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そして、春が来た  作者: 加護景
滅んだ村
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32/33


 リオンは自分の村に来ていた。


 雪と氷で覆われた村。一面の雪化粧。相変わらずだ。


 リオンが村に戻ってきたのはそこが戻るべき場所であるのと同時に、会うべき人物がいるからだった。


 見覚えのある木造の建物。リオンにとって馴染みの場所。

 リオンはノックもせずにその建物の中に入っていった。


 部屋の奥には一人、老人が座っていた。まるでリオンが戻ってくるのを待っていたかのようだ。


「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」


 その老人がリオンに話しかける。


「ええ、お待たせしました。村長」


 リオンは落ち着いた声で村長に言う。


「それで、配給はどうなったかね」

「配給……ですか。あなたが聞きたいことはそれじゃないでしょう」


 そう、村長にとって配給がどうなろうがどうでも良いことのはずだ。


「じゃあ、わしの聞きたいこととは一体何だというのかの」


 惚けた口調で村長は答える。


「春」


 リオンがそう言うと村長はピクリと反応する。


「そうか、春か。確か少女の名前だったかな」


 リオンが首を振る。


「いえ、違います。季節としての春のことを言っています」

「なるほど、そこまで知っているのか」


 うんうんと村長は感心するように頷く。


「他の人達はどうなったんですか」


 リオンが冷たい声で言う。


「はて、そういえば姿を見てないのう」

「みんな亡くなったんでしょう」


 リオンの冷静な声。その声に、村長はほう、と興味深そうに息を漏らす。


「どうしてそう思うんじゃ」

「病気が拡散しないように、みんな処分してしまったんでしょう。みんなハルから聞きました」


 病原菌の流出。これ以上の拡大を防ぐため、村の処分は免れないだろう。


「病気の拡散か……なるほど、そんな話を吹き込まれたのか。でも、おかしくないかの。リオン。それだったら村の住民全員を処分するはずじゃ。どうしてお前さんは生きているんじゃ。そして、どうして、わしは生きているのかの」


「私が生きている理由は簡単です。雪神様を止めるため、いや、雪を止めるために生かしておいたんでしょう。そして村長、あなたが生きている理由は……」


 リオンは真実を告げるようにゆっくりと言葉を繋いだ。


「あなたがそれを仕組んだ共犯者だからですよ」




「共犯者?」


 村長から疑問符が飛び出す。


「ええ、そうです。この村は雪の中で人が暮らしていけるか、雪の中の病原菌が流出しないか、それを見るための実験場だったんでしょう。今思えば、確かにこの村の住民は村の外へ出たがらない人ばかりでした。村の外に興味がある人ばかりでは病原菌が流出してしまった時に困りますからね。そして、この村の住民を管理する役割を担っていた人物は二人いたんです。一人は雪の妖精……ハルです。そしてもう一人が村長、あなたなんです」


「管理者だから、処分を免れている、今も生きているというわけか。なるほどな。それで? その続きは?」


 村長はリオンの言葉に特に否定もせずに話を促す。


「しかし、あなたは村の管理者として有り得ない行動を取っています。あなたは配給が滞っていることを理由に村人を外に出そうとしています。これは本来ならおかしい行動です。村を管理しようとする人が村の外に出そうとするなんてあってはいけないことなんです」


「まあ、確かにの」


「村の外に出そうとするのは理由があるはずです。目的が、あるはずなんです。私達が村の外に出ることによって、何が起きたか。ハルと出会い、コードさんが死に、私は雪神様の元へ辿り着き、そして、雪を止めた」


 リオンの声が大きくなる。


「すべて、あなたとハルの筋書き通りだったんでしょう。村の外へ追い立てるのも、雪の妖精と出会うのも、雪神様を止めさせようとしたのも。すべては雪を止めるため、そして春にするためだったのでしょう」


 ふうん、と村長は分かったような声を上げる。


「仮定の話ばかりじゃが、まあ、すべてハルに聞かされた話なんじゃろうな。あいつめ、余計なことを話しおって……まあよい。そうじゃ、すべてリオンの言うとおりじゃよ。この地に春を迎えさせるために、わざわざ、お主のような人材を育て、一芝居打ったんじゃ」


「どうしてそこまでして……」


「簡単なことじゃよ」


 村長はニタリと笑う。


「わしはな、どうしても花が見たかったんじゃよ。草木が生い茂る光景が、どうしても見てみたかったんじゃよ。写真で見たあの光景を再現したかったんじゃ。草が揺れ、花が香る……そんな光景をずっと夢見ていたんじゃよ」


 村長が遠くを見る。昔の記憶を思い出しているようだ。


「思ってみれば長い年月を掛けたもんじゃ。雪の妖精を花が好きになるように仕込んだりしてな。あれは面白かったぞ。わしが魅力を語ったらな、見る見るうちにハマっていってな。自分が利用されているとも知らずにな」


 そう言って村長は悪辣な笑みを浮かべる。


「そういえば一番大切なことを聞くのを忘れておったな」


 村長はリオンに問いかける。


「春は来たのかの」


 まるで、今までの会話などどうでも良かったかのような口ぶりで村長が言う。嬉しさのあまり顔が嫌らしくニヤけている。


「ええ、来ましたよ」


 リオンもまた嬉しそうな声で答える。リオンは入ってきた扉の方へ振り返り、ちょいちょい、と手招きをする。そのリオンの動作が理解できていないのか、村長は不思議そうな表情でリオンを見る。






 そして、私はリオンに呼ばれるがまま、部屋の中に入った。



「なぜお前が……」


 村長は呆気にとられた表情で私を見る。そんな顔をするのも無理はない。本来なら、私はここにいるはずがないのだから。雪神様を止めたのであれば、私が動いているはずがないのだから。


「言われたとおり、ハルを連れてきましたよ」


 リオンが悪意の篭った声で村長に話しかける。その声に村長は反応できない。言葉を失っている。


 私がここにいられる理由。動いている理由。それは、雪神様が未だに動いていることに他ならない。そのことに気がついたのか、村長の顔がみるみるうちに青くなる。その表情はまるで悪い夢を見ているかのようだ。


「……失敗、したのか」


 村長がポツリと呟く。縋るような目をこちらに向ける。私は、その目を直視することができず、そっと目を伏せる。


「どうして、わしを裏切ったんじゃ、ハル」


 村長の言葉に慌てて弁明する。


「違います。私は裏切ってなんかいません。私はただ――」


 私は成功したと思っていた。雪神様を止め、この地に春を呼ぶことができたのだと、そう確信していた。しかし、それは間違いだった。


「村長、あなたの計画を邪魔したのは私ですよ。私がハルを騙したんです」


 そう、私はリオンに騙されたのだ。リオンは雪神様を止めるふりをしていただけだった。リオンは私の伝えた通りに呪文を唱えなかったのだ。


 私がリオンに教えた呪文というのは、単なる英語だ。リオン達が普段話している言葉と発音が違うだけ。呪文を唱えるのに、特別な力など存在しないし、その必要もないのだ。しかし、それを知らなければ、あたかも選ばれたものだけにしか使えない特別な呪文に聞こえるだろう。リオンに伝えた、雪神様を倒すための言葉というのも、実際には、雪神様というシステムを止めるための単なる指示、単語の羅列だ。その単語一つ一つを教えられたとおりに復唱するだけで、計画が成功するはずだった。


 しかし、リオンはそうしなかった。リオンは私の伝えた呪文にアレンジを加えていた。アレンジを加えることができる……つまり、リオンはその呪文、いや、その言語を知っていたのだ。


 そのアレンジの結果、雪神様は再起動した。一瞬止まったかのように見えたのは再起動するために一度電源が落ちただけに過ぎなかったのだ。そんなことも知らずに、私はリオンに真実を話してしまった。この村の成り立ちから、病原菌のこと、そして、この計画のことまで、洗いざらいすべて喋ってしまった。今思えば、わざわざ再起動したのは情報を聞き出すためにだったのかもしれない。


「村長、あなたの計画ではハルが止まってしまいますよね。私はそれじゃあ困るんです。ハルには生きていてもらわないといけないんです」

「どうして困るんじゃ。リオン、お前の望みも春にすることじゃなかったのか。花は……妹への贖罪はどうするんじゃ」


 信じられないといった様子で村長がリオンに問いかける。リオンが花を求める……そのために今まで相当な時間を掛けてお膳立てをしてきたのだ。それを否定する言葉など村長が受け入れられるはずがない。


「花はもう必要ないんです。だって――」


 リオンがこちらに目を向ける。


「妹はここにいるじゃないですか」


 驚きのあまり、村長から小さな声が漏れる。目を見張り、リオンを凝視する。まるで、何を言っているのか分からない、と訴えかけているかのようだ。


「私の妹はハルとして蘇ったんですよ」

「なっ、何を馬鹿なことを言っているじゃ」


 村長は焦った様子でリオンに言う。


「何もおかしなことは言ってませんよ。確かに私の妹は死にました。私は、花の好きだった妹に何もしてやることができませんでした。死を看取ることもできませんでした。だから、私は妹へのせめてもの贖罪として、本物の花を探そうと思ったんです」


「それじゃあ何故――」


「そうして村を出て、遭難しかけた時に、ハルに出会ったんです。私はハルを初めて見たときは驚きを隠せませんでした。ハルは、妹によく似た容姿でしたから」


 よく似た容姿。それは誤解だ。私とリオンの妹はそこまで似ていない。似ているのは身長と髪の長さぐらいだろうか。この狭い集落の中で過ごしてきたせいで、リオンには背丈が同じぐらいの少女の区別があまりついていないのかもしれない。


「ハルは花が好きな少女でした。咲いているはずもない花を外で健気に探していたり、花の話をそれはもう嬉しそうに私に語りかけてくれました。その様子に、私は知らず知らずのうちに、ハルに妹の姿を重ねていました」


 これは私が仕組んだことだ。リオンが雪を止めるための動機はほとんどが妹への贖罪のためだ。計画を成功させるためには。リオンが心変わりしないようにしなければならなかった。だから、私はわざとリオンの妹を想起させるような行動をしていたのだ。しかし、これが良くなかった。


「私はハルと一緒に過ごす度に、そのような気持ちが強くなっていきました。そして、ある時、私は思ったんです。ハルは妹そのものなのではないのかと」

「違う! ハルはお主の妹などではない」


 村長が声を荒げる。それもそうだ。私は断じてリオンの妹などではない。しかし、リオンは私を妹だと思ってしまった。妹が蘇ったのだと考えてしまったのだ。誤算だった。そうなることなど、少しも考えていなかった。


「違いませんよ。私にとって、ハルは確かに妹の生まれ変わりなんです。そもそも、私の妹足り得る条件とは何でしょうか。何があれば、私にとって妹であると言えるのでしょうか。簡単ですよ。健気に花を愛している少女こそが私にとっての妹なんです。そんな愛おしい姿を見せてくれる彼女こそが私の妹なんです。そうでさえあれば、例え人間でなくても、妖精であっても、私は構わないんです」


「この異常者め」


 村長が吐き捨てるように言う。私から見ても、リオンの考え方は異常だ。花が好きな少女なら妹足り得るなど、滅茶苦茶な理論だ。常軌を逸している。


「私は一度、妹を失いました。友人も失ってしまいました。もう二度と大切なものを失いたくはないんです。だから、私は雪神様、いや雪を降らせるための装置を止めません。春はもう来ることはないんです」

「それを言うために、わざわざここまでやってきたのか」


 村長は怒りに満ちた声をリオンに投げかける。


「村長にはお世話になりましたからね。このままだといつまでも来るはずのない春を待ち続けることになるでしょう。さすがにそれは可哀想ですから」

「殺してやる」


 村長は急に立ち上がり、ポケットから何かを取り出す。制圧用の銃だ。村長は鈍い光沢を放った銃をリオンの方に向ける。


 パン、と短い破裂音が部屋の中に木霊する。銃口からシュウシュウと煙が上がる。部屋には村長が倒れていた。


「ハルがやったのか」


 恐る恐るといった様子でリオンが話しかける。私の手には村長が持っていたものと同様、制圧用の銃が握られていた。そう、村長が打つ前に、私が先に打ったのだ。


「やはり、裏切るのか……」


 掠れた声で村長が私に問いかける。


「彼を失えば、花を見ることは、春を迎えることができなくなります。それだけは避けなければいけませんから……」


 村の人は皆、処分されている。雪神様を止めることができるのはもう、リオンだけしかいない。リオンを失えば、花も、春も、永遠に手に入らなくなる。それだけは嫌だった。


「馬鹿なことを……あいつはもう……雪神様を止めたり……しないだろう」


 村長の言うとおり、リオンにはもう雪神様を止める気はないだろう。それでも、少しでも可能性があるのなら、それに縋る以外何ができるだろうか。


 限界が近いのだろうか。村長の目は半分閉じかけている。無理もない。下腹部が丸々なくなっているのだから。そんな状態の村長にリオンは近づき、ポケットから何かを取り出す。


「村長、最後にこれをお渡しします」


 リオンが渡したものに思わず目を剥いた。リオンの手渡したもの、それは一枚の写真だった。その写真には本物の春が切り取られていた。花も、草も、空も、すべてのものが色づいていて映っていた。


 ああ、と感嘆の声を上げると、村長は受け取った写真を胸に埋め、ゆっくりと目を閉じた。


「そうか……こんな色をしているのか……春が……春が見える……こんなに、近くに……」


 そう言って村長は動かなくなった。



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