第二十四話 ボニータ隊の受難
「馬鹿野郎っ! うしろに回れカインっ!」
激しい怒声が響き、その声に呼応した青年が瞬時に消えた。
そう思ったのは束の間で、標的とした物体のすぐ後ろに現れると手にした剣を突き刺す。
「遅いぞアベルっ! お前はそのまま魔法を放てっ!」
続けざまに別の名前を叫ぶ男はアベルと呼んだ青年が火炎魔法を放ったのを見届けると、自分の背中に背負った巨大なハンマーを振り上げて空を飛んだ。
ドスンという地鳴りと共に地面が広範囲にめり込みそれによって標的物の足元が揺らぐ。
「今だっ! お前ら突撃しろ!」
標的がぐらついた隙を見てハンマーを持った男が周囲に控えていた仲間に命令した。
数頭の角を持った獣を駆る者たちがいっせいに標的物へと突進する。
その衝撃はすさまじく人の数倍もあるはずの標的物がまるでボールのように吹き飛ばされた。
「よーしノア! お前が最後だっ!」
男が最後に叫んだ名前はノア。
ノアはその見た目にそぐわない重量級の長剣を引きずるとその二本の細腕で一気に空へと持ち上げる。そしてその重さを利用した加速でもって目の前の標的物を真っ二つに両断させた。
断末魔と共に標的物はその体内の臓器をぶち撒け、おびただしい量の血が周囲に飛び散った。肉片はノアの顔にも飛び散ったがそんなことを気にもせずにその場で荒い呼吸を続けている。
「よーっし! おつかれ~い。お前らよく頑張った!」
白い歯をみせて豪快にノアの頭を撫でるのはバードック副隊長だ。
彼は手に持った巨大なハンマーをものともせず天高く持ち上げると再びそれを背中に背負うと周囲に散らばった仲間たちに労いの言葉をかける。
「ああああっっ!!くっっっさああああい!!!」
怒りの声をあげるのはさきほど重量級の長剣を振り回していた金髪巻き髪の少女ノアで、彼女は一番間近で標的物の返り血と臓物のしたたりをセットで浴びたために今もっとも臭い少女だった。その美しい金髪の髪は血と肉片によって汚れ、身にまとうむせ返るような血の匂いと異臭は誰もが近寄り難い存在であるのだが、それに関わらず普段からその苛烈な物言いが災いとなって誰もがいつも近寄り難い存在だった。
「そんな怒鳴るなよノア。みんなお前と一緒で返り血くらい浴びてんだって」
気安くノアを慰めようとしているのはさきほど標的物の背後から攻撃していたカインだ。連続使用回数は限られるが空間移動の騎士スキルを持ち、その剣さばきはボニータの隊の中でも高い評価を得るが、気分にムラがあるためよく失敗をしでかしそのたびに副隊長のバードックに怒鳴られている。さきほど怒鳴られていたのも単独で標的物の前に空間移動したためバードックの進路を邪魔したのが原因だった。
「あたしとあんたたちとじゃ返り血の量も! 臓物も! 匂いも! 気持ち悪さも! ぜんっ……ぜん違うんだからっ! 一緒にしないでよねっ!」
カインにそう嚙みついたノアはぷいと顔を逸らすとおもむろに地面に突き刺さったままの自分の長剣へと手をかざし呪文を唱える。
「盟約はすでに果たされた。異形の地より現れし剣よ。ふたたびその盟約の日が訪れるまでその力を我のために蓄えよ」
その言葉を紡ぎ終えると突き刺さっていた長剣は細かい粒子となって消えていった。
「もう早くこの匂いと血まみれの身体をどうにかしたいわっ! 衛生班! こっちにきてっ!」
自分から匂う臓物の匂いと血の香りに耐えきれなくなったノアは大声で衛生班を呼ぶが、その声は木霊となって空しく消える。
「衛生班! 衛生班たらっ! どこなの?」
ノアが語気を強めながら衛生班の名を呼ぶが、それに反応する者はいなかった。
「あ、あの~ノア……」
「もうっ! 呼んだらすぐに――」
後ろからノアを呼ぶ声がし、衛生班が来たのかと勘違いしたノアがはっとして振り向く。
「今日、衛生班の二人は居ないって、さっき副隊長が言ってたよ」
ノアを呼ぶ声は衛生班ではなく、さきほどのアベルと同様にバードックに怒鳴られていた火炎魔法を放った青年アベルだった。
「なによ! 双子の兄弟そろってあたしをイラつかせたいわけ?」
「「い、いやそういうわけじゃ……」」
空間移動スキル持ちのカインと炎の魔導士アベルは同じ顔で声を揃える。
双子と言ってもその役割は違い、持っている才能や性格までもがまるで違う二人。お互いに甘いマスクなのは同じだが。
「あーすまねえなノア。今日は近場だったんでまさかこんな大物が出るとは思ってなかったわ」
一通り仲間の被害状況や部隊の再編成をし終えたバードックがこちらへと戻って来た。この周辺はリンドベリー城壁周辺に比較的近いせいもあっての魔物や巨大生物の数は少なく、バードックの言う通り城壁近隣の哨戒中にはほとんど遭遇する機会はなかった。だが、それは二日前までの話であって今は違っている。
ミスリル帝の出現だ。
生物の頂点と言われるドラゴンの中でも最も古く、最も脅威とする存在であり、蒼い鱗の覆われたその光輝く姿は人々が畏怖する象徴とされていた。そのミスリル帝の出現によってグラナダ平原の生態系が乱れ、リンドベリー周辺に逃れて来た危険生物の目撃が増えたことは哨戒中の騎士団や城壁巡回中の警備兵たちから報告されていた。
「えーっ! あのおチビさんまで来てないの!? それって最悪なんだけどっっ!」
昨夜から姿を見せないガンツは仕方がないとして、今朝尋問した衛生班の少年までもが居ない事を知ったノアの叫びが木霊すると、その叫びに魔力が込められていたのか体中から魔素が吹き上がり、その周りにいたカインとアベルはもちろんのことバードックまでもが思わず鼻を塞ぐほどのすさまじい匂いが彼女から漏れ出る。
「ばっ……馬鹿野郎! 匂いと一緒に魔素まで発散させんじゃねーぞ小娘っ!」
鼻を押さえながらも涙目なバードックの発言がノアの怒りを更に仰ぐ。
「こーなったら、自分で洗浄魔法使ってやるわ! 肝心な時にいない奴らなんてもう要らないんだからっ!」
ノアはバードックの忠告など耳を貸さず、自分の魔素を集中させると洗浄魔法の呪文を唱え始める。その姿を見たカインとアベル、そしてバードックまでもが青い顔になり逃げ始める。それは彼ら三人だけではなく周囲の騎士たちも同じだった。
「ふっ、ふざけんな! 適正のない奴がそんなじゅも――」
その場から逃げながらもノアの行為を止めようとしていたバードックの言葉は途中で途切れた。その言葉はノアの唱えた洗浄魔法によって中断されたのだ。
呪文の言葉を紡ぎ終えたノアの身体が光に包まれるとその光は周囲へと拡散していく。多くの逃げ遅れた者たちが光に呑まれて見えなくなった。
光が消えたあとには、嗚咽を漏らし悶える騎士たちが再び姿を現した。その身にはノアがまとっていた血と、匂いを、臓物の香りと同じものが宿っており、それに耐えきれなくなった者たちが断末魔のような叫びをあげてもがき苦しんでいる。唯一正気を保てたのは数々の修羅場をくぐりぬけて来た副隊長のバードックだけで、彼は更にキツくなったその悪臭に耐えながらも、同じように悪化して悶えるノアを近くに見つけ出すとそこへ這うように近寄って行った。
「こ、こんのボケェ~っ! 適正もない奴がその呪文を唱えたら洗浄するどころか、周囲に爆散するって知ってるだろうがっ!」
その日のボニータ隊の帰還は、他の手すきになった衛生班が到着するまで許されることはなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「くしゅっ!」
ベルタが急にくしゃみをする。
唐突にしたせいかカナタやボニータに揶揄われるが、いつもの冷静なベルタはそれに構うことなくルシータの馬上に乗ったまま素知らぬ顔をしている。
屋敷の馬屋には寄らなかった。
ボニータの予定ではそのままカナタと一緒にニシツメに連れていき、そこでルシータを騎士団の所有ガルシュとして再登録をし、そのまま戦闘用ガルシュの調教がひと月ほど行われるという筋書きだ。調教には当然カナタも同席しバディとしての訓練を受けさせられる為、そのことに緊張しているカナタは早くもルシータを受け入れた事を少し後悔し始めていた。
「大丈夫だって! カナタくんもルシータちゃんも、すぐ自由に平原を駆け回れるようになるよ」
他人事だと楽天的なボニータがカナタを勇気づけようとするが、あくまでも指導後の展望を語るのであまり効果はない。
調教は毎日行われ、その期間中ボニータたちの部隊とは別行動となる。調教とは別の専門の指導員が付きっきりで手取り足取り指導をし、立派なガルシュ乗りとしてわずかひと月で卒業させるという何処かで聞いたダイエット専門ジムのうたい文句のような内容をボニータに聞かされ、嫌な予感しかしないカナタ。
「自分も数年前に指導を受けましたけど、特に厳しいってことはなかったですね」
ボニータよりも具体的に指導に関する情報をくれるベルタにはありがたいが、いかんせん情報が古すぎるのか難点であった。ますますこのあと自分を待っているイベント事に不安が募るカナタ。
「それにしてもやっぱルシータちゃんてすごいね! 三人乗っても大丈夫だもん」
唐突に今の現状の感想を語るボニータ。それを聞いてまるでどこかの物置のCMかと誰にも伝わらないネタを一人思い出すカナタ。
ボニータの言う通り今現在、森の中を抜けてニシツメに向かっている最中なのだが、ちょうど牧場でルシータに積まれていた二人乗り用の鞍がそのまま装備されており、そこに無理やり三人が乗っている。最後尾にカナタが乗り、真ん中にボニータと続き、一番軽い小さなベルタが先頭に居る状態だが、それを背に乗せて進むルシータは堂々としたものであり、まさしく三人乗っても大丈夫。といえる安定感だった。
「貴君がこのガルシュとの訓練に失敗したら王国輜重隊の専属ガルシュにまわせば喜ばれますね」
「もう失敗するって決めつけないでよベルタ」
ベルタの不安を煽る発言に反発するカナタだったが、実際にその通りになりそうな予感がしたのであまり強く言い返せない。そんなカナタにようやく助け舟となる発言をしたのは楽天家で定評のあるボニータだった。
「カナタくんと息ぴったりなルシータちゃんが失敗なんてしないよ。それどころか向こうの指導員が驚くんじゃない?」
「そ、そうですかね。ルシータはいいけど僕が……」
「大丈夫! きっとルシータちゃんがうまくカナタくんを導いてくれるよ」
「……」
ルシータに絶対的な信頼をおくボニータなりに気遣いのある言葉だったが、自分の実力とは関係なくルシータ主体でことが運ぶのならそれに越したことはないと、少しは気がまぎれたカナタだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入って下さった方は良かったらブクマ・お気に・評価・感想などよろしくお願いします。
作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。