4.魔法使いのマホ「今日は私が猫ちゃんと寝る!」
旅立って数日、私たちは移動を繰り返した。
馬を変え、馬車を変え、時折その道中の町の宿へ身を寄せながらも旅は続いた。
この旅は千年に一度に決まった、いわば予定調和のもの。
馬も馬車もすでに準備はされていた。
元より、勇者は男性だと思われていたため、馬車は男一人と女三人が雑魚寝できるよう、仕切りが入れられた大きな造りだ。
勇者殿は男は男でも大変小柄な方で、というか子猫であったため、簡単な仕切りは取り払い、我々は広々と過ごすことができていた。
猫殿は大人しく、王都で大量に買い集め積み込んだ、毎食代り映えのしないペットフードも、いつも美味しそうに食べてくださっている。
休憩中には道草を食み、「モニャモニャモニャモニャ」と不可思議な声音で美味しさを実況しながら召し上がっている様子は、大層お可愛らしい。
黒の子、魔法使いのマホなどは、その様子を眺めては「映写の魔法を開発しておけば」と何やら悔しそうにしている。
用を足すときも一声「にゃー」と鳴いて、我々に知らせてから茂みに入っていかれるような、猫殿は、そんな慎ましやかなお方だった。
彼と私たちの旅は、非常に順調だった。
この道中、まだ魔物に出会っていないことも順調に旅程を進められている理由でもあった。
しかし、魔王復活の地である、イヌハ王国西端に近づけば、否応なしに魔王の気配は感じられた。
先んじて、住民がすべて避難を終えた無人の村。
魔物化する前にと、家畜を処分した村。
具体的な被害の様子は見えなくとも、旅を進めるごとに、その地に住まう者たちが魔王を恐れ、その被害を身近に感じていることが伝わってきた。
そして、イヌハ王国の西端近いモーエーワ辺境伯領、その東側に位置するタビマタ村へたどり着いた私たちは、ついに馬車を降り、歩いての旅に切り替えた。
魔王の影響を強く受け始めているこの地において、馬車を引く馬すらも、いつ魔物に変異してしまうやも分からないからだ。
魔王のいる地までの残りの道程は、平常時であれば三日も歩けばたどり着く距離だ。
最低限の食糧と、非常時の応急手当のための道具を持ち、ろくな着替えもなしに我々はこの先を進まねばならない。
猫殿のための荷物がほとんどないだけ、まだ良いのかもしれない。
この先は魔物との遭遇の危険がある道だ。
未だに、我らの誰も、実物の魔物との戦闘を経験した者はいなかった。
千年前の勇者乃記録を元に、敵を想定しての訓練を繰り返すほかに我々に備える手段はなかったのだから。
我々は生きてこの道を歩み切り、魔王封印の地にて、魔王復活直後の彼奴を討ち取らなければならない。
それが、この世界の人類が、千年過ごす度に課されている試練なのだから。
+ + +
「にゃー」
「猫殿、花摘みですかな」
「にゃー」
猫殿は、「そうー」とでも言うように抑揚に返事してくださる。
いつものように、猫殿が戻るまでその場で待とうかとも思ったが、我らは随分気が急いていたようだった。
「では、我らはこの道をまっすぐ進んでおりますゆえ」
「にゃ?」
猫殿は不思議そうに首をかしげておられたが、この御方が聡いことはもう分かっていた。
黒の子マホも、鑑定の巫女リアも、立ち止まりはしても、足は西に向いたままだった。
もうすぐそこにいるように思える人類の宿敵に、私たちは焦る気持ちが強かった。
私は「では後ほど合流しましょう」と言い残して、用を足しに行く猫殿と別れ、魔王の眠る西の地を睨み、歩む足を止めなかった。
それが、まずかった。
道の脇の森がざわめいた気がした。
一瞬の後、前方、ガサッと音を立てて茂みから現れた影は、大柄な男をさらに一回りは大きくした体躯をしていた。
「オークだ!」
その姿は醜悪に肥え太り、赤黒い肌をしたそいつの頭は、屠殺された豚の頭をそのまま被ったような姿だ。
いや、私は知っている。
その顔が被り物でもなんでもなく、元は豚だったものの成れの果ての姿だと。
文献に載っていた魔物は、その特徴や絵姿まで記憶している。
まず間違いなく、こいつは魔王の力の影響を受けた豚が変異した魔物、オークだ。
馬や熊に比べればマシではあるが、魔王復活初期に発生する魔物の中では、危険な部類の魔物だ。
「マホ、火炎魔法の準備を! リア、敵の情報が分かれば教えてくれ!」
私が上げた声に、すぐさま応えたのはリアだ。
「オークで間違いありません。変異して間もないようです、特殊なスキルの心配はないかと」
「分かった! しかし、気を抜くな、総力でかかれ!」
「「はい!」」
私が奴の気を引き付け、魔法陣の展開を始めたマホが狙いを定めた火炎魔法を打ち込むのがいい。
私が、訓練の通りの動きをしようと、そう思って剣を構えた時。
目の前のオークが、醜悪に笑んだ。
「ひっ」
悲鳴を上げたのはマホだったのか、リアだったのか、それとも私か。
魂の根源を舐められたような、それほどの不快感が体を走った。
動物だったとは思えない、気持ちの悪い思惑が透けるような表情になったオークは、マホの魔法陣が完成に近づいてもなお、その余裕を崩さなかった。
ガサ
ガサガサッ
それまでどこにいたのかと思う。
それほどのオーク、オーク、オーク。
前にも後ろにも次々現れるそいつらに、私たちは完全に取り囲まれていた。