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【未完停止中】彼女が騎士として生きるなら僕は賢者になってキミを守る  作者: 流成 玩斎
第一章 僕がまさかあの現象の対象になるなんて
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第二話 強襲と報酬

正月二日目、第二話です。


※ドラゴンの体長を40mから10mに変更。それに伴う表現などの修正を行いました。




「ドラゴンとか嘘でしょおーー!?」




 彼方は誰にいうともなく叫んだが、それは大草原に虚しく木霊していった。


 一応はこれまでのボッチ人生の中、類に漏れず、ファンタジー小説や漫画、アニメにゲーム等、一通りのオタク路線は歩んできた彼方であり、そんな世界に行きたいなどと妄想したことは一度や二度はあったが、それがリアルで実現できるとは、流石に16歳にもなれば不可能な事ぐらいは承知している。


 当然、ドラゴンなどの空想上の生き物など現実には存在しないと認識していた。




 ――の、はずだった。



 

 その空想上の生き物が今、こちらを目がけて鋭い牙が生えた口を大きく開いた状態で飛んでいるのだ。


 しかも初見でいきなりボスクラスのドラゴンと遭遇するなど番狂わせにも程があるだろうと、妙に引きの良い自身の悪運を彼方は呪う。


 だが、それよりも彼方が気になるのは先程から身体中に吹き出るこの嫌な汗の方だ。


 これまでにイジメや嫌がらせで酷い目に合うよな危機感を感じることは多々あったが、これほど異様な汗の量は記憶になかった。


 漆黒に吸い込まれ死を覚悟した時は、結来はるかの安否を意識するあまりに自分の危機感そっちのけだったのは仕方ないとして今回は迫り来る危機の度が過ぎる。


 彼方は首筋に浮かぶ汗を手でぬぐい遥か先を見据える。


 その先にはさきほどのドラゴンが今はまだ小さく見えるほどの距離だが、確実にこちらに向かっているのが確認できた。


 それは遠目にも優に10メートルは超えるであろうことが窺い知れ、まるで3、4階建ての建物が丸々一棟迫って来るかのような迫力があった。


 彼方はドラゴンがわざわざ落ち返してこちらに戻ってきたのは、確実に最初の飛来によって自分を発見したため、それを捕獲しようとしているのだと確信する。


 その証拠に周囲には他に獲物となる動物などは存在せず、この広い大草原の真ん中にはたった今、この物騒な異世界に転移したばかりの彼方がポツンと立っているだけなのだ。


「こんな何もない平原にいきなりポンと獲物が現れたら、そりゃあ僕だって大喜びするさ」


 今更、何を愚痴っても仕方がないのは分っていたが、自然現象なのか、それとも何者かの崇高なる意思によってなのか、とにかく自分をここに転移させた第三者が居ると仮定して、彼方はそれ向かって苦情を言いたくなった。


 そうこうしている間に、遥か上空からレーザービームの様に真っ直ぐ飛んで来ているドラゴンが、巨大な体を前傾姿勢にし、その翼を一度だけ大きく羽ばたかせる。


 たったその一煽ぎだけで、それまででも十分に速かったドラゴンの飛行速度が爆発的に増加される。


「――っ!」


 彼方の本能がこの場から逃げろと警笛を鳴らすが、如何せん肝心の身体がついて来ない。


 心臓だけがバクバクと無駄に血液を全身に送り込むだけで、脳内の神経はきびきびと手足を動かす気はまるでないように沈黙を貫く。


 ゲームの初回スタートダッシュセットなどには一早く飛びつく彼方だったが、自身にスタートダッシュが備わっていない事に、今更ながら気付かされた。


 自分の情けなさには長年の付き合いで慣れ親しんではいるが、こんな危機的状況の時くらいヘタレずに、火事場の馬鹿力的なものくらい出てきてくれても良いだろうに。


 と、彼方は非力な自分に悪態をつく。


 しかし、その慣れ親しんだヘタレ根性から、

 ほとんど運動もせずに生きて来たくせに、こういう時だけ馬鹿力を要求されても、人並み以下しか出ませんが?


 と、即答されるくらいに、彼方は体力、気力、そして根性とは無縁の人生を送って来た。


「今更、後悔しても仕方ないな。とりあえず逃げないと」


 もし、同じクラスの生徒達がこの場に居ようものなら、結来はるかを除く他の生徒全員が皆、失笑と罵倒を贈るであろう、独特で珍妙な走り方で、彼方はその場から逃げ出す。



 ぜえっ……ぜえっ。


 迫り来るドラゴンを、自らの足で走って突き離すなど、彼方でなくとも到底不可能であり、体力勝負に縁のない彼方は、当然期待を裏切る事なく、ものの十数秒で息絶え絶えとなる。


「む、無理ゲーだあ!!」


 そう叫ぶと同時に足がよろけ、彼方の体勢が大きく横へとフラついた。


「――!!」


 その瞬間、先程まで彼方が走っていた場所を、間髪入れずにドラゴンの顎が激しく抉った。


 地面は硬く鋭い牙によって崩壊し、大量の土砂と煙が舞う。


 直後、地表とドラゴンの一部が衝突した事で、衝撃波が起こり、激しい風圧が彼方を襲った。


 ドラゴンの直撃を免れた彼方は、二次災害とも言える風圧による衝撃で、まるで木の葉の様に十数メートルも飛ばされて地面を舐めるが、幸いにもここが柔らかい草の生い茂る草原だった事もあり、打撲と擦り傷だけは負ったが、奇跡的に命を拾う。


 そしてその数秒間の出来事が全て終わった後、ようやく彼方の口からうめき声が上がった。


「ぐあぁ……」


 最初に背中を強打し、息が出来なくなった為、痛みや恐怖に叫ぶことも出来なかった彼方は、生まれて初めて九死に一生を得る様な体験をしたせいで、肉体的なダメージよりも精神のダメージの方が甚大であった。


「う……ううっ……うわあああああああああ!!」


 死神が選択を誤り、自分が生かされた事を理解した彼方は、遅れて湧いた感情のコントロールを失い、赤子の様に泣き叫ぶ。


 漆黒の闇に落ちた時、

 一度は死を覚悟したはずの彼方だったが、こうして唐突に迫る恐怖を前にすると、その覚悟さえ上辺だけのものだったと痛感した。


「ふぐぅぅぅっ……ひぐっ」


 全身は冷や汗に濡れ、歯はガチガチと震えだし、涙と鼻水が視界と呼吸を阻害する。


 そして情けなくも、恐怖のせいか、糞尿を漏らす始末。


 震えの止まらない足は、まったくこちらの言うことを聞かない為、彼方は立ち上がることを断念する。


 脳裏には、結来はるかとの楽しかった思い出が、走馬灯の様に浮かんでは消えていく。


 一方、彼方を襲ったドラゴンは、最初の強襲を外した後、慣性の法則などを無視するかのようにその場に停止し、再び上昇するも、今度はゆっくりと翼を畳みながら彼方の前に降りて来た。


 すでに獲物は戦意も、逃走意志をも失っていると見たのだろう。まるで壊れた玩具でも見るかの様に、彼方をジッと観察している。


 圧倒的威圧感の中、膝立ちになった彼方は、目の前のドラゴンを見ることも出来ず、俯いたまま嗚咽を漏らす。そして、崩れる様に両手を地面に突いた。



「だ……だずけでっ!!」


 

 言葉など通じるはずの無い事は、十分に理解しているつもりだった。


 彼方は最後の気力を振り絞り、涙と鼻水に邪魔され、聞き取り辛くなった言葉で精一杯の声を張り上げ、姿を見る事さえ畏怖するほどのドラゴンに向かって、命乞いの土下座をする。


 こんなところで無駄に死にたくはない。元居た世界には、もう一度会いたい少女が居るのだ。


 しかし現実は非情だ、異世界に来れば、漫画や小説にあるような能力で、どんなピンチでも乗り越えるものだと思っていた。だが、こんな状況でさえ奇跡が起こる気配はなく、それどころか、涙ながらに命乞いをし、助かるかどうかも分からない状況に、ズボンを汚物で濡らしながら、死の恐怖に怯え、弱く、脆く、貧弱な、いつも以上に情けない自分をさらけ出しているのが現実である。


 やはり、自分は主人公ではなかった。


 ここに来たのは偶然で、たまたま自分だっただけなのだ。


 だから当然の様に、脅威によってあっけなく最期を迎える。


 心の中に、暗い闇が立ち込め、考えれば考えるほど、彼方の想像は卑屈に、そして何一つ光明の無かった人生に倦厭(けんえん)する。



 体中が痛いけど、たぶん死ぬんだろうし、まあいいか。


 気持ち悪いけど、やっぱり死ぬんだし、あと少し我慢すればいいか。


 吐きそうだけど、どうせ死ぬ時に血を吐くだろうから、その時ゲロも吐けばいいや。


 ああ……早く、ドラゴンに喰われれば楽になれるのに。



 すでに意味のない命乞いは済み、後はドラゴンに殺されるだけの言わば待ち時間的な一時。


 彼方の胸中は、諦めの言葉で埋め尽くされる。


 そして最後は生への執着さえも失われようとしていたその時――







「――何故だ」





 突然、遥か頭上から、低く、重く、荘厳な声が響き渡った。





「――!」





 涙でボヤけて死んだ目が再び光を宿す。


 彼方はその声がした方、


 頭上をゆっくりと見上げる。


 そこには圧倒的な質量を持ち、全身を蒼く光る鱗が覆い、背中の翼を畳んだ巨大なドラゴンが、彼方を射抜くような威圧的な目で睨んでいた。


 もし、先程の声が、ただの妄想だとすれば、目が合った時点でもう彼方の命は無かったのだろう。


 だが、ドラゴンはその佇まいを崩すことなく、ましてやその全てを飲み込むかの様な凶悪な顎を、カッと開いて襲いかかかる事もせず、ただジッと彼方を見据えたままだった。


 そして、そのドラゴンが、鋭い眼光をこちらに向けたまま、その牙を覗かせた口元からゆっくりと熱い息を吐き出すと、




「――貴様は何故、竜の言葉を話せるのだ」



 そう言い放った。



 驚いたことに、目の前に立つドラゴンの口から漏れ出た言葉は、彼方が生まれてから現在まで、毎日の様に聞き、耳に慣れ親しんだ言葉――



 日本語であった。



「は……はひぃ?」


 一瞬、彼方は狐にでもつままれたような、間抜けな声をあげる。


 それはまるで異国の地で同郷の者に出会ったかの様な、安心感という感覚であり、それも日本から離れた同じ地球の地ではなく、同じ人間からでもない。そもそも人間ではない物からもたらされたのだ。


 そんな感情に戸惑いながらも、彼方は頭をフル回転にしてこの状況を理解する事に全力を注いだ。


 先程まで確実に自分をオーバーキルしようとしていたドラゴンがいきなり対話を。しかも日本語でだ。


 異世界の生物であるドラゴンが全くの別世界の言葉である日本語を話すなどありえないのだ。


 それこそさっき悲観したばかりの小説や漫画に出てくるような、ご都合主義的な異世界の言語は自分の話す言語と同じ――というやつではないのか。


 しかし、ドラゴンは()()()()()()()()()()()などとワケの分らない事を自分に問いかけた。


 頭の中で順序立ててはいくもののそれが元居た世界での常識が基準でしかない為、異世界が何でもありだった場合は彼方の立てる仮説は全て水泡に帰するのだ。


 しばし黙ったまま考え込む彼方。


 そんな自身の問いかけにも答えず、先程から足元で黙って考え込むだけの貧弱な生き物に業を煮やしたのか、口からチロリと蒼い炎を漏らしながら再びドラゴンが声を荒げて彼方に語りかける。


「聞こえなかったのか貧相な人族よ。それともその豆粒ほどの頭に付いている耳はただの飾りか」


 グルルと喉元を鳴らすドラゴンが、次は容赦なく殺すとでも言うかの様な殺気をちらつかせた為、彼方は慌てて地面に頭を擦り付けるようにひれ伏した。


「す、すみませんっ、聞こえてます、聞こえてますっ! あ、あの、いや、そ、そちらから……日本語で話しかけてくれてるんじゃあ……ないん……ですか?」


「フン。〝ニホンゴ〟と言うのは知らぬが、竜族は人族の言語を解することくらい動作もない――が、流石に言葉を交わすと言う行為までは不可能というもの。しかし貴様は我々の言語周波をいとも容易く操り話しておる……そも人族に我らの言葉は聞き取れぬはずなのだが……どうにも解せんものよ」


 ドラゴンの言う言語周波と言うものは、おそらく人間の耳には捉えられない波数で交わされる言語なのだろう。彼方は自分の耳に手を当てながら、そう解釈した。


 その言葉通りなら、自分はこの世界の()()と呼ばれる人間には聞こえない言葉が聞き取れ、しかもそれを話すことが出来るという。


 やはり異世界に来た事で自身の身に何か変化が起きたとしか考えられないのだ。


 例えば、言語スキルが身に付いたなどの転生者特有の能力。あるいは元の世界の人間でしか持ちえない、ここには無い特異体質が発動したなど。


 そんな事を片隅に考えながら、彼方はドラゴンから更に詳しい情報が得られないかと、普段は敬遠している、()()()()()()()()()()()という行動に出た。


「そ、そうですか……。でも実は僕、さっきこの世界に来たばかりで、正直、ここの人族?の方々とは会ってもいないんですよ」


(まあ、会ってもコミュ症なんでうまく話せないけどさ……)


 と、彼方は続く自虐ネタを心の中だけで呟く。


 だが、それを聞いたドラゴンが突如その巨体を大きく揺さぶらせた。


「貴様……〝()()()()()〟か」


 ドラゴンの赤い瞳が光り、彼方を睨む。


「よわたりびと……」


 ドラゴンの言った言葉を、彼方は神妙な顔で繰り返す。



〝世渡りびと〟


  

 話の流れ的に言えば、異世界を渡ってこちらに来た人間に対しての呼称だろう。


 呼び名があるという事は、他にも転生や転移でこちらに来た人間が存在するという意味であり、彼方以外にもこの世界に存在するという可能性もある。


 うまく接触出来れば、地球、元の世界に戻る為の情報も手に入るはずだと、彼方は微かな希望を期待した。


 彼方が〝世渡りびと〟である事を否定しないのを、肯定と受け取ったのか、ドラゴンは特に襲い掛かる事もせず、その赤い瞳に光を宿したまま、再び彼方をじっと睨んだ。


「先に言っとくが、貴様が〝世渡りびと〟である事を、他の人族に知られてもロクなことにはならんぞ」


「えっ?」


 彼方の考えていることが分かるのか、クギを刺すかの様にドラゴンが先回りして語る。


「運が無ければ、貴様はそれによって死をも覚悟せねばならないと思え」


「――っ!」


 実際に命を狙ってきた相手から言われても微妙な感じにはなるが、その物騒な物言いに、彼方は先程までの恐怖を忘れ、ドラゴンへとにじり寄ってしまう。


 そんな彼方の無防備な行動を、特に気にも留めていないドラゴンは、そのまま話を進める。


「〝世渡りびと〟は、人族にとって自分達の文明とやらを滅ぼす存在と見なされ、見つかれば処刑の対象だと聞く。無論、そう言われる理由を、その〝世渡りびと〟本人である貴様に覚えがないわけでもあるまい」


 そう言うと、ドラゴンはニヤリと笑うかの様に、口角を上げ、彼方を睨む目を細めた。


「文明を……ほろ……ぼす……あ!」


 そう彼方は呟くと共に、はたと気づく。


 ドラゴンの語る真意は、特に何の特技や知識を持つわけでもない彼方にも理解出来るものであった。


 よくある異世界物の話を例にすれば、ある主人公が手始めに元世界の文化を異世界で広め、それによって莫大な財産、いわゆる異世界生活での()()を稼いだり、もしくは地位や名誉、はたまたハーレム生活への道のりを開いたりする手段なのだ。


 本人にとっては、手っ取り早く地固めが出来、安定した生活を確保するための常套手段なのだろうが、持ち込まれた文化は、必ずしも異世界の住人にとって有益になるものばかりではない。


 特に、その他世界の文化を持ち込まれた領土を支配する偽政者たちには、余計な文明の発展を大規模にやられると、それの登場によって市場や社会システムから除外される元の文明や商品が、著しい価格変動または物資不足、しいては求心力の低下に繋がりかねない。


 早い話が、権力者にとって、〝世渡りびと〟は邪魔な存在でしかないのだ。


 よくある話だと思っていたが、転生先によっては、地雷を踏む場合があるという事を、意外にもドラゴンから学ばされてしまった彼方。


「そう……ですね……き、気を付けます」


「うむ。貴様が〝世渡り人〟と知れば、最初の疑問も腑に落ちる」


「えっと、疑問て、僕が話せる事ですか?」


「うむ。太古から、〝世渡り人〟には不可思議な能力や、技術を持ち合わせた輩が多い。人の身に余る魔力やチカラを持つ者がな。それに比べれば少々地味だが、貴様のそれも、その能力の類であろう」


「じ、地味……」


「貴様が竜言語を操れたのは、その能力によるものであろう。大凡の勘だが、その能力は、この世界全ての種族の頂点に君臨する我ら竜族だけに、わざわざ特化したモノではあるまい。竜族に通じるとなれば、その下々の種族、つまり全ての生き物へと通じる能力であろう」


 頂点と言った時のドラゴンの口角が、先程よりも深く上がっているのを彼方は黙ってスルーするが、特にドラゴンからその件についての苦情はない様だ。


「全ての種族の言葉……か。ハ、ハハ……色んな地域の言葉が入り混じった話し方をしてた僕らしいや……」


 恐怖をおしてドラゴンからの情報を得た甲斐もあり、彼方にとっては得るべき情報、そして身に付いた能力故の因果を思わず皮肉ってしまう。


「〝世渡りびと〟よ、貴様がここに突然現れた理由は理解した。その上で忠告してやろう。早々にここから立ち去るがいい」


「あ、やっぱり目立ちました? 僕」


 すでにドラゴンに畏怖していた彼方は存在せず、知り合いにでも話しかける気安さを取り戻していた。一つ訂正する所があるとすれば、元世界には彼方が気安く話かけられる相手が、ほぼ居ない事だけだろう。


「今は数百年ぶりに竜族の活動が激しい故、この平野を彷徨う物好きは貴様ぐらいだ。他の竜族の同胞達から、狩りの獲物に間違えられても文句は言えぬからな」


 またしても口角を上げながら、ドラゴンジョークとでも言うべきか、満足げにドラゴンがニヤける。きっと竜族ではウケる冗談なのだろう。ただ、人間との価値観の違いのせいか、彼方にはイマイチ理解し辛い。


 そしてふと疑問が湧いたのか、いつの間にか慣れたとはいえ、未だ威圧感のあるドラゴンに彼方は一番聞きたかった事を尋ねる。


「えっと、竜族って……その……普通、人間を襲うんですか?」


「ふん。貴様らは、己の矮小さも知らんのか。我らがわざわざ腹の足しにならんものを襲ってどうする」


 先程襲われた事を意趣返しする意味も含めての大それた質問だったのだが、ドラゴンはその辺りを知らずか、それとも気にもしていないのか、しれっと答えた。


「え? いや、さっき、おそ――」


「戯言だ」


「……」


 やや被せ気味に先程の強襲を無かった事にするドラゴン。彼方の避難の目を気にすることなく、グルルと喉元を鳴らす。


「そ、そうですよね。失礼しました。はは……」


 逆にこの巨大なドラゴンの腹の足しになるようなサイズの獲物が、この草原に生息することに気付いた彼方は、慌てて周囲を警戒する。


「心配するな。我がここに降り立った事で、周囲の餌どもは、クモの子を散らすように逃げて行ったわ。あと数時間は快適に歩けるぞ」


 見た目の割には、相手の些細な心情に気付くドラゴンは、彼方の望む答えを出した。


「た、助かります」


「さて、貴様に問うべき事はもうない。行く当てがなければ平原の端に見える人族の住処にでも身を寄せるが良い」


 気遣いも出来、意外と世話好きなのかもしれないこの巨大な生物は、転移したばかりの彼方が、周囲を確認した時に発見した街に行く事を勧めて来た。


「あ、ありがとうございます。色々と教えていただいて助かりました」


 最初の出会いが最悪だった割に、最後は気安い近所のおじさんの様なドラゴンに、彼方は改めて礼を述べる。


「構わぬ。我もまさか人族と対話出来るとは思っていなかった故、気分が良い」


 そう言うと、ドラゴンは再び閉じていた翼を広げ出す。



「〝世渡りびと〟よ、次があればな」



 そう言い捨て、ドラゴンは空を見上げると、風圧や砂埃をこれでもかと彼方に浴びせながら、大空へと繰り出すと、西の山々が連なる方角へ飛び去って行った。


 彼方はそれを見送り、しばしの沈黙の後――



「はあああああああ。た、助かったああああああ」



 ドラゴンを見送る為に、いつの間にか震えていう事を聞かなかった二本の脚は、しっかりと大地に突き立てられ、何不自由なく歩行可能になっていた。


 その役立たずだった両足の膝を手で掴み、前かがみの状態のまま、彼方は深い息を吐くと共に、あの境地から命拾いした事を心の底から喜んだ。


「ドラゴンに出会ったなんて言ったら、結来さん羨ましがるだろな。はは」


 去っていった恐怖の一時も過ぎ、心の余裕を取り戻せた事もあったせいか、結来はるかの事を思い出す彼方。


 異世界に転移した途端に起きた出来事だった為、なんの心構えもないまま遭遇してしまったドラゴンの事を話せば、両手を叩いて喜ぶに違いないと。彼方は、そんな結来はるかの驚く顔が頭に浮かび、思わず吹き出しそうになる。


 そして一頻り(ひとしき)命の有難みを噛みしめた後、ドラゴンが去って行った方角とは逆の方向に目をやる。


 「とりあえずあの街まで行ってみよう」


 距離はありそうだが、この平野にいつまでも居ては、ドラゴンの忠告通りに危険な為、彼方は東に見えた街へと向かう事にした。


 疲労感の残る脚に活を入れ、いざ街へと足を踏み出した時、ふと足元に光る物を見つける。


 思わず手に拾ったその光る物体を、まじまじと見て彼方は気が付いた。


「これって、あのドラゴンの鱗?」


 ちょうど、手のひらに収まる大きさの、蒼く光る金属のような美しい楕円形のその物体は、先程まで対峙していたドラゴンの残して行った物だった。


 そのドラゴンはすでに飛び去ってしまい、ここには彼方以外誰も居ない。


「いきなり襲ったお詫びって訳じゃないんだろうけど、取り合えず報酬として貰っとこうかな」


 ひんやりとしたその無機質な金属の欠片を、すっかり先程の強襲で汚れたジャケットの胸ポケットに仕舞うと、彼方は街への方角へと歩みだした。




 異世界という未知の世界に踏み出す足は、吹き飛ばされた時の後遺症があるのか、まだよろつく事もあり、それは先行きを不安視するものかもしれない。



 しかし少年の顔は、まっすぐ前を見つめ、



 少し達成感のある表情を、



 湛えていた。














  


ここまでお読みいただきありがとうございます。


続きが気になった方は、良かったらブクマ・お気に・評価・感想などよろしくお願いします。


作者のモチベが爆上がりします。


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