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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合もの

朝風はコロンの香り

作者: 初瀬恵

朝風はコロンの香り


「先輩が悪いんですよ、男の人を作って…私を裏切ったりするから…。」

 彼女…朝倉風香あさくらふうかはそう言って、私のお部屋の中で包丁を構え直す。

 その背後には、既に胸を複数回刺されて息のない私の彼氏…高野浩平たかのこうへいが倒れている。

 血の匂いと、甘いコロンの香りが入り混じって気分が悪くなる。

 ええと、どうしてこうなったんだっけ…。私―鷲宮彩夏わしのみやさやかは必死に考える。

 そう、それは数か月前まで遡る…。


 高校二年の夏、私は重い足取りで部活動に向かっていた。ただでさえ暑いのに、夏休みなのに部活動に出なければいけないという面倒臭さが、私の足をさらに重いものにしていた。

 校門に差し掛かったところで、見知らぬ下級生が立っているのに気が付いた。

「あのっ。」

 周囲には私しかいない。という事はこの呼びかけは私に向けられたものだという事になる。

「はい?」

 私はやや間の抜けた答えを返した。

「鷲宮先輩ですよね、ソフトテニス部の…。」

「ええ、そうだけど…あなたは?」

 私に声をかけてくる後輩なんて珍しい。一体何の用事だろう。

「朝倉風香って言います。あの、私、先輩の事が好きなんです。」

 はい? 私の聞き間違いかな?

「私の事が…好き?」

 私は暑さで頭がどうかしたのかと自分の頭に問いかける。

 どう見てもこの後輩がしているのは告白だ。それがなぜ自分に向けてのもの?

「ええと…私はあなたの事をよく知らないんだけれど…。」

 と言うと、彼女は、

「私は先輩の事をよく知っています。11月4日生まれのさそり座で、好きな食べ物は鶏のから揚げ。よく見るテレビはミュージックスタジオで…。」

 朝倉さんは滔々と私の事を並べ立てる。

「どうして…そこまで知っているの?」

「いつも、先輩の事を見ていたからです…。」

 私が問うと、朝倉さんはそう答える。

「お友達からでも良いです。私と付き合ってください。」

 朝倉さんにそう言われ、私は断れない雰囲気になっていた。ここまで自分をよく見てきたという人間を無下にする度胸は、私にはなかった。

「いいよ。」

 私はあまり深く考えずに、そう承諾の返事をしてしまった。友達になるくらいなら良いだろう、と言う感覚で。

「ありがとうございます…! 部活動が終わるまで私、待っていますね。」

 朝風さんはそう言って、校舎の方へ駆けていく。

 ずいぶんかわいらしい後輩だな。この時はそう思っていた。


 私がテニスコートでの部活動を終えると、朝風さんがタオルを手に持って立っていた。

「ありがとう、朝倉さん。」

「風香で良いです、先輩。」

「ありがとう、風香。」

 私は風香にそう言われ、言い直す。なんだかちょっと気恥しい。私は汗を拭き終わったタオルを風香に返す。

 私は帰り支度を終え、風香に聞く。

「私は帰るけど、風香はどうする?」

 風香はかわいらしい微笑みと共に、

「駅までご一緒します。」

 と答えてくれた。学校から駅までは徒歩で15分、ちょっと話をしながら歩くには程よい良い距離だ。

「風香はどうして、私の事を好きになったの?」

 と私は当然の疑問を口にする。

「先輩、覚えていませんか? 入学式のすぐあと、校舎の中で迷子になっていた私を助けてくれたの、先輩だったんですよ。」

 と、風香は懐かしそうな表情を浮かべながら言う。

「そんなことあったっけ…?」

 私は覚えていない。そのくらいの、ほんのちょっとしたことだったのだろう。

「ありましたよ。あの時、先輩は私の頭を撫でてくれたんです。」

 私は身長160センチくらい、春香は140センチくらいだろうか。確かに、つい撫でたくなる身長差ではある。

「そうだっけ…。それがきっかけ?」

「はい。それからずっと先輩の事を追いかけていました。でもなかなか勇気が出せなくて…。今日こそ! って思って告白したんです。」

 ははあ、どうやら学生時代によくある、同性間の疑似的な恋愛感情という奴らしい。私はそう判断した。

「私も、あなたの事を好きになれそうよ。」

 私は幾分のリップサービスを込めてそう答えた。ただし、友達としてだけど。そう付け加えておけば良かったのに。

 駅に着き、乗る電車は反対方向だった。

 ホームで手を振って見送ってくれる彼女は、愛らしく見えた。


 それからも風香は、部活動の度にまるで私の個人マネージャーの様に世話を焼いてくれた。

 夏休み中そのためだけに学校に来ているなんて、とも思ったが、風香も喜んでやっている様子だったし、実際助かっていたから私は気にも留めていなかった。


 夏休みが開けて学校が始まる。

 風香はいつも学食で食べる私のために、毎日お弁当を作って来てくれた。

 私はそんな素朴な好意が嬉しくて、素直に頂戴することにしていた。

「風香は、誕生日はいつ?」

「9月の9日です。」

 風香は自分に興味を示してくれたことが嬉しいのか、満面の笑みでそう答えてくれる。

「そっか、もうすぐなんだね。誕生日プレゼント、考えておくね。」

 私はそう言って、笑顔を浮かべる風香の頭を撫でた。

 素直に撫でられる風香は小動物のようで愛らしかった。


 9月9日。風香の誕生日。

 私は事前に用意した、春香に似合いそうな甘い香りのコロンをプレゼントした。

 学校では化粧品は禁止だけれど、コロンをちょっとつけるくらいなら良いだろう。

「先輩、ありがとうございます!」

 風香はそう言って、私に抱き着いてきた。

 私は頭を撫でてやる。なんてかわいい後輩なんだろう。この頃にはそう思っていた。

「私、先輩のこと、大好きです。」

「私も、風香の事が好きよ。」

 私は気付いていなかった。二人の言う『好き』には温度差があったことを。

 片方は恋愛感情、片方は単なる友情という温度差が…。

 そしてそれをお互いに自分の都合の良い方に信じ込んでいることにも…。


 9月も中ごろになると、風香は私の家にも遊びに来るようになっていた。

 その時には例のコロンをつけてくることが恒例になっていて、私の中でこれは風香の匂いだった。

 その頃が私達が一番仲が良かった頃かもしれない。


 私達は逢瀬を重ね、まるで仲の良い姉妹の様な時を過ごした。

 時には街でカラオケやゲーセンで遊び、一緒に写真を撮ることもあった。

 一緒に遊園地に行ってコーヒーカップに乗ったこともあった。この時は一緒の観覧車にも乗った。

 二人で楽しく過ごした日々は、確かに存在したのだ。


 11月4日。私の誕生日。

 風香のプレゼントは―指輪だった。

「風香、これは受け取れないわ。」

 私はそう言って風香にプレゼントを返した。指輪の贈り物。恋人同士の証。

 私はそこまで本気で風香の事を考えていたわけではなく、ただのかわいい好意を寄せてくる後輩だと思っていた。

「そう…ですか…。」

 風香はショックを受けているのを隠さなかった。

 その時からだ、私達の関係がおかしくなり始めたのは。

 風香は頻繁に、

「先輩は私だけの先輩ですよね?」

 と確認してくるようになり、私にはそれが重荷になっていった。

「私は私だよ。自由にさせてほしいな。」

 と答えるのが常だったが、その度風香は悲しそうな表情を浮かべていた。


 やがて12月。同じクラスの高野浩平君が、私に告白してきた。

 高野君は私がもともと好意を持っていた相手だったから、相思相愛だったことに驚いた。

 私は苦悩した。風香との関係をこのままにしたまま高野君に返事を返して良いのかと。

 だが、風香に対して、高野君と付き合う事になったから普通の友達で居ようという言い分は、私にとってはもっともらしく思えたのだ。

 私は高野君と付き合うことを決め、風香に話をした。

「風香、私、彼氏ができたから…これからは普通の友達で居よう? お弁当も無理して毎日作ってこなくて良いから…。」

 そう伝えたとき、風香はこれまでため込んでいた涙と怒りを爆発させたように私を責めた。

「先輩、私の事を好きだって言ってくれたじゃないですか…。なのにどうして…。私にはもう先輩しかいないんですよ…。友達も家族も犠牲にして先輩に尽くしてきたのに、どうして…。」

 風香はそう言って泣き崩れ、続く言葉を発しない。

 私は一言、

「ごめんね…。」

 と言って、風香を置いてその場を離れるしかなかった。


 12月中旬、高野君を家に呼んだ日。うかつにも私は玄関の鍵をかけていなかった。両親は仕事で出かけている。

 不意に玄関の開く音がして、2階にある私の部屋へ向かってくる足音がする。

「誰…?」

 私は扉を開け、様子を見る

 そこには狂気を湛えた風香がいた。

「先輩…戻ってきてください…取り戻しに来ました…。」

 と、うわごとのように言いながら。

 甘いコロンの香り。風香の香りがする。

「誰かお客さん?」

 高野君が顔を出そうとすると、風香は私ごと強引に私の部屋に入って来る。

「この男が悪いんですね…先輩を誘惑したりするから…。」

 風香はそう言って、不気味な笑みを浮かべて高野君をにらみつける。

「なに、この子…怖いんだけど…⁉」

 そして持っていた鞄から何かを取り出すと…。

 …迷わず、高野君に突き立てた。

「ぐぅっ…ゲホッ…がは…。」

 何度も憎々しげに高野君に出刃包丁を突き立てる風香。

 私はその様子を、ただ見ていることしかできなかった。恐怖に身がすくみ、動けない。

「先輩が悪いんですよ、男の人を作って…私を裏切ったりするから…。」

 そう言った風香は、ゆらりと立ち上がると、今度は私の方へと向き直る。

「待って、風香…!」

 私はどうしてこうなったのかを必死に考え、風香になにかを訴えようとするが、言葉がまとまらない。

 元はと言えばあなたの愛が重すぎたから。それが私の言い分だった。

 甘いコロンと、高野君の血の匂い。2つのにおいが混じりあって、私は嘔吐する。

「だから…こうするしかないんです…。」

 風香はそう言うと、カバンから取り出した二本目の出刃包丁を逆手に持って振りかざし―


 次は私の番だ。私はそう覚悟して目をつむった。

 しかし一向に痛みは来ない。


 恐る恐る目を開けると、風香は振りかざした包丁を、自分の胸へと突き立てていた。

「風香⁉」

 私は慌てて駆け寄り、倒れようとする風香を受け止める。

「大好きな先輩を殺すなんて…できるわけないじゃないですか…。」

 風香は血の泡を吹きながら、かすかな声でしゃべる。

「だから…こうするしかないんです…これで私は永遠に先輩の傍に…。」

 聞き取れたのはそこまでだった。

 あっけなく、風香は逝ってしまった。


 私は救急車と警察を呼び、事態を説明した。

 容易には信じてもらえなかったが、私は嘘は言っていない。鑑識の結果も私の供述と矛盾するところはなかった。

 私の心には、消えない深い傷が残った。

 気軽に『いいよ』と答えた結果、重すぎるほどの愛を注いでくれた風香。

 その風香との距離を取るために付き合い始めた、相思相愛だった高野君。

 私の軽はずみな行動から、死ななくても良かったはずの人が死んでしまったのだ。

 私にはもう、二度と人と付き合う資格なんて無いだろう。

 私の鼻には、あの甘いコロンの香りがいつまでも残っていた。

 風香の事を忘れない限り、この香りは消えないだろう。

 彼女は私の中で、永遠に存在し続ける。

 風香は確かに、永遠に私の傍にいるのだ。

 決して消せない罪として…。


ヤンデレ百合ものが書きたくなって、習作として書いてみました。展開的にはよくある流れであまりひねりはありません。

ラストは主人公が死んだ方が良いんじゃないかと言う気もしましたが、あえて生き残らせることで重い十字架を背負わせてみました。

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