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56)幻の白い雲を想う


幻の夜、

ヤドガリも寝静まった砂浜に

楽園の島のヤシの実が流れ着く。


言ってる。


紫の夜空に浮かぶ

うすくひらひらした白い雲が

地上の星屑に出来ることなら

降り立ちたい、って。


あした、

一番早起きの牝牛が

真綿のように軽やかな雲の幻を

牧場の木陰に見る眼には

敬虔なあたたかい涙が皮膜のように

浮かび沈んでいるだろう、


そこにある冷たさは

都会の無関心とはまたべつの切なさの中


その風景を遠くから眺めて


美しい、


と思う心の隙間に入り込む

悪魔の爪のように長く鋭い囁き声

私の存在すら疑う

生きている意味を問う声。


風に乗って

耳まで運ばれ

風に乗って

遠ざかって行く


ふと、

呪いかと聞き違えるほどのその声は

ただ

だれかの愛を求めたかつての私の

血を吐く祈りの結晶を削りとる、

そんな

みっともないかすれ声。


残像さえも、残さずに

風に吹かれて消え去る幻。


幻の夜、

ヤドガリも寝静まった砂浜に

楽園の島のヤシの実が流れ着く。


その物語は、奇跡なんかじゃない、


なぜって、

幻の夜、

幻の人を求めたかつての私の場合、


叶わない夢に打ちのめされた

びしょ濡れの異邦人の顔をして

ただ咳をする

棒立ちの影のくせに

くだらない私のくせに

叶わない愛を求めた者だからだ。








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