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第二話 ②

 午後、今朝フライパンで一発やられた頭を診てもらいに病院に行ってみた。絶対骨折していると思って、いや骨折しててくれと願っていたが、ヒビどころか脳にも特に異常はないと診断された。そんなはずはない、どこか絶対1mmぐらい欠けたりしているはずだ! とかなり食い下がってみたが、「あー、ちょっとたんこぶができてるねぇ」と湿布だけ渡して帰らされた。俺って意外と頑丈なんだな。そういや、昨日もフォーク刺さったのにちょっと血が出ただけで済んだし。さすがガキの頃から身長伸ばすために、毎日吐くまで牛乳飲んだ甲斐があったな。カルシウム万歳。

「はあ……」

 こんな生活がこれから毎日続くのか……。憂鬱だ。憂鬱過ぎる。重い足を引きずるように歩いては立ち止まりため息を吐くを繰り返していた。家に近づくにつれそれは頻度を増した。こうしてどんどん幸せは逃げて行くのか。慌てて今吐き出したものを戻そうと吸い込んだが、苦しくなって結局盛大に吐き出してしまった。俺はまた一つため息を吐くと、徐に医者にたんこぶができていると言われた箇所をさすった。あー、確かにちょっと膨らんでいる。くそっ、もし骨折していたら傷害罪として訴えてあいつを追い出せたのに、たんこぶじゃ何もできない! ていうか、たんこぶに湿布って効くのか? ちなみにスマホはまゆたんがいたおかげで無償で新しいのに換えることができた。

 はぁ、帰りたくない。帰りたくないが帰らなければならないので帰るしかない。しかし、思うように足が前に動いてくれない。このままでは日が暮れるな。そういえば、家にあいつ一人置いて出ていってしまったが、大丈夫なんだろうか? 何か壊したり散らかしたり、家の中をめちゃくちゃしていないだろうか。あんな奴外に出すのは危険だし、何より一緒に外を出歩くのが嫌で置いてきてしまったが、結局家に置き去りにしても危険じゃないか? そう考えた瞬間、今までの足どりがうそみたいに早歩きになった。「何もめちゃくちゃにされていませんように、何もめちゃくちゃにされていませんように」と、何度も祈るように呟きながらスタスタと家路を急いだ。そうだ、帰ったら今までもらったラブレターを読み漁るか。我ながら良いリフレッシュ方法だ。家に帰る楽しみも出来き、さらに加速度が増したおかげで日が暮れるまでに家に帰り着いた。ポストから夕刊を取り出し門を開け玄関に向かうと、庭で正彦が焚き火をしているのが目に入った。よかった、どうやら大人しくしていたみたいだ。ほっとしたが、こんなポカポカ陽気な季節に何やってんだあいつ。ぱちぱち燃え上がっている炎を便所座りでじーっと見つめているそいつをしばし怪訝な目で眺めていたが、ほっといてさっさと部屋でくつろごうと思いなおし玄関の前に立ち鍵を鎖し込んだ。

 ……おかしい。いや、何から何までおかしいに違いないのだが、どうも焚き火に違和感を覚えた。なんか従来の、俺が知ってる焚き火と何かが違うように思えたのだ。別に俺も今まで焚き火をそんな頻繁にしたことがないし、せいぜい一、二回程度だが、とにかく何かが違う。もう一度正彦の方を振り返った。目を凝らしてよく見ると、てっきり落ち葉だと思っていたそれらは落ち葉ではなく、なんと俺宛に届いた沢山のラブレターだった。

「ぎゃあああああああ!」

 顔面蒼白で叫びながら、俺は猛ダッシュで駆けつけ焚き火に手を突っ込んだ。当り前に火傷した。服に燃え移らなかっただけ奇跡だ。突っ込んだ時、何か塊みたいなのにあたったが、どうやら芋を焼いていたようだ。どこにこんな初夏のさわやかな季節に焼き芋焼く奴がいるんだよ! ここにいたけども! あわてて横に置いてあった火消し用にと用意されてたのであろうバケツに手を突っ込んだ。そういえば、今日出ていく前にも箱ごと引っ張り出して読んでそのまま部屋に置いたまま出ていってしまったんだった。きっとこの季節だからよく燃える落ち葉なんて集まらないから良い代用品だったのだろう。なんて奴だ!

「あああああぁぁ……」

 俺が手を冷やしている間も、どんどんラブレターは燃えていった。ピンク、レモンイエロー、純白、スカイブルー、バラ…色とりどり柄とりどり様々な思い出と俺の成績達がどんどん黒く染まっていく。その様子を頭を抱え嘆いている俺の肩を正彦がぽんぽんっと叩いた。そして、いい感じでほくほくに焼かれた芋をずいっと俺に差し出した。瞬間、俺の中の大切な何かが音を立てて盛大にぶち切れた。

「いい加減にしろ! なんなんだおまえ! いきなり現れて人ん家に勝手に住みついて、あちこち引っかきまわしてめちゃくちゃにしてなんなんだ! 菓子食ってせんべえ食ってケーキ食って飯食って焼き芋食って、おまえここに来てから食ってばっかじゃねーか! おまえのせいで俺の平穏も幸福も思い出も人生も、この通りすべてパーだ! 最低だ! おまえは本当に最低だっ! 俺の日常を返せー!!」

 差し出された焼き芋を渾身の力で地面に叩きつけ、一気にそう捲し立て怒鳴り散らした。一方、正彦はというと、まるで他人事のようにむしゃむしゃ焼き芋を食うばかりで、それがさらに俺の怒りと言う名の炎を燃え上がらせた。

 突然、正彦は何か思い出したのか、ポケットから紙を取り出し広げて俺につき出した。そんなもの無視すればいいのに、怒りが頂点まで達してわけがわからなくなっていた俺は、ついそれを乱暴に受け取ってしまった。改めて確認すると、それは先日オープンしたばかりの寿司屋の出前用のチラシだった。芋を受話器に見立て、これとこれとそれと……と、でかくマジックで丸印された箇所を指さし、正彦は今晩の飯の注文を俺にすると、芋を食いながら縁側から家に入っていった。

 パチパチと、かつてラブレターだったものたちが灰と化している横で、俺は奇声を発しそれをビリビリに破り裂いた。

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