1.勇者召喚の儀「にゃーん」
「いよいよだな」
私、イヌハ王国の第一王女メキシー・イヌハは、そう独り言ちる。
ここ、イヌハ王国は今、滅亡の危機に瀕していた。
我が国だけではない、我が国の滅びに始まり、やがてこの世界は闇に包まれることとなるだろう。
そう、憎き宿敵、魔王カリシルペスによって。
「準備が整いました」
「始めてくれ」
ここは、我が国の王城の地下、儀式の間だ。
千年に一度、主神ボーク神よりもたらされる神託を受け、儀式を行う場。
”勇者召喚”
長い歴史をもつ我が国において、勇者召喚が行われたのは、これまで三度。
つまり、三度この世界は勇者を召喚し、勇者によって救われている。
勇者召喚の神託が神殿へもたらされるということは、つまりそれは、魔王カリシルペスの復活を意味する。
神託が下った現在も、我が国ではすでに、魔王封印の地である西端を中心に、魔物の被害が出始めている。
魔王カリシルペスは、動物を魔物に変える。
それが、魔王の持つ力だ。
そして完全に復活を遂げた魔王の持つその力は、人間をも魔物に変えてしまうほど強大なものとなる。
すでに兎や鼠から始まった魔物への変異は、牛や熊までに及んでいる。
「もう、時間がない」
勇者と共に旅をする者を呼び寄せ、儀式に必要な高位神官や神具を集めるのに、二日間もかかってしまった。
二人目の勇者以降、神託では必ず、三人の同行者が指名される。
それは今代も同じだ。
勇者と共に旅をする、三人の神託の英雄。
”王家の三番目の子”
”勇者の血を引く黒の子”
そして、直接神託を聞くことにより『鑑定の目』を得た”鑑定の巫女”
私、メキシー・イヌハは、今代王家の”三番目の子”である。
つまり、私も召喚されし勇者と共に、魔王カリシルペス討伐へ向かう者の一人ということだ。
隣を見れば、杖を持った少女がいる。
この世界では希少な黒混じりの髪と黒目を持つ少女は、落ち着かない様子だ。
彼女は、先代である三代目勇者の血を引くマホ。
三代目勇者由来の非常に強い魔力を持って生まれた”黒の子”だ。
その隣には、目を細めるように閉じ、穏やかに笑んでいるような表情をした妙齢の女性。
彼女、リアこそが、若くして神託を受けた神官その人であり、今は閉じられているその目に、この世の真理を見通す神からの祝福”鑑定”の力を得た巫女でもある。
千年に一度だけ行われる勇者召喚の儀。
記録に残るかつての勇者の人柄は様々だ。
異世界ニホンから召喚される勇者は、世界を渡ることで神の祝福を得て、我々には持ち得ないスキルを得る。
初代勇者。
彼の記録は建国史に残るのみだ。
彼は召喚されたのか、神に遣わされたのかも分かっていない。
魔王の現れたこの地で、たった一人で危なげなく魔王を封印し、この地に国を興した初代勇者は、神から”レベル”なるスキルを得ていた。
二代目勇者。
勇者召喚の儀に応じて現れた二代目勇者は莫大な魔力を持っていた。
神託の英雄三人と共に、世界全てに魔力障壁を展開し、魔王の力を封殺してみせた彼は、”絶対防御”のスキルを得ていた。
三代目勇者。
二代目と同じく神託の英雄三人を伴って旅に出た、尽きることない魔力を持った三代目勇者は、巨大な隕石を降らせ続けて魔王城を粉微塵にしたという。
三代目勇者のスキル”無限魔力”の恩恵が、その子孫であるマホにも影響していると言われている。
召喚される勇者は、黒目黒髪であることを除けば、持つスキルも、その性格も様々だ。
勇者のスキルや、その行いは、”鑑定の巫女”が見極め、記録を残す。
「そういえば、どの記録にも女好きという記述があったな」
毎回、勇者に同行する神託の英雄三人が、必ず女性であるというのも、その話を裏付けているというがくだらない。
国の滅亡を前にしては、そのようなこと些事である。
「私は、生まれた時より神託の英雄となることが決まっていた身だ、覚悟はできている」
前の勇者召喚から千年。
当代の国王の第三子である私が女だったことで、神託と魔王の復活があるだろうことはより確実視された。
来る日も来る日も訓練の日々。
おかげで、私は十六歳にして騎士隊長すらも一対一で圧倒するほどの剣の実力を持つまでになった。
勇者がどんなスキルを持とうと関係ない。
私は、我が国のため、この世界のために、勇者の力となり魔王を封印するのみ。
召喚の儀式の間、最高司祭チャオチュル氏を中心に、複数の高位神官が召喚陣へ力を送っている。
彼らが、ボーク神へと唱える祝詞は、途切れることなく紡がれる。
彼らの額からはシタシタと汗が流れ、石の床へ水滴を落とす。
私を始め、国王を含む王族も、主要な高位貴族すべてがこの場には揃っていた。
世界の命運をかけた召喚が、今行われる。
『”光あれ”。最高司祭が唱えし時、四代目勇者来たる』
出典;「勇者乃記録Ⅳ」リア著 第一章・勇者召喚の儀 第三節より
力が収束し、儀式の間に敷かれた魔法陣が淡く光る中、最高司祭チャオチュルの力ある言葉に呼応するように、その場を光が包んだ。
あまりのまばゆさに、誰も目を開けていられる者はいない。
しばし後、光が収まったそこには、ひとつの小さな影があった。
「にゃーん」
『現れし者、掌ほどの体躯に茶縞の毛並みを持ち、”にゃーん”と鳴く』
出典;「勇者乃記録Ⅳ」リア著 第一章・勇者召喚の儀 第三節より
それが、四代目勇者である猫殿が、召喚に応じた瞬間であった。