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【未完停止中】彼女が騎士として生きるなら僕は賢者になってキミを守る  作者: 流成 玩斎
第一章 僕がまさかあの現象の対象になるなんて
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第三十一話 元魔剣士ルーク・エミリー・パウエル




「じゃあ、部屋決めないとね!」




 宿舎に戻るとさっそく三人の部屋を決めるため、ボニータが皆を食堂に集めた。

 特にカナタは用事がなかったのだが、明日から一緒に訓練を受ける者たちと少しでも交流を深めるようにというボニータの計らいで、この部屋割りにも参加させられていた。


 現在食堂に集まっているのは、提案者のボニータに特別参加のカナタ、それと新人三人だ。酒で酔い潰れていた少年は、ベルタの回復魔法で目を覚まし、ふてくされた状態でこの場に参加している。回復で酔いが覚めるなら何故早めにしなかったのかとカナタが尋ねたが、ベルタ曰く、早めに起こしてもうるさいだけだ。との言葉に納得させられてしまう。そのベルタだが、遅れて戻って来たガンツの世話のため、ここにはいない。


「そー言えば、あんたの名前まだ聞いてなかったね」


 ダッヂ亭での仕打ちに未だ怒りが収まらない少年は、ボニータの言葉を無視したまま黙って目を閉じている。そんな少年の態度に肩をすくめる彼女だが、そこに同じく少年の隣に座っているエミリーからの助け舟が。


「あ、彼の名前はフィッシュ・カルロス――」


「お、おいっ! 貴様、なにを勝手に……!」


 エミリーが少年の代わりに彼の名前を紹介しようとするが、慌てて席を立つ少年に制される。


「了解! カルロスね。ありがと、エミリー」


「どういたしまして!」


 名前さえ分かればこっちのものとばかりに事務的に対応するボニータが、エミリ―のアシストに感謝を述べると彼女もにこりと微笑んだ。それに対し、忌み嫌う女たちに軽々しくも名前を呼ばれたカルロスは、女性二人に良いようにあしらわれ更に機嫌を損ねたのか、バンとテーブルを叩き不快感をあらわにした。


「おいっ! 貴様らなんでこんな女どもと一緒にいるのだ! 我々は男であり騎士だぞ!」


 だが、一人では形成不利だと考えたのか、急にカナタたちに賛同を求めようとするカルロス。しかし、そんな考えを持ったことのないカナタはともかく、道中もエミリーと仲良く話していたベイグリッドも、彼女の隣で首をかしげている。そんな二人をようすを見て、まったくあてにならない奴らだと直感し、すぐさま得意の抜刀で、向かいに座るボニータを威嚇しようとするカルロス。


「カルロス。やめといた方が良いですよ?」


 ボニータに短剣を突き付けるカルロスの隣で、彼をじっと見つめるエミリーが、諭すような声で彼に呼びかけた。その声に眉間を寄せるカルロスはわなわなと震え、その切っ先を今度は彼女へと向けた。


「貴様! 私の名を気安く呼ぶな! しかも私に対して命令するとは……」


 怒りの限界を迎えたのか、カルロスはその手に持った短剣を一度大きく振り上げると、ニヤりと笑った瞬間にその刃をエミリーへと振り降ろす。


「真の騎士として、私が貴様をこの手で処分してく――」


 初めて何かを殺すことに興奮したような表情の少年は、その短剣を振り下ろすための極めて自己中心的な大義名分を叫んだ。しかし、その言葉は最後まで言い切る事なく終わる。


 短剣が標的に当たる刹那、突如カルロスの目の前にいるエミリーの姿がゆらりと揺れたかと思うと、彼の持った短剣は振り下ろした方向とは真逆のラインを描き、次の瞬間には武器を失ったカルロスの首元に、エミリーの手刀が突き付けられていた。


「――っ!」


 自分の武器が一瞬で弾き飛ばされ、気付けば立場が逆転していた事に驚愕するカルロス。その目には冷淡な眼差しのエミリーがじっと彼を見つめているのが映っている。一歩も動けない彼の首には魔力を帯びた彼女の手刀が張り付き、今にもその喉元を切り裂こうとしている。


 そして、カルロスに見せたその冷たい眼差しを一度閉じ、再び開け、元のエミリーへと戻った彼女が優しくささやく。


「あまり図に乗らない方が良いですよ。貴方は弱いんですから。それに私、腐っても魔剣士だったんで、武器を持たなくても貴方くらいすぐに殺せます」



 だが、優しく語っていてもその言葉に宿る冷酷さには変わりがない。

 強張った自分の顔の皮膚の上を、ゆっくりと汗が伝っていくのを感じたまま、カルロスはエミリーからのプレッシャーに必死に耐えている。そんな彼の顔を数秒間見つめていたエミリーだったが、やがて手にまとった魔力を霧散させ、その首元から離した。


 パッと解放された瞬間、傍らのテーブルに片手をつき、荒い息をしながら自分の首元をおさえるカルロス。大きく見開かれたその目には、さきほどまでの威厳はなく、ただ目の前の少女を、まるで怪物を見るかのような恐怖に満ちた目で睨んでいる。


「はあ……これからは気をつけてくださいね」


 硬直したまま返事もしないカルロスに、それ以上何も言わず席につくエミリー。

 

「……わ、私の剣は、ど、どこだ!」


 それでも欠片ほどに残ったプライドがあるのか、声を詰まらせながらも、エミリーに対し態度を変えないカルロス。もし今、尊大というスキルしか持ち合わせていない彼に、新たな能力が加わったとすれば、それは警戒心に違いないだろう。それを証拠に、彼は少し緊張した面持ちで彼女と距離を取りながらも、子犬のように必死に吠えたてようとしている。


 さほど学習をしないカルロスに小さくため息をつく彼女が、黙って天井を指差すと、そこには深々と天板に刺さっている彼の短剣が。


「あれ、抜けますかね」


「うーん。後でリチャードに相談しとく」


 天井の短剣を見上げながら話す能天気なカナタたち。

 歯ぎしりをするカルロスはそんな雰囲気に耐えきれなかったのか、再びテーブルを叩くと、踵を返し無言のまま食堂を出ていこうとする。


「待ってください」


 そんな彼をエミリーが呼び止めると、まだ彼女に対しての恐怖があるのか、言われたままに立ち止まるカルロス。


「どこに行くんです? この食堂を出て行ったら、もう貴方に行くところなんてありませんよ。もちろん私たちもですが」


「――っ!」


 辛辣なエミリーの言葉が心に届いたのか、立ち止まったままのカルロスの身が、わなわなと震えている。それはおそらくわずかに残ったプライドとの葛藤であろう。そしてしばらくそのままの状態が続き、彼の口から小さく「クソっ」という言葉が漏れ出ると、ようやく決心がついたのか、こちらへと向き直り、誰とも目を合わすこともなく席についた。


 素直じゃない彼の態度に、ボニータとエミリーがお互いの顔を見合わせてクスリと笑う。


「じゃあ、さっそくキミたちの新しい居場所を決めよっか」


 パンと手を叩いたボニータが新人騎士達を促し、食堂を後にする。そして今朝と同じように二階に上り、ちょうどカナタの部屋の隣へとたどり着いた。


「カナタくんの部屋の隣も空いてるから……ここ、あんたたち二人の部屋ね」


「なにっ!? ち、ちょっと待て! 私がこの男と一緒だと?」


 まだ開けていない扉を親指で指し、ニコリと笑うボニータに、案の定、噛みついたのがカルロスだった。その態度はエミリーに圧倒される前となんら変わりなく、ボニータが自分の部隊の隊長であることも全く意に介していないようすだ。


「なーによ。文句でもあるの?」


 もう彼のことをこういう男なのだと思うことにしたボニータは、カルロスの口調を注意することなく、普通に接している。


「当たり前だ! 私は高貴な貴族だぞ? それをこんな男と同じ部屋に入れるとは……私を馬鹿にしているのか?」


 こんな男呼ばわりされているベイグリッドは、特に困った素振りも見せずに黙って向かいの窓の景色を眺めている。少し彼が気を悪くしているのではと心配したカナタも、その自由気ままなようすに安堵した。


「ここの男性騎士たちは、基本、相部屋なの。それに中見てよ。けっこう広いのよ?」


「今、基本と言ったな? では個室もあるのだろう! それを私に献上しろ!」


 頭だけは敏いのか、ボニータの言葉を突き、個室の存在に気付いたカルロスが、彼女に詰め寄る。


「んもー。カナタくん! キミの部屋をカルロスに見せてあげて」


「え? あ、はい」


 呆れた風なボニータが横目でカナタに合図を送ると、その意図を理解したカナタが隣の部屋に移動しようとしたが、その場所を視認したカルロスが彼を追い抜き、すぐさま隣の部屋の扉を乱暴に開け放った。


 そこには、小綺麗に片付いてはいるが、他の部屋と比べて格段に狭い、物置小屋のような部屋があるだけだった。


「……」


「どう? これでも個室にしてほしい?」


 部屋のありさまを見て、沈黙したままのカルロスの後ろから、皮肉っぽいボニータの声が聞こえた。それにムッとするカルロスは、またも乱暴に部屋の扉を閉めると、未だに窓を眺めているベイグリッドの方へとずんずんと歩み寄って行く。


「おい、お前! 仕方がないから私の世話係として同室を許してやろう」


「あ……でもワタクシ……」


 あくまでも自分の立場を上と見ている少年の言葉に、何か言いたげなベイグリッドが小さく声をあげるが、そんなことを聞き入れる間もなく、最初の部屋にずかずかと入っていくカルロス。


 そんなやり取りを間近でみていた他の三人は、この先のベイグリッドの多難を心配するが、にこりとこちらに笑顔を見せる彼の顔を見るとそれ以上何も言えなくなってしまう。そしてこちらに頭を深々と下げたベイグリッドは、傲慢な態度の少年が待つ新しく与えられた部屋へ、そそくさと入って行き、その扉をゆっくりと閉めた。


「んー大丈夫かなあ。あれ」


 温厚そうなベイグリッドを心配するボニータ。相部屋を指示したのは自分なのだが、カルロスの暴言が彼の心をこれ以上傷つけやしないかという気持ちが勝り、少し後悔しているようだ。


「まあ、何かあれば私が〆ますので!」


 魔剣士としての本性を見せ始めたエミリーは、その言動をだんだんと過激にさせていく。その言葉に少し戸惑い気味なボニータは、あえてそれに同意はせずに、ただ笑うだけだった。


 その後、残るはエミリーの部屋だけとなったため、女子の部屋を男子に見られたくないというエミリーの希望もあってか、そこでカナタは解放された。




 そして何事もなく夜を迎える。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※





 あれから数時間は眠っていたのだろうか、カナタは突然、目覚めた。

 その理由は、夢の中にも聞こえそうなほどの大きな()のせいだ。

 定期的なリズムを刻むその騒音は、屋敷中に響き渡るほどで、他の部屋からの怒鳴り声も耳に入ってくる。そんな大事の最中、逆に今まで目覚めなかった自分の図太さに驚くが、それほど集中した眠りを迎えるほど、今日は疲れていたのだろうと自分に言い聞かせるカナタ。


「おい。起きているか! 小間使い」


 日中、聞き慣れてしまったその声は、扉を叩く音と共にカナタを呼びつけた。まだ眠い目をこすりながら、少し冷えた床の上をはだしで歩き、扉をゆっくりと開けるとそこには例の少年、カルロスがその整った顔をひどく歪めたまま立っていた。当然夜中なので、彼の顔も眠そうだが、それ以上に迷惑そうな顔をしたまま、出て来たばかりのカナタを、何も言わずに自分の部屋へと引っ張っていく。


 まだ出会ったばかりだが、彼の性格を十分に理解していたカナタは、突然の彼の行動に戸惑いながらも、屋敷中に騒音が響く中、引っ張られるままに隣の部屋へとたどり着いた。


「あ」


 小さく声を上げたカナタ。その理由は明白だった。

 屋敷中を埋め尽くしている騒音が、カルロスたちの部屋を中心としていたからだ。


「ちょっと! 何なのよ! このうるさい音は!」


 あまりの騒音に、ノアをはじめとした他の少女騎士たちも、寝間着のままぞろぞろと集まって来る。その姿にドキっとするカナタたちだが、それよりも騒音の正体を知る方が先だと、気を取り直しゆっくりと扉を開けた。


「い、いびき?」


 部屋の扉を開けると、より一層大きくなっていく騒音は、二つあるベッドの一つで気持ち良さげに眠っているベイグリッドのいびきによるものだった。


 耳を押さえながらその状況に絶句していると、後ろから同じポーズをしたカルロスが話しかけてくる。


「ああ。寝た直後は何ともなかったのだが、熟睡したとたんにこれだ……」


「か、カナタくん。この音いったい……わあっ!」


 やはりこの音によって目が覚めたのか、長いガウンを羽織ったボニータが、集まった他の騎士たちをかいくぐって部屋に入るなり、慌てて耳を塞いでいる。


「どんなに呼びかけても叩いても、全く起きないのだ。」


 すでにお手上げ状態なのか、肩をすくめるカルロス。ベイグリッドとの同室を後悔しているのか、深いため息までついている。


「ホントに起きないわね! なんなのこいつ!」


 カルロスのようにベイグリッドを起こそうと試みたノアでさえ、彼を起こすことが出来なかったようだ。諦めた彼女はカナタたちに後を託すように睨むと、黙って自分の部屋へと帰っていった。


「仕方がないわ。明日対策を考えるとして、今日は我慢しよ」


 隊長であり、屋敷の主でもあるボニータの指示で、不満げな顔をしつつも、その場を去っていく騎士たち。やがてボニータ以外、誰も居なくなり、残された部屋で途方に暮れるカルロスとカナタ。


「カナタくんたちには気の毒だけど、今夜はどうしようもないね」


「お、おい……このまま私を置いていく気か? 冗談だろう?」


 気を遣うボニータの言葉に信じられないと言った顔のカルロスが反発するが、この事態をどうする事も出来ないのは理解しているのか、昼間ほどの苛烈な態度ではなかった。


「とりあえず、カナタくんの部屋にベッド移動させてみる? あんまり効果ないと思うけど、この部屋で寝るよりマシでしょ?」


「むう。し、仕方がない……」


 ボニータの提案によって、カルロスのベッドを皆で担ぎ、カナタの部屋へと移動させる。それを見届けたあと、ボニータもおやすみと言って部屋へ戻って行った。


「じ、じゃあ僕らも寝ましょうか」


 二人きりになった狭い部屋で、隣り合わせになったベッドにお互い座ったまま、緊張するカナタがカルロスに話しかける。


 「うむ。」と言ってさっさとブランケットを被るカルロスに、小さくおやすみなさいと声をかけるとカナタも同じようにベッドに寝転がり、緊張したままの状態でゆっくりと目を閉じた。



 だが、ベイグリッドのいびきは、その後も収まることなく朝まで続く。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※




「貴様ら……初日から良い度胸をしているな。ん?」




 目の前で仁王立ちのヴィクトリアが、こめかみに青筋を立てたまま笑顔を見せている。昨夜のいびきのせいで、ほとんど眠ることの出来なかったボニータ隊は、近年まれにみるほどの大遅刻をしでかした。


 すでに部隊は大急ぎでグラナダ平原の巡回に出立し、あとに残ったカナタたち訓練生は、一人すっきりとした朝を迎えて、すこぶる調子の良いベイグリッドを除き、まだ夢見心地の状態でヴィクトリアの前に整列している。


「というか、なんで貴様までここにいるのだ! チビぺちゃ!」


 カナタたちの隣には、ぼーっとしたままのボニータが、なぜか一緒になって立っていた。


「あーごめん……ヴィクトリア。いちお遅刻した……この子たちの代弁者で……つきそ――」


「要らああああああん!!」



 ヴィクトリアの叫びが、十分に陽の上がった訓練広場に響き渡っていった。



 

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。

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