第1話 夢魔と妖狐と猫又と
ここはとある寂れた稲荷神社、そこへ向かって歩いている20代前半くらいの女性が一人。
その女性はカモフラ柄のオーバーオールに黒のタンクトップでウェーブかがったブラウンのロングヘア、それが私まいまいである。
私は吸血鬼の呪いによって半夢魔化してしまった人間だが、それを元の人間に戻して貰う為の儀式をそこの稲荷神社で行っている為、今日も足を運んでいる最中である。
神社の石段に差し掛かろうとするところ、その脇に大きな目立つバイク、白のZZR1100と、小ぶりなテントが見える。
そのテントから一人の青年が出て来て話しかけて来た。
「やぁ、まいまいさんこんにちは、今から神社のアルバイト?」
「まぁそんなところね。どうせ何もする事ないから適当に掃除してるだけなんだけどね~。」
テントの住人はジーンズに半袖白Tシャツ、26歳の青年で霧島 公二と言う。
ツーリングで色々な所回っているらしいが、今はここを拠点にしてテントを常設しているのだ。
暑さ対策と言う事で早朝出発する時と、夕方頃出発する時があるが、この時間居ると言う事は今日は夕方からなのだろう。
夕方からの時は少し距離が行く事が多く、2~3日は帰ってこない事が多い。
気さくなんだけどなんか変なヤツでいちいち話しかけてくるからつい相手もしちゃう、なんか調子狂うやつ…。
ナイショなんだけど、昔愛したあの人…ハムレットに少し雰囲気が似てる様な…?な~んて…。
因みに公ニはいつもチラチラと私の胸見てる…、気付いてないとでも思ってるのかしら?
少しHなとこまでハムレットとソックリ…。
ハムレットとは私が人間だった頃の恋人…もう250年前になる。ドラキュラに囚われた私を自由にする為に身代わりなって人狼にされてしまった。
私は表向きは巫女アルバイトと言う事になってはいるが、実際は勝手に掃除しているだけ、儀式は夜だから単に暇潰しなのである。
私は公二と一言二言会話を交わした後で階段を登っていった。
階段を登るといつもの様に巫女姿の女性が日なたぼっこをしている。
この銀髪ロングヘアーの女性は建前上はこの神社の巫女さんなのだが、その実この神社に奉られた狐の神様で、その正体は見た目は20代前半なのだが実際は齢400年の妖狐で名をあるてと言う。
因みに私もドラキュラの呪いで不死になり、そろそろ270年は生きている。
「やぁ、まいまい。もう来たのか。儀式を行うのは夜からだと言うのに最近はえらく早く来るのだな?」
「どうせ暇でやる事無いしね。掃除とか色々手伝ってあげてるんじゃない、文句言われる筋合いは無いわ~。」
「文句は別に無いのだけど、あの青年が来てから来るのが早くなったなぁ?と思ってな?まぁ気のせいかも知れないが?」
「なっ…なによ、その言い方…そんなの気のせいよっ!」
「そんなに顔真っ赤にして否定しなくてもいいじゃないか、まぁあちらさんはまいまいに気があるみたいだが?」
あるては可笑しそうにくっくっくっ、と笑っている。
「そっ…そんなの…」
そんなのは分っていた。私は夢魔…人の好感度を把握する能力があるのだ。
公二は私に少なからず好意を抱いている…そして私も多少気になっているのは事実…。
あるてはもの凄くカンがいい。絶対にわかってからかって来ているのだ。
「私は半魔、人間じゃない…。彼と同じ時間は過ごせないわ…それに私は亡き恋人ハムレットのかたき、ドラキュラへの復讐の為に何人も手をかけてきた…、私の手と身体は汚れているのよ…」
それに私の心は未だハムレットの影を無意識に追いかけているのかも知れない…。
でも公二がハムレットの面影に似ていても代わりになんて出来ない…。
あるての儀式は私の中の魔素を強引に引っ張りだし燃焼させて呪いを浄化させると言うもので、言い換えれば凄く太くて長い蝋燭に火を灯し、それが燃え尽きるのを待っている様な物…どれだけ時間がかかるかも分らない、たとえ人間に戻ったとしてもその時にはもう遅過ぎるかも知れない…公二と同じ時間は過ごせないのだ…。
「…私には好意を受ける資格がないわ。」
「随分と後ろ向きなんだな。」
「前向きって言葉が更に魅力的になるだけよ。」
二人は空に視線を移しそう語った。
空は溢れんばかりの青空で、バイクには持ってこいの天気である。
今日は彼はどこにゆくのだろう?
自由に羽ばたく鉄の羽に乗って颯爽と飛び立つ公二、その姿を想像すると私もなんだか楽しくなってくる様な気分になってくる。
そんな事を考えていると、何かが降ってきた。
「にゃああああああああああああああああっ!!!」
どすん!
その物体は私の胸に落ちてきた。
私はびっくりしてそれを慌てて抱きかかえる。
「やぁー失敗失敗…猫も木から落ちる!だね、受け止めてくれてありがとう♪」
「ひいらぎ!」
ひいらぎと呼ばれた少女はホットパンツにTシャツ姿で、小5位の活発そうな女の子だ。
私の胸の中でもぞもぞ動くひいらぎをぐいと引っ張り上げて顔の前に持ってきた。
「まいまい、そんな猫つまみ上げるみたいな扱いするなんてーっ!」
「猫でしょ!?アンタ。何してんのよ、あんな所で」
そう、ひいらぎはあるて様と一緒に住んでいるとっても可愛い猫又だ。
元々人間や動物から妖に変化した者はその瞬間の年齢、容姿からの加齢による変化は緩やかに。だから私はこう見えても150歳は超えているのだ。
まいまい、幼く見えていても子供じゃないんだから子供扱いしちゃだめだよ♪てへっ♪
「てへっ♪じゃない!なにナレーション乗っ取って意気揚々自己紹介と説明してんのよ、ひいらぎ!見た目だけじゃなく中身もまんま子供じゃない!」
「あんっ!痛いっ!まいまい酷いにゃあぁぁぁっっ!」
つまみ上げながらほっぽたをぎうぅぅぅっとつねるとひいらぎはたまらなくじたばたするが、そのうち疲れてぶらーんとなった。
「で…?アンタあんなところで何してたのよ?」
「だって…芹穂は受験勉強で全然来ないし、かぷ耳は免許取るとか言って自動車学校ばっかだし、奈依は小説の締め切りに追われて忙しいし、暇だから高い場所で景色眺めながらぼーっとしようとしてこの木に登っていたら、丁度降りやすそうなまいまいがいたからダイブしちゃった、てへっ♪」
「降りやすそうな私ってなによ…」
ぎうぅぅぅぅっ
「痛い~っ」
ひいらぎはまたツマみ上げられながらほっぺたをつねられたのだった。
なんだかんだでひいらぎは私に懐いていて事あるごとにちょっかいをかけて来ているが、私も特に嫌じゃないのでそれに付き合っている。
ので、実際暇してるところに私を見つけたから構って欲しかったと言うのが本音だろう。
暫くして解放されたひいらぎに、それを見ていて笑っていたあるてが質問してみた。
「それにしてもひいらぎは最近里にあまり居ないみたいだが、人間界に来ているのか?以前は妖の里から滅多に出てこなかったのに。」
あるて、あんたもしょっちゅう人間界に出て来てるわね。
妖の里とはあるてやひいらぎの住んでいる人あらざる者の里の事である。普段妖怪は里からあまり出ないが何かあった時だけ人間界に顔を出すのだ。
…と、言うのが建前なのだが、あるてもひいらぎも人間界が気に入ったみたいで事ある毎にしょっちゅう出てくる。
「だって…あるて様は殆ど人間界にいるし、それに…抹茶は過去に帰っちゃったし…ね。一人でいても面白くないもん。だから今里にはあまり居ない。人間界もそうだけど、最近誰も居ないから猫神様の所に行ってる事が多いかな?」
猫神様と言うのはは猫族の神様であるらしい。でもあるてでも会った事はおろか、何処に存在しているのかも分からず、ただもの凄い力を持っている位にしか知らなかったみたいだ。
当然私は詳しく知る由も無く、2人の話を聞いて存在を知った程度である。
ただ、ひいらぎは同族と言う事もあって顔見知りで良く遊びに行っているらしい。
里に居なくて人間界にも来て居ない時は猫神様の所に行っている事になる訳だが、それは結構な頻度であり、やはり寂しいのだろう。
「あるて様~抹茶は過去に帰って元気にしてるかな~、レナさんと幸せにやってるかな~。あ~あ、抹茶にあいたいなぁ~。」
ひいらぎはそう呟くと一瞬寂しそうに笑った。
抹茶と言うのはこの地で250年前に起きた人狼事件で、ハムレットと共に精霊世界に連れて来られた男である。
人間界で生活出来ない程の瀕死状態の2人は約250年あるて、ひいらぎとともに過ごし、あるての法力でハムレットと融合してからは再び人間としての生を取り戻し、あるての虚術によって精霊世界へ連れて来られていた訳だが250年かけていたその虚術を解く事により恋人レナの待つ過去へと帰って行ったのであった。
ひいらぎは特に抹茶に懐いていたから特に思い入れもあるのだろう。過去に帰ってからもレナと抹茶の事をとにかく心配していたのだ。
「ひいらぎ、そんなに抹茶に会いたいなら会いに行ってみるか?」
ひいらぎはあるてのその言葉に驚きを隠せなかった。