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【未完停止中】彼女が騎士として生きるなら僕は賢者になってキミを守る  作者: 流成 玩斎
第一章 僕がまさかあの現象の対象になるなんて
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第三十話 中年男の厄日和




「じゃあ、そろそろ宿舎に戻ろっか」




 先行きが不安な自己紹介が終わり、その後、適度に食事を済ませた頃になると、すでに陽は西へと傾きかけていた。この世界の住人には決まった時間、規則的に三度の食事という概念はなく、食べられる時に食べるという考えらしい。朝食を取る習慣はあるのだが、その後に昼食と夕食を合わせたような食事をとるのが通常で、カナタたちが食事をしたのもそれだった。

 

 元世界にいた頃から、それほど食事に執着のなかったカナタにとって、この習慣には特に不満はなく、空腹になれば食べるという異世界の食事習慣は、むしろ彼好みとも言えた。


馬屋からルシータを連れて戻り、ダッヂ亭を後にしたカナタたちは、未だ酔い潰れたままの少年をルシータの背に乗せてから一旦、ニシツメの方角へと戻っていた。往復する形になるのには理由があり、そこから経由すれば宿舎に近いということと、新人たちに道を覚えさせること。それに今朝から城壁周辺の警らに出ていたボニータ隊が、ちょうど今頃ニシツメにいるだろうと予想した上での、新人との顔合わせも兼ねていた。


 石畳の坂道を下り、カナタが最初にリンドベリーの街を見渡した西門前の大広場へと戻って来た頃、彼らの横を黒塗りの騎士団専用馬車が追い越していった。


 それはゆっくりと坂道の先にある大広間へと進み、カナタたちが本部へ行くときに立ち寄った馬車駅の前で停止すると、そこに一人の男が降り立った。


 特にそれは珍しいものでもなく、定期馬車として稼働しているため、ボニータたちはもちろんカナタでさえ、その光景をまじまじと見ることもなく、視界にただ映っただけのものとして捉えていた。


 最初に気付いたのはベルタだった。彼は思わずその馬車から降り立った男の名を呟いてしまい、ハッとなり慌てて口を閉じるが、すでに遅く、それと共に少し後ろから、何かをささやく声が聞こえた。


「騎士スキル――」


 突然カナタとベルタの間につむじ風が巻き起こり、その少し後ろにいたはずの少女が消える。

 そして次の瞬間、馬車駅に降り立ったばかりの男が吹き飛んだ。


「し、師匠!」


 さきほど呟いた言葉を今度は大声で叫びながら、ベルタが坂道を駆け下り、大広場を囲む垣根へと吹き飛んだ男の下に走っていく。


「つっっ……な、なんだあ? 突然」


 普段鍛えている体のおかげか、とくに目立つほどのケガもない男は、突然の襲撃に戸惑いながらも、垣根の間から体を起こし、たった今、自分がいたはずの馬車駅の方を訝し気に睨んだ。


「げっ! じ、嬢ちゃん……」


 馬車駅に立つ、今一番会いたくないその人物の名を叫んだのはガンツだ。今朝早く屋敷の者たちが起きる前に本部まで逃げていた彼は、忙しいカレルに追い出されるようにしてこちらへ舞い戻って来たばかりだが、まさか馬車から降り立った直後に見つかるとは思っていなかったため、その驚きは大きかった。


 そしてその馬車駅に立つのはもちろんボニータだ。

 ベルタの言葉に一早く反応し、わざわざ騎士スキルまで使用して、馬車から降りたばかりのガンツに、強烈な蹴りをかました彼女は、仁王立ちでガンツを睨んでいる。


「あっ! ガンツさん?」


「ちっ。ガキまで一緒かよ」


 騎士スキルで飛んだボニータを追いかけ、ルシータの手綱を持ったカナタと二人の新人騎士がようやく大広場にある馬車駅までたどりつくと、垣根に埋もれている状態のガンツを見つけたカナタが驚く。


 ボニータだけではなく、カナタにまで見つかったと知ったガンツは観念したのか、傍で申し訳なさそうにしているベルタにかまうことなく、その場に胡坐(あぐら)をかいた。


「昨日はよくもやってくれたわね! おっさん」


 腕組みをしながらゆっくりと近付くボニータを片目で見ているガンツ。その場を動こうともせず彼女がこちらへ来るのを待っている。そして目の前にボニータが来ると、大きなため息をついた。


「わーるかったよ。ちょっとした、いたずらだったんだって」


「あんたのいたずらで。アタシがどんな目に遭ったか分かってんの!」


 昨夜のことを軽く謝って済ませようとするガンツに声を荒げるボニータ。横にいるボニータもなぜかガンツのとなりで正座をしているところを見ると、やはり昨日のガンツの行いを黙って見ていた罪悪感があるのだろう。いつもの師匠を擁護する言葉は出てこない。


「どんな目にあったんだよ」


「そっ、それは……その……」


 ニヤついた顔で意味ありげに尋ねてくるガンツ。

 それに対し言葉に詰まるボニータが赤い顔でルシータの隣にいるカナタの顔をチラリと窺う。そんな彼女の視線の先にいるカナタの方も、ガンツの問いかけに反応したのか、彼女と同様に赤い顔で俯いたままだ。


「そのようすだと何かあったんだな。ニヒヒ」


「う、うっさいなあ! 全然反省する気ないでしょ! おっさん」


「はいはい。反省してるよ。やり過ぎました! ごめんなさいっと!」


「んも~ムカつくー!」


 まったく反省の色がないガンツに半ば呆れ顔のボニータ。一応さきほどの蹴りで意趣返しにはなったのか、それともこれ以上問い詰めても無駄と分かっているのか、彼女はすでに諦めたようにため息をつき、そして肩を落とす。そんな二人を緊張した面持ちで遠巻きに眺める新人騎士二人に気付いたガンツがボニータに問いかける。


「ん、なんだ? あいつら、まさか久々の新入りか? 嬢ちゃん」


「え? あ……うん」


 見知らぬ中年の話題にされたことで、更に緊張する二人の新人騎士を見ながら、ボニータが歯切れの悪い返事を返すと、そのようすにピンときたのか、ガンツがジロりと二人の騎士を睨む。


「あん? ()()()()他で何かやらかしたクチか?」


「「ひっ……!」」


 ガンツの睨みが効いたのか、あるいはまた触れられたくない部分をここで一から説明させられるとでも思ったのか、二人の新人騎士は蛇に睨まれたカエルの如く固まってしまった。


「お前ら……も?」


 ガンツの言葉にカナタが首をかしげる。


「ガキ。お前が騎士という存在にどんな理想や妄想を抱いているか知らねーが、少なくとも他の部隊と違って俺たちはそーご大層なもんでもねーし、秀抜な精鋭部隊でもねえ――」


 そう言いかけてゆっくりと立ち上がるガンツ。その偉そうな態度は、これから述べることとはまったく正反対なものだ。



「ただの()()()()()だ」


 

 それは訓練広場で出会ったビクトリアが言った言葉だった。

 カナタは彼女の言葉を単なる負け惜しみや嫌味として捉えていた。

 ボニータを敵視している彼女の吐いた暴言、あるいは苦し紛れの言葉だと。


 だが、それは自分の思い違いであり、事実であると、ガンツの言葉が証明したのだ。後ろで黙ったままの新人二人だけではなく、この場にいる騎士全員がそのはみ出し者だとすれば、この言葉に対しなんと答えを返せばいいのだろうか、下手な言葉を言えば全員を傷つけてしまう。それ以前に、元世界で()()()()だった自分がどの面を下げて彼らを擁護など出来ようか。


 言葉に詰まるカナタ。

 だが、そんなカナタの心を読んだかのようにガンツが言葉を続ける。


「なあに。俺たちがはみ出し者なのは自分たちで十分に承知してる。ただ群れの秩序と規律に性が合わなかっただけさ。だからそこの二人……いや、そこのガルシュの上で寝てる奴もか。まあお前らも今まで騎士団の中を放浪して来たんだろうが安心しろ……ここが終着駅だ」


 その自虐とも皮肉とも言える言葉に、その場の騎士たちが微妙な表情になる。それはカナタとて同じだった。元世界で虐げられ、唯一の心の支えでもあった少女にも見放され、挙句の果てに異世界にまで飛ばされたのだ。まさに自分がその終着駅に流れ着いた流浪人(るろうにん)と言えるだろう。


 誰もガンツに言い返せない。

 誰もそれは違うと反発しない。

 やり切れない思いのまま、全員が沈黙する。


 そしてこのまま時間だけが過ぎるかと思われたその時――

 


「――見つけた」

 

 

 それは自分たちが発した言葉ではなかった。

 その声は大広場の向こう、西門辺りから響いたものだった。

 最初は誰もが自分たちには関係のない誰かの声だと思っていた。

 そんな何気ない気持ちだったのか、それともこの空気に耐えきれなくなった、自分たちの感情を紛らわすためだったのか、その声に無意識に振り返るカナタたち。


「あ……」


 気落ちしたままの彼らが見た大広場の隅にいた集団。さきほどの声はそこから発せられたものだった。集団は約二十名程の騎士たちで、そのどれもが見覚えのある顔ぶれだ。


 ボニータがあっ、と呟いたのはその集団がまぎれもなく自分が率いている集団、ボニータ隊だった事に気付いたからだ。彼らは普段以上に疲れ切った表情をしており、心なしか泣きそうな顔の者もいる。そしてそれ以上に彼女の目を引いたのは、どんな時も精悍(せいかん)な姿で主たちの隣に立つガルシュたちまでもが疲労困憊(ひろうこんぱい)したかのように、その場にうずくまっていたことだった。


「な、なんだお前らその恰好……」


 ボニータが彼らにその酷い有様の原因を尋ねようとした時、ガンツが眉をひそめてボニータ隊の状況に驚きを見せた。だが、その発言が彼の本日の運命を決定付けてしまう。


 先頭に立つ少女、声を発したのは彼女だった。

 

 その美しい金色の巻き髪は精彩を欠き、目の下にはうっすらと、くまさえ浮かんでいる。他の騎士たちと同様に疲れ果てたようすでゆらりと佇む少女は、気の強さが売りのはずの少女騎士、ノアだ。


 恨みの(こも)った眼差しはガンツ――いや、正確にはガンツとその隣にいる少年ベルタにも向けられており。それは警ら中に彼女たちの身に起こった出来事に関することだというのは明白だった。


「え~い、せ~い、はああああんんんん!!!」


 噛みしめるようにゆっくりと、衛生班であるガンツたちに向けた恨みを言葉に乗せるノア。いつの間にかその手に握られた鎖の繋がった輪っかの先には、彼女の身の丈の数倍はあろうかという鉄球がその重みで砕かれた石畳の上にどっしりと鎮座している。


 そして城壁周辺での戦闘時に見せたように、ノアはその鉄球に繋がった輪っかを両手でずるずると引きずり、地面にめり込んだ鉄球に阻まれ、ピンと張った鎖を思いっきり天へと振り上げる。それと共に鉄球も空へと舞い上がると、一旦鎖によって空中に留まり、長剣と同じように落下速度を利用した攻撃に転じた。


 その標的は言うまでも無くガンツたちであり、ノアの放った鉄球は一直線に衛生班たちの真上に落ちていく。


「ま、またかよおおおおお!!!」



 二度目の襲撃に絶叫するガンツの声と共に、鉄球が地面を砕く豪音が大広場を埋め尽くしていった。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※




「ごめんね。それって、アタシのせいかも」



 大広場から森へ入り宿舎へと帰るなか、城壁周辺での出来事を聞かされたボニータがノアに謝罪する。二人しかいない衛生班のうち、一人はいずこへと消え、もう一人をカナタとの二人きりの状況に照れがあった彼女が付き添いとして独占してしまったのだ。そのせいで不幸な事故が起きてしまった――とは言え、暴走したのはノアの責任なのだが。


 20名ほどいたボニータ隊の半数以上は今日あったことを忘れるため、即座に酒場へと直行したようで、今ここにいるのは、ほとんどが少女騎士ばかりだった。副隊長であるバードックは大広場を破壊したボニータ隊の代表としてニシツメに出頭し、始末書や警備兵からの調書に追われている。


 本来実行したノアが行くべきところを、その行動を後ろに居ながらも止めなかったという責任を感じたのか、自ら出向いて行ったようだ。と、表向きはそうなっているが、あの暴走を止めなかったのはバードックも同じ気持であったことと、頻繁に問題を起こす部隊の後始末(尻ぬぐい)のほとんどが彼の仕事であったため、いつもどおりのパターンであった。


「もういいのよボニータ! すべてこの男が悪いんだから!」


 そう言って後ろからよろよろとついて来るガンツを指差すノア。あまり自分のしでかしたことの重大さを分かっていない彼女は平然と罪を彼になすり付ける。その自由さに他の少女騎士も苦笑いを浮かべている。


「つつ……無茶しやがるぜ……ったく。広場で鉄球なんか召喚しやがって!」


「すみません師匠……すべて自分の責任です」


 あの巨大な鉄球をまともに受けたのにも関わらず、ちょっとしたむち打ち程度で済んでいるガンツを隣でルシータに乗ったカナタが若干引き気味に見ている。巻き添えを喰らったはずのベルタは、とっさに判断したガンツによって鉄球が降って来る瞬間にカナタたちの方へ放り投げられたため無事だった。その罪悪感と、ボニータに感付かれたのは自分の責任だと思い込んでいるようで、さきほどから延々と師匠に謝り続けている弟子のベルタ。


「なによ! 文句あるの!」


 キッと睨みつけるノア。手にはすでに別の武器を召喚している。それを見てこれ以上痛い目に合うのは勘弁という風に視線をそらすガンツ。抵抗の意思を見せないガンツにふんと鼻を鳴らすと、再びノアはボニータと向き合う。


「それにしてもすごいわね! そのルシータってガルシュ!」


 道中でボニータに聞いた、訓練広場での出来事のことだろう。ノアが感心したように後ろをあるくルシータをチラと見返す。特にクイーンの存在という話には少女たちも目を輝かせて聞いていたので、ルシータの周りを他の少女たちが物珍しそうに取り囲んで歩いている。


「でもクイーンも凄いけど、カナタさんのキングって話もすっごいですよ? ノア先輩」


「あっそ。私はあんまり興味ないわね」


 カナタとは初日から面識のあるアーシェが、カナタ推しをノアにアピールするが、基本男に厳しいところがあるのか、ノアの返事は冷たく、そんな彼女の後ろ姿を少女たちは生暖かい目で見つめている。


「うん。そうなんだあ。ルシータちゃんも凄いし、カナタくんも凄かったよ! 他のガルシュちゃんたちが一斉に(ひざまず)いたんだよ!? あれは感動したよぉ……」


「「すごーい!」」


 ガルシュ愛の強いボニータが再び訓練広場の光景を思い出し、感動に浸ると、後ろの少女たちも一斉にカナタやルシータを盛り立てる。


「あ、いや、僕なんか偶然で、そんな……」


 足元で黄色い声をあげる少女騎士たちの視線を受け、ルシータの馬上で照れるカナタ。タテガミを少女たちに撫でまくられているルシータは平然としたまま前を進む。


「ちっ! お前はダッヂ亭だけじゃなくて、こんなとこでもモテやがって……」


 そんなモテ期があらわれたカナタを面白く思わない幼稚な中年男が、ムキになってカナタに絡みだす。


「ルシータかなんか知らねーけどよ、お前みたいなしょぼいガキに懐くなんざ、どうせたいしたガルシュじゃねーよなっ」


 そう言いながら後ろへと移動し、カナタを乗せたルシータの臀部を軽く叩いたガンツ。


「ブルルっ!」


「あ!」


 その瞬間、彼はこの日三度目の災難に見舞われた。

 ルシータの荒ぶった鼻息とカナタの驚く声とがほぼ同時に聞こえた時、ガンツはルシータの後ろ脚によって天高く蹴り飛ばされていった。


「ぐほお!! また――」


 カナタをはじめ、大勢の少女騎士たちに見届けられるなか、ガンツの最期の声は途切れ、深い森の奥へと消えていった。


「る、ルシータ……」


 そんな大それたことをやってのけながら、平然と前を進み続けるルシータに苦笑しながら、カナタは少しだけ気の晴れた自分の意地の悪さにも、同じように苦笑するのだった。





ここまでお読みいただきありがとうございます。


この作品を気に入って下さった方は良かったらブクマ・お気に・評価・感想などよろしくお願いします。


作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。

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