第8話 認識
木介と別れた私達は取りあえず村にてくてく歩いてきた。
「ところでひいらぎ、村に来たけれど特に珍しい物も無いし、どこに案内すれば良いか…」
「んー、何処でも良いよ?私ここ初めてだから全部珍しいもん。じゃーおさーんの家行こうよ。」
「おいらん家?ただのオンボロ長屋だぞ?さっきの丸太の家と比べると死ぬほどボロいし見ても面白く無いんじゃないか?」
「んーん、ここで出来た初めての友達の家だもん、見てみたいよ~。」
「えっ!ひいらぎの友達…」
「えー…おさーん、嫌だった?」
「え…いや、嫌じゃ無いけど…そ、そうだったな。ひいらぎの友達だ。」
その問いかけに安二は向こうを向いたままそう答えた。顔は少し赤くなっているように見える。
その反応に満足したのかひいらぎはにぃ~っと笑った。
2人は安二の長屋に向かう。長屋につくと着くと安二はガラガラと入り口の引き戸を開け
「父ちゃん帰ったよー。」
と声をかける。
「安ニ、ちゃんと謝ってこれただかん?」
奥からのっそり出て来たのは先程の村長、長治である。
そしてひいらぎも一緒にいる事に気付くと狭い家内をダダダっと走り寄り、安ニの首根っこ捕まえてグイグイ頭を下げさせた。
「お狐様のお弟子様、こんな所までおいでくだすって…まさか安ニがまた失礼働いたとか?この通り謝りますのでどうかご勘弁を!」
「痛いっ痛いよ父ちゃん、違うって!」
「何が違うてぇ言うんだ、現にこうしてお狐様のお弟子様がここまで来られてるじゃねぇでかっ!」
とにかくひたすら謝ってくる長治にひいらぎも少し困った感じになって来ている。
「長治さん違うよ〜、おさーん…安ニは私の…友達になって貰ったの。今はお祭りまで一緒に遊ぶ事になったから村に来たんだよ。色々と案内して貰ってる…」
すると長治は再び安ニの首根っこを押さえ付け始める。
「安ニなんかをお狐様のお弟子様の友達にして下さるなんてバチ当たりな…。ほら、安ニお前も謝るんだ!」
ひいらぎはその様子にふぅ〜っとため息をつくと、長治の目をジッと見つめる。
「長治さん、ゴメンね…?」
ひいらぎはそう言うとその瞳はは徐々に黄色く光り、そして元に戻る頃には長治は安ニの首を押さえてた手を離していた。
「おぅひいらぎちゃん、よー来たな。相変わらず何もねぇが上がってきな。父ちゃん祭りの準備手伝って来るから出掛けてくるわ。安ニ、ひいらぎちゃんにちょっかいかけるんじゃねーぞ。」
そして長治はそう言いながら入口の引き戸をガラガラと開けて、笑いながら出て行ってしまった。
長治の変わりように驚いた安ニはひいらぎに詰め寄り
「おいっ!父ちゃんに何したんだっ!」
「ゴメンねおさーん…認識させる術を使った。」
認識の術は妖怪がその土地に溶け込む為にあたかも昔からそこに存在していたかの様に認識させる力である。
それによって長治には近所の女の子が普通に遊びに来た様に映っていた。
「何だよそりゃ…直ぐに元に戻せよぉ。」
「心配しないで安ニ、その内自然に解けるわ。」
「何故こんな事したんだっ!」
「だって…私は「お狐様のお弟子様」だから、普通に接して貰えないもの…。安ニは解ってくれたけど、大人は話しても解ってくれないから…。私は特別じゃなくて普通にみんなと一緒に接して欲しいだけだから、ただのひいらぎなんだよ?だから…。」
ひいらぎはそこまで話すとうつむいて言葉を無くしてしまった。
「そうだった、ひいらぎは初めから…仲良くしたかっただけだったよだよな…。」
おさーんもそこまで話すと沈黙する。
(おさーんも黙っちゃった…嫌われちゃったよね…。せっかく仲良くなったのにな。私達、妖には人間界での居場所が無いから溶け込む為に妖の力を使っても…それは勝手な理由、おさーんは目の前で自分の父親に妖力を使われたし…)
少しの間の後、安二は話始めた。
「なぁひいらぎ、その認識ってのはかけられると何か害はあるのか?」
「ないわ、でもかけられて解かれても、かけられている間の記憶が消えるわけでは無いから長治さんは私を認識させられたと言う事は忘れ無いわね。」
「それなら良い方法があるぞ?村人皆に「認識」をかけるんだ。そして直ぐに解く。そうすれば今までの「お狐様の弟子」と新しく「村娘ひいらぎ」と同時に認識される訳だろう?ちょっと戸惑って何が何でもお弟子様!とはいかなくなるんじゃ無いかな?」
「おさーん…、わたしの事嫌いになってないの?」
「なんで?友達だろ?ははは…」
私は咄嗟におさーんにしがみついた。抱きついたと言う方が正しいのかも知れない。
「おっおい…ひいらぎ」
「おさーん…ありがとう」
ひいらぎは、いつも私達妖怪の事を色眼鏡で見てくるニンゲンの中で、おさーんは本当の私を見てくれている事が嬉しかった。
いきなりの出来事に焦るおさーんはその場に棒立ちであったが、やがて恥ずかしいのかひいらぎをちょんと引き離す。
「と、とにかく今の案でやれば大丈夫なんじゃないか!?」
「でもそんな事をしたらあるて様に怒られる…」
「おいらがお狐様に謝ってあげるさ。ひいらぎはおいらに言われて無理やり仕方なく認識を使っただけなんだから。」
「おさーんありがとう、でも私が謝るよ。気持だけで嬉しいから。」
「なら一緒に謝ろう。それならいいだろう?」
「うん♪」
ひいらぎは笑ってコクリと頷くと両の掌を胸の前に持って行き、集中する。
ひいらぎの目が黄色く輝くと全身の毛が逆立ち、黄色いオーラを纏った。
しかしそれも一瞬の事で、直ぐにもとに戻る。
「終わったよ」
「そっそうか、こうして見ると案外呆気ない物だなぁ。でもこれで「お狐様のお弟子様」は減るんじゃないかな?」
「ねぇおさーん、次はどこに連れて行ってくれるの?」
「そうだな、山は行ったから…今度は川にでも行くか?」
「うん♪」
ひいらぎと安ニは家から飛び出して川に向かった。
安ニの手をひいらぎがそっと握りながら。
◇◇
場所は抹茶さんのログハウス、出て行ったきり戻らないひいらぎを待ってる、私まいまいと、あるて、抹茶さん、レナさんの四人。
因みにレナさんは待っている間になにか準備するとかで別の部屋にいる。
「多少遅いがまぁひいらぎなら大丈夫だろう。」
「まぁ、安ニも悪い子じゃないし今頃ひいと仲良くやってるんじゃないかな。遊び過ぎで遅くなってるだけだと思いますよ。」
あるても抹茶さんも楽観的である、でも私もひいらぎなら大丈夫だろうと思っているけどね。
ほら、どうやら帰ってきたらしい。入り口のドアがガチャリと開いてひいらぎと安二君が入ってきた。
「たっだいまー」
「二人ともお帰り。随分遅かったけどそんなに色々行ってたの?」
「うん、まいまいにも見せてあげたかったよ~、いつもの神社の木の上の景色がこの時代だと更に凄く綺麗なんだ。」
ひいらぎがその景色を見てるときは私は飛び降りてくるアンタを下で受け止めてるから私がその景色を見た事は無い。
「時にひいらぎ、一瞬だけ力を使ったな?あれはどういうものだ?」
「あっあるて様、あれは…」
その時安二君がひいらぎの前に出る。
「お狐様、あれはおいらがひいらぎに無理矢理認識の力を使わせたんだ。ひいらぎが「お狐様のお弟子様」って特別扱いされるのが苦になってるみたいだったから、おいらがひいらぎにそうしろって言ったんだ。」
そう、先ほど一瞬だけ妖力が村全体から感じられたのだが、妖力のにおいとか性質から、その主は直ぐにひいらぎだと認識出来たのだ。
「違うよあるて様、私が自分の意思で使ったんだよ。おさーんは関係ないよ。」
「ほぉ、お互いにかばい合って仲が良いんだな。使ったのは認識か、認識は相手の眼に直接妖力を流し込んで焼き付ける術だ。あんな広範囲に使っても効果ないのは知っていたろうに。」
それを聞いて驚いたのは安ニ君である。
「えっ、そうなのか?ならひいらぎは何故知ってて使ったんだ?」
「そ、それは…おさーんが私の為に考えてくれた案だから…。」
ひいらぎは顔を少し赤くして言葉をつまらせてしまう…。
(ほぉぉぉぉ〜?ふぅぅぅ〜ん?そういう訳ね?ひいらぎ。)
私は夢魔だから人の好意を測る能力がある。
ひいらぎは安ニ君の事をちょっと気になっちゃってるみたいだ。安二の方も…
二人して黙っちゃって…。初々しいね。
「それで認識の効果なくてその後は大丈夫だったの?」
「うん。まいまい大丈夫だったよ?その後川に行ったんだけどみんな祭りの準備で神社寄りにいたらしくて誰にも会わなかったよ。」
「ふぅん?運が良かったのね。まぁ、何か被害があった訳じゃないからいいじゃない。元々ひいらぎはお狐様のお弟子様ってチヤホヤされるよりも普通に仲良くなって友達と遊ぶ方がいい感じだもんね。」
「それなんだが、認識を使ったのは村長の長治さんだけなんだな?認識を使ったと言う事実は変わらない。長治さんには私が直接話をしよう。安ニ、すまぬが案内を頼めるか?」
「え…あ、うん。」
あるては立ち上がると安ニを連れて部屋を出て行った。
それと入れ違いにレナさんが入ってくる。
「あらjebfjsbd、お狐様は?」
「あるて様ならちょうど今レナと入れ替わりで長治さんの所に出かけたよ。」
「ならお狐様には後で。ひいらぎちゃんにまいまいさん、ちょっと浴衣を仕立ててみたのですが。」
ひいらぎははしゃいで浴衣を手にしている。とても嬉しそうだ。
私もまだ日本は日が浅く、浴衣は袖を通したことがない。
私はレナさんに手伝って貰い浴衣を着てみた。
「jebfjsbd、もういいわよ。」
レナさんが抹茶さんを呼ぶと、ガチャリと抹茶さんが部屋に入ってきた。
ひいらぎは抹茶さんに向かってとてとて走ってゆく。
「抹茶〜どう?かわいい?」
抹茶さんはひいらぎの頭をくしゃくしゃしながら答えた。
「ひい、とても可愛いよ。これなら安ニもイチコロだな。」
「ええっ抹茶、な、なななななにを突然、なんでおさーんが…。」
「ひいらぎがちょっと安ニの事気になってる様に見えたけど気のせいだったかな?」
「気のせいだよっ!何言ってるのさ!」
「気のせいだったか…。ま、安ニは引っ付いときゃその内落ちるから頑張るんだよ。」
「だから気のせいーっ!」
真っ赤になって否定するひいらぎをからかっている抹茶さん。
まぁ私みたいに好意を測る能力持って無くても2人を見ればバレバレよね。
「わかってるよ、気のせいなんだろう?でも安ニはひいの事気になってるみたいだぞ?」
その一言でひいらぎおちる…。
「えっ?本当に?」
コロッと態度の変わるひいらぎにレナさんもクスクスと笑っている。
「安ニの態度見てるとそうかな〜、気にしてるな〜って思ったんだけど…なんだひい、安ニの事は気にして無いんじゃ無かったのか?」
「抹茶卑怯だー!そんな言い方したら気になるの当たり前じゃないかーっ!」
ぱたぱたと慌てるひいらぎの後ろから肩に手を置き、レナさんがひいらぎに話しかける。
「ひいらぎちゃん、浴衣とても似合ってるわよ?安ニ君にも後で見せてあげないとね。」
「おさーん、褒めてくれるかな?」
「ええ、きっと褒めてくれるわよ。」
「うん、レナさんありがとう。」
レナさんの前ではひいらぎも素直な子猫になってしまう。その包容力と言うか、母性と言うか、物凄いものだ。
「まいまいさんも初めて浴衣に袖を通したとは思えない程着こなして、凄く綺麗ですよ。」
「レナさんありがとう。着こなしは全部レナさんのおかげです。日本のお祭りをゆっくりと楽しむ事が出来るのは今回が初めてなので楽しみです。」
「瞳の色が違うまいまいさんが浴衣着ると大人の魅力が増しますね、鼻筋も通っていて背も高いし美しいと言う表現がぴったりだ。綺麗だよ、カーマイン。……カーマイン?」
抹茶さんまたカーマインって…。
「ねー抹茶、かーまいんって?」
「ひい、実は俺にも分からないんだ…朝もまいまいさんの事カーマインって言ってしまったんだけど…、まいまいさん、すみません。」
「いや、大丈夫ですよ。カーマインと言うのは私の本当の名前なのです。夢魔になってしまってからは本当の名前を知られる訳にはいかない事情があったのでまいまいを名乗ってましたけど…。多分、抹茶さんの中のハムレットの残留思念が反応してカーマインと呼ばせているのだと…」
私はそこまで話すと急に涙が出てきてしまった。
ハムレットは抹茶さんの中の残留思念…。目の前にいるのに絶対に会う事は出来ない…。
ハムレットにカーマインと呼ばれると、私は寂しくて悲しくて仕方なくなるのだ。
「抹茶さん、レナさんが後で浴衣になった時にもレナさんに綺麗だよって言わなきゃダメですよ。」
その言葉を言うのが精一杯で、私は逃げる様に部屋を出て行った。