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57)純愛

ちょっと長いので、おそらく最初は3回に分けて投稿しようと思っていたんだろう。


でも、そういう投稿の仕方をすると、3部ぜんぶ読んでいただけないことがままあるって知っていたので、一括投稿したんだと思います。


でも、やっぱり、ちょっと、長いよなぁ。





明治時代、お金持ちのお嬢様が、

もちろんおもしろ半分に、

一風変った貧乏な娘とお友達になりました。

家でもたまにしか食べられないアイスクリームを、

その子におやつとして分け与えました。

その時、友達の女の子は、ほんとうに泣いたんだ。


泣きながら、笑いながら、


オラ、こんなうめえもん、食ったことねぇだ。

まるで、天国に行ったみてぇだ。

もう、死んじまったかと、思ったど。


ほんとうに、そう言ったかどうか知らない。

その方言が強すぎて、

でも、その子のその時の表情をみて

そのお金持ちのお嬢様は、

「こんなに、面白いものはないわ。

そう、いいました。

「ないから、滝子や、あなた、

「これからず〜っと、わたくしのそばにいなさい。

「ね?


お嬢様は、

とても甘やかされて育ったので

とてもわがままだったらしく、

その子の人生を全て我が物にしたいと

望んだのです。


むろん、遠い昔のこと、

お金さえ支払えば、それも可能なことでした。


でも、お嬢様がほんとうに欲しかったのは、

その子の人生ではなく、

その子の心だったのです。


そしてそのお嬢様は、わがままで、

自分勝手で、苦労知らずで、

手のつけられないおてんば娘だったのですが、

『人の心を手に入れるには、

『ほんとうの愛情を注いでゆくしかない

という万世の真実を見逃さず

いとも容易くその真実を理解し、行動する

頭の良さと柔軟性は持っていたのです。


そこでお嬢様は、

その子のパトロンになり、

女学校へも行かせてやり、

自分の名字も、貸し与えてやったのです。


そして、

その子はお嬢様の望んだとおりに

帝国大学へ通い、

そのまま、大学へ残る優秀な成績を残し

当時、数名しかいない

女性教授になったのです。


すべては、大恩あるお嬢様の

期待を裏切らないため、

それこそ眠る間もないほどの

密度の濃い人生を

駆け抜けて来たのです。


そして、当然の帰結として、

そんなに魅力に満ち溢れる女性は

殿方に好まれることとなります。

言い寄る殿方は数知れず、

でも、

建物は違うとはいえ

お嬢様と同居をしている滝子は

堅い門に閉ざされた鉄壁の砦に

匿われているようなものでした。




恋が芽生えるなら、春。


ある春、どんな求愛にも応えず

氷の女王とあだ名されていた滝子に

とある黄昏の出会いがおとずれます。

まだ、お嬢様と出会うまえに

一緒に遊んでいた伝助という

車やさんとの再会です。

よく、顔の見えない暗がりが訪れる

ほんの一瞬まえ、黄昏どき、

前を向いて人力車を引く車夫と交わした

二三の言葉の欠片にあらわれた地元の方言。


えっ?


村の、昔の大切な言葉を、

完全に忘れていた言葉を、

十数年ぶりに聞いた。


なに?この再会?

そして滝子の心は、桜色の恋の花を咲かせます。


ね?

恋が芽生えるなら、春、でしょ?


未だ独身のふたりの男女が恋仲になる、

問題は、

なにもないはずでした。


たったひとりの障害を除いては。


むろん、滝子を愛し、

滝子にいまの人生を与えたお嬢様です。


その頃もうお嬢様は、

名家の華族の眉目秀麗頭脳明晰な次男坊を

お婿さんに貰っていたのです。

すこし政略結婚の匂いもしましたが、

名家のご令嬢の結婚なんて

多かれ少なかれ、そんなもんでした。


お嬢様は、

ほんとうに聡明だったので、

自分がどれほど滝子のことを好きか、

誰にも知られてはいないことも含め、

自覚はしていました。

滝子がいなくなれば

脱け殻のようになる自分の残りの人生も

簡単に想像できました。


けれど、

あれほどわがままだった少女時代の気性が

そんなに簡単に変わるはずもないのですが、

そのわがままが

自分の愛する人をどれだけ傷つけるか

わかるほどには、世慣れてはきていました。


そうなのです。


1番わたくしが望むことは、

愛する滝子のしあわせなのですから。


そして滝子は、

お嬢様のその、

我が身に掛けられた

海よりもまだ深く、

空よりもまだ高い、

奇跡のように聡明な愛にくるまれたまま、

そのほんとうの愛には気づけないまま、

再会した幼なじみと結婚したのでした。


それからもお嬢様は、

何ヶ月に1度は、

滝子とふたりっきりで談笑したりしましたが、

きっと戸惑わせることになる

自分のうちにある

滝子への愛情を、

けっして彼女に悟らせることはなかったのです。


たまに、名月の夜、

お屋敷の中ではまだ小さいほうの日本庭園の

静まりかえって、さざ波も立たない、

小さな池に映る月をながめながら、



ああ、懐かしいあのとき、

滝子がアイスクリームを食べたときの、

あのほんとうに蕩けるような、

甘くて、柔らかい、

清潔で、透き通るような、

あの滝子の笑顔さえみなければ、

また、違ったわたくしの人生も、

あったのではないかしら?



とか、夢想したりするのです。



でも、あの娘に出逢えなかった人生なんて、

考えるだけで、なんの色もなく、

味気もなく、希望もなく、

考えるだけで、そら怖ろしくなるんだと

わかってはいるのですけれどもね?





長すぎる一編を。


お読みくださり、誠に有難うございます。

またお会いできる日を楽しみにしています。

でわ。

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