第十二話 路地裏の少年
「あーあ。あっという間に日が暮れちゃったね」
ボニータが薄暗くなった牧場を見渡して呟く。
カレルに休暇を言い渡され、会話の流れで急遽デートをする事になったカナタとボニータだが、ニシツメに戻った時点で午後を過ぎていた為、牧場で過ごす時間は短く、すでに辺りは黄昏れ時を迎えていた。
「ホントあっという間でしたね……」
ボニータの師事の下、ガルシュの騎乗という限定した条件では及第点をもらえたカナタ。もちろんルシータの功績が加味された上での評価だ。
牧場内を数周ほど走ったところで陽が沈み出した為、そろそろ終了の時刻となり、ようやくガルシュに乗る楽しさを感じて来たカナタが終了の時間を惜しむ。
「と言う事は、カナタくんはアタシとのデートが楽しかったって事かな?」
「えっ? いや、ルシータに乗ってる時間が楽しかったって意味ってか、その……」
ここでそうだと肯定すれば男としての株が上がりそうなものを、愚鈍なカナタは馬鹿正直に返答してしまう。
「ふうん。キミはアタシとのデートよりもルシータちゃんと居るのが楽しかっただけなんだね……ふうん……」
「い、いや、デートってただガルシュに乗っただけじゃあ……」
「しょうがないじゃん! アタシちゃんとデートした事ないもん!」
どんどん深みに嵌まる発言を繰り返すカナタにボニータがついに爆発する。
経験の無いボニータが、良かれと思って提案したデートプランは、気の利かない少年の悪意のない評価によって、彼女の女としてのプライドを傷つける。
「あ、いや別にダメって意味じゃなくて、ただ僕が知ってるデートとは少し違うかなって……」
「……じゃあカナタくんが教えてよ。ホントのデート」
「え、ええぇ……」
涙目のボニータに反論されカナタも困り果てる。知っているとは言ったが、デートしたとは言っていない。しかも雑誌やテレビで聞きかじった程度な上に、異世界のデートスポットなど知るわけもなかった。
「ホントのデートじゃ、今から何処に行くのよ!」
「あ、危ないですから落ち着いて」
馬上で詰め寄るボニータを両手で抑えるカナタ。辺りは黄昏れ時から薄暮へと変わり、虫の音だけが耳を刺激する中、周囲の人々はすでに帰路へと就いたのだろう、暗い草原にはカナタとボニータしか居なかった。
― ぐう ―
「「あ」」
いきなり腹の虫が鳴り、顔を見合わせる二人。
どちらが鳴ったとも言わず、二人はクスりと笑った。
「えっと、ご飯にしましょうか」
「え、ご飯?」
とっさに思いついたままにカナタが口をついた。
「そう。食事もデートに含まれますから」
「食事……」
「デートでは食事をしながら会話を楽しむって聞いた事がありまして……」
「なるほど……それ良いかも!」
「じゃあ、昨日の繁華街で夕飯にしましょう」
「分かったわ!デート続行ね」
目に見えてわかるほどに機嫌を回復していくボニータ。
彼女の調子が戻った事にほっと胸を撫でおろすカナタは、二人の緊迫した雰囲気を優しく解きほぐしてくれた腹の虫に感謝する。
これでデートをしたという事実は双方に実績として残された。
あとは周囲に経験を語るなり、コイバナに参加するなりと大手を振ることが出来るのだ。
カナタはこれでボニータも満足し、何事もなく食事を済ませて屋敷に帰り、自分自身も先程から懸念していた件から解放されるのだと安心しきっていた。
しかし――
「じゃあ、ルシータちゃんとのバディはアタシが牧場主の人に話しておくからね♪」
「は?」
「ああ……こんなに賢いルシータちゃんを騎士団が今まで見逃していたなんて不覚だったわ」
「え、あ、いやちょっと、バディって、あの、ボニータさん?」
「ルシータちゃんも嬉しいよねーカナタくんとこれからずーっと一緒だよ!」
「ブルルッ」
「ルシータぁ!?」
「じゃあ、話しつけて来るね」
「あの、ちょっと待って、ボニータさん……ボニータさああんん!!!」
疾呼するカナタを置いてどんどんと先に話を進めるボニータは、軽快に馬上から降り立つと足早に牧場と併設する管理施設へと向かって行く。
ルシータの馬上に残されたカナタは、懸念していた通りの展開になってしまった現実をただ受け入れるしかなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ボニータさんて、あんまり人の話聞かないタイプなんですね……」
「え、そっかなあ?」
牧場を後にした二人。
ボニータの交渉によりルシータの身柄は一旦騎士団預かりとなった。
後日ボニータが引き取った後は、ニシツメ内にある厩へと移送されそこで騎馬としての訓練に入るという流れになるとのことだ。
その内容に一瞬バディの件はなくなったものと思ったカナタだったが、そこはボニータの権限により近いうちに従属契約が特別に結ばれる段取りになったと聞きガックリと肩を落とす。
それに対し、カナタは軽くボニータに皮肉を言ってみたのだが、立ち並ぶ露店に目を奪われ気もそぞろのボニータにあっさりとスルーされる。
手ごたえの無い意趣返しに空しさを感じたカナタは気持ちを切り替え、夜の繁華街の景色を楽しむことにした。
昨日アーヴェインだったボニータに案内された繁華街は陽が沈むと共にまた夜の賑わいを見せていた。沢山の露店が並び、街の人々が訪れ、喧騒が響き渡る雑多な夜の世界が今日も始まる。
元世界では多忙だった両親に連れられ、片手で数える程だったが、夕食にファミレスに行ったぐらいしか外食経験がないカナタは、たった二日連続だが夜の繁華街での食事という小さなイベントに対し、童心に返ったような高揚感を覚えていた。
「で、どこにする?」
「……」
「かーなーたーくーん」
「ん。あ、すみませんっ。ぼうっとしてました」
「別に大丈夫。記憶失くしちゃった人って時々そうなるから」
「そうなんですか?」
「黄昏れびとになっちゃったら、頭の中に霧がかかるって言われてるよ。まあなった本人達が言うだけで、お医者さん達は首をかしげてるけどね」
ボニータはその都度、カナタの体調を気にかけてくれている。
それは非常に有難い事なのだが、心配される度にカナタは罪悪感に苛まれてしまう。
本当は記憶喪失を偽り、世渡りびとである事を隠しているという事実に。
「すみません、僕、気の利いた店とか知らないんで……」
「あぁ、そうだよね。じゃあアタシたちが贔屓にしてるお店があるからそこにしよっか」
「はいっ!お願いします」
「このすぐ近くだから――」
ボニータが店の方角を指差してそう話かけた時、すぐ近くの路地裏から木箱が崩れ落ちる音がし、二人は思わずその路地裏へと視線を向ける。
その路地裏の先は薄暗い袋小路になっており奥には数名の人影が見え、言い争っているような声も聞こえる。
「なんだろう。暗くて分かりにくいけど誰か居ますね」
「揉め事っぽい雰囲気ね。ちょっと行ってくる」
「あっ! ち、ちょっとボニータさんっ!」
言うが早いか、ボニータは薄暗い路地へと足を運んで行く。その行動の早さに驚くカナタは咄嗟に呼び止めてしまうが、
「大丈夫。これも騎士団の仕事だから」
とニコリとカナタに微笑むボニータは早速と路地裏へと消えていった。
一瞬の間が空き、その場に立ちすくむカナタ。もしこれが自分一人であり、尚且つ元世界での出来事なら、絶対に関わる事なくその場から立ち去っていたであろう。自ら厄介事に首を突っ込む事など決してしないカナタは、ただでさえやっかみや嫉妬の対象として悪意ある者達に苛まれ続けてきた。面倒な事は勘弁して欲しかった。そう思う事が当たり前だったのだ。
しかし、今は違う。
さっきまで楽しく会話をし、指揮官騎士アーヴェインだった時も含めると、自分としては珍しく他人と打ち解けてきたと自負出来る相手。
ボニータは女の子なのだ。
その彼女が騎士の義務とは言え、何者かも分からない集団に立ち向かおうとしている。
この状況を黙って見ている事が果たして正解なのか、ここは彼女に加勢し、共にあの集団に向かって行く事が真っ当な人間のする事ではないのか。
だが、正直に言えば怖い。
人は恐怖を感じると逃げ出す習性を持っている。あるいはその場から動けなくなる者もいるだろう。カナタはどちらかと言えば後者にあたり、その恐怖は足の自由を奪いその場から動くなと命令する。
かって自分を忌々しく思う者達に囲まれた時も恐怖に怯えその場から動けなかった。これから起こる事を想像し、足は震え、頭の中は真っ白になる。絶望の淵に一人立たされる中、その窮地を救ってくれたのは、結来はるかだった。
― 結来はるか ―
その名前、姿が脳裏をかすめた瞬間、
感情や意識外のナニかが働き、カナタの足は前に進む。
たった今、少女が消えた路地へと。
※ ※ ※ ※ ※ ※
袋小路になった場所に無造作に積まれた木箱が崩れ、派手な音を立てる。
崩れた木箱の側にはフードを被った少年と思われる者が、片腕を押さえながら蹲っている。おそらく少年が木箱を倒したのだろう。
そしてその周りには武器を持った気性の荒そうな連中が5人、少年を囲むようにして立っていた。
「このチビ……さっさと立ちやがれ!」
連中のリーダーと思われる小太りの男がフードの少年に怒鳴り散らす。手には木製の棍棒のような武器を持ち、今にも蹲っている相手に飛びかかりそうな勢い――いや、実際にはすでに襲った結果、木箱が崩れたのだろう。
「さっさと懐にある物を出せばケガしないで済むのにさ~あ。なんで俺たちのぃゆ~事を聞い~てくれないわ~けぇ?……」
リーダー格の男の隣に細面の男が面倒くさそうに少年に話しかける。
会話の内容からして、この集団は物取りが目当てなのだろう。王国騎士団のお膝元であるにも関わらずこういった犯罪が行われている事も、この街の夜の側面のようだ。
繁華街の夜の賑わいの裏では窃盗、強姦、裏取引と闇の悪事が横行し、各地に点在するリンドベリー警備隊だけでは間に合わず、騎士団自らが犯罪の取り締まりに奔走する事も日常茶飯事であった。街が繁栄し、市民が増えるに比例して犯罪の数も増えていく。
人の業は異世界でも深い。
ここでも今まさにそういった犯罪が行われようとしていた。
「何とか言ったらどうなんだ!ええっ!」
痺れを切らした血の気の多いリーダーが叫んだ。
「そこまでだ」
背後から聞こえたその声に、物取り目当ての集団が一斉に振り向く。
「騎士団の者だ。貴様達の会話は聞かせてもらった」
毅然とした態度で男達の後ろに立つのは、騒ぎを知りここに駆けつけたボニータだ。
この路地裏まで急いで走ったのか、さっきまで被っていたフードは頭からずれ落ち、真っ赤な美しい髪が夜の風に靡いている。
「チッ!」
騎士団と聞いた途端、男達は反射的に周囲へ散開し、赤髪の少女を警戒する様子はすでに臨戦態勢だ。
「な、なんだよ。騎士団って言っても一人、しかも女のガキじゃねーか。脅かしやがって!」
リーダーの男が棍棒を持つ手を替え、先程から緊張して強張っていた顔の表情をニヤリと下衆な笑みへと変える。
その言葉に反応し、ムッとしたボニータが腰元にある細身の剣が収まった束に手をかける。
「おっ! なーんかヤル気みたいだぜ?アニキ」
散開した一味の一人、先程ローブの少年に話しかけていた細面の男が、ボニータの動きに気付き、ニヤけながらリーダーに声をかけた。
「おい女!俺たち五人に敵うと思ってんのか?」
仲間の進言を聞き、ニヤけた顔から一変して怒りに満ちた顔付きになったリーダーがボニータに叫ぶと、それを聞いたボニータが静かに言った。
「騎士隊長のワタシに勝てると?」
「――っ!」
ボニータの発した言葉によって再び周囲に緊張が走る。
「き、騎士隊長だ、と!?」
「お、おい……騎士隊長って帝国の冒険者で言えば狩人クラスだぞ?」
「王国騎士50人分の能力を持つって噂の……」
「こ、こんな女のガキが狩人クラス……」
先程とは打って変わって、弱腰になった態度の悪党たちが口々に囁く。周りの士気が一気に下がった事に気付いたリーダーの男は、額に嫌な汗が流れるのを感じながらも、自らの威勢を高めるべく、奥歯に力を込める。
「ば、馬鹿野郎!こんなガキが騎士隊長なワケねーだろがっ!!」
「あ、アニキ……」
怒声をあげた兄貴分の言う不確定要素に半ば戸惑う仲間たち。
騎士隊長をブラフと捉えたらしいリーダーが更に仲間に喝を入れる。
「お、お前ら女子供にビビってんじゃねーぞ! そんな腑抜けな根性で、このリンドベリーでやっていけると思ってんのか!!」
「うっ……」
「騎士団が怖くて悪事が働けるかってんだ!」
追い討ちをかけるリーダーの奮起によって、徐々に下がっていた仲間の士気が戻ってくる。
「そ、そう、だな……はは」
「よ、よく見りゃ、可愛い顔してんなコイツ」
「後ろのフードのガキから金奪って、この女もさらっちまおうぜ」
リーダー格の男に士気上昇のスキルでもあるのか、仲間達の顔から狂気の色が滲み出る。そして手に持った各々の武器をチラつかせながら、ボニータへとジリジリと歩みを進めた。
その様子を黙って見ながら、ふうっとため息を吐いたボニータが、悪党を冷めた目で見据えてゆっくりと呟く。
「後悔はないな?」
その言葉が路地に響くと共に、罪人達が一斉に動いた。それと同時にボニータがその手にかけた剣をゆっくりと抜こうとしたその時ーーー
「きっ、騎士団のみなさん助けて下さい! こ、この路地裏ですっ!!!」
「「――っ!!」」
突然、袋小路になった路地裏に大通りから助けを求める声が鳴り響く。
まさに一触即発だった修羅場の空気を変えたその声に、その場に居る全員が一斉に大通りへと振り向いた。
「騎士団のみなさんっ! この路地の奥に悪い奴らがいます! 捕まえてくださいっ!!」
振り返った者達の目にはこちらを指差して大声をあげる見かけない服装の少年がただ一人映っていた。どうやらこちらの騒動に気付いた奴が騎士団を呼んだらしいと、そう誰もが判断する状況だ。
チイッ!と舌打ちをするリーダーの頭には、すでにこの不利な状況をどう切り抜けるかという事しか無かったようで、
「おいっ!逃げるぞ!」
と、仲間に退散の指示を伝えながら、真っ先に大通りへと走り出して行った。
そしてこういった状況に場慣れしているのか、他の仲間達もすでに逃走の意思を固めていたかのように、素早く行動に移っていく。
「早く!こちらです!」
尚も救援を呼びかけるカナタの居る大通りへと、袋小路からリーダー格の男と共に一癖も二癖もありそうな輩達が走ってくる。そしてその先頭を行く男が、カナタの横を過ぎ去るのと同時にギロリと睨みを効かせながらボソッと念の籠った言葉を吐いた。
「クソがっ!お前の顔、覚えたからなっ!」
「ひぃ!」
元世界でもリアルでは中々見かけない程の醜悪な顔に恫喝されたカナタが怯えた声をあげる。
しかし、男達はその場でカナタをどうこうするでもなく、足早に大通りをすり抜けると、バラバラに人混みの中へと消えて行った。
その場に立ち尽くすカナタの脚は震えていた。
すれ違い様に吐かれた言葉に恐怖を感じ、自分がやった善行を深く後悔していた。
あんな大胆な行動をするなんて、自分らしくない。変な勇気に駆られて勝手に盛り上がった挙句、物騒な連中に目をつけられしまった。こんな事なら大人しく事の成り行きを陰で見守っていれば良かったと。
自分のやった行為の高潔さを忘れ、やらかした感ばかりに意識が傾いたまま落ち込むカナタは、とりあえず大事には至らなかった現場。
袋小路へと、重い足取りで入っていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「よいしょっと」
緊迫した状況から脱した袋小路では、ボニータが散乱した木箱をそれぞれ邪魔にならない場所へと移動させていた。片隅には依然膝を付いたままフードを目深に被った少年が居る。
「だ、大丈夫ですか?」
大通りからこちらに向かったカナタの目が真っ先にその姿を捉え、ボニータを労うよりも早く、その被害者へと声をかけた。
「……」
カナタが声をかけたにも関わらず、その少年は一言も発さずにフードをもたげたままその場に膝をついたままだ。外見には特に異常も無く、カナタの声も聞こえているはずなのだが返答はないまま微妙な空気が漂う。
「あ、あの……」
もう一度声を掛けようとしたカナタの目の前で、その少年は不意に立ち上がった。
その背丈は隣で木箱を持ったボニータよりも低く、カナタの胸あたりにフードの先が揺れていた。
「こんな小さな子を襲うなんて……」
その言葉に少し反応した少年はフードの下から見える口元を僅かに開いたが、その後に続く言葉は本人を襲った痛みによって潰えてしまう。
「痛っ!」
「だ、大丈夫!?」
左腕を押さえた少年を心配したカナタは、つい少年に手を差し伸べようとする。
「えっ」
ふいに差し出した右手に軽い痛みを感じたカナタはとっさの事に戸惑う。
目の前にはカナタの手を痛みの無い方の手で払った少年が立っている。
「えっ、あ、あの……」
「自分に触るのはやめてもらいたい」
フードの下にチラと見えるその小さな口元から放たれた相手を拒否する言葉は、
まだ声変わりの変貌も見えない性別不確定な柔らかい音色でありながらも知性を宿し、
凛とした態度でもって相手を打ち負かそうとするその態度は、
只々親切心だけで動いてしまったカナタをばっさりと否定する。
「……」
少年は、沈黙するカナタにそれ以上の追求をせず、痛む左腕に再び右の手のひらを当て、こう唱えた。
「土に還りし血と肉を尊ぶ豊穣の神の慈悲によりいま一度この身を癒したまえ【治癒】」
そのまじないの言葉が完成すると同時に、少年が押さえていた腕の辺りを淡い光が包み込んだ。
「ま、魔法……」
放たれる淡い光を目の当たりにしたカナタが惚けたような声を出す。そしてその光に気付いたボニータが作業を止めて振り返る。
「あれ? なんか見た格好だな思ったら、やっぱりアンタだったのね」
「お、お知り合いですか?ボニータさん」
相手が知り合いと分かりそれまでの厳しい顔つきを和らげたボニータ。カナタもたった今、苛辣な対応を受けたにも関わらず、この少年がボニータの知人と分かっただけで思わずホッとしてしまう。
淡い光が段々と消えていき、やがて元通りただの手のひらになると抑えていた左腕から離し、フードを上げる事も無く少年はボニータに向き直る。
「お疲れ様です隊長。不甲斐ない所をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「あー気にしないで。たまたま通りかかっただけだし、こっちも気付かなくてゴメンね」
少年はボニータに自分の不甲斐なさを謝る。彼女をわざわざ隊長と呼ぶあたり二人は顔見知り以上の関係のようだ。
「ああ、カナタくんごめんね。さっきのアレありがとう」
「あ、いえ」
「あ、紹介しとくね。彼も――」
カナタの視線に気付いたボニータは少年との関係を説明すべく、カナタに紹介をしようとしたが、
「さっきの貴君の行動ですが……」
ボニータの言葉を遮るように少年がカナタに先程と同じ口調で話しかけた。
「悪党供をこの場からみすみす逃すような情けない行為に何故及んだのですか」
言葉の内容からして、カナタに対して不満を持っているのは明白で、善かれと思った善意は〝彼〟の抗議によって崩壊する。
「い、いや沢山居たし、あの方法があの時一番ベストかなって……」
リーダー格に睨まれ、自分の行いを後悔したものの、面と向かって助けた本人からの苦情に、流石のカナタにも反発心が生まれ、思わず言い返してしまう。
しかし、それを聞いた少年はフードの中から、ハアと深いため息をつき、
「自己満足に浸るのは勝手ですが自分から言わせてもらえば、何の思慮もなくただ善かれと思い我々の許可もなく勝手に遂行した貴君のあの行動はハッキリ言って……愚策だ」
喧騒から遠く、静寂の流れる薄暗いその路地裏に、フード姿の少年の辛辣な言葉だけが響いていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入って下さった方は良かったらブクマ・お気に・評価・感想などよろしくお願いします。
作者のモチベが爆上がりし明日も頑張ろうって気になります。