1・駅
「しゅっぱーつ、しんこう」
ゴトン、ゴトンゴトン
小雪の降る中、私の一声で最終列車が出発した。わずか二輌だけ連結された小さな車両が、闇の中に消えてゆく。
これで今日の仕事は終わりだ。駅舎の中に設けられた僅かな部屋、そこで明日を待つのだ。
今日、この駅に降りる客はいなかった。ただでさえ来る客の少ない山奥の駅だとはいえ、誰も来ないのは寂しすぎる。二日ほど前に母子連れが降りてきたのは嬉しかった。声をかけると安心したようで、いろいろと話が聞けた。街では病が流行っており、暮らすのが大変だという。そういう時には、この山あいの駅に来る客が増えるものだ。私は賑やかな駅を思って少し微笑む。
ゴトンゴトン、ゴトンゴトン
「うん?」
おかしい、もう今日はここに来る電車はないはずだ?
私は木造の駅舎に掛けられた時計を見た。白い文字盤に乗った大きな黒い針が、夜の八時半を示している。辺りは真っ暗で、どこにも行く場所はない。とはいえお客が来るなら迎えるのが駅長の務めだ。私は駅舎内の鏡を見て帽子を真っ直ぐに被り直すと、ホームに出た。
真っ暗な中から電車が近付いてくる……うん? おかしいぞ。運転手の横に誰かが立っている。電車がホームに滑りこんで、停止した。
バボン!
轟音と破裂音が同時に響き、運転席の窓ガラスが血しぶきで真っ赤に染まる。私は驚いて腰を抜かしてしまったが、視線は電車に釘付けのままだ。
ドアの隙間から指が現れ、扉が力づくでこじ開けられた。
「へえ、死ぬんだ」
分厚いセーターの上にロングコートを着た若い男が、顔と上半身に運転手からの返り血を浴びたまま降りてきて、車内をながめて言い放つ。腰を抜かしたまま、その若い男を見つめていると相手もようやく私に気が付いたようだ。
「あなた、この駅の人……ですか?」
私が驚いて何も言えないでいると、男は握った長い銃をこちらに向けて微笑んだ。
「こんばんは、駅員さん」
◇
男とわたしは駅の待合室の椅子に、ストーブを挟んで座った。
男は銃をわたしに向けたまま、ポケットから出した何かを銃の下側から差し込む。黒々とした銃口が見つめるように感じられた。
「す、すいません……怖いです、銃をわたしに向けないでくれませんか?」
「ダメです。話が終わるまで我慢してください」
男はそう言うと、銃を構え直した。だが、私をすぐに殺すつもりはないようだ。
「寒いですね」
「え?」
思いもよらない言葉に、わたしはたじろいだ。
「雪が降るほど寒いのに、ストーブも点けてないんですか?」
男はストーブをまじまじと眺める。
「これ、薪ストーブですか! 珍しいですね!」
男は左手を伸ばしてストーブに触れる。
「冷たい。今日、一度も点けてないんですか?」
「べ、別にどうだっていいじゃないですか、そんなこと」
「そんなことないですよ。大事なことです」
男はそう言いながら、周りを見回す。
「自動販売機もない、観光案内もない。この駅に降りる人は、何のためにここで降りるんですかね?」
「降りるお客さんがどこに行くかなんて、わたしは知りませんよ」
「本当ですか?」
男は、ずいと前に身を乗り出す。銃口が近付いたのを見て、わたしは思わず身を逸らす。
「や、やめてください! 撃たないで!」
私が怯えるのを見て、男はスッと身を引いた。
「いいでしょう……ちょっと話を聞いてもらえますか?」
男は、話を始めた。