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5.姫騎士メキシー「くっ……殺せ!」

 ピチャリ


 嫌な水気がある洞窟。


 天井からの結露か、水脈がうっすらあるのか、それとも別の何かの水分か。


 私たちが転がされたのは、そんな洞窟の中だった。


 起こすことのできない体へ、じっとりと冷たい水が染み込んでくる感覚が気持ち悪い。


「ぐ、うぅ」


 私はうめくことしかできない。


 体は打たれ、骨もいくつか砕けているだろう。


 奥歯の抜けた口の中には血の味が広がり、左目は腫れていて開かない。



 オークたちの力は、圧倒的だった。


 極めて暴力的な性格をしたやつらは、その一体ですら、私たち三人の力を合わせてやっと危なげなく倒せるかどうかという力を持っていた。


 そのオークが、二十か、三十か。


 私たちは一矢すらも報いることができないまま、圧倒的物量でもって叩きのめされた。


 マホやリアが支援しようと奮闘してくれたが、私と比べれば彼女たちは後方支援に特化しており、接敵した場合の戦闘能力は町娘のそれと変わらない。


 迫るオークたちから逃げることすらできなかった。


 前方、後方の二手から攻められ、私一人では二人を守ることはできなかった。


 二人が一撃を受けて昏倒し、支援の手を失った私は回復することもできず、数の暴力に負けてすぐに倒れ伏した。



 倒れた私を執拗に痛めつけたオークたちは、意識を失った我らをこの洞窟に放り込んだらしい。


 腐臭がする。


 暗くてよくわからないが、食い散らかされた食べ物やらが近くにあるのだろう。


 体を起こすこともできない、悔しさと恐ろしさに、こみ上げてくる熱を押しとどめる。


 あきらめてはいけない。


 我らは、神託の英雄。


 このような場所であきらめるわけにはいかない。


 こみ上げるこの熱が目元に満ちて、零れてしまったら最後、私はもう震えることしかできなくなってしまうだろう。


「マ、ホ……、リア、いるか」


 ピチョン


 なんとか出したか細い声に、返す者はいない。



 かと思われたが。


 かすかに、衣擦れの気配がした。


 誰かいる。


 体が動かない代わり、意識を音へ集中させる。


 たしかに、衣擦れのような音が聞こえている。


 サリ、サリ、サリ


「だれか、いるのか。マホ、リア、いるのか」


 私はもう一度呼びかける。


 喉は幾分か回復したようで、先ほどよりは息がしやすくなった。


 私の呼びかけの声に合わせるように衣擦れの音が止み、それから間もなくしてピチャピチャと、水が跳ねる音が近づいてきた。


 徐々に、その輪郭が見えてくる。


 洞窟の暗闇に慣れてきた目は、徐々に近づくその姿を捉え始めていた。



 まさか。


「猫、殿……?」

「にゃお」


 なぜ、ここに。


 現れたのは、小柄な体躯に茶縞の毛並みを持つ御方。


 我らの勇者、先の道で別れた猫殿だった。


 どうやってここを見つけたのかは分からない。


「助けに来てくれたのか」

「にゃ」


 しかし、ほっとしてしまったものの、彼がここにいたとて危険に巻き込むだけだ。


 彼に頼めるのは、ひとつだけ。


「猫殿、お頼み申す。助けを呼んでくれ。この場にオークの巣があると。誰でもいい、どうやってもいい、そう知らせてくれ」


 無茶な願いだとは知りつつ、そう言うしかない。


 かすかな希望であっても、希望があれば私はまだ戦えると。


 戻ってきたオークにどんな目に遭わされようとも耐えられると、少しだけそう思えた。


「にゃー」


 一声鳴いた猫殿は、また来た道を戻るように去っていく。


 ピチャピチャと、濡れた地面を歩く小さな体が遠ざかる。


 ピンと立てられた茶縞の長いしっぽが、歩みに合わせて揺れるのを見送った。


 

 サリサリ、サリサリサリ


 しかし、猫殿は洞窟を出る気がなかったようだ。


 間もなくして、またもや衣擦れの音がし始めた。


 時折、「にゃー」と、猫殿が鳴いている。


「そこに、いるのか? マホ、リア」


 猫殿は、誰かに呼びかけている。


 呼びかけるのを諦め始めていた私の代わりに。


 そこに仲間がいるのか?


 返事はなくとも、マホは、リアは、そこにいるのか?


 そう思った途端、にわかに状況に現実味を感じ始めた。


 そうではないか、なにが戻ってきたオークからどんな目に遭っても、だ。


 感傷に浸っている場合でも、無理矢理な英雄の美学のままに振舞っていてもいけない。


 私には仲間がいて、そして二人と、猫殿と共に魔王を倒さねば、人類の未来がないのだ。


 私は初めての脅威との遭遇に、気づかぬうちに、心を折られていたようだった。


「マホ! リア!」

 

 もう、私は呼びかけることをやめるつもりはなかった。


 それから何度かの猫殿の声、必死に呼びかける私の声に反応するように、短いうめき声の後、「ここは」という、マホの声が返ってきた。


「マホ! 無事か! リアはそこにいるか!」

「え、ええ。倒れているけど……、息はある。メキシーは」

「骨をやられている。内臓はおそらく無事だ。悪いが動けない。治療をしてくれ」

「わかった」


 私の怪我は思った以上だったらしく、マホの治癒魔法では効果がほとんど出なかった。


 マホが先にリアに治癒魔法をほどこし、彼女も起きたことでやっと、私も体の痛みと朦朧とする意識とおさらばすることができた。


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