見つめるベルベッティーナが彼にガルシュへの騎乗を促すが、それにびくっと反応するだけで、額に汗を浮かべて、彼は押し黙ったままだ。


「こーら、聞ぃーてんの?」


「ひいっ!」


 焦れたベルベッティーナが彼の下へと戻り、後ろから軽く背中を押すと、さらにガルシュに近付いたカルロスが小さな悲鳴をあげた。あまりに意外な彼のその声に、その場に一瞬沈黙が流れ、ベルベッティーナがおそるおそる彼に尋ねる。


「あ、あのー生意気ちゃん? も、もしかしーて……ガルシュちゃんに乗れなーい……てか、怖い?」


 その言葉にビクッとなるカルロス。その目はカッと見開き、ワナワナと震えるその体は、ベルベッティーナのそれを暗に肯定するものであった。


「そー言えば、坊やはルシータちゃんと一緒に訓練に来てーるわよね……あなたたち三人のガルシュちゃんはいなーいってヴィクトリアに聞いたーんだけど、なんで?」


 ベルベッティーナの疑問に黙る三人。

 少しして、エミリーがガルシュの馬上からゆっくりとその手をあげる。


「わ、私、元魔剣士ですので、その……ガルシュを我が一族が所有してないものでして……はい」


 エミリーの答えになるほどねと頷くカナタとベルベッティーナ。


「わ、ワタクシは……び、貧乏貴族の十二人兄弟で、一番末っ子のワタクシにまで、ガルシュがまわってこなくて……ご、ごめんなさい」


 さきほどの訓練のせいか、少ししゃがれた声で、申し訳なさそうに答えるベイグラッドの理由に、なんとも言えない顔のカナタたち。


 そして、皆の目が、最期に答えるであろうカルロスの方へと集中する。


「……」


 他の二人が答えたのにも関わらず、じっと固まったままのカルロス。息を呑むカナタたちが、その沈黙の長さに諦めかけた時、


「お、幼いころに……ガルシュから、ら、落馬して、それから……の、乗れないのだ」


 絞りだすように言葉を話すカルロス。端正な顔に浮かぶその表情は、当時の落馬の記憶が思い出されているかのように、ひどく辛いものだった。


「な、なるほーど……ね」


 少し引き気味のベルベッティーナが、納得したように声をあげる。他の者たちも同じように頷いた。しかし、その理由に同情しないわけでもないが、カナタはふと心に思う事があった。だが、その疑問はエミリーによって代弁される。


「えっと、乗れないのに、貴方はどうして騎士になろうと?」


 誰もが思っていながらも、口にし辛いことを平然と言ってのけるエミリーに、皆の目が注目する。


 図星を突かれたのが癪に障ったのか、ぎりぎりと歯ぎしりをするカルロスは、じろりとエミリーを睨むが、そこへ目の前のガルシュが突然顔を近づけ、またも情けない声をあげ、思わず尻もちをつく。


 唖然として彼を見つめるカナタたち。

 その視線に自尊心が傷ついたカルロスは、怒りを堪えながらもゆっくりと立ち上がりながら、自分に、そして周囲にも言い聞かせるかのように呟いた。


「わ、私はどうしても騎士なりたかったのだ……たとえガルシュに乗れなくとも、あ、あのお方のように立派な騎士になるために……私は……私は……!」


 その信念のこもったまなざしは、地面を見つめているのではなく、その先の何かを見つめているかのように熱く、そして決意に満ちていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。

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