いらっしゃいませ!勇者様!
召喚陣が赤い光を放ち、徐々にはげしく輝き始めた。
「来るぞ!準備はいいな!気合をいれろ!」
「いつも通りに対処すれば問題ない。陣形を保て。冷静に動くんだ」
陣を囲むように整列した兵士たちの間を指揮官が歩きながら鼓舞し、少し離れた場所から魔術師が低く通る声で指示を出す。そう、いつものことである。やる事は変わらない。同じ事を同じようにするだけだ。
だが、何度くり返したところで慣れない事もある。
異世界からの来訪者を迎える儀式などは、特にそうだ。
失敗してはならない。国を、世界を、家族を、恋人を、そして未来を守るためにも。
全員の想いが独特の緊張感となり、その場の空気を引き締めていた。
もはや召喚陣から溢れる光はまばゆいほどになっていたが、誰ひとりそこから目を離すことはない。
そして。
ひときわ強い光を放った召喚陣は、陶器の砕けるような音を残して消滅した。
後に残されていたのは黒い髪をした制服姿の少年。彼は手に提げていたコンビニの袋を地面に落とすと、周囲をきょろきょろと見回した。
「えっ、なんだここ?あんた達はいったい」
混乱した様子のまま、少年が兵士たちに歩み寄ろうとしたその瞬間。
「今だーッ!!!」
指揮官の手が振り下ろされた。
隊列の後方に控えていた弓兵隊が一斉に矢を放ち、弧を描いて少年の頭上から矢の雨が降り注いだ。
頭に、顔に、手に足に腕に脚に腿に腹に背中に股間に。
ぶつぶつと鈍い音を響かせながら次々に突き立つ矢はどれも特注の鋼鉄製である。
「ぐぎえああああああああ」
一瞬でハリネズミのようになった少年が、絶叫しながら地面を転げまわる。
普通の人間であれば死んでいるだろうが相手は『勇者』だ、恐ろしい生命力である。
続いて兵士たちが駆け寄り、手にした槍や剣で少年を何度も突き刺し、地面へと縫い付けた。
もはや少年はほとんど人間の原型を留めていなかったが、それでもまだ生きていた。
うめき声を漏らしながら両手で土を掻き、なんとか逃れようと身をよじる。
ブチブチと肉が裂け、臓器や白い骨を剥き出しにしながらも血に濡れた瞳で兵士たちを睨みつけた。
そのあまりの恐ろしさに兵士のひとりが軽い悲鳴をあげて後ずさったが、他の兵士に支えられて踏みとどまった。
「悪いな『勇者』よ。お前はここに来るべきではなかった」
魔術師がそう言いながら、兵士たちと入れ替わるように前に出た。
その両掌からは青白い炎が吹き上がり、血と泥で濡れた地面を静かに照らしている。
「せめて安らかに」
魔術師の炎が指先を離れた。
ゆらゆらと空中を漂いながらも迷いなく、悶え苦しむ少年のもとへ向かい、その身体に触れた。
轟音と共に火柱が上がった。
天まで焦がすかと思われたその勢いに、兵士たちはおもわず身構えたが魔術師は顔色ひとつ変えずにそれを眺めている。激しく燃え盛る業火の中心に見えていた黒い人影は身動きをしていたが、やがてその動きを完全に止めた。
誰かが嘔吐する音がした。
やがて火の勢いが静まり、すべてが終わった。
魔術師は黒焦げの屍体となった少年が、完全に事切れているのを確認すると後始末を兵士たちに任せて馬車に乗り込んだ。つつがなく儀式が済んだことを王に報告しなくてはならなかったからだ。
「出せ」
言葉少なに御者に命じた後、魔術師は腕組みをして思案に耽った。
王国各地に異世界からの訪問者、いわゆる文献に残る『勇者』が現れるようになったのは数年前からだ。
彼らは不規則な場所に展開される召喚陣を通して現れ、多くの混乱を引き起こした。
自身の国家を築こうとする者、異世界の知識で文化を破壊しに掛かる者、ハーレムを作って種を残そうとする者。中でも最悪なのは、ある『勇者』が持ち込んだ未知の病原菌であり、結果この世界の人口はもとの半分以下にまで減少してしまった。
王国は『勇者』を排除することに決めた。
そもそも『魔王』の存在しない世界に『勇者』は不要なのである。
今回は早期に召喚陣の場所を特定できたことで、迅速な対応ができた。幸運だったのだ。
時折、訳もわからぬまま殺される『勇者』のことを気の毒だと思うこともある。
だが召喚陣が発見されればそこへ赴き、招かれざる訪問者を速やかに処分する。それが自分の仕事なのだ。いままでも、そしてこれからも。魔術師は首から下げたペンダントの蓋を開け、そこに入った家族の古い肖像を黙って眺め続けた。
王都に向かって、馬車はひた走っていく。
最初は「インフルエンザに罹患した勇者が異世界転生したら」という発想からスタートしました。
収拾がつかなくなったため「その後」の一場面として構成しています。