7.強敵(しっぽ)と戦う猫殿「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」
オークを倒したのち、我らは日が完全に落ちるまでの間に道程を進め、それから野宿をした。
この旅初めての野宿になったが、私や他の二人も野営についての訓練は一通りしてきていたために、特に混乱もなく落ち着くことができた。
魔物はそのへんを闊歩しているだろうが、特に問題もない。
オークを見て分かったが、やはり魔物の変異は未だ初期段階。
魔物が動物の本能を色濃く残している今、火を焚いていれば、さほど大きな危険に遭遇することはないだろう。
実際、ここに来るまでの道中も、村の中などの人が多い場所は警戒されるのだろう、襲われたという話は聞かなかった。
布を広げただけの場所へマホとリアが横になる。
その体には外套代わりのローブが巻かれているだけだ。
今は幸い冷え込む季節でもない、風邪をひくこともないだろう。
すぐ近くでは焚火を起こしている。
まずは私が火の番をすることになった。
焚火の隅で湯を沸かしながら、周囲の森から集めてきた薪を、ナイフで手ごろな大きさに割っていく。
このあたりの森の木は油分が少ないのか、燃える炎は控えめだが、薪としては長持ちするので助かる。
二人にも手伝ってもらって集めた薪で、十分朝まで持ちそうだった。
「猫殿、猫殿も布の上でおやすみになってはどうですか」
「にゃー」
マホとリアが横になっても、猫殿は私のそばで作業を見ていた。
猫はもっと寝ているものだと思うが、今日一日歩きどおしで寝る暇もなかった猫殿は、まだ元気に起きていらっしゃる。
「猫殿、今日はありがとうございました。猫殿がいなければ、我々は、全滅していたかもしれません」
私は俯き、事実を口にした。
膝の上で組んだ手はカタカタと震えた。
夜の闇の中、静まったこの場所が、絶望の淵にいた洞窟の中を思い起こさせた。
パチ、パチ
火の爆ぜる音だけがする。
「猫、殿?」
返事がないことに、私はゆっくり顔を上げたが、いつの間にか猫殿はいなくなっていた。
さすが、小さいとはいえ動物。
足音を隠している時の猫殿は、とても静かだ。
「……私は猫に、何を言っているんだろうな」
ふぅ、と。
ひとつため息を吐いて、すこしおかしくなって笑った。
湯が沸いている。
深皿に湯を注ぎ、塩を少し入れて口に含んだ。
見知らぬ土地での野営は始まったばかりだ。
しばらく焚火をながめた私は、置いてあった剣に手をかけると立ち上がる。
それから、焚火から数歩離れた場所に移動すると、その場で剣の型の確認を始めたのだった。
+ + +
「西の果てまであとどのくらいでしょうか」
「このペースだと、明後日の昼には着けるはずだよ」
リアの言葉に、マホが答えている。
悪くないペースだ。
オークの一件から二日。
あれ以来、我々は周囲への警戒を強めて進んでいた。
やはり動物の本能か、待ち伏せをしていた魔物はそれなりにいた。
個別での行動はせず、用を足すときも近い距離を保つことにした我々は、待ち伏せも奇襲もなんなく察知し、対応することができていた。
もっとも、魔物と相対してからも余裕を持って対処できるのは、猫殿のお力あってこそのことである。
オークを蹂躙した状態異常、"猫アレルギー"。
そのお力は、魔物すべてに対して有効であった。
昨日は小さな襲撃のほか、魔物コボルトの群れとの戦闘になった。
コボルトは犬が変異した魔物だ。
近隣の住民が飼っていた犬が変異したのだろう。
大小さまざまなコボルトは、二十匹ほどの群れとなり、オークと同じく森の茂みに身を隠し、通りがかった我々へ襲い掛かってきた。
統率された動きも、俊敏さも厄介な難敵のはずだったが、そこは勇者猫殿のご威光がある。
今にも襲い掛かろうとしていたコボルトたちを前に、猫殿がタッと一歩前に出た。
「シャアッ」
体を大きく見せるように背を高くした猫殿は、短く威嚇音を出された。
そんな猫殿にコボルト共はひるむ。
そして、そこからは「ワフ、ブァホンッ」「ブシュッ! ワブシュッ!」と、猫アレルギーの状態異常状態になってくれた。
「今だ! いくぞ!」
「はい!」
勇ましく飛び出る私と、マホとリア。
猫殿の威光に便乗してではあるが、ここから先は我らの仕事。
「フアッ…、ハッ…」と、口を大きく開け、くしゃみをしようとしているようなコボルトを一閃する。
動きを阻害され、目も見えづらいのか、顔をぐしぐしこするコボルトをまた一閃。
慌てて散ろうとするコボルトを、マホの魔法が足止めする。
リアの支援を受け、威力の上がった私の剣が、コボルトをまとめて吹き飛ばす。
猫殿のお力はすごい。
国一番の剣の腕前になった私とて、これだけの数の魔物と一度に渡り合えるとは思っていなかった。
私だけではない、マホもリアも、オークとの戦闘の後、たしかにその自信を取り戻しつつあった。
+ + +
魔王カリシルペスが封印されている地まで、もう目前。
日が昇って、我らは今日も街道を進む。
人里がほとんどなくなり、道の整備も不十分になってきたが、このときのために用意され残された道だ。
先ほども、はぐれたコボルトを一頭打ち倒したところだ。
天高く日が昇り、我々は昼食をとって小休止を挟む。
休めるときに休み、剣の手入れをせねばならない。
この旅の一行の中心である勇者猫殿は、日なたに寝ころび足を休めながら、ご自身のしっぽを凝視しておられる。
どう見ても子猫の彼は、頼もしい反面、こうしてお可愛らしい姿を見せて、我々の疲れを癒してくださる。
猫殿、しっぽはご自身の物ですよ。
ゆめゆめお忘れにならぬよう。
あ! そのように爪を立てては、傷がつきますぞ。
そんなに勢いよくお手を振っては、肉球が草で切れませんか。
背を捻り、長い尻尾に弄ばれるようにたわむれ始めた猫殿に、我ら人間は釘付けだ。
そうして、猫殿と、猫殿のしっぽの白熱した戦いを、我らはしばらく見つめていた。
旅の始まり、どちらかといえば犬派だった私も、すっかりマホと同じく、猫が可愛く見えて仕方なくなっていた。
猫といっても、この勇者、猫殿が特別一番可愛いので仕方のないことではあるのだが。