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【未完停止中】彼女が騎士として生きるなら僕は賢者になってキミを守る  作者: 流成 玩斎
第一章 僕がまさかあの現象の対象になるなんて
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第二十三話 気になる数値




「なんだ。結局受け取るんじゃないですか」




 リチャードの持つ手綱へ手を伸ばした時、それをかっさらうように奪われたベルタは、少し悔し気に手綱を持つカナタに嫌味を言う。それで気が晴れたのか、彼はそのままルシータに興味を失ったように離れていく。


 リチャードはカナタを見つめながら少年におきた小さな変化を楽しむかのように少し目を細めるとそれ以上何も語らず主であるボニータに深く頭を下げたあと、カナタの横をすり抜け屋敷へと戻って行った。


 隣に寄り添うように近付いてきたルシータが頭の辺りを鼻先で突くのにも気付かないカナタは、手綱を見つめたまま何かを思いつめた表情で立っている。


「カナタくん」


 ふいに後ろから呼びかけるボニータの声で我に返るカナタは、少し戸惑った顔で彼女に手に持った手綱を見せる。そんなちょっと情けない年上の少年の姿を仕方がないなと言った風に腰に両手をあてて微笑む美少女。


「やっぱりカナタくんとルシータちゃんは、離れられない運命なんだよ」


 おだやかな笑みを浮かべ、ボニータは再度少年とガルシュの繋がりを強調する。何度か聞いたその言葉を心のなかで噛みしめるカナタは、手綱の先で自分を見つめるルシータを見上げる。


 ペットと呼ぶにはあまりにも失礼なその巨大な生き物は黙って新たな飼い主を見つめたまま鼻を少し鳴らす。その長いまつ毛の奥の瞳に不安などなく、これから始まる自分と主の冒険を心待ちにしているかのようだ。


「ほんとに……そうなんでしょうか」


 未だ半信半疑な運命という言葉にカナタはポツリと呟く。


「その手綱がなによりの証拠でしょ」


「――!」


 カナタは手に持った手綱を見つめる。


 これを取ったのはお前だ。


 その運命を自ら受け入れたのはお前自身なのだ。


 その手綱がそう自分に訴えかけているかのような気がしたカナタは、ぎゅっとそれを握りしめる。


「そうですね……僕が決めたんです。ルシータを僕のものにするって」


 傍に立つルシータのタテガミを優しく撫でながら、自分の中心(なか)にある欲望の存在を()ったカナタは自らの意思でナニかをものにしたという達成感を初めて味わった。それはとても甘美で興奮を促す媚薬となり少年を奮い立たせる自信へと繋がっていった。


「これから()()()()()! ルシータ」


 その背を強く叩き、新たな仲間との共存を求めるカナタ。


「ヒヒンっ!!」


「ひぃあぅっ――」


 その調子に乗った態度が気に入らなかったのか、それとも叩かれた背中が痛かったのか、鳴き声を上げたルシータがその身をねじってカナタへと押し当て、そのまま彼を吹き飛ばした。


「ぜ、前言……撤回しまあぁぁすぅぅ!!」


 ようやく受け入れる決心がついた矢先に手痛いしっぺ返しを喰らった涙目の少年が、陽の光を浴びようやく温かくなった地面に顔を埋めながら後悔の叫び声をあげ、そのようすを玄関先の石段に腰をおろした少女がいつまでも笑いながら見守っていた。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※




「失礼します」




 ノックされた扉の向こう側からその言葉が発せられると、それまで山積みとなった書類に目を通していた緑髪の男が反応し、それを受け入れる。


 許可をもらったと同時に扉が開かれ、艶のある長いピンク髪を後ろに束ねた女性が静かに部屋の中に入って来た。彼女が胸にかかげた手には小さなトレイあり、その上にカードが一枚乗せられている。


 そのまま奥の事務机に座ったままこちらを見つめる男の下へと進み、彼女はそのトレイをゆっくりと彼の前に置いた。


「昨日作成したカードが、さきほど安定しましたのでお持ちしました」


 緑髪の男、第二十二陣西方守護騎士団の団長カレルが眼鏡越しに彼女を見上げると、その瞳を細め優しい眼差しで微笑む。


「ありがとう。彼には何て?」


「はい。数日かかると最初に」


 聡明な印象を持ちながらもそのピンクの髪が親近感を持たせるミランが、カレルの問いに静かに微笑むと、忠実な部下の配慮に満足したカレルは黙ってうなずく。


「では、わたくしはこれで」


 次の業務があるのか用件を終えたミランは信頼する上司への一礼を済ませ、そのままゆっくりと下がり再び扉の前で貴族らしい所作で頭を下げると、静かにこの部屋から出ていった。


「さて。何が出てくるかな」


 カレルは彼女の置いて行ったトレイの上に乗ったカードを拾い上げると、一旦ずれた眼鏡をその細い指で元へ戻し、再び手に持ったそれをゆっくりと眺める。


「……」


 その顔は無言のままカードから目を離さない。


 理解できないと言ったその瞳はカードから一時的に逸らされ、再びそれに集中される。


「んで? どうなんだよ」


 カードを見つめる団長カレルの前でソファーに寝そべったままの不敬な男が彼に問いかける。その声にカレルは持っていたカードをトレイに戻してからゆっくりと応える。


「安心してくれガンツ。キミの言ったとおりだったよ」


 カレルの言葉を聞き、寝そべっていたソファーからゆっくりと起き上がったガンツはその無精髭の顔をニヤりとさせ、余裕を持った態度でカレルの前に立ちトレイに置かれたカードをひったくるように拾い上げると部屋の壁にかかったランタンの灯りにそれを透かすように近づけた。




「あん? なんだこりゃ……」





 ※  ※  ※  ※  ※  ※




「ひどいよ、ルシータ……」




 散々ボニータに笑われたあと、おずおずと立ち上がったカナタは、仲間だと思っていた従順なルシータによるまさかの反撃にショックを隠せないまま愚痴をこぼす。対して主を豪快に吹き飛ばしたルシータはベルタが揶揄い気味に差し出した草が気になるのか、自分のせいでせっかくの新しい衣装が早くも泥と埃まみれになってしまった主に興味すら示さない。


「まあまあ。ルシータちゃんにも機嫌が悪い時だってあるよ」


「そ、それってあのタイミングで態度に表すものでしょうか……」


 適当なフォローをするボニータの意見に納得がいかないカナタは、そんな楽天的な彼女にチラリと否定的な目を向けながら泥まみれになった服の汚れを払っている。


「このガルシュなかなか良いですね」


 カナタとボニータが声のした方へと意識を向けるとルシータに乗ったベルタが感心したようすで手綱を握っている。騎士団の一員であるベルタも当然ガルシュの扱いには慣れているのか、すんなりと馬上にあがり、問題なくルシータの挙動をしっかりと制したその姿は、昨日なんとか牧場をまわっただけで満足していたカナタよりも様になっており、なぜかルシータを彼に取られた感じがしたカナタが泥を落としている最中だということも忘れ、あわててそちらへ駆け寄った。


「る、ルシータは僕のなんだから、いい加減降りてよ」


 まるで自分の三輪車を相手に取られた園児のようなとても年下の少年に向かって言う態度ではないカナタの幼稚な訴えにボニータは苦笑いし、ベルタもため息をつく。


「はあ。そもそも貴君はガルシュに乗れるのですか?」


 いつも通りカナタを少し見下した態度のベルタが手綱を握りながら文字通り馬上からカナタを見下す。その言葉に我が意を得たりと言わんばかりのカナタがベルタが思わず引くほどのにんまりとした顔で見返す。


「ふふん。ねえベルタ。今の台詞忘れないね?」


「?」


 突然得意げな態度を見せ始めたカナタのようすに訝し気な顔をするベルタ。ちょっとそこをどけと合図をカナタが出すとしぶしぶルシータから降り、そのようすにピンときたボニータもこちらに近寄ってくる。


「じゃあ見ててね。いくよ~」


 今から寸劇でも披露するのかと言った風に、たった二人の観客が集まったことで満足した小さな劇団の団長気分のカナタが、ベルタとボニータが見守るなかルシータへ合図を送る。昨日と同じくカナタの言葉を理解したように膝を折りゆっくりと鞍をカナタの膝位置に移動させるルシータを目の当たりにし、素直に驚くベルタに大満足のカナタ。


「す、すごい……ガルシュがこんな芸を」


「芸じゃないって! 僕の言う事だけ聞くんだよルシータは」


「昨日初めて会ったカナタくんの言う事だけ聞くんだよ? 賢いでしょ! ルシータちゃんて」


 ルシータのそれを芸だと罵るベルタに猛反発するカナタと、その隣でその暴言をものともせず、自分の意見だけを主張したがるボニータ。三者三様のようすを呆れたような目で見つめるルシータはすっと立ち上がると自分にぶら下がった手綱をくわえ、カナタへと差し出した。


「え。ルシータ僕にくれるのかい? る……ルシータ……」


 ベルタへの不満が収まらないところへ健気に手綱を持ってきたルシータの行為に感激したカナタは思わず涙ぐみながらルシータの首に抱き着いた。


「ねっ、ねっ! ルシータちゃん優しいんだから!」


 ガルシュの事になると無償の愛ですべてを肯定する癖のあるボニータがうざいほどにベルタにしつこく絡む。それを面倒くさく感じるベルタがルシータの行動を自分なりに解釈した意見を述べる。


「……それっていい加減、自分を馬屋に案内しろって意味じゃないんでしょうか」


「ブルルっ!」


「「……」」




 ベルタの見解は正しかったようだ。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※




「あいつ……マジかよ」




 静かな執務室の中、ランタンの灯りに照らされたカードの中身を知ったガンツが驚きの表情で呟いた。そのすぐ傍にはカレルがはあとため息をつきながら、ずれた眼鏡を戻している。カードとはもちろん昨日カナタが魔導器をくぐり、魔道具に血を吸い取られて登録したパーソナル・カードだ。


 本来は翌日には出来上がっているであろうカードの発行日を、カレルの意思をくみ取ったミランが事前にカナタたちにウソの日にちを指定したことで、彼の手元に届く前にカレルたちの検分を受けているのが今の状況であった。


「ああ。たしかに()()()()では無理だ」


「……くっくっくっ……くはっはっはっは!」


 カレルの言葉に思わず笑い声をあげるガンツ。そのまま手に持ったカードをトレイの上に放り投げると再びソファーへ戻りどっしりと腰をおろす。そして一頻り笑い終えると今度は呆れた顔をした。


「てか、おい。あっちの数値の方がおかしくねーか?」


「そうだね。まるで誰かに操作されたような数値だ」


「カードに問題があるってわけじゃないよな?」


「ああ。うちのミランくんが作ったカードに問題はないよ」


「じゃああいつに問題があるってことだな」


「そういう事になるね……はあ。やっかいな少年を拾ってきてくれたもんだよ、まったく」


「俺じゃねーし! あの鉄兜だって!」


「あれか……そろそろ潮時かな」


「あーそれについては大丈夫だ。昨日ようやっとケリがついた……かもしれねえ」


「昨日?」


 ガンツの歯切れの悪い言葉が気になったカレルがそっと席を立ち、向かいのソファーに腰を下ろす。あまりこちらを見ないガンツは罰が悪い顔をしている。


「何をやらかしたんだい?」

 

 ガンツの素行を熟知している旧友のカレルが優しく問いかけると、ピクりと反応したガンツは悪戯がバレた子供のように焦り、自分の膝に指を何度も立てている。


「昨日ダッヂ亭で騒動が起きて、嬢ちゃんがそれを解決したんだよ。んでその時……」


「ああ。さっきそんな報告書をちらっと見たよ。まだちゃんと読んでないから知らないけど、なに? あれキミのせいだったのかい?」


 山のような書類の中にちょうどダッヂ亭での事件が報告書としてあがっていたのを思い出したカレルはいつもの事だと思いガンツにカマをかける。


「ち、ちげーよ。あれはマフィタに恨みあった奴が勝手に……じゃなくて嬢ちゃんの話だろが!」


「ははは。冗談だよ。でもあの夫婦も大変だね~ダッヂ男爵の店を継いだばかりに」


「いや、あれで良いんだよ。あいつらも辛いこと忘れられるって言ってるし」


「ああそっか、そうだったね……で? ボニータくんがどうしたの?」


「ちっ! お前が脱線したくせに……ああそれでな――」


 すっかりカレルの会話に振り回されっぱなしだったガンツがようやく昨日のダッヂ亭での詳細を語る。時折ガンツの悔し気な顔を見ながらにこやかに話を聞いているカレル。すべての話をし終えたガンツは昨日の敗北を思い出し複雑な表情をしている。


「なるほど。じゃあもうあの()()()()は必要ないのかな?」


「そうなれば良いけど、まだ分かんねーな。あとは嬢ちゃんの気持ち次第だ」


「でもカナタくんもけっこうやるね。()()()()なのに」


「まああの数値じゃあ無理だよな。帝国の諜者も。くっくっくっ」


「だけどあっちの数値がちょーっと問題だよ」


「ああ。それは俺も気をつけとくわ」


「どのみちカード取りに来た時に聞くけどね。僕」


「ほんとお前はいい性格してるよ」


「酒を二人に呑ませてあんな事やらかしたキミが言っちゃうの?それ」


「げっ!! な、なんでそれをお前が……」


「ははは。僕はこの街の騎士団団長だよ?それくらいの情報網くらいあるさ」


「くっ……じゃあ俺が今日ここに来たのも……」


「もちろん。いつもやらかすと僕のとこに逃げて来るじゃない」


「じゃあ全部知ってて……くっ。ほんとお前って――」




 一枚上手のカレルの楽しげな顔を見て、昨日の敗北よりも敗北感を感じるガンツだった。




 


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。

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