第11話 二人のお祭り
時は遡って少し前に戻る。
長い奉納相撲に飽きてしまったひいらぎが安ニを連れて抜け出して来ていた。
ここは神社の階段を降った所で色々な屋台が出店している。
屋台ではうどんや五平餅や団子などが売られていた。
ひいらぎはそれらを物珍しそうに眺めている。
「なにか欲しいのがあるのかい?」
「おだんごー。」
「そっか少し待ってなー、買って来てやるよ。」
安ニはそうと言うと、屋台に走って言った。
本当ならこの時代の子供がお金など持っている訳もない。
長治さんがこんな時の為にと僅かながらに安ニに持たせていたのだ。
私もそこら辺の事は察していたので素直に厚意を受け取る事にした。
やがて安ニが戻って来る。
「団子は人気だったみたいで屋台混んでてさ、遅くなっちゃった。」
と、渡して来た団子は一人分。どうやら二人分を買うにはお金が足りなかったらしい。
「おいらは腹減って無くてさー。」
と、笑っている安ニの隣りに座ると、私は団子を串からひと玉食べて、串を安ニに渡した。
「おさーん、一緒にたべよ。」
「え?ひいらぎ、いいのかよ。それはお前の為に買っ…」
「こういうのは皆で食べるから美味しいんだよ。」
「お…おう。」
安ニは少し顔を赤くしながらひいらぎの隣りに座ると、団子をひと玉食べて串をひいらぎに渡した。
その団子をまたひと玉食べると今度は安ニの口の前に持ってゆく。
「はい、あ~ん」
「ばっ…何言って…」
「ほら、早くー」
安ニは目を背けながら恥ずかしそうに口を開けると、ひいらぎは団子を口の中に入れた。
「ほら、二人で食べた方が美味しいでしょ?」
「ま、まあな。」
安ニは口をもぐもぐさせながら照れくさそうに答えた。
二人が団子を頬張っていると、ドーン!と言う音と共に空が明るくなる。
「うわっ!でかい花火だ!こんなの祭りの予定に無かった筈だぞ!?」
安ニが驚くのも無理はなかった。
これだけ大きな花火を上げるには莫大なお金が掛かる。貧乏村にそんなお金があるはず無く、それにこんな大掛かりな花火を上げるには役人に届け出をしなければならない。
もちろんそんな事をしたと言う話は聞いて無かった。
「これはあるて様の虚術だよ。」
「お狐様の?でもこんな派手な花火、お役人様に見付かったら…」
「大丈夫よ、多分これは村人にしか見えて無いから。」
「そ、そうなのか。」
私達は花火を見上げている。
虚術と分かっていても本物の花火にしか見えない鮮やかさは見事なものである。
でも綺麗なのだけど、ここからだと少し花火が欠けてしまっているのが残念だ。
「そうだよなぁ、屋台や木とか石垣とかで花火が、欠けちゃってるなぁ。うーん…。」
安ニは少し考えると何か思いついた様に立ち上がった。
「そうだ、いい場所がある。ひいらぎ来いよ。」
と、安ニは私の手を取ると、神社の脇道を奥に進み、山間の少し開けた場所に連れて来た。
そこには古いもう誰も使ってない感じの小屋と、その前には小さな縁台があった。
安ニは縁台に座るとその横に私を座らせる。
「どうだ、ひいらぎ。ここなら花火が良く見えるだろう?」
「そうね。」
私はいつの間にか安ニとの距離を詰め、その安ニの肩に自分を預けていた。
安ニは少し顔を赤くしながら私の手を握っている。
少しの沈黙の後で口を開く安二。
「なぁひいらぎ、おいら、なんか変なんだ…。ずっとお前の事気になって、ずっとお前の事ばかり考えて頭から離れない…。まさかひいらぎ、これが『魅了』って言うやつなのかな。」
「私、おさーんに魅了使ってないよ?」
「そうだな、ははは。」
安二は私が『魅了』を使っていない事はちゃんと分っていた。
そして私も安二がそれを分っていた事もちゃんと知っていた。そして何を言おうとしているのかも…
そしてその言葉は次の瞬間に出て来たのである。
「ひいらぎ…おいら、ひいらぎの事が大好きだ。おいらと…その…おいらの彼女になってくれないか?」
私はその言葉に素直に嬉しかった。私も安ニと過ごした時間は短くとも安二に対しての好意は既に安二と同じものであったのである。
だからこそ…安二に言わなくてはいけない…。
「おさーん、私が突然居なくなっても平気?」
「え…何を…」
「私は猫又、人間じゃ無い。おさーんが私の事妖怪と分っていてもそれも含めて受けてくれている事は物凄く解ってる。でも私はこの時代の人間じゃ無いわ。今から250年後の未来からやって来たの。だからいつかは帰らなければ行けない…だからいつまでもおさーんの横に居続けられる訳ではないわ。」
「私はまだ猫又になる前、普通の猫だった頃、その時の飼い主は私にとても優しくしてくれた。でもある日、私を残して突然居なくなってしまった。後で分かったのだけど病気で亡くなってしまったの。その時私はその事実を受け入れる事ができなくて、寂しすぎて、哀しすぎてその未練とか、執着でいつの間にか猫又になってしまった。私はその時の深い闇の気持ちをおさーんに味合わせたく無い…。」
「ひいらぎ…」
「おさーん、ごめんね…おさーんの気持ち…凄く嬉しかったよ。でも私もおさーんの事大好きだよ…」
そう言い終えるのが先か後か、私の身体は宙に舞い、そしてしりもちを付いて倒れてしまった。
安二が私を突き飛ばしたのである。
私は突然の事に状況が理解出来ないで安二の方を見て見ると、そこには胸から腹部に深い傷を負った安二が倒れていた。
「きゃああああああっ!おさーーーーーーんっ!」
襲っていたのは熊である。
食べ物の臭いにつられてやって来たのか、祭りの賑やかさに釣られて来たのかは分からないが、今目の前では襲ってきた熊から私を庇った安二がその凶爪に襲われて倒れていた。
「ひ…らぎ……げろぉ……。」
「おさーーーーんん!」
(早くしないと安二の手当しないと…でも襲ってくる熊に対しておさーんを連れて逃げながらだと、そんなことも出来やしないわ…ならっ!)
私は妖の力を解放すると、一瞬の隙を突いて安二を熊の前から抱きかかえ、そのまま距離を取った。
安二を木にもたれかけさせて座らせ、そして素早い動きで熊の背後に回り込む。
「一発で仕留めるわ!」
私は熊の周りの木々を蹴りながら、上へ上へと登って行き、そして最後に蹴った幹のしなりの反動を利用して熊の後頭部に真上から膝蹴りの一撃を喰らわせる。
それはクリーンヒットし、ただの野生の熊ならこれで確実に気絶している筈である。
しかし、熊はのっそりと起き上がって私に向かって来た。
「なんで今のを喰らって何で起き上がれるのよっ!?」
私は困惑したが向かってくる熊の目を見ると、その目は正気を失っていた。
「何者かに操られている!?」
よくよく熊を見て見れば、多少の妖力の匂いが熊から放たれていた。
「誰かがこの熊を操って私達を襲わせた?一体誰が…とにかく今はこの熊を何とかしないと…」
熊から香る妖力の量から見て、精神を縛りリアルタイムで操っているものでは無さそう…ただ暗示を掛けて私達を襲わせただけみたいね。
なら気絶させれば術は解けるけどさっきの攻撃が効かないとなると…
「とにかくここにいては安二も危ないわ!」
私は安二から熊を引き離すために村とは反対の山中に逃げて行くと、その思惑通り熊は私を追ってきた。
「速攻で仕留めておさーんを助けないと!」
ひいらぎは先程と同じように木々の反動を利用して目にも止まらぬスピードで熊の周り移動し、すれ違いざまに攻撃しては離れ、攻撃しては離れ、熊を翻弄して動きを封じて行く。
「熊は獲物に対しての瞬発力と突進力はもの凄いけど、足を停めさせててしまえば何て事ないわ。」
熊は、自分の周りでぶんぶん飛び回るひいらぎに対して暗闇で1匹の蚊を仕留める様に、ただ闇雲に腕をぶんぶんと振り回していた。
破壊力のあるその強力な爪もただの大振り、当たらなければどうと言う事はない。
筈なのだが…
チッ…
ハシュッ…
「うっ…!私の動きが見えている!?」
熊は徐々に私の動きに対して攻撃が当たるようになって来ていた。
当たると言っても軽くかすりそうになる程度なのでダメージは無いのだが
「ただの熊が私の動きに付いて来れるわけが無い…妖力でパワーアップしてるのね。」
私は予想外の展開に困惑するが、あれこれ考えている暇はない。
「っく!それならっ…」
私は攻撃のスピードを更に早めて攻撃箇所を背中に集中させた。
肩甲骨の裏あたりの筋に強烈な打撃。
寸分狂わぬ精密さでその一点を正確に攻撃してゆく。
熊はその積み重ねたダメージの蓄積によって激痛が走り、そして徐々に腕が上がらなくなって、遂には完全に動きを止めてしまった。
私はそれを見計らい、木の反動を利用してスピードをパワーに変換し、熊の後頭部に最後の一撃を喰らわせた。
熊はたまらずによろめくが、両腕が動かない今、何かに捕まる事も出来ず、身体を支えられずにそのまま倒れ、山の斜面を転がる落ちると斜面の切れ目から崖から転落していった。
私は木々や崖の壁を俊敏に駆けながら崖下の熊の所に行くと気絶しているのを確認する。
「この高さなら死ぬことは無いわ。気を失ってるだけね。もう術は解けていると思うけど念のため…気絶してるから効いてくれると思うけど…」
熊の頭に手をかざすと一瞬だけ妖力を熊の頭に解放する。
「キャン!」
熊は一瞬叫ぶとまた気絶した。
「脳に直接力を流し込んでショックを与えたわ。これで2~3日は起きないはず…。その腕はただの背中の打撲で動かないだけだから、その内また動くようになるわ…少し我慢しててね。」
私は気絶している熊にそう語りかけると、その場を離れた。
「早くおさーんの手当しないと…」
急いてで先程の場所に戻ると安ニは顔面蒼白で動く事もできずにただただその場に横たわっていた。
(かなりの出血をしているわ…相当ヤバい状態ねね)
「おさーん!おさーん、大丈夫!今止血するわ。」
私は気を失っている安二を小屋に運びゆっくりと横に寝かせた。
手に妖力を集中させると安二の傷口に塗り込む様に流し込む。
モチモチ…モチモチモチモチモチ…モチモチモチ…
傷口が音を立てて覆われて行く。
妖力で傷ついた皮膚や内臓に薄膜を張り、強引に吹き出している血を止血していった。
「妖力で傷口に薄膜を張ったわ、これで取りあえずの止血は出来たはず…でも……。」
そう、これは止血しただけで失った血液を再生させている訳では無い。
「このままでは失血死してしまうわ、早く村に運んで輸血しないと…長治さんの血なら輸血は大丈夫なハズだけど…今からでも間に合うかどうか…」
「うっ…うぅぅん…」
安二がゆっくりと目を開いた。何とか意識を取り戻したみたいである。
「おさーん、大丈夫!?」
「ひ…ら……、ぶじ…だったのか…良かった…。」
安二は顔面蒼白で明らかに出血多量であった。言葉を発する事もままならず既に危険な状態である。
「おさーん、喋らなくていいから!今、村に運んでいくわ、長治さんの血を輸血すれば絶対に助かるから…」
「ひいらぎ…いいんだ…。おいらはもう助からないさ…。何となく分るんだよ…自分の事だからさ…」
「そんな…絶対助かるから、絶対に助けるからさ…」
(ああ…おさーんの声がどんどん弱々しくなってきてる…)
「ひいらぎ…頼みがあるんだ…いいかい?」
安二はそう言いながら力なく手を持ち上げてひいらぎに向けた。
ひいらぎはその手を両手で包むように握りしめる。
「たのみたいこと?なに?」
「おいらに…『魅了』をかけてくれないか…?とびきり強いやつを…。おまえの事忘れないようにさ…。そうすれば次に生まれ変わった時…来世で…250年後のひいらぎに…会いに行けるだろう?ひいらぎ…おいら………」
そこまで言うと安二の手から力が抜けた。