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2.モーエーワ辺境伯の慟哭「なんでやねん!」

「にゃーん」


 儀式の間に、しばしの静寂が訪れていた。


 力を使い果たした神官たちが倒れ伏し、彼らの荒い呼吸音だけが場に満ちる。



 千年に一度、たった一度だけ行使可能な、魔王カリシルペスへの人類唯一の対抗手段。


 勇者召喚の儀とは、そういうものだ。


 勇者の力なくして、魔王に対抗することは敵わない。


 人さえも配下の魔物へと変えてしまう魔王を倒すには、魔王復活と同時に圧倒的力を以て打ち倒し封印する他、手はないのだ。



 だと、いうのに。



 目の前には、一匹の子猫。


 勇者の持つはずの黒髪黒目ですらない。


 呑気に毛づくろいをしている様は可愛らしいが、そういう問題ではない。



 最高司祭、チャオチュル氏は我々と同じように現れた子猫を呆然と見つめ、それからガクリと膝を折って項垂れた。


 わなないた彼の口からは、老人特有のこすれたような息遣いが漏れるのみで、言葉にならないようだ。


 最高司祭と高位神官たちが、持てる力の全てを使い果たしてやっと行使される勇者召喚の儀。


 この儀式には千年間月の光に当てた、主神ボーク神の玉石も使用されている。


 代わりはなく、やり直しはできない。



 呑気にしていた子猫だが、おもむろに最高司祭チャオチュル氏へ近付いていき、フンフンと匂いを嗅ぐと、彼の手や頬を舐め始めた。


 ザリ、ザリと、猫のざらついた舌がチャオチュル氏を慰めるように舐める音だけが聞こえてくる。


 誰も言葉ひとつ紡げなかった、その静寂を切り裂く声がした。


「ね! ね! 猫やないかい!」


 高位貴族がいる席から、男の大きな声がする。


 呆然と、事態を飲み込めず時が止まったようだった面々が、その声にハッとして彼のほうへ振り返る。


 声を上げたのは、イヌハ王国の西端、魔王復活の影響の出始めた領地を治めるモーエーワ辺境伯であった。


 野生みを帯びた風貌の彼は、チャオチュル氏に侍る子猫へ憤りを隠しもせず煽り立てる。


「なんでやねん! 勇者召喚の儀が失敗したんか!?」

「落ち着きたまえ、辺境伯。まずは、鑑定、そうだろう?」


 他の誰もがまだ正気を取り戻していない様子を見回し、私が彼を静止する。


 荒々しく見えるこの男も、要地を治めている器なだけあって、道理をわきまえている。


 私の言葉にすぐさまハッとして「御前にて取り乱し、失礼致しました、姫殿下」と膝を折り、礼をした。


「リア、頼めるだろうか」

「え、ええ」


 硬直していたリアの目の前まで歩み寄り、鑑定の目を使うよう言う。


 彼女も神託を受けた巫女だけあって、ひとつゆっくりとした呼吸を最後に、その動揺を胸にしまった。


 ローブ越しでも分かる豊満な胸が上下するのを、こんな時だと言うのに羨望の目で見てしまった。


 そんな自分に苦笑いが漏れる。


 私は思ったよりも余裕があるらしい。



 分かっているのだ。


 勇者がどのような人物だったとて、私と他の二人の神託の英雄は、勇者と共に旅立つ他に選択肢などないのだ。


 神託については世界中が承知しており、民の一人に至るまで、全ての者の唯一の希望だ。


 神託が反故にされることなど、許されていない。



 たとえ、召喚された勇者が、ごく普通の子猫にしか見えなかったとしても。



「まいります」


 鑑定の巫女リアの、鈴の音のような可憐な声が響いた。


 彼女の普段は閉じられた瞳が開かれる。


 神力を得て、金に染まった瞳が子猫を映した。


 彼女の鑑定の目には、今、召喚された子猫に関わる真理が見えていることだろう。



 再び静まった儀式の間。


 私は、臆さずに聞く。


「リア、結果は」

「はい。四代目勇者召喚の儀に応じ、現れたこの御方に、名はありません。種族はニホンネコのキジトラ。スキルは……」


 異世界ニホンから召喚されたことが確認できたのは喜ばしいが、やはり、猫であることに変わりはないようだ。


 肝心なところで言葉を詰まらせたリアに、落ち着いていたはずの気が流行る。


「スキルはどうだ、リア」

「お二つ、お持ちです」


 どこからか「おお」と感嘆の声が聞こえた。


 それまで息を呑んで場を見守っていた貴族のうちの誰かだろう。


 これまでの勇者で、神からの祝福であるスキルを複数持つ者はいなかった。


 期待をしてしまう気持ちもわかる。


 この猫殿が、魔王封印を理解してスキルを行使してくださるならの話だが。


「内容は」

「それが、歴代勇者乃記録の書には記述のない、スキルの状態の表示まで見えておりまして。スキルの中身も複雑で、わたくしでは意味がわかりません」

「良いから全て読みあげろ」


 意図せず、強い語調になった。


 この勇者殿が特別なことは、その姿からもすでに明白だ。


 どんな前代未聞のスキルであろうとも驚きはしない。



 そう、思ったのだが。



「まずは、スキルの状態は”アクティブ”と”パッシブ”とあります」


 状態を意味する言葉は我々にはわからないが、ひとまずスキルの中身が知りたい。


 リアに先を促す。


「一つ目のスキル名は”全体化”。説明には、スキルを全体化する、とあり、こちらが状態アクティブです」

「なるほど、スキルを補助するスキルか。これまでにないスキルだ。もう一つは」

「もう一つは」


 そこでリアは言葉を切る。


 そして、息を吸うと告げた。


「スキル名”ワクチン接種済み”。説明には、コアワクチン及びノンコアワクチン接種済み、とあります。これは、状態パッシブです。」

「……」


 場を、嫌な静寂が包んだ。


「……わけがわからんな」

「そうなのです」


 私も、リアも、脱力したようになる。


 これから、私たちが共に旅立ち支える勇者である猫殿のスキルは、まったくの未知で意味不明な物だった。



 そこへ、人影が現れた。


 黒の子、魔法使いのマホだ。


「リアさん、もう少し、何かありませんか。コアワクチンとはなにか、状態のパッシブとは何か、鑑定の目で見通せるのでは」

「!」


 マホの言葉に、リアはハッとする。


 なるほど、鑑定の結果を、鑑定するのか。


 リアは再びその目を見開き、猫殿を注視する。


 今度は、簡単ではないらしい。


 リアの額に玉の汗が浮かび始める。


 私たちは、祈るようにその姿を見つめることしかできない。


「見えました!」


 リアの上げた大きな声に、相変わらずチャオチュル氏を舐めていた猫殿が、驚いてこちらを向いた。


 チャオチュル氏は舐められ続けることに困惑しつつも拒否もできない様子だったので、安心したようにほっと息を吐いて立ち上がりかけたが、猫殿の爪はしっかり彼の司祭服を捕まえていた。


再び彼は石の床に膝を付き直す他なかった。


「リア、ご苦労。結果は」


 私とマホは息を呑んで結果を待つ。


 リアが深く息を整えながら、口を開いた。


「”アクティブ”の状態とは、スキルが選択的に発動可能な状態。”パッシブ”の状態とは、常時スキルが発動状態であることを指すようです。”コアワクチン接種済み”とは、猫ヘルペスウイルス感染症、猫カリシウイルス感染症、猫汎白血球減少症へ抵抗する力。”ノンコアワクチン接種済み”とは、猫クラミジア感染症、猫白血病ウィルス感染症、猫エイズウイルス、狂犬病へ抵抗する力を指すようです」


 リアは、一気に言い切った。


「つ、つまり……?」


 マホの気弱な声。 


「猫の病気に、抵抗するスキルということか……? それを、全体化のスキルが、補助すると……?」


 私も、小さな、力無い声しか出ない。


 視界の端で、再びガバッと、モーエーワ辺境伯が立ち上がるのが見えた。


「ん! な ! も! ん! 魔王退治に役立つかーい!!」


 右手を勢い良く虚空へ滑らせ、宙へ裏拳を当てるようにしながら放った、彼の怒声が儀式の間に響き渡った。


 わんわんと反響した彼の言葉の余韻が、かーいかーいかーいかーい……と、山びこのように天井を揺らして木霊(こだま)する。




 次の瞬間、モーエーワ辺境伯は、雷に打たれていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] お猫様は「チャオチュール」に夢中。 ネコハ王国があればに行ってみたいほど、お猫様に夢中な私は「チャオズー(餃子)」に夢中です(笑)
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