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第一話 ②

「やあっ、君正彦っていうの? かわいいな~。何歳?」

 ベタだが、まず年から聞いてみた。聞き方がナンパっぽくなってしまったのはただの悪い癖だ。俺の初歩的な質問に、ハムスターのように両頬をぱんぱんに膨らませた正彦は、両手でピースを作った。流れからして、決して楽しくて仕方ないからのダブルピースではないのはわかった。

 へー、二十二歳か。そうか、若いなぁ。へー……。いまどきの二十二歳女子は、人に年を聞かれたら園児のような手法で教えるのだろうか? ちなみに、こいつと同い年のリコちゃんはキスの数で教えてくれた。

「じゃあ、誕生日は?俺七月七日七夕。覚えやすいだろ?みんなの彦星なんだ」

 めげずに、これまたベタな質問をしてみた。思わずお決まりの裕一ジョークが出てしまったが、きっと問題ない。すると今度は背負ってきたミニリュックの中からガサゴソとスケジュール帳を取り出し、ずいっと開いたページを俺の前に差し出した。

 あぁ、4月…って、終わってるんだ。あぁ、そうなの。それは、おめでとうございました。……ていうか、スケジュール帳出す前、一瞬すごくしらけた目で見られたんだけど。そこは「もう、やだぁ! 何言ってるのぉ?」って、笑顔でボディタッチか、「じゃぁ私、織姫に立候補ー!」とかじゃないのか? なんだあの、「何言ってんの、このおっさん」とでも言ってるようなあの冷めきった眼差しは。なんだか、今まで普通に使っていたのが急に恥ずかしくなってきた……。まさかの反応に心が折れそうになったが、なんとか堪えて質問を続けた。

 じゃあ、好きな食べ物は?さっきからお菓子ばっか食べてるけど甘いもの好きなの?やっぱ女の子だなあ。俺、甘いもの苦手なんだよねー。まぁ、チョコは好きだけど。血液型なに?へー、俺B型。相性微妙だね。何か趣味ある?俺はもっぱらガーデニングと家庭菜園だな。庭にあるのも全部俺が育ててんの。いつも女の子にあそこらへんのとかで花束作って誕生日とかにあげてるんだ。何か好きな花ある?あ、特になし?あぁ、そうだ、部屋もうないからこの居間で寝てもらうけど、いいよね?縁側あるし、庭見渡せて開放的だし。あ、でもあんま散らかすなよ?俺きれい好きだから。清潔感感じるだろ?な?そんなことない?そういや、かぶり物かぶってたからわからなかったけど、ポニーテール似合うねー。ていうか、あの動物なんなの?

 ――などなど、思いつく限り立て続けにきいてみた。の、だが。

「あのさ……なんで何もしゃべらないの?」

 そう、当の回答者はさっきからこちらが何を聞こうとも全く答えようとしないのだ。いや、スルーはたまにであって、一応質問には答えてはくれるが身ぶり手ぶりで、相変わらず口は目の前の菓子を食うことにしか使っていない。気持ち悪いぐらい俺一人でしゃべり倒しただけだった。「うん」じゃなくても、せめて「すん」ぐらい言ってほしいだなんて初めて思った。これじゃあ壁に向かって話してるのと一緒だ。一人暮らししたての大学生の気分だ。壁と違って耳も目も口もあるのに……。ちなみに、一人暮らししたての大学生は俺の勝手なイメージだ。そんな困惑している俺を完璧無視な正彦は、甘いものに飽きたのか今度はせんべいを食いだした。バリボリと歯ごたえのいい音が部屋に響き渡る中、さすがの俺もとうとう口を閉ざしてしまったそんな時、家の電話が鳴った。

「どや? 仲良くやっとるか?」

 案の定、電話の主はこの状況をつくりやがった張本人だった。「仲良くやっとるかもなにも」と、未だに仲良くなるきっかけすら見出せないものをチラッと見てから、なんとなく声を潜めた。

「あいつ、さっきから一言もしゃべらないんだけど……」

 すると親父は、「あー、やっぱりそのことか!」と明るく笑った。

「そのことやったら大丈夫や。あの子はしゃべれるけどしゃべらないだけや」

「はあ!?」

 予想外の答えに俺は思いっきり大声をあげた。

「いや、だからな、しゃべれるねん。たぶん。でもしゃべらないだけやねん」

「いやいやいやっ! なんでだよ! なんだそれ!?」

「気にするな。それがあの子のポリシーや」

「どんなポリシーだ!」

 何言ってるんだよ!? いや、ほんと何言ってんだよ! 「しゃべ“れ”ない」じゃなくて「しゃべ“ら”ない」って、どういうことだよ!? ていうか、今「たぶん」って言ったか? じゃあ、結局しゃべれるかどうかも定かではないってことか!?

「ふざけんな! 学校とかどうしてたんだよ! あんなんでも一応行ってたんだろ!?」

「せやかて、昔からあんな感じやったから、わし気にしとらんかったもん」

「気にしろよ! 昔からずっとあの調子だったのなら尚更気にしろ!」

「えぇやん。かわいいねんから」

「いいわけあるか!」

 本当に、何ふざけたこと抜かしてるんだ、このくそじじい! てっきり、昔何かショッキングな出来事があってそれ以来口を閉ざしてしまいました――なんていうデリケートな理由があるのかと、うっかりちょっと心配しちまったじゃねぇか! 終いにゃ「あほやなおまえ。かわいいは正義やで」と、あほにあほ扱いされる始末。

「まぁ、わしがわざわざ電話をよこしたんも、そろそろおまえがそのことで困っとるやろうと思ってな。それの様子を窺おうと」

「予想していたんなら困る前に窺えよ! 本当に何考えてんだ!」

「いやぁ、おまえを困らせて楽しもうと思うてな」

「息子で遊ぶな!」

「一人でいると、どんな些細なことでも悦びに感じるものや」

「死ねー!」

 俺はこの世で最悪な悪口を叫びながら、愉快な笑い声が聞こえてくる受話器を本体に叩きつけて切った。しかし、本当に死なれては困るので、すぐに「うそです。ごめんなさい」と、反動で跳ね返った受話器に向かって謝っといた。

 ――なんてことだ。本当にまともに会話ができねぇじゃねーか! どうすりゃいいんだ!? しゃべらねぇし、笑わねぇし、変人だし、俺のジョークを侮辱するし……。俺はこれからこんな奴と一緒に暮さなければならないのか? 冗談じゃないぞ! こんな奴と一緒に暮らすなら、まだデブなおっさんと暮らした方がましだ! ……あ、やっぱり見た目最悪だから却下。ていうかさ、ていうか……。

「食う以外で動かせや! その口!」

 しゃべれるくせに、きっとしゃべれるくせにしゃべりもせんと、今度はケーキを食い始めた正彦に、今抱えている不満その二をたまらずぶちまけた。その一は説明するまでもなくこれからの生活だ。すると奴は食うのをピタッとやめていきなり立ち上がった。そして

、俺に向かって咥えていたフォークを思いっきり「ぶっ」と飛ばしてきた。フォークは見事俺の額に、これまたうまい具合にぶっ刺さった。

 いや、食う以外って、そういうことじゃなくて……。

 痛いし意外と威力強かったし、飛ばしたついでに食べカスやら唾やらが顔に飛び散ったし。俺は額にフォークが刺さったまま膝から崩れ、ゆっくりと前に倒れた。正彦はそれを見届けると、俺の額からフォークを引っこ抜き何事もなかったかのように続きをがつがつ食いだした。

「最低だ……」

 薄れゆく意識の中、むしゃむしゃとケーキが租借される音を聞きながら、心の底からそう思った。

 神様仏様すみません。もう容姿のことどうとか贅沢言いません。お願いですから僕に、普通の娘をください。

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