第12話 あのヤツ
熊からひいらぎをかばい、安二は崩れ落ちた。
「おさーーーーーーーーん!!」
私はその力なき手を強く握り締めると、止めどなく涙が流れ出てきた。
「泣いてる場合じゃないわ、まだ死んではいない、意識不明なだけ。微かだけど脈もある、息もしている。でもそう長くは持たない…村まで運んでる余裕はない…。どうすれば……………。」
(おいらに…『魅了』をかけてくれないか…?とびきり強いやつを…。おまえの事忘れないようにさ…。そうすれば次に生まれ変わった時…来世で…250年後のひいらぎに…会いに行けるだろう?)
「おさーん…分かったわ、その頼み…聞いてあげる…。」
安ニを助けるにはもうどんな治癒も手遅れである。しかしながら方法が全く無い訳ではない。
「残されたたった1つのおさーんを助ける方法…『あのヤツ』なら…。」
あのヤツとは、失った主人を追い求めてその執着から猫又になってしまった時に自然と身についた私だけの力である。
主人(飼い主)と認めたその人を失わない為に私が妖力を供給している限り生き続けさせる事が出来る力である。
しかし、対象者の意思は関係なく、強引にその人の未来を縛ってしまうので、今までその力を使った事は無かった。
「今までそんな人に出逢った事も無かったからね。でも…おさーんなら私良いよ。おさーんも良いよね?250年先までおさーんを待たせないわ。」
安二の傷口を舐めるひいらぎ、そこに付着している血液を舐め取っている。
そう、『あのヤツ』を使うにはその対象者の血液を必要とする。
血液で対象者の特徴をひいらぎが覚えて、妖力でその情報を増幅しで自分の物とし、そして対象者の身体の隅々まで術者の妖力を流し込む事でその対象者を縛る術である。
(しかし『あのヤツ』は莫大な妖力を必要とするから今の私で出来るかどうか…いや、やるしか無いわ!)
安ニの傷口をあらかた舐め終わったひいらぎ。
(血液はこんな物でいいわね…)
ひいらぎは安二の身につけている血だらけの半被を脱がした。
「おさーん、必ず助けるから…だから少しだけ待ってて。」
ひいらぎは何やら唱え始める…。
すると、その身体は青白い妖気に包まれてその妖気はやがて安二の身体全体を包み込み、そしてその青白さは消えてしまう。
「え…消えてって…ダメだったの?私の妖力が足りなかったとか…。おさーん…おさーん目をあけてよぉ…」
ひいらぎは安二にしがみついて強くその想いを心に抱くと自然と涙が溢れてきた。
その時、ひいらぎの胸から激しく光りが放たれる。
「え…なに?これは…出発前に猫神様から貰った猫玉…」
猫玉は激しく光るとその光は安二を再び包み込み、安二は再び青白く輝きだすとその青白い妖力は安二の身体に全て吸い込まれていった。
「凄い…これが猫玉…、猫神様の力…もの凄い妖力だわ…。」
安二の身体を覆う青白い妖力が徐々に安二と同化して落ち着いてくるにつれて、猫玉の光も収まって行く。
「取りあえずは『あのヤツ』は終わったわ…ひとまず大丈夫だけど、後はおさーんがめを醒ませば…って目醒まさない!?なんで!?」
安二に触れてみると体温が以上に低かった。
顔は青ざめて脈も弱々しい…。
「マズイわ…『あのヤツ』をしたのに出血多量がここまで影響してるなんて…ちゃんと目を覚まさないと折角の『あのヤツ』も効力が…」
ひいらぎは浴衣を脱いで安二を覆うように被せ、そしてひいらぎは安二を背中から抱きかかえる様に身体を起こした。
「首と…背骨の周りを暖めれば取りあえず冷え切った身体は何とかなるハズ…」
(おさーん…おさーん……目を開けて…)
それからどの位の時間が経ったのだろうか?
実際にはそれほどの時は過ぎてはいなかったのだが、ひいらぎにはもの凄く長く感じていた。
「身体…暖かくなってきてる…もう大丈夫なハズなのに何で目を開けてくれないの…?」
未だ目を閉じたままの安二に対してひいらぎは安二を抱きしめる腕に力が入る。
「おさーんは初めから私が妖怪と分っていても偏見や差別無く一人の女の子として扱ってくれたね。頼りになるし色々と助けてくれた…。会って間もないのになんか運命を感じたな。」
(おさーん…目を開けて…)
「おさーんが私の事大好きって言ってくれて嬉しかった。私もおさーんの事大好きだよ。私をここに連れて来たのも花火だけが目的じゃないって分ってたよ。私と何かしたかったんだよね?でもそれは劣情だけじゃ無くて心がちゃんとあるのは分ってたから…だから…おさーんにならいいかな?って…」
その時、それに反応するかの様に安二の身体がぴくっと動いた。
(大きくなってる…?)
ひいらぎは安二のほうを見ると、安二は赤くなってそっぽを向きながわざとらしく目をつぶっている。
「お…さーん…、いつから目を醒ましていたの?」
「え…?あ、今さっき…とか?」
「どこから聞いていた?」
「な…なんの事かな?おいらわかんないや…」
安二はおぼろげに意識を取り戻した時にひいらぎが何か話していたが頭がぼーっとして初めは理解していなかった。しかし、次第に意識がはっきりしてきて理解をして来ると、何となく口を挟めない状況と内容だったので気付かないふりをして目を閉じていたのであった。
因みにほぼ最初から聞いていたのである。
「こらぁーっ!おさーん!意識が戻っていたならそう言わんかぁーーーーっ!」
「汚いぞひいらぎ、ナレーション味方に付けやがって!」
「うるさーい!女の子の独り言を盗み聞きするなぁぁぁぁっ!」
ごんっ!!
その時、ひいらぎの拳骨が安二の頭に炸裂し、その音が周りに響き渡るのであった。
安二はそのまま頭を抱え込んでうずくまってしまう。
ひいらぎは呻いている安二を後ろからそっと抱きしめると、それまでの感情が押し寄せてきたのかどっと涙が溢れてきた。
「おさーん、私を助けるために無茶をして…でも生きていて良かった…。」
「そ、そうか確かおいら熊に襲われて…あ、そうか…おいらあの時死んだんだ。ひいらぎがいるって事はここは250年後なのか?ひいらぎがおいらに魅了を掛けてくれたんだな、だからこうして…。ってひいらぎ裸じゃないかっ!うわっ!おいらも裸!」
泣き止まないひいらぎの上に、転がっていた浴衣をそっと被せると、そのまま安二もひいらぎをそっと抱きしめる。
(暖かいや…ひいらぎはこうやっておいらの事を…ずっと助けようとしてくれていたんだな…)
「ひいらぎ…ありがとうな…。」
空には鮮やかに彩る花火が二人を照らし出していた。
ドーン…!ドーン…!ぱらぱらぱら…
空を美しく彩る花火を眺める二人はやがて顔を近付けてその唇は重なり合った。
(ごめんおさーん、私はあなたを人間じゃ無くしてしまった…。私の妖力をおさーんに送り込んで、それによって死なない身体になってしまったの)
私はこれまでの経緯を安二に説明した。
(でもそれはおいらを助けてくれたって事なんだろう?それをしなければおいら、死んでたんだ…。ひいらぎは、おいらを死なせない為に一生懸命に…)
長い長い口づけ…
二人は自分の心に素直に、そしてお互いの心を確認するかの様に唇を合わせ続ける。
(正確には私が主人と認めた人を失わない為に妖力を供給している限り死なせない身体に…。死なないんじゃなくて死ねない身体にしてしまった…。)
安二は強引に、そしてがむしゃらにひいらぎを抱き寄せる、今日初めてキスを知ったばかりの安二のそれはテクニックと呼べる物では無かったが、ひいらぎは安二が自分を見てくれて、自分の為に一生懸命になってくれている事が嬉しかった。
(でもよひいらぎ、それはおいらがひいらぎとずっと一緒の時間を過ごせると言う事なんだよな?)
やがて、二人の唇は名残惜しそうに離れると、お互いを見つめ合った。
(ひいらぎは250年後に戻らないといけないと言っていたけど…ここで250年過ごせば自然と250年後なんじゃないのか?)
(え…?)
(おいらと一緒に250年…待たないか?)
(え…さっきは私に彼女になってくれって言ってたのに…。でも…それじゃあまるで…。)
(そうさ…ひいらぎ、おいらと…夫婦になって欲しい……。)
(え………)
(ひ…卑怯よ…私の為に本当に命を投げ出してまで身体張ってくれた人からそんなこと言われたら…断れないじゃ無い…)
(でも…おいらはひいらぎの主人として認められたんだろう?折角ひいらぎと同じ時間を供に過ごせる様になったんだ…それならおいら、ひいらぎと一緒に生きたいんだ。)
(……………………)
少し考えるふりをしてみたが、私の心は安ニの言葉を嬉しく思い、そして既に心は決まっていた。
(………………………………うん。)
私は小さくこくりと頷くと、二人の顔は距離を縮める。
安ニは私の腰に手をやり引き寄せて、再び私に軽く口づけをする。
空を鮮やかに彩る花火が照らし出す二人の一つの影は、優しく愛を語り合ってていた。




