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第二話 ①

連投は迷惑だろうとあけるとうっかり忘れてしまいますな。

本当はこの小説もう出来上がっているのです。

ご披露する場がもうないだろうなと思ってここに公開している次第です。


ここで言うことではないですが、もう一つの連載小説も近々再開したいなぁ。

 お先真っ暗。今の俺にこれ以上にぴったりとくる言葉があるだろうか。

 いつものように親父に小遣いをもらい、いつものように家に帰り、そしていつものように朝まで遊びまくるつもりだった俺の昨日。それが突然、実は娘がいるだの一緒に暮せだの言われ、しかもその娘と言うのがとてつもなく凶暴な変人で、さらに、笑わない、しゃべらないという、唯一人類だけに与えられた特権を自ら棒に振っているというとてつもなく凶暴な変人で……。とにかく、そんな得体の知れない奴と一緒に暮らすことになってしまったのだ。俺の人生は一体どうなってしまうのか? 俺が一体何をしたっていうんだ? ただ己の欲望に忠実に生きてきただけだ。何も悪いことはしていない。俺は何も悪くない!

 せめて夢の中だけでもそんな現実から目を背けたい――そう願い床についたところ、いとも簡単に現実逃避ができた。薄ピンクの花畑の中、俺の周りを愛するハニー達が取り巻いている、まさに夢のような、だが俺なら余裕で現実にありえる、そんな夢だ。その内の一人に膝枕をされながら目の前に広がる素晴らしい光景を締まりのない顔で、この上ない幸せな気分で眺めていたそんな俺の顔に、突如激痛が走った。

 びっくりしてガッと目を見開くと、正彦が俺に馬乗りになっていた。百歩譲ってそこまではいいことにしよう。問題は、なぜフライパンを持って俺を見下ろしているのかということだ。そして、そのまま頭上に高々とあげ……。

「――どわぁあああ!! ちょっ、ちょっと待てぇ!」

 振りかざしてきた瞬間、間一髪、素早く上半身を横に思いっきり捩じってよけた。ちょっと焦げ目がついたフライパンは、ぼすんっと、今の今まで俺の頭が置かれていた枕にその身を沈めた。俺が起きたからか正彦はそれ以上何もしようとはせず、フライパンを置いたまま部屋を出て行った。危なかった。危うく本当の真っ暗闇に突き落とされるところだった……。一発でもそうとうだが、あんなもの二発も食らっていたら間違いなく骨が粉砕している。今さらになって背筋がゾッとした。まさか朝起きて早々、生きている事の素晴らしさを実感することになるだなんて。カーテンから差し込む光がいつもより眩しく思えた。あぁ、お天道様、今日も僕に光をありがとう。ふらふらになってあちこちぶつかりながら、そんな柄にもないことを感謝した。さっきのフライパン攻撃おかげで既にばっちり目は覚めたが、顔を洗いに洗面所へと向かった。ていうか、まだぐらぐらするんだが。ズキズキ痛ぇし。これ絶対なんかやられてるって。飯食ったら病院行こう。その後警察に行こう。そう心に決め、俺は冷たい水を顔にバシャバシャかけた。

 軽く身支度を済ませ居間に入った俺は、早速眉をしかめた。テーブルの上には箸と茶碗のみがきれいに配置され、そしてその目の前には、明らかに「ご飯待ってます」という感じで正彦が行儀よく正座して座っていた。

 これはつまり俺に朝食を作れということか。ふざけているのか? 俺は真面目にそう思った。だいたい人にものを頼みたいのであれば、あの起こし方はないんじゃないのか? 俺は女の心を掴むために一応人並み程度に料理はできるが、おまえのために身に付けたスキルではない。絶対作らん! その辺の草でもむしって食っとけ! しばらく二人で睨みあうこと数分。いつまで経っても微動だにしない俺に痺れを切らしたのか、正彦は俺を見つめながら乱暴に茶碗で机をカンカンッと叩きだした。

 ……もう、いいよ、わかったよ! 作ればいいんだろ!? そんなガン見してくるなよ! おまえただでさえ表情ないんだから怖いんだよ!

 嫌で嫌でしょうがなかったが、そのまま茶碗を俺に投げつけてきそうな気がしてならず、しぶしぶと普段あまり使うことのない台所に足を進めた。最悪な事に、あまり使わない割には二人分の朝食を作るだけの食材があった。全部すり潰して生ごみに出したい。そんな俺の考えを知ってか知らずか、今度は箸を机に叩きつける音が聞こえた。おまえもすり潰して生ごみに出してやろうか。黙れの意も込めて、まだ何ものっかていないまな板の上に包丁で音をきざんだ。効果は覿面だった。まぁ、もともと昨日疲れてさっさと寝てしまったから夕飯食いそびれて腹も減ってる。俺の飯を作るついでに作ろうと思えばまだ気は楽になった。そういえば昨日夕方、向かいの鍋島さんから「買い過ぎた」と、さんまを2匹頂いたんだった。どういう状況で、しかも旬でもないこの時期に買い過ぎたのか謎だが、いつものことなので何もつっこまず礼を言った。これも使うか。急がないと今度は何を、最悪何に叩きつけるかわかったもんじゃない。そう思っているそばから、また箸を叩く音を聞こえてきた。さっきまでと違い、もう俺が朝飯を作り始めたと思ったのか、楽しそうにリズムをとっていた。どうであれ、不快でしかないその音頭を聴きながら、俺は楽しくもないクッキングに取りかかった。



 「いただきます」の一言を出さない代わりに手を合わせた瞬間、正彦は見事な箸さばきで俺が作った朝飯をどんどん腹におさめていった。目の前でえらい速さで食べ物が次々となくなっていく。まるで漫画みたいな食いっぷりに、俺は食べるのを忘れて見入っていた。唖然と見ている俺に正彦は無言で空になった茶碗をつき出したので受け取った。このやり取りも何度目かわからない。横に置いていた炊飯器の蓋をぱかっと開け中を覗き込むと、もう茶碗二杯分程度しか残っていなかった。俺は確か今日の昼と夜の分も考えて炊いたはずだ。すでにおかずの玉子焼きもみそ汁も漬物も、鍋島さんが買い過ぎたさんまに至ってはきれいに骨まで完食されており、今はふりかけや海苔だけでひたすら食っている。昨日のでかなり食う奴だとは思っていたけども、ここまで旺盛とは思っていなかったので驚愕だった。このペースだと炊飯器あと二台はいるな。食べ方が特に汚いというわけではないのがせめてもの救いだが、全く箸が止まる気配のない正彦を見ていたら、なんだか腹がいっぱいになってしまい、俺は静かに箸を置いて正彦の食べている姿を眺めた。

 それにしても、うまいからこんなにもりもり食っているんだろうけど、うまそうに食ってくれてないのでどっちなのかいまいち判別できない。もしかしたら、食えればなんでもいいっていうタイプなのかもしれないし、食べるという行為自体にはこだわるが、食べる物に関してのこだわりは特にないのかもしれない。昨日好きな食べ物聞くついでに嫌いな食べ物も聞いてみたが、見事なノーリアクションだったしな。作る側としてはめんどくさくなくていいが、まったく作り甲斐があるんだかないんだかわからん奴だ。

 そんな時、スマホの着信音が鳴った。表示された名前に俺は迷わず通話ボタンを押した。

「裕一ぃ。おはよう! 今日ひまぁ? あけみすっごくさみしいのぉ~」

 しかし、聞こえてきた可愛い声を最後まで聞くことは叶わず、伸びかけた鼻の下を引っ込めきれないまま俺の目はある一点に釘づけになっていた。さっきまで右手にあったはずの俺の携帯がなぜか正彦の右手にあり、携帯を奪われたことに一瞬遅れて気付いた。そして奴は開け放された縁側から庭めがけて思いっきりそれを放り投げていた。遠くの方で、ガチャンッという音がきこえた。

「ああああ! 俺のスマホーーーーー!」

 あまりに唐突で、しかも早技だったため反応が遅れてしまい、すべてが終わってから俺はスマホを壊されたという事態に悲鳴をあげた。なんてことをしてくれるんだ! 一昨日機種変更したばっかなのに! 一方正彦は頭を抱え嘆いている俺を無視して、勝手に俺の食いかけのおかずを新たなご飯のお伴として食っていた。俺が箸を置いたからいらんものだと判断したのかもしれないが、一言断れ! 一言二言じゃおさまらない文句を言おうと口を開けたその時、今度は家の電話が鳴った。

「おぉ、おはようさん。言い忘れてたんやけど、正彦食事中はスマホいじられるの嫌いやから。めっちゃ嫌いやから。どうなっても知らんよ」

 そう今さらな忠告をしてくれた親父は「じゃ、もう壊されたかもしれんけど、気をつけろー」と、笑いながら一方的に電話を切った。本当に、もっと早くどうにかなる前に言って欲しかった。静かに受話器を置き振り返ると、飯はすべてきれいに完食されていて、正彦は腹を抱えながら満足そうに寝ていた。言いたいことは山ほどあったが、すべてをなんとか呑み込みとりあえずかつてスマホだったものを拾いに行った。

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