3・駅員
男は無慈悲な目でわたしを見下ろしている。わたしは必死に改札口に向かって這い進んだが、男は私の体を掴むと待合室の椅子に投げおろした。
「グッ!」
痛みで顔が歪む。目の前の男の顔を見上げると、男の顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
「なるほど……そう云う事だったのか……」
男は困惑の表情を見せながら、話し始めた。
「人は恐怖の対象から逃げる時に、複雑な動きはしません。立ち上がって真っすぐ逃げればいいのに、あなたはわざわざ立ち上がったあとクルリと振り返って改札口から線路のほうに逃げようとした。つまりあなたにとって駅の入り口は……」
男はゆっくりと駅の入り口に向かって歩きだす。男はさっき撃った時、銃からこぼれ落ちたものを拾うと、入り口に向かって投げた。金属と華やかな色で出来たものは、何かに当たってポトリと落ちた。
「なるほど、あの入り口はダミーなんですね……あそこから逃げようとしても逃げられない、つまりこの駅舎は袋小路なわけだ」
「な、何を言っているんですかぁぁぁぁぁ! あなた、私の足を吹っ飛ばしたんですよ?! なんて人でなしなんだ!」
「痛くないんですか?」
「エッ?」
「僕はこう見えて医者なんです。人の体を診る医者に言わせれば、足二本吹っ飛ばされたわりには元気ですね」
「いったいあなたは何を言いたいんだ? 何がしたいんだ?」
「もちろん、復讐ですよ」
「ふくしゅう? ふくしゅうってなんですか?」
「復讐の意味も解らないんですか? ……あなた、人間としてかなりおかしいですよ」
「おかしい? 人を銃で撃っておいて! 足を吹っ飛ばしておいて! 何を言うんですか?」
「どの足の事ですか?」
男はおかしなことを言いながら、私の下半身を見ている。
「エッ?」
わたしは男の視線を追って、自分の下半身に目を移した。
……そこにあったのは、さっき吹き飛ばされたはずの二本の足だった。だが、そこにあったのは人の足ではなかった。吹き飛ばされたはずの足の代わりにそこにあったのは、くろぐろとした得体のしれない生き物の足だった。それが何事もなかったように、まだ濡れたズボンの下からにょきっと生えていたのだ。
わたしは驚愕の表情で男を見上げた。
「! 何ですか、これ?!」
「あなたの足ですよ、何で驚くんですか?」
「こ、こんなの、わたしの足じゃない!」
「そうですね、今のあなたはあの写真のあなたとは、だいぶ違って見えますね」
「しゃしん? しゃしんってなんですか?」
「あそこの壁に掛かっているものですよ、見てみたらどうですか」
わたしは男に促されるままに、よろよろと指差されたものを見に行く。そこには私と全く同じ姿の男が映っている。
「日付は昭和19年……ですね」
「しょうわ……しょうわ? しょうわってなんですか? わたしは駅長……駅長なんです」
だが、男は何かをこちらに向けている。そこには何かが映っていた。まっくろな……なにかきみょうなものがうつっている……わたしはえきちょうだ! えきちょうなんだ! えきちょう! えきちょう! えきちょ! えきち! えき! えき! ええええええ、きききききき、ちょちょちょちょちょちょちょ……