第3話『小柳直和①』
朝のニュース番組は、全て同じ事件を報道していた。
長女と長男は、食い入るように番組に見入っている。
世の中の事情を知るのは大切だと、2人の子供の父親である小柳直和は常に思っていた。
「父さん、昨日の巻き込まれたんだろ?」
長男の光が不意に話しかけてきた。
直和はキーボードを打つ手をやめた。
「そうそう。二次災害だけどな。電車が全然動かなくて参っちゃったよ。」
「昨日ヘトヘトだったよねえ」
長女の灯里が言った。
「人混みで大変だったんだぞ。それより昨日の家事、灯里に全部任せちゃってごめんな」
「ううん、いいの。って、あっ!もう9時半!!」
大きな音を立て、灯里が突然立ち上がった。ばたばたと忙しなく外出の準備を始めだす。
「どこか出かけるのかい?」
「うん、エリナと映画。四時には帰るね」
エリナ、という名は灯里がよく口にする1番の友達の名前だった。直和はにこりと笑う。
「わかった。いってらっしゃい」
「うん!」
その後、玄関の扉が閉まる音がした。
しばらくリビング沈黙が続いたあと、光が口を開いた。
「俺今日は一日中家にいるつもりだけど、父さんは?」
「父さんは今から会社に行くよ。昨日の事件のせいで会社も混乱しているみたいでな」
「そっか大変だね。コップそのままでいいよ、洗っておくから」
「ありがとう光」
光は無愛想に頷いた。手のかかった下の子も、中学二年生になって大きく成長しているようだ。
そんな我が子の成長に、直和は少し嬉しくなった。
部屋着からスーツに着替え、くたびれた革の鞄を持つ。革靴を履いて、準備は整った。
「いってくるよ、まどか」
靴箱の上の、今はいない妻に挨拶をした。