3.チャオチュル最高司祭は腹ぺこの猫殿に好かれる「まんざらでもない」
ドシャン!!
カッと部屋中が光ったと思った瞬間、地下であるはずの儀式の間に、雷鳴が轟いていた。
落雷に打たれたのは、モーエーワ辺境伯だ。
近くにいた貴族たちが悲鳴を上げ、青ざめる。
さきほどまで万全だったモーエーワ辺境伯は、ピクピクとその肢体を引くつかせながら地面にのたうっている。
誰もが、何が起きたのか分からずいる中、最高司祭であるチャオチュル氏が石の床に膝をついたまま口を開いた。
彼は相変わらず猫殿にザリザリ舐められている。
共に旅立つ私たちよりよほど、彼のほうが猫殿に気に入られているようだがいいのだろうか。
今代の勇者は、女好きではなく老人好きか?
「神の裁き……」
ともあれ、目の前の惨状も、チャオチュル氏のつぶやきで合点がいった。
これが、そうなのか。
話には聞いていた。
ボーク神への背信や冒涜があったとき、天より裁きの雷が下ると。
モーエーワ辺境伯は、キレのあるツッコミを放ったばかりに、神の逆鱗に触れた。
やはり、神託どおり、猫殿と旅立つ他なさそうだ。
「リア、治癒をしてやれるか?」
リアに問うと、彼女は思いがけず、申し訳無さそうな顔をしていた。
「神の裁きを受けたものは、神官の治癒を受け付けません。治癒魔法で地道に治す他ないかと」
「なるほど、それもそうか」
治癒を得意とするリアに、辺境伯を任せようと思ったが、ボーク神の怒りを買ってできた傷を、ボーク神への祈りの力を使う神官では癒せないらしい。
マホは私が声を掛ける前に、辺境伯へ治癒魔法をかけてやっていた。
これで、死ぬことはないだろう。
様子を見守っていると、リアが並んで辺境伯の様子を見ながら、話しかけてきた。
「姫殿下は、冷静でらっしゃるのですね」
私に視線をやらぬまま言う彼女へ、私も辺境伯とマホへ視線を投げたまま、返す。
「覚悟はできている」
それから、リアに向き直って告げる。
「共に旅する仲間だ。メキシー、と」
ファーストネームで呼ぶよう言う。
一蓮托生、命を預け合う相手だ、親しくありたい。
「……では、はい。よろしくお願いします。メキシー」
見返してきたリアの表情もまた、覚悟を決めた者の顔だった。
彼女とて、神託に備えていただろうし、神託を受け鑑定の巫女となったときから、覚悟を決めていたのだろう。
それは、勇者の末裔として私と共に、幼い頃より修練を積んでいたマホとて同じこと。
辺境伯へ、マホが最低限の治癒魔法を施し終わるのを待って、私たちは魔王カリシルペスを倒すべく、旅立った。
もはや、猶予はない。
一時とて無駄にはできないのだ。
+ + +
「猫殿、われらの世界をお頼み申し上げる」
そう言った私の言葉を聞いているのか、いないのか。
猫殿は、馬車に乗り込むために城外へ出た私たちの後を、ちょこちょことついてきてくれている。
チャオチュル氏との別れ際はかなりごねていた猫殿だったが、急ぎ用意した猫用の食事をおなかいっぱい召し上がった後は、チャオチュル氏への興味をなくしたようだった。
チャオチュル氏はペットフードの味がする可能性が出てきたが、私はすぐにそんなどうでもいい情報は、忘却の彼方へと追いやる。
「こんなに可愛い猫ちゃんなのに、勇者だなんて信じらんない」
「マホ、軽口を叩くな。緊張感がなくなる」
マホの言葉に、力が抜ける。
勇者の家系に多いらしいが、マホは我が国イヌハ王国では珍しく、圧倒的に猫が好きだと言ってはばからない人物だ。
今は犬が好きだと言う者の多い我が国だが、猫殿が勇者として召喚された今、猫好きな国民も増えてくることだろう。
そう考えて、私はあることに思い至る。
我が国イヌハ王国は、建国よりずっと、他の国と比べて神からのご加護の力が弱かった。
千年に一度、必ず魔王が復活する災厄の地であるこの土地そのものが、神のご加護を得にくいのだと言われてきたが、本当にそうなのだろうか。
事ここに至って、もしかすると猫よりも犬のほうが好きな国民が多い国柄が影響していたのでは、とすら思えてきた。
歴代勇者は皆が猫好き。
今代にいたっては、猫そのものである。
どうなのでしょうか、ボーク神よ。
他国と比べて、やたらと神の裁きが起きやすい我が国は、愛猫家が増えれば少しは、加護を増やしていただけますか?
私はそう、戯れのように内心で問うた。
旅立った私たち。
四代目、召喚の勇者であるはずの猫殿。名前はまだない。
魔王封印の地を治める我が国イヌハ王国の第一王女である私、メキシー・イヌハ。
三代目勇者の末裔であり、黒混じりの髪と黒目を持つ、黒の子である魔法使い、マホ。
主神ボーク神より神託を受け、神からの祝福を受けた鑑定の巫女、リア。
一匹とお供である三人は、魔王復活の地であるこの国の西端を目指し、馬車を走らせた。
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一週間ほどで完結させる予定です。よろしくお願いします。