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【未完停止中】彼女が騎士として生きるなら僕は賢者になってキミを守る  作者: 流成 玩斎
第一章 僕がまさかあの現象の対象になるなんて
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第二十話 宴のあとに




「残念だけど倍額払ってもらうよガンツ」



 

 破壊された壁の残骸に頭を突っ込んだまま沈黙するガンツの懐からパーソナル・カードを慣れた手つきで探り当てるとダッヂ亭がギルドバンクから拝借している決済用魔道具にそれを近づける女将シータ。酔い潰れた客にはいつもこうして請求しているのだろうか、普通なら訴えられても文句が言えないような行為を平然とやってのける。


 シルビアから正式な戦意喪失を言い渡されたため、その時点でガンツの2連勝は取り消される事となり残ったのは敗者に課せられる倍額となった飲食代と更にひどく破壊された壁の修理代だけだった。


「ついでにマスターの治療代も頂いちゃいましょう」


 ちゃっかりしているダッヂ亭従業員シルビアが魔道具の請求費用を操作しガンツから更なる割増料金を請求すると他の従業員もこぞってガンツに群がり全く関係の無い個人的な借金などの請求まで上乗せし始める。そんな(かしま)しい従業員たちに対し隣でこれは暴挙だ強盗だなどと喚いている弟子のベルタだが、あれこれと請求の計算に勤しむ彼女たちの耳にその訴えが届くことはなかった。


 シータが騎士スキルで以ってガンツの腕を叩きつけた事により粉々に壊れたテーブルはすでに片付けられ、その後には何度も自分の席を片付けられた客たちがそれに気を悪くすることもなく自前でテーブルを元に戻し、さきほどの勝負の感想を興奮した様子で語り合っている。外にいた野次馬や任務を忘れて勝負を見物していた警備兵たちもすでに引き払っておりダッヂ亭は普段のようすを取り戻していた。


「ガンツの従者さんよ。この通りこいつは気絶したまんまなんさ、代わりにうちの旦那を治してやっておくれよ。あんたも衛生班なんだろ?」


 一通り従業員たちの気が済んだところで未だ気絶したままのガンツの横でバーゲンセール会場でもみくちゃにされた主婦のような疲れ切ったようすのベルタに未だ痛々しく腕を押さえたままでこちらを見ている夫の治療を頼むシータ。そのあっけらかんとした表情を見てフードの下で歯ぎしりをする少年は師匠を敗者へと導いた憎っくき宿敵を睨む。


「な、なぜ自分が……師匠をこんな目に合わせた貴女に――」


「あら残念だねえ。あんたの師匠ならどんなに()()()奴でも困ってたら助けてたんさ」


「――!」


「弟子のあんたがそれじゃあ、師匠(ガンツ)の教育も案外大したことないんさねえ」


「くっ」


 子供ながらに冷静で思慮深いベルタであっても商売柄交渉ごとに長けるダッヂ亭女将シータの手にかかれば容易いようで、師匠の名と自分の欠点を突かれ翻弄される少年の様子を窺いながら交渉の落としどころを探るシータ。


「じゃあこうしようじゃないさ。弟子のあんたが師匠に代わり、あたしの旦那を治療してくれる報酬としてさっきの倍額の請求はチャラにするってのはどうだい?」


「……それは本当ですか?」


「ああもちろん。なんならダッヂ亭の女将の名に賭けたっていいさ」


「……分かりました。ただ自分は回復で痛みを和らげるだけで、実際に外れた肩を入れるのは誰か別の――」


「ああ心配しなんさ。あっちにもうその手のベテランを呼んでるからさ」


 軽くウインクをしながらまだ小さく華奢なベルタの肩に手をやり満足気に厨房へと向かうシータ。一方のベルタはうまくシータの手のひらに転がされた事に若干の不満を持ちながらも、少しは師匠の役に立てたのではと軽く誇らしげな顔をすると大きなシータの手に肩を抱かれながらマフィタたちの待つ厨房へと足を向けた。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※




「あーまだ痛てぇ……」




壁に激突した後遺症か、しきりに首を気にするガンツ。あれから意識を取り戻し今は健闘空しく敗北した彼を慰め――いや戒めるための会が設けられボニータを筆頭にシータの好意で先程暇をもらったシルビアと仕事のあがり時間となった2人の女給が殺風景なテーブルに華を添える。初対面の女給二人に両脇を固められているカナタは緊張のあまり無言のままだ。


「女将の騎士スキルであれだけ派手に飛ばされてよく無事でしたねえガンツさん」


 間近でその光景を目撃しただけにその衝撃のすごさを知っているシルビアが大した傷も負わずに今もジョッキを飲み干すまでに快復したガンツを気遣う。贔屓の彼女に心配されまんざらでもない顔のガンツは気絶していた時のシルビアの仕打ちを知らない幸せ者だ。


「いやーすっかり忘れてたわ。あいつ(シータ)城殺し(キャッスルキラー)だってことを」


「キャッスルキラー?」


 またも知らない単語が出た事でさっきまで黙っていたカナタがようやく口を開いた。ただし両隣をなるべく意識しないように話したため顔と視線は頑なに前を向いたまま一切崩さない徹底ぶりだが。


「ああ。カナタくんさっき話してた、帝国の城壁の守りを無効化して城を攻略するシータママに付いた()()()だよ」


「あ、なるほどそういう……」


 ボニータがすかさず解説を入れてくれたおかげで理解出来たカナタ。だが内心ではあの温厚なシータに城を殺すという物騒な二つ名は逆に不名誉なのではと思ったが、先ほど見た彼女の騎士スキルの威力を思い出しあながち嘘でもないなと納得するカナタだった。


「お前まーたなんか失礼な事考えてるだろ」


「えっ! な、なにも考えてませんて……」


 相変わらず鋭い指摘をしてくるガンツを躱しつつ動揺した表情を見られないよう思わず顔をそむけるカナタ。


 ふとその視野の片隅に視線を感じたカナタは隣で熱い視線を自分に向ける女給に気付く。


「ど、どうかしましたか? リリーさん」


 さきほど初対面の女給ふたりとは自己紹介を済ませておりそのうちの一人であるリリーの名前を呼ぶカナタ。その問いかけにハッとしたリリーは紅く顔を染めて俯いてしまう。


「だめだよ~()()()()。リンリンはまだ男の子に話しかけられたら困っちゃうお年頃なんだよ!」


 背中越しにもたれかかりカナタをケイちんと気安く呼ぶもう一人の女給はケイトと言い、細身でしなやかなその肢体の腰元にはもふもふの尻尾が付いており彼女が人獣であることを意味していた。肩まで伸びた艶のあるブラウンカラーの髪のてっぺんにはもうひとつの特徴である猫耳が彼女が話すたびにピクピクと動いている。


 代わってリンリンと呼ばれたリリーの方は人族のかわいらしい少女で、自己紹介のときにまごついていたところをケイトが代弁し、年齢から出身地、好きな食べ物まで話されてしまい真っ赤な顔で涙ぐむほど純粋な少女だ。13歳で村からこの街に上京し、見習いとしてダッヂ亭で働き始めてからまだ半年しか経っていないらしく、いたるところで皿を割って涙ぐむ姿をさきほどからカナタも何度か目撃している。ガンツが2連勝したとき従業員側で涙ぐんでいたのもこのリリーだった。


「あ、いや、ぼ、僕は別に……ただリリーさんが僕の事をじっと見てたんで」


「あらあら~? カナタさんもガンツさんみたいに女の子のせいにしちゃうんですか~?」


 ケイトが真っ赤な顔をして俯いたままのリリーをようすを察し、隣のカナタに忠告したため、あわてて弁解をするカナタに思わぬ方向(シルビア)からのけん制を受けますます困惑する自称コミュ障兼ボッチの少年。


「ち、違うんです、あの、そのカナタさんが悪いんじゃないです」


 ダッヂ亭の雑多な騒音に掻き消えてしまいそうなほどにか細い声でリリーがカナタを擁護する。それは一番遠くの席にいるボニータはもちろんベルタまでもがその声に耳を傾けようと席を少し立つほどに小さく隣のカナタやケイトでさえやっと聞き取れるほどだった。


「あーっ! 初めてリンリンが自分でちゃんと意見を言ったよシル姉さま!」


 よほど彼女が自分の意思で物を言うのがめずらしいのか、ケイトが慌てふためきガンツの隣に座るシルビアに向かって叫び、シルビアはその報告を聞きにこやかに頷く。


「あ、あの……カナタさんが、ちょっと、お……兄に似てたんでつい……」


「「お兄ちゃん?」」


 真っ赤な顔のリリーがようやくカナタの顔を見つめていた理由を明かすと全員が一斉に同じ反応をする。そのよくあるパターンねとでも言う含みを持った顔つきの面々にカナタも苦笑いで返す。


「えっ! でもおかしいよ~カナちんの髪の色真っ黒だけど、リンリン青色だよ?人族の兄弟って髪の色ちがうくてもお兄ちゃんなの? でもこんなとこでお兄ちゃんに出会えてよかったね! リンリン」


「あっ、ケイトさん……別にカナタさんがお……兄ってわけでは……」


「えーそーなんだ! ごめんね。あたし人族の事よく分かんなくて!」


 天然なのか、ケイトは少しずれた角度で物を見ているようでリリーの説明にもよく分からない反応を返している。リリーと同じく彼女もまた、注文もまだの個人客の席に5人分のジョッキを置いて行って怒られていたのをカナタは思い出す。


「ったく。お前は黄昏れびとのくせに妙に女にモテやがるな。ガキ」


 シルビアの一件から何かとカナタを恋敵のような目で見てくるガンツがまたカナタにちょっかいをかけてくる。いい加減それに慣れてきたカナタがはいはいと軽く流そうとすると隣のリリーが突然泣き出す。


「ど、どうしたの!? リリーさんっ」


 彼女の泣く理由が分からず隣であたふたするカナタに、相変わらずその背中にもたれたままのケイトがそっと耳打ちする。


「えっ……」


 それはカナタにとって非常に気まずい事であり、目の前で泣く少女を慰める言葉も見つからなかった。暗く俯いたままのカナタの隣で少し落ち着いたリリーがたどたどしくはあるが自分が泣いた理由を説明し始める。


「ご、ごめんなさい……私の……兄もカナタさんと……同じ黄昏れびとになってしまって……それを今思い出したら……急に悲しくなって……」


 カナタはもちろん話のきっかけを作ったガンツでさえ気まずい顔でジョッキを見つめたまま動かない。そんなしんみりとした状況の中、カナタはちょっとした行動を起こす。


「あの……リリーさんこれ……どうぞ」


「えっ!これは……」


 カナタの差し出した手の中あった一枚のハンカチは、いつもの習慣で学園にいるときにジャケットの内ポケットに忍ばせておいたもので、普段はあまり使う事がないそれはまだ真新しく清潔な物であった。


「こっ、こんな高価なもの受け取れませんっ!」


 この異世界にも当然ハンカチを使う文化はあるようで、カナタの差し出したハンカチの出来栄えに気づいたリリーが思わずこれを拒否する。まだ元世界ほど精度の高い質を持った布が普及していないのか、質、色ともに異世界では高級品の部類に入るようで、手に持ったリリーが驚愕の表情を見せている。


「いいんだ。お兄さんの事を思い出したのは僕のせいでもあるし、と、となりで女の子が泣いてるのに何もしないのはやっぱりマズいかなって……」


「カナタさん……」


 そう言ってまた涙ぐむリリー。だが、さきほどの涙とは違い今度のそれはうれし涙のようで、カナタを始め周囲の目は温かかった。


「さあそろそろ二人とも寮に帰りなさい。明日も仕事あるのよ」


 和やかなムードになったことで、シルビアが二人の少女に帰宅を促す。このダッヂ亭の従業員たちは同じ寮に住んでいるらしく、大通りに面した明るい立地にあり夜道の心配もないそうだ。


「そうだよリンリン! 寝たら元気になるよ帰ろう!」


 天然のケイトがリリーを伴って帰ろうと誘う。少し後ろ髪を引かれているリリーはまだ帰りたくないようだが、同じ女給の先輩であるシルビアの指示に背くことも出来ないようで、大人しく帰り支度を始める。


「じゃあ、カナタさんおやすみなさい」


「うん。リリーさんもおやすみなさい」


 ダッヂ亭の入り口まで見送りに来たカナタとボニータ、そしてシルビアにあいさつをする女給2人。すっかり慣れたのかカナタを見上げるリリーの表情はうれしそうだ。そのまま彼女はケイトに腕を引っ張られつついつまでもカナタに手を振り続けながら人混みの中へと消えていった。


「カナタくんやるじゃん」


 リリーたちが見えなくなったあと自分の肘をつつくボニータに思わず照れるカナタ。兄弟がいないカナタにとって年下の少女との交流は新鮮で、彼女に慕われたこともまんざらではないようすだ。当然そう言った意味で肘をつついたボニータだったが、なぜか彼女の瞳は少し陰りを見せていた。


「カナタさんカッコ良かったです」


 シルビアの評価も高く、カナタがリリーにハンカチを渡した時点で彼女の目は恋愛小説を読む少女のようになっていたらしく、自分より少し年若い少年の行動をハラハラしながら見守っていたようだ。


「今夜はカナタさんに助けられたり楽しませてもらったりと、とても有意義な一日でした。お礼に一杯驕らせてくださいな」


「えっ! いやでも僕、水しか飲んでないんですけど……」


「いいじゃないカナタくん! アタシが飲んでた果実ジュース一緒に飲もうよ」


 シルビアからの申し出に最初戸惑ったカナタだったが、ボニータの勧めもあり初めて人に一杯おごってもらうという体験をすることになり、再びガンツたちの待つテーブルに戻るとボニータがご機嫌で果実ジュースの追加を注文する。しばらくして別の女給が用意した果実ジュースが目の前に置かれた時、ちょうどシータから呼ばれたシルビアが席を外すことになった。


「ごめんなさい。ちょっと用事が出来たんで今夜はこれで。カナタさんまた来てくださいね」


「いえ。こちらこそありがとうございました。シルビアさんまた――」


 カナタと軽く目線を交わすとシルビアは再び厨房の奥へと消えていった。楽しかった時間の余韻だけが残り、カナタとボニータが運ばれてきた果実ジュースに手をつけまったりとしていると――


「あああっ! マフィタの腕が二本になったああ!」


「えっ!?」


 突然、厨房の中から見え隠れするマフィタを指さして大声をあげるガンツ。

 驚いたカナタとボニータが慌てて背後にある厨房の方を注目するが途中で担がれたことに気付き二人してガンツに苦言を呈する。


「えらく楽しい時間を過ごしてるじゃねーかお二人さんよ。調子に乗ってんじゃねーぞガキぃ」


「いや、そんな僕は別に……調子になんて……」


「そうよおっさんは今日サイテーな一日だったんだろうけど、アタシたちにはカンケ―ないでしょ!」


「あーそーかよ! ふん。せいぜい楽しんでるがいいさ」


「なーに負け惜しみ言ってんのよ。カナタくんこんな奴ほっといて飲みましょ!」


「は、はい」


 そう言って果実ジュースを再び楽しむ二人。特にガンツの戯言にいい加減うんざりだったボニータはすでにガンツの存在を頭から無視しだしたようでベルタと並ぶガンツには目もくれなくなった。


「あれ? このジュース一口目よりもなんか味が濃くなったような……」


「うんうん。このジュースって飲めば飲むほどおいしく感じるのよ」


 二人は果実ジュースの感想をお互いに語り合い、和気あいあいとした雰囲気で夜の酒場での一時を過ごす。そんな二人を前にすっかりその存在を無視されている二人がぼそぼそと会話を交わし出す。


「し、師匠……いいんですかあれ」


「言うなチビ弟子……俺は今夜シータにこっぴどく負けたんだ……この雪辱は誰に晴らせばいい?教えてくれ」


「いえ。自分は……」




 衛生班という羊の皮を被った狼たちの宴はまだ始まったばかりであった。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※  




「かなひゃくん、のんでりゅかあ~い?」


「あひゃひゃひゃひゃ! のんれますってぇ~ぼじーたあひゃん」


 あれから小一時間が経ちすっかり出来上がったカナタとボニータ。

 ガンツの小細工により二人の果実ジュースには酒が仕込まれ、アルコールに慣れていない二人は瞬く間に酩酊(めいてい)する一歩手前のようすだ。


 すでにダッヂ亭からは引き上げボニータの屋敷へと戻る最中であり、千鳥足の二人は後ろからついて来るガンツとベルタに見守られながらその帰路を惑ひ歩く(まどいある)


「し、師匠これは……」


「笑え~チビ弟子~。俺は~器の~小さい~男なん、だー」


 目の前をふらつく二人を見て、改めて師匠であるガンツの所業に理解が及ばない弟子のベルタ。彼が何を思ってこのような事をしでかしたのか皆目見当がつかない。


「うぷっ! ぎ、ぎもぢばるいぃ」


「きゃはははは! かなひゃくん、きたら~い」


「ひょっとせらかさすりすぎでいだいですっで」


「きゃはははは! かたかそーか? かなひゃくん」


 酔っ払いの見本のような二人を眺める狼たち。それを見ながらベルタはある一つの師が望む思惑を悟る。


「まさか師匠……」


「気付いたか……ああそのまさかだ」


「そ、そこまでやりますか……」


「ああ。俺は器が――」




 狼たちの企みがカナタとボニータの行く末に暗い影を落としていく――




 ※  ※  ※  ※  ※  ※




 何故か良い匂いがする。




 あれから眠っていたのか、カナタはゆっくりと覚醒していく微睡む意識の中で、おそらくうつぶせになっているであろう状態の身体にどこも異常はないかと神経を巡らせる。なぜか背中が痛いが他は大丈夫なようだ。そして肝心なことに気付く。


(あれ? 帰ってきてる……確か僕はダッヂ亭であの美味しい果実ジュースを飲んでたんだよな)


 意識が戻るにつれて記憶が断片的に蘇り、シータの事、マフィタの事、シルビアの事、刺された事、そして二人の女給の事。一つ一つを思い出しながら若干の寝苦しさを感じつつ結局あのあとどうやってこのベッドと思われる良い香りのする場所に戻ったのだろうかなどと、徐々に目覚めていく感覚に逆らわずにカナタは暗闇の中でそんなことを考える。




 何故か人の気配がする。

 



 やがて鼻にかかる柔らかい髪のこそばゆさやすべすべした肌の温かさを感じ取れるようになると同時に、カナタはようやく暗闇から意識を解放された。


 まだ起き上がると頭がフラつくが、目覚めると共に微かな光が悪戯に目を刺激する中、薄っすらと入る視界からの情報を目の当たりにしたカナタは驚愕する。




「えっ。ぼ……ボニータさん!?」




 そこに彼女は存在していた。いや眠っていた。

 昨日借りたガンツの部屋とは違う少し広いベッド。カナタの記憶によればボニータの自室だ。

 目覚める前、おぼろげに髪や肌の匂いを感じた時点でそこに誰かが一緒に眠っていると思っていたが、まさかボニータと一緒に眠っていたとは思いもよらなかった。


「ガンツさんの部屋じゃ……ないよな。てかそもそもなんでこの部屋に……ガンツさんは? それにベルタもどこにいるんだ?」


 この昏迷乱擾(こんめいらんじょう)とした状況に頭を抱えつつカナタは改めて辺りを見渡す。


 ある場所には脱ぎ捨てられた騎士団の制服がありその手前にはカナタのズボンが見える。その真逆の方向には昨日見た呪われた鉄兜が暗闇の中、確認出来た。


「これって夢じゃないよな……すっごくやばい状況なんだけど……なんでこんな――」



 その瞬間、カナタの目の前で眠るボニータが寝返りを打ち、薄いタンクトップのような下着が少しめくれてしまう。


「ん……」


 その一瞬にカナタは全身の神経が緊張し慌てて手元にあったブランケットをボニータにそっとかける。その軽い衝撃に気付いたのかゆっくりと目を開けるボニータ。


「ん……あれ。カナタくん……おはよ」


 まどろむボニータの意識が徐々に覚醒するにつれて、この状況のまずさを理解していく。


「えっ。な、なんで……あれ? 昨日……えっ、えっ?」


 その美しい髪のように徐々に紅く染まっていくボニータの顔は、その状況以前の原因をじっと見つめていた。


「かっ、カナタくん! し、下着っ!!」


「えっ!あっ!わわわっ!!」




 カナタは失念していた。

 昨日ドラゴンと遭遇したことを。

 そしてその恐怖のあまり情けなくも粗相したことを。

 その時に履いていた下着を捨て、直にズボンを履いていたことを。


 カナタはすべてを見られた。


 それも出会って間もない美少女に。


 慌ててボニータが投げつけたブランケットを腰に巻き、その恥ずかしさを誤魔化すかのようにベッドを立つと、さきほど薄っすらと目を刺激していた微かに光が漏れるカーテンへと足を向ける。


「す、すみません。へ、変な物見せちゃって……く、暗いんで窓……あ、開けますね!」


「え、あっ、うん……えっ? あっ、だ、ダメっ! カナタくんっ!!」


 ボニータの叫ぶ声はすでに遅く、


 勢いよくカーテンをまとめ、窓を開けたカナタの眼下に映ったのは――





 朝の訓練を終え、中庭に集まっていたボニータの仲間たちであった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


この作品を気に入って下さった方は良かったらブクマ・お気に・評価・感想などよろしくお願いします。


作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。

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