第1話『小柳灯里①』
『昨夜七時ごろ
東京都千代田区丸の内の三友銀行本社ビルが襲撃を受けました。
建物は火災のため全壊しましたが、幸いにも、死傷者はいませんでした。
三友銀行代表はプレミアム・フライデーで人が少なかったことは不幸中の幸いであるとコメントしています。
被害総額は3000億円にのぼります。
三友本社ビルの崩壊はなぜ起こったのか、専門家をお招きしております…』
少女はテレビのチャンネルを変えた。
『今回の事件を起こした炎のスキル所持者、指定ヴァイス「ボルケイド」だと話題になっていますが、どう思いますか』
『そうですね、長年様々なヴァイスを追っていますが…あそこまでの火力を出せるのはボルケイドの可能性が高いですね』
『ボルケイドだとすると、対ボルケイドに特化したヒーローでどうして取り逃がしてしまったのでしょう』
『そもそもボルケイドは、名前こそ有名ですが活動が少ないヴァイスなので…』
少女はまたチャンネルを変えた。
『今朝、三友銀行代表の会見によると被害総額は…』
「どこもおんなじニュースばっかり」
少女はため息をついた。
「ちょっと姉さん。しょっちゅう変えないでよ」
後方より、少女の弟から文句が投げかけられた。
少女が振り向くと、色素の薄い髪色の少年が、じっと少女を睨んでいる。
「光、今のみたかったの?」
「まーね」
光はふん、と鼻を鳴らす。
「さすがヒーロー志望の自慢の光君」
「姉さんうざい」
「いひひ」
少女はいたずらっぽく笑い、光にリモコンを渡す。
テレビのチャンネルが切り替わり、先ほどのニュースコーナーが映し出された。
テレビには丸の内上空からの映像が流れ、火災現場の現在の状況が映し出されていた。
ビルがあったであろう場所には、焼け焦げた瓦礫が積み重なっていた。熱でドロドロに溶けてから固まった部分もある。
「うわあ、めちゃくちゃ」
「怪我人がいないのが奇跡だね」
姉弟は映像に見入った。
現場跡を囲うように大きく規制線が貼られ、警察やらヒーローやらが出入りをしている様子だった。
「父さん、昨日の巻き込まれたんだろ?」
光が、テーブルでパソコンを操作している父親に呼びかけたんだ。
「そうそう。二次災害だけどな。電車が全然動かなくて参っちゃったよ」
やれやれ、と父親は笑う。
「昨日ヘトヘトだったよねえ」
「人混みで大変だったんだぞ。それより昨日の家事、灯里に全部任せちゃってごめんな」
「ううん、いいの。って、あっ!もう9時半!!」
ガタン!
リビングに掛けてあった時計を見て、灯里が突然立ち上がった。
バタバタとリビングを駆け抜け、小さめのカバンの中に財布、PASMO、スマートフォンを詰めていく。
「どこかでかけるのかい?」
その様子を眺めていた父が尋ねた。
「うん、エリナと映画。四時には帰るね」
父親はにっこりと笑った。
「わかった、いってらっしゃい」
「うん!」
灯里はカバンを引っさげ、慌ただしくリビングを出た。
履き慣れたスニーカーを履き、靴紐を整えると、灯里は靴箱の上の写真立てを見た。
そこには、ずっと前に亡くなった母の写真がある。
灯里はにこりと笑みを浮かべた。
「お母さん、行ってきます」
そして、明るい声で玄関に飾ってある母の写真に挨拶をした。