吸血樹
「顔色悪いですね」
開口一番、拓が言った。
依頼主は皮肉めいた微笑みを浮かべると、「どうぞ」とお屋敷の中へ招き入れた。
「お一人で住んでらっしゃるのですか?」
私が尋ねると、依頼主は曖昧にうなづいた。
「妻に先立たれて、娘が一人いましたが、寮のある高校へ入って滅多に帰りません。猫を飼っているんですが、餌をやっても姿を見せなくなりました」
「広いお屋敷だから、ネズミとかとってるんですかね?」
周りを見回しながら拓が言った。
依頼主が紅茶を淹れてくれる。
「アールグレイ?」
「オレンジペコ」
「オレンジペコかー」
拓ったら当てずっぽうでなんでも言うんだから。恥ずかしい。
「ご依頼の件なんですけど、夜に奥様の幽霊が出るとか?」
「幽霊というか、なんというか、意識が朦朧としているときに彼女がいるような気がして……」
「それを確認すればいいんですか?」
「はい。よろしくお願いします」
霊的な気配は全く感じない。何が原因なのだろう?
夢遊病の類いだろうか?
とにかく夜が来るのを待つ。
何事もなく時間ばかり過ぎてゆく。
「すみません、床につきます」
「どうぞ」
依頼主が自室にこもった。
「今夜は徹夜かな?」
あくびしながら拓が言う。
「解決出来なかったら連日張り込みするかもよ」
「それもなぁ」
応接間の時計が午後11時をうつ。
「この手の時計、真夜中は心臓に悪いよな」
「ちょっと怖いよね」
私はくすっと笑った。
「ちょっと様子見てくる」
拓が依頼主の部屋に入った。
「星花!部屋にいないよ」
「何ですって」
外へ続く窓が開け放しで、カーテンが風に揺れている。
「どこに行ったのかな」
「手分けして探しましょう」
懐中電灯をそれぞれ手にして庭を探し回った。
ガシャーン!
温室の方でガラスの割れる音がした。すぐさまそちらへ向かう。
うごめくもの。
禍々しい気配。
なんの植物だろうか?人の背丈より高く育ち、生い茂った葉に隠れてよく見えないけれど、依頼主を取り込んでいる。
拓が斧を振りかざす。折れた枝から血が滴り落ちる。
「こいつ、吸血樹だ!」
「やめろ!優子に危害を加えないでくれ!」
依頼主がその植物をかばうように立ち塞がる。
「それは、奥様ではないです!」
冬の外気が温室のガラスが割れたところから吹き込んでくる。
吸血樹はブルブルとふるえると、暖かい場所を求めて移動しはじめた。その場に倒れ込む依頼主。
「拓、ライター持ってる」
「ああ」
温室の枯れ木に火をつける。
叫び声めいた音が響く。炎に焼かれて、吸血樹は動かなくなった。
依頼主を連れて避難する。
消防に連絡して、朝までに鎮火してもらった。幸い温室のみが焼かれただけですんだ。
「優子と南米へ旅行したときに優子が持ち帰った植物でした。だから余計に優子と重ねて想っていたんです」
催眠暗示もあの植物はできたようだった。
可哀想に、猫の干からびた死骸も出てきた。
「お父さん!」
知らせを受けて娘さんが帰宅した。依頼主は独りじゃない。きっと立ち直れるだろう。