13.魔王城「千年ぶり、二回目」
「猫殿!?」
戦闘態勢の猫殿が魔王カリシルペスとの距離を徐々に詰める。
その一歩を踏み出すたびに、猫殿を包む白い光はその強さを増す。
「ほう、今代の勇者はお前だったか、猫よ」
「フシャーッ!」
勇ましいその様子を、魔王カリシルペスは面白そうに見ていた。
魔王城を背に、宙に浮かぶ魔王カリシルペス。
その足元まで猫殿は歩み寄っていた。
猫殿は、威嚇音を鎮めると、その上体を低くし、お尻だけを高くあげて魔王カリシルペスへ狙いを定める姿勢をとった。
魔王カリシルペスを凝視したまま、猫殿はそのお尻をフリフリと揺らし始める。
白い光に包まれた猫殿が、いざ飛び掛からんとしているのだ。
ここへ至る道中、猫殿が遭遇した蝶々や小鳥へ飛び掛かる時に見せた姿勢だ。
この体勢になった猫殿の獲物捕獲率は百パーセント。
これまで、猫殿はいつでも獲物を空中で捕まえて見せていた。
「面白い。猫に何ができる。見ていてやろう」
そんな猫殿に、魔王カリシルペスは未だ余裕を見せていた。
猫殿、勇者、猫殿、お頼み申す。
あなたの爪で、その牙で、我らの宿敵、魔王カリシルペスへ一矢報いてください。
我々を見下し、余裕の態度を崩さない奴へ、一撃を。
そして、猫殿がお尻を振り、後ろ足に力を込めると、跳び上がった。
猫殿を包む、光が弾けた。
+ + +
「な!」
私が見たのは、夢か幻か。
猫殿を包んでいた白い光が弾けたと思った瞬間、猫殿と魔王カリシルペスの間には、白く輝く剣が現れていた。
あれは、まさしく聖剣。
魔王の目が大きく見開かれるのが分かった。
私はその剣が、初代勇者が振るった剣であると確信した。
初代勇者が神より授かったといわれる聖剣が、猫殿にももたらされたのだと。
そして、猫殿は跳び上がった勢いのままに、光る聖剣へとぶつかるように切迫する。
剣は、消えた。
その光と共に、猫殿の体に吸い込まれるようにして消えてなくなった。
私が、今起こったことを理解できていない間も、宙に浮かぶ魔王カリシルペスへ飛び掛かった猫殿の勢いは衰えない。
「にゃっ!!」
猫殿が、飛び掛かりながら大きな声を上げ、右前足を振り上げた。
剣の出現に驚いたままだった魔王カリシルペスは、消えた剣の向こうから現れた猫殿の、その動きに反応できない。
ぺちん!
猫殿の、猫パンチが炸裂した。
+ + +
「やめ、やめてくれ……」
その場には、もう浮かぶこともできなくなった、顔面ボコボコの魔王カリシルペスが倒れ伏していた。
尻もちをつくように転がった彼は、上体を起こそうとしているが、猫殿が魔王のまとう長い布を爪で捉えているためそれ以上は動けない。
「ああ、やめ、やめろ、爪とぎやめて……」
ガッガッガッガッと、猫殿が威勢よく魔王カリシルペスの布で爪とぎしている。
さすが勇者な猫殿の爪とぎは、その鋭さも段違いらしい。
爪の一薙ぎごとに、布地を漉くように生地の一部が舞い散っている。
爪とぎをやめさせようと、すっかりその威厳を失ったボコボコの魔王カリシルペスが猫殿に手を伸ばすが、猫殿がそれを見て右前足を振り上げたのを見て「ヒィッ」と手を引っ込めた。
あの時。
猫殿が魔王の眼前まで跳び上がって放った渾身の猫パンチは、魔王の体を思い切り吹き飛ばし、ぶつかった背後の魔王城を破壊するほどの威力だった。
魔王のぶつかった衝撃にバラバラに崩れ落ちた魔王城を見たときは、何が起きたのか分からなかった。
あまりの衝撃に朦朧とした魔王カリシルペスが、浮遊を保っていられず瓦礫の山の上に落ちると、軽く着地した猫殿がさらに飛び掛かり、二撃、三撃と、続けざまに猫パンチを繰り出したのだ。
狙いはすべて魔王カリシルペスの顔面。
倒れ伏した奴の顔面に、ペシッペシッと、肉球が叩きつけられる音が響く。
その度に、猫殿のソフトタッチとは相反した、ゴッ、ドゴッという衝撃波が巻き起こる。
地面に沈む魔王カリシルペスの周りには、奴の顔の位置を中心にクレーターが広がっていた。
そこにはもはや、魔王城があった形跡は残ってはいない。
それでもなおしぶとく意識を保っていた魔王カリシルペスに、猫殿は今は布を押さえ込んで奴を地面に縫い留めて爪とぎをしていらっしゃる。
猫パンチであれである。
爪の威力で一薙ぎすれば、魔王は塵と化すかもしれない。
「……猫殿は、パワーファイターだったのだな」
私がぽつりとつぶやくと、決着がついたことを悟って集まってきたマホとリアも頷いた。
マホが、リアに問う。
「リア、猫ちゃんと魔王は今、どういう状態なの?」
「鑑定によると……、勇者様は聖剣効果で、ボーク神の加護がついていますね。魔王は、勇者様に服従状態と出ています」
それを聞いて、私はほっと安堵の息を吐いた。
魔王、討伐完了である。
歴代勇者の勇者乃記録を見る限り、魔王をその実力で討ち倒すと、主神ボーク神が現れ、魔王を再び千年の眠りへ落とされるはずだ。
我らは主神ボーク神の登場を待ち、その場で様子を伺っていた。




