第19話 暴走する人狼
ここはさっきまで死闘が繰り広げられていたボロ小屋の前、あるては去り、今はドラキュラとnyaしかいない。
死闘が終わった今、2人は静かに話していた。
「女狐は知っていたんだよ、DELIが儂を倒す為に私を復活させた訳では無いと言う事にな。」
「父さん、どういう事?」
「DELIは私を死者蘇生で呼んだ時、自分の魂を儂に与えて死ぬつもりだったのだよ。」
「え…嘘っDELIはあの妖狐への復讐を果たしたらまた3人で暮らそうって言ってたのに…」
「死者を意思の持たせて復活させるのは土塊をゴーレムとして操るのとはわけが違う。意志無き状態で呼び出せば只のゴーレムだが意志を持たせるには魂が必要だからな。彼は自分の魂を差し出して私を復活させたのだ。」
その言葉にnyaは言葉を失う。
「元々女狐への復讐も方便だろう。儂が殺された時、お前が相当落ち込んで塞ぎ込んでいたのだろうな。それでDELIは生きる目的として復讐と言う理由をお前に与えたのだと思う。もちろん能力的に女狐に敵わないのは分かったうえでな。そこで儂を復活させれば女狐に勝てると言う理由でそれに向けての算段を打ったんだ。」
「うん、確かにDELIはそう言っていた。」
「でも本当の理由は違うんじゃないかな。DELIももう若くない。儂が殺されてしまった今、近い内にまたnyaが一人になってしまう事が心配だったんだ。だから儂を復活させてそれを避けようとしたのだろう。」
「DELIのバカ…今度グーパンで殴ってやる…。」
nyaはその場にへたりと座り込み、ほほを涙がつづった。
そんなnyaの頭に手をやり、ドラキュラは優しく撫でていた。
制御を失って暴走する人狼を追って私たちは村に来た。
村に着くと、エナジードレインによって生気を吸われた村人達がそこら中で倒れている。
まい子たんは水田の真ん中で咆哮している。まだ村人を襲っていないのがすべてもの幸いである。
「安二君とヘル松さんは長治さんの所へ。」
二人を避難させると、私とひいらぎはまい子たんの所に向かった。
「まいまい、かなり不味い感じよ?nyaとのリンクが切れて暴走したお陰でドラキュラに供給されないエナジーがまい子たんの中でぐるぐる回っているわ。しかもまだエナジードレインは続いてる…。早くしないと吸われた村人が皆死んでしまう…。」
「そうね、今のままだとたとえ村人が助かってもまい子たんのエナジーが暴発でもしたらこの村が消し飛ぶわ。どうにかしてまい子たんを抑えないとヤバいわね…。とりあえず気絶させれば人狼形態から人間に戻るから…ひいらぎ、気絶させる事出来る?」
「暴走してから攻撃が雑になったんだけど…逆に本能で動いているから素速さはアップしているし、不規則すぎて動きが読めなさすぎて…さっきまでより性質悪い感じよ!出来るかどうかっ!」
ひいらぎはまい子たんに向かって飛び出した。
死角死角へと素早く回り込み、なんとか攻撃を重ねようとするがなかなかクリーンヒットが奪えない。
ひいらぎもまい子たんの動きが不規則すぎて読めないからどうしても無駄な動きが多くなり、その結果攻撃に繋がらなくなってしまっているのだ。
「村に行かない様にこの場で押さえておくのが精一杯だわ。」
そんな攻防が続く中、ドラキュラ、nyaと戦っていたあるてが戻ってきた。
「まいまいどうだ?様子は。」
「何とか気絶させて人狼から人間に戻そうとしてるけど、足止めが精一杯よ。」
「でも今のまい子を足止め出来ているなら上出来、さすがはひいらぎだ。」
この人狼はDELIの人格が消える前、ドラキュラと一つの身体に共存している状態でドラキュラの魔力も使って召喚したもの。
したがって能力は高いのだ。
「あるて、ドラキュラ達はどうなったの?」
「奴らにもう戦意はない、もう大丈夫だ。今頃は父娘で泣きながら抱き合ってるさ。」
「な…ドラキュラを自由にして野放しにして来たの!?」
「元々DELIは復讐を理由にファザコンのnyaに娘溺愛のドラキュラを会わせてやろうと手の込んだ計画たててただけだからな。ドラキュラ闘って分かったが、野心とか狂気が奴には無かった。ほかっておいても大丈夫だ。」
本当に大丈夫なのか?
確かにあるては常に様子見的な感じで闘っていたけど…。
「まいまい、今はそれよりもまい子だ。」
今はひいらぎが何とか抑えている形になってはいるが、ひいらぎも決定的なダメージを与えられず平行線が続いている。
「ひいらぎが抑えてくれている今仕留める!」
あるてはひいらぎとまい子たんの闘っている中に飛び込んで行った。
「ひいらぎ、そのまままい子の動きをもう少し封じていてくれ。二人で一気に仕留める!」
「分かったわ!」
あるてもひいらぎの動きに合わせて常にまい子を挟み込む形で、どちらかが死角から攻撃出来る様に動く。
それがまい子には堪らなく、なんとか振り払おうとするが、死角からの見えない攻撃の連続で振り払えずに遂には逃げ出そうとする。
「あるて様!チャンス!」
「ひいらぎ、決めるぞ!」
ひいらぎは顎を下から突き上げてそのまま後頭部に三連で打撃を食らわせるとまい子たんは前のめりによろける。
そこへあるてが顔面に狐火の連弾を浴びせる。
まい子たんは堪らず両手で顔を覆う。
「よし、視界を防いだ!行くぞ、ひいらぎ!」
「にゃっ!」
「喰らえ、殲撃っ!」
その一瞬の隙にあるてとひいらぎはまい子たんの額に思いきり膝蹴りを食らわせる。
まい子たんは一瞬苦悶の悲鳴を上げると気を失った。
「ふぅ…やったか。これでとりあえず暫くは大丈夫だ。」
徐々に人狼から人間へと戻って行くまい子たんに駆け寄ってくるのはヘル松さんである。
ベビードールが破れているまい子たんにそっと自分の衣服を掛けると、肩をゆすり声をかけた。
「まい子…まい子…大丈夫か!」
その問いかけにまい子たんはゆっくり目を開ける。
「兄さん…。」
「まい子、大丈夫か?身体は何ともないか?」
「うん…。」
ヘル松さんは取り合えず行方不明だった妹まい子たんが目の前に出て来てくれた事にほっと安心して、しきりにまい子たんの身体を心配している。
しかし、今回の事件に関与しているまい子たんには聞きたくない事も聞かなければならない。
「ああ、分かっているさ。」
ヘル松さんは一呼吸を置いてからその部分にふれ始めた。
「まい子、あの怪しげな奴らに洗脳されていたのか?変な術で操られていたのか?まさか自分から奴らの仲間になって村を襲ったとかはないと思うが…。何か訳でもあるのか?」
「兄さん…私、生きたかったのよ…。その昔、双子なのに生まれてきたのは姉さんだけだった。生まれて来れなかった私は姉さんの中で人格だけでずっと生きていて…。そんな時、DELIが私の人格を出してくれた。折角姉さんの人格が消えて私が前に出て来れたのに…。」
「まい子、お前何を言って…」
「DELIが言ったのよ、今はまい子の身体に魂を召喚したけどエナジーが無いからエナジードレインで命の灯を灯し続けないとまた死んでしまうって…。だから私、バレない程度に村人からエナジーを貰っていたのだけど、それでは全然足りなくてね、そんな時DELIが言ったんだ。沢山のエナジーでずっと生きていられる様にしてやるから一緒に来い、と。」
「お前…まさか…。」
「まさか村全体から大量のエナジーを巻き上げるなんて思って無かったし、人狼になって村を襲うなんて思って無かったけど…でもやっと私の人格が外に出て来れたのよ?生きなければ意味が無いじゃない…。」
「お前、まい子じゃない…まさか、そうしますか!?」
「そうよ。」
頷くそうしますにDELIは困惑した。
「おいヘル松、どういう事だ?」
「お狐様、まい子にはそうしますと言う双子の妹がいたんだ。でも、生まれる時に死んでしまって生を受けたのはまい子だけだった。それをあの怪しげな男に何らかの方法でそうしますの魂を、人格を呼び起こされて、利用されたのだろうと。」
「そうか、DELIめ、呪術でまい子の奥底に眠る人格に強引に魂を埋め込んでそうしますを表に出したんだ。」
魂はその時の状態で性質が大きく変わる。
そうしますは生まれる前に死んでいるから生への執着が物凄く、そこをDELIにドラキュラ復活のエナジー集めに利用されたのだろう。
しかも、ずっと死んでいたそうしますは物事を理性で判断出来ず、本能だけで動くしかなかった、まさにシャーマンが呪術で操るにはうってつけだったのである。
「だからね、兄さん…私生きたいから…エナジー頂戴!」
そうしますの身体が盛り上がり、再び人狼形態になって行く。
そして一声咆哮すると全身から妖気が迸るほど禍々しいオーラに包まれていった。
「あるて様、さっきよりも大きいわ!」
「そうしますの中で暴走している力を全開放しているのだろう。肌がビリビリして来る、気をつけろ?さっきまでとは能力がダンチだ。」
もう村人達からのエナジーは吸い尽くし期待出来ないと踏んだそうしますは、今度はあるて達からエナジードレインしようと目論んだのである。
「そう簡単に美味しく頂かれる訳にもいかないからな。」
あるてとひいらぎは同時に飛び掛かる。が、2人をあっさりかわし、素早く背後に回って死角から反撃して来た。
2人は受け身をとってはいたが、そのパワーを吸収しきれなくてゴロゴロと転がってしまっていた。
「あるて様!」
「ああ、この人狼、さっきまでとスピードとパワーが段違い(ダンチ)だ!余程、生への執念が激しいと見える!」
小山ほどの大きさにまで大きくなった人狼の前にヘル松さんが飛び出して説得しようとする。
「そうします、もう辞めるんだこんな事して何になる。それだけのパワーがあれば普通に生活する事ぐらい出来るはずだ。何かあればお狐様が何とかしてくれる。馬鹿な事はやめて考え直すんだ!」
「兄さん、邪魔をしないで」
そうしますは腕を振りかぶり、ヘル松さんに向けて振り下ろした。
その腕はヘル松さんのすぐ横をかすめ、そのまま民家を破壊し、地面たたきつけられた。
「次は兄さんと言えども本当に潰すわよ、邪魔しないで!」
そうしますは潰れた民家からゆっくりと腕を引き戻しながらそう言ってヘル松をけん制をするが、ヘル松はそうしますを強く見ながら声を震わせながら絞り出すように言った…。
「そうします…そこには…その家には…村人全員がいたんだぞ!」
そう、その民家は長治さんの家である。
襲って来る村人達のエナジードレインを避けて動ける村人が全員避難し、立て籠もっていた民家、そこが今潰されたのだ。
「おさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
その中には安二君も居た。それが目の前で潰されたひいらぎは泣き叫び、そしてそうしますを睨みつける。
「許さない…よくもおさーんを…絶対に許さない…」
その時、ひいらぎの猫玉が激しく光り輝いた。
力場がひいらぎを中心に集まって行く。
「ぅぅぅぅぅぅううううううううにぃぃぃやゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!」
ひいらぎは威嚇の雄叫びを上げると全身から毛が生えはじめ、身体は巨大化し始める。
やがて、全身から妖気のオーラが激しく発せられた、小山ほどの大きさもある一匹の巨大な妖猫が姿を現した。
しかもその姿は…
「猫神様だ!」
出発前、儀式の時に見た猫神様の姿そのものだったのである。
「ひいらぎのこの姿、私も初めて見るが、ものすごく激しい妖力が溢れている。恐らく猫神様の猫玉の力がひいらぎの潜在能力を限界まで引き出したのだろう。だが…怒りで我を忘れている…」
「シャァァァァァっ!」
ひいらぎはそうしますに対して唸り、威嚇すると力任せにその爪を振り下ろす。
そうしますは後ろに飛んでそれをかわすがひいらぎはそうしますが着地する前に背後に回り込んで待つように攻撃をする。
それが露骨に決まり、そうしますはその衝撃で跳ね飛ばされるがその先に回り込みまた攻撃を加え続けた。
逃げようにも捕まってしまい、避けようにも避けた先に更に攻撃され、防ごうにも防御の上からでも響くほどその一撃は重く、一方的に攻撃を喰らい続け遂には気を失ってしまう。
「そうしますが人間形態に戻った、これ以上はまずいわ!」
「ひいらぎ、辞めるんだ!」
しかし、怒りで我を忘れているひいらぎは止まる事が出来ない。それどころか更なる攻撃を加えようとしていた。
「仕方が無いっ!」
あるては狐火分身で炎狐を作り出す。
あるてが指に炎を灯すとそれを激しくひいらぎに打ち込み、炎狐がその隙に突っ込む。
ひいらぎを襲う激しい炎弾を軽く腕で薙ぎ払うと突っ込んで来る炎狐に反撃する。
その時、炎狐は更に分身し攻撃を避け、2匹の炎狐はひいらぎを挟み込んだ。
そしてその姿を長い炎の鎖の付いた槍状に姿を変えて四方八方からひいらぎの身体を縫い付けて拘束して行く。
「炎縫だ。これでひいらぎは動けまい。暴れられると困るから速攻で行かせて貰った。」
ひいらぎは拘束されて身動きが取れなくなって頭が冷えたのか、やっと自分を取り戻し、巨大な猫から人間形態へと戻って行った。
そして…人間形態に戻ったひいらぎがまず目にしたのは……