第5話 お狐様ではありませんか!
ついに過去世界に来ました。 今まではプロローグみたいなもので、ここから話は動いて行きます。
歪みの空間を抜けると、いつもの稲荷神社とそれに続く道の先には村が見える。
時間は早朝であり、まだ明るくなり切っていない。
「へぇ〜、これが過去世界…。のどかで良いところね。」
私が日本に来たのはもっと後の事なので、開発され尽くしたゴミゴミとした近代建築が溢れる景色であったが、ここは文明の手が入っていない時代、自然な田舎風景が印象的であった。
「ほう、私の稲荷神社、完成したのだな。以前来た時は建てる前だったから。」
そう言えばあるての稲荷神社が新しい。出来たばっかりという感じだ。
現代のはボロボロで建っているのがやっとという形容がぴったりなのだが、どこもかしこもしっかりとしていてここまで違うのか、と言うくらいしっかりしている。
やはり新しいのが嬉しいのか、ひいらぎは飛び付いて興味津々で眺めたり抱きついたりとぴょこんぴょこんしている。
「おいおいひいらぎ、その神社は私のものだぞ。」
「ええー、だってあのボロい神社がもの凄く綺麗なんだもん、なんか嬉しいじゃない。私も欲しい~。」
「その神社はあげないぞ。抹茶に言ってひいらぎのも建ててもらえ。」
神社が新しいのが嬉しいのか、あるてもなんか機嫌が良さそうな感じだ。
私達がそんな風に神社にじゃれついていると、後ろから誰か走ってきた。
走ってきた何かは神社に抱きついてほおずりしているひいらぎを引っぺがし、ぽいっとほかったのであった。
「きゃっ!な…なに?」
「おい、お前ら!そこで何をしているんだ?その神社はこの地を護ってくれている狐の神様の神社だぞ。お前ら何者だ?変な格好してっ!今大人達を連れてくるからそこに居ろよっ!動くなよーっ!」
叫んでいたのは15歳位の少年である。少年は叫んだかと思うとぴゅーと走り去って行ってしまった。
「なによ、あの子っ!女の子をいきなり後ろから掴んで放り投げたのよ?」
「ひいらぎがあんな所でほおずりなんかしてるからでしょ!?ほら、自分達の神社でもここの人達に取っては完成したばっかりの神聖な建物なんだからみだりに触ってはダメじゃ無い。だから子供にまで怒られるのよ。」
「と、言われてもなぁー、私のものなんだしなぁー。」
「あるてもひいらぎみたいな駄々をこねないっ!」
「しかしまぁ、あの少年も…もし私達が変な輩だったら待ってろ言われて待ってる訳が無いと思うのだが…そこが子供故か。くっくっくっ。」
確かにその通りである。
「ところであるて、過去に来たは良いけどどうやって抹茶って人探すつもりだったの?」
「むぅ…、それはだな?取りあえず過去に来れれば後は何とかなるかな?と。場所もここだし、時代も私が治めた人狼騒ぎの後のはずだから私の事もそれなりに覚えている筈だし、それに探しているのも抹茶だしな。」
「あるて様の言うとおりだね、だって抹茶だし。」
「呆れた…つまり無策なのね。って言うか、その抹茶って人の扱いなんか酷くない?」
「いや、こんなもんだろう?なぁ、ひいらぎ。」
「うん、抹茶だし。」
「…………。」
無闇にその抹茶さん探すのもなんだし、人を連れて来てくれると言うなら待っていた方が楽そうだ。中にはあるての事知っている人もいるかも知れないし、その人のツテで抹茶さんにたどり着けるかも知れないし。
そんなわけで私達は少年が村人をつれて戻ってくるのを待つことにした。
「ほら、あいつらだよ」
少年が戻って来たみたいだ。
少年の後には何人かの大人が一緒に来ている。
その中の一人が群れの列から出てこちらに走って来た。
「お狐様!お狐様ではありませんか!」
「おお…レナではないか、久しぶりだな。jebfjsbd(相変わらず言いにくいな…)は元気か?」
「はいっ!それはもうお狐様のお陰で…」
「まいまい、ひいらぎ、紹介しよう。彼女が抹茶の婚約者でレナと言うんだ。」
どうやらいきなり大当たりに当たったみたいだ。
彼女の名前はレナと言い、そう…目的の抹茶さんの婚約者である。
jebfjsbdと言うのはどうやら抹茶さんの事らしい。
「レナさん初めまして~よろしくね。うーん、芹穂そっくりだー。でも芹穂より少し大人?」
「ひいらぎちゃん、初めましてよろしくね。」
芹穂は抹茶さんとレナさんの子孫であり、芹穂が中学生なのに対して、目の前にいるレナさんはぱっと見18歳位に見えた。
そしてレナさんはハムレットがその身を差し出してまで助けた抹茶さんの婚約者でもあった。
レナさんは私の前にくると頭を下げて来る。
「まいまいさん、初めまして。ハムレットさんのお話はjebfjsbdから伺っております。jebfjsbdを助ける為に命がけで助けてくれた親友…、貴女がハムレットさんの恋人さんですね。」
そんなやり取りもあってか、どうやら大人達もあるての正体に気付いたみたいで手を合わせて拝んでいた。
あるてとひいらぎもその様子を見て、隠す必要も無いだろうと変化を解き、耳と尻尾を出し正体を皆の前に現す事にした。
すると、集まった人達からは「おおっ!」と歓声があがり、少しざわめきだっていた。
その中で、先程の少年とその親らしき人物が私達の前に走り出てて、ひた謝りに謝りはじめた。
「おらは村長をやっとります長治と申します。この度はこの地をお護り下さっとるお狐様とはいざ知らず、せがれがとんだ失礼を…、本っ当に申し訳無いですだ。ほら、お前も謝れっ」
と少年の首根っこをグイグイ押さえ付けては頭をぴょこぴょこと下げさせている。
「ご、ごめんなさい…。父ちゃん痛いよっ」
そんな光景を見て、私達はつい笑いをこらえてしまっていた。
「長治とやら、気にせずともよい。その少年も村を思ってやった事、許してやって欲しい。」
「お狐様、勿体ないお言葉を…ほら、お前もお礼を言うんだよっ」
「痛いよ、父ちゃん…」
結局グイグイと頭下げさせられる光景に私達はつい笑ってしまった。
ひいらぎなんかは大笑いである。
「そう言えば、レナを初め他の村人達には初めてだったな?この2人は私の弟子でひいらぎ、まいまいと言う。よろしくしてやってくれ。」
「ちょっとあるて…弟子って何なのよっ!」
「まぁ説明が、面倒臭いしな、私が狐の神様と認識されているのならば、それが一番皆が納得いくだろう?」
その後、私達はレナさんの案内で村へと行く事になったのだが、確かに変な騒ぎも無くその様に村人にも伝わったみたいで、自然と私達は受け入れられていた。
まぁトラブルが無いのが一番なんだけどねー。
村ではひいらぎを投げ飛ばした少年が先に知らせに走っていたらしく、村人総出で出迎えていた。
その中から一人の青年が一歩出てくると、その青年に向かってひいらぎが飛び付いた。
「抹茶あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
抹茶は少しよろけながら受け止めている。
「やぁひい、相変わらず元気そうだね。そしてあるて様もお変わりなく。」
「うむ、抹茶久しぶりだな、レナともうまくやっているみたいで何よりだ。ハムも喜んでいる事だろう。」
そう言うとあるては抹茶の首をホールドしつつ頭をグーでゴリゴリしながら
「で?子供は出来たのか?」
とストレートに聞き放つ。
「ま、まだですよ…。あるて様相変わらずですね。」
この人が抹茶さん…ハムレットの親友…。優しそうな人ね。
ひいらぎもとても懐いているし、こんな砕けたあるて見るのは初めてだわ。二人とも抹茶さんに対して家族みたいに心を許している…。
確かに悪い人では無さそうね…。
「そうだ抹茶、今回のお客様は凄いぞ?何とハムの恋人でな、名をまいまいと…」
「・・・・・・カーマイン」
「何だ抹茶、聞き取れなかったが何か言ったか?」
あるてが聞き返すよりも早く抹茶さんは私に近づき手を握りしめて来た。
「カーマイン!カーマインじゃないかっ!」
その瞬間、抹茶さんは動きが止まり、一瞬ぼーっとして我に返った。
そして、握っていた手を慌てて離した抹茶さんは今の行動を認識してはいないようであった。
「えっ俺…今何を…?」
「いえ、特に何もしていないと思いますよ。私に挨拶しようとしていたように見えましたが…。初めまして私はまいまいと言います。」
私は咄嗟にその場を取り繕った。過去へ来て目的の人と会ったばっかりで気まずくなるのは良いとは思わなかったからだ。勿論、それ以外にも理由はあったが…。
「そ、そうですか…まいまいさん、初めまして。俺はハムの友人でjebfjsbdと言います。」
なんで生粋の日本人なのにjebfjsbdなんだろう?
しかも読めないし…。
「まいまい、抹茶でいいよー」
すかさずひいらぎが言う。
「あ、こら、ひい!そんな事言うと…」
「まいまいです。抹茶さん宜しく。ハムレットの親友とあるてから聞いております。宜しければハムレットの話、色々と話を聞かせて下さい。」
「あぁ~ほらー、また名前で呼んで貰えない!」
抹茶さんは少しうなだれ、私達はその様子を見てついプッと笑ってしまった。
「抹茶、神社完成したのだな?凄く綺麗で立派になっている。感謝するぞ。」
「丁度出来たばかりなんですよ。今日はそれを祝って祭りを催す事になってまして、そんな時に本物の奉られている神様が来てくれるとは思いませんでした。今日は最高の祭りになりますよ。皆さん是非楽しんで行って下さい。」
「そうなのか?それは楽しみだ。では皆集まってくれてる事だし御礼も言わなければいけないよな。」
あるては一歩踏み出すと、集まっている人々の前に出た。
「私はこの地の神、あるてである。この度の神社建設、御苦労であった。今日催される祭りも楽しみにしている。」
「あるて…御礼を言う割には偉そうね…。」
「むぅ…、奉られている神様だから少し偉そうにしてなくちゃいけないんじゃないのか?」
「無理に偉そうにしなくても良いと思うけど…?」
更にあるては続ける。
「後、無理はしなくても良いのだが、油揚げなどあると祭りは更に盛り上がるのでは?と私は思うのだが。」
「あるて、意地汚いから辞めなさいっ!」
「後、お魚もっ!」
「ひいらぎもこれみよがしと乗らないっ!」
私は二人の頭に拳骨をごちごち食らわせると、二人は頭抱えてうずくまっている。
「あぁ〜もぉ…私は二人の保護者か…。」
そんな様子を見て集まった人達からはどっと笑いが起こっていた。
暫くして村人達は祭りの準備とかで人数も少なくなる頃、抹茶さんとレナさんが私達を案内していた。
抹茶さんとレナさんが前を歩き、それにあるて、私、ひいらぎと続く形である。
「あるて、ちょっといい?」
私は他に聞こえない様な小声で話しかける。
「さっき、抹茶さんが挨拶しようとした時…、私にカーマインって言ったのよ…。」
「そうだったな。」
「カーマイン…それは私の…本当の名前。呪いで夢魔になってからは本当の名を捨ててまいまいと名乗っていたから…今はもうハムレットしかその名を知らないのよ。
「抹茶の中のハ厶がまいまいををそう呼んだ…。記憶の奥底に残る恋人の記憶、残留思念か…。」
「ハムレット…覚えていてくれたのね。」
ハムレットの中に私が存在していた嬉しさと、もう二度と会う事は出来ない哀しみとが入り混じった感情が交差する。
私は熱くなる目頭をそっと拭った。