10.一方そのころの猫ちゃんは、埃っぽくて嫌だなあと思っていた
「間に合ったようだな」
ついに我らは、魔王の封印の地にたどり着いた。
「さすがは魔王カリシルペスのお膝元、魔物の数が尋常ではありませんでしたね」
「そうだな」
「にゃー」
リアは少しうんざりとしている。
私に続いて、猫殿も同意するように鳴き声を上げた。
昨晩、魔王封印の地を目前に野営をした我らは、早朝にそこを発ったものの、思わぬ足止めを食っていた。
家畜や飼い犬のいないはずのこの地で、やたらと遭遇する魔物の数が多かったのだ。
魔王カリシルペスの影響を受けて魔物になったものは、魔王カリシルペスを守るべくこの地に集まってくる習性でもあるのだろうか。
しかし、それも先ほどまでのこと。
この地に足を踏み入れてからは、その猛攻もすっかり鳴りを潜めていた。
ここは、魔王封印の地。
繰り返される歴代勇者と魔王カリシルペスの激闘の末、木も草も枯れ果てたこの地は、不気味なほど静かなものだった。
生き物の気配のしない、死に絶えた土地。
そして今、我らの前には巨大な蟻塚のような、気味の悪い城がそびえ立っているのが見えていた。
通称、"魔王城"と呼ばれるこれは、魔王カリシルペスが復活する際に築かれる異形の造形物だ。
土か泥を練り固めたような巨大なそれは、赤黒く、ほのかに発光しているようにも見える。
「気味の悪い」
「まったくですわ」
私のこぼした言葉に、先ほどの繰り返す戦闘で何度か回復役をしてくれたリアが同意した。
疲労かと思って心配したが、余力は十分だというから、気持ちの問題だろう。
気負うよりはいいかと思うが、一度彼女の肩に手をやり、さする。
リアも苦笑気味に私を見ると、「ありがとうございます、メキシー」と、へにゃっと笑って見せた。
年齢よりも少し幼く見えるその笑顔は、普段の淑やかな姿からは意外に見える表情で、もし出会った当初に見ていれば驚いたことだろう。
しかし、彼女ともこの旅を通して、ずいぶん気を許し合える仲になった。
私もそんな彼女に笑顔を返す。
「マホ、お前も気負うなよ」
「……」
魔王城を睨みつけるようにしているマホから、返事はない。
マホは三代目勇者の血を引く者だ。
三代目勇者、つまり先代の勇者様は千年前、この地で魔王カリシルペスを討ち倒した。
勇者だけが神から与えられる祝福、スキル。
三代目勇者は、"無限魔力"のスキルを得て召喚に応じてくださり、そして魔王カリシルペスを倒してくださった。
無限魔力によって生み出された巨大な隕石が降り注ぎ、魔王城はたしかに粉微塵に砕かれたはずだった。
しかし、その魔王城が今、再びこの地にそびえ立っている。
マホは三代目勇者の無限魔力の影響で、莫大な魔力を持って生まれた。
しかし、彼女の魔法ではあの城を粉微塵にすることは不可能だろう。
「マホ、我らにも、勇者がついてくださっている。我らは、我らのできることをするべきだ」
「……そうね」
ゆっくり諭すと、マホは魔王城を見たままだったその視線を、猫殿に向けた。
「にゃー」
猫殿はいつもの、気が抜けたお声を聞かせてくださった。
今、自分が話の中心であるのだと、聡いこの方は分かっていらっしゃるのだ。
「猫ちゃん、よろしくね」
「にゃー」
「可愛いなあ、もう!」
猫殿の元気なお返事をもらったマホは、いつものように自分の両頬を支えるようにしてふわっと笑うと、ぴょんっと飛び跳ねるようにした。
+ + +
「これより先は、魔王カリシルペスの復活まで待つことになる。いつでも動けるようにしておくこと」
私の言葉に、二人も頷く。
魔王城を目前に、土だけの地面に腰を下ろすが、剣は腰に差したままだ。
「勇者乃記録から、有効な手筈を改めて確認いたします」
リアが何度もしてきた確認を、改めてしてくれる。
魔王がどのように動こうとも変わらない、我ら三人の役割について確認しておく。
騎士である私は、前衛として前に出て剣を振るう。
魔法使いマホは、魔法による遠隔攻撃と、魔王の行動への妨害を担当する。
神官リアは、鑑定の目を使って情報を集め、防御のための支援魔法と我々の回復を担当する。
猫殿のお力は未知数だ。
猫殿のお力は、魔物への"猫アレルギー"と恐れず立ち向かうその態度で示されているが、スキル"ワクチン接種"も"全体化"も、常時発動とはいえどのような影響を起こしているかはよく分かっていない。
猫殿のスキルも補助魔法に近いお力だ。
我らの主力は、マホの魔法と私の剣。
私は、愛剣を一度撫でる。
こいつと、仲間たちと、魔王カリシルペスを再び封印の地の底に落としてやる。




